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第拾壱話 思ゐノ丈

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 華小路から語られた蘭の過去――。叶夜は言葉を返せずにいた。

「……なんだか驚かせてしまったかな」
「あ、あぁ。……なんと言うか……言葉が上手く出ない」
「随分と昔のことのようだが、私には昨日の事のように思うよ」
「……そのこと、蘭には言ってないのか?」
「言ってない。……あの子自身、悲惨な出来事を思い出したくないのか、思い出そうとしないのか……よくわからないんだ。時が来れば話そうとは思ってるんだけどね」

 華小路はどこか寂しそうな表情で言いながら盃を口元に運んだ。
 叶夜も同じように盃を運ぼうとしたが、ふと頭にある疑問が浮かんできたため華小路へ尋ねた。

「陽斗、……もしかして蘭は、人間のΩ……なのか?」
「そうだね」
「……っ!他に知ってる奴はいないのか」
「いないよ」

 Ω性の人間――。妖が番となれば大いなる力を得られる、とお伽噺のように語り継がれていた。人間Ωの存在自体あやふやになっていたにも関わらず、こうもあっさりと認めてしまう華小路に対し、叶夜は驚きを隠せないでいた。

「なんでそんなに落ち着いてられんだよ!」
「そんなことを言われてもね……。これが私……だからかな」

 いつもと何ら変わりない表情で話す華小路を前に、叶夜はどう接してよいのかわからなくなっていた。

「……して叶夜。この話を踏まえて、あの子の身請けを考えてはくれないかい?」

 ――蘭と一生添い遂げられるなんて夢のような話。……すぐにもで返事をしたいところだが、俺の一存だけでは決めたくないな……。

「……わかった。……けど、今すぐって訳にはいかない!」
「どうしてだい」
「俺は蘭の身体だけが目当てじゃない。あいつの心も俺のもんになってから身請けの話をする!だから、それまで陽斗はあいつに何にも言うな!これが条件だ」
「……ふふ、恰好いいこと言うじゃないか。わかったよ、約束する」

 叶夜自身、言ったそばから恥ずかしくなったのか、誤魔化すように置いたばかりの盃を手に、酒を一気に喉へと流し込んだのだった。



 ❖❖❖
 
 華小路と叶夜が食事をしている一方で――。
 
「蘭っ……、お前っ……なんでここにいるんだ?」

 いつもは冷静な菊も、この時ばかりは戸惑いを隠せないでいた。
 それもそのはず――。昨晩初めて閨を共にし、これから見世で客を身体でもてなすはずの蘭が、世話役としてせっせと膳を運んでいる姿を目にしていたからだ。

「なんで、と言われても……陽兄が決めたことだから……?」



 遡ること数刻前――。
 見世の開店を前に、華小路は蘭の部屋を訪れていた。

「蘭、少しだけ今いいかい?」
「え、あ……は、はい」
「失礼するよ」

 華小路が部屋へ入るなり目にした光景――、それは鏡の前でしきりに何かを確認しようと身体をくねらせている蘭の姿だった。その姿に何を探しているのか察した華小路は、彼に優しく声を掛けた。

「……一先ず、昨晩はどうだったかな」

 華小路の問いかけに昨晩の事を思い出した蘭の表情かおは、みるみるうちに赤くなり熱を帯びて今にも湯気が出そうな様子だった。

「……月影様は……初めての俺に……その……優しくしてくださいました」
「……そうか。身体が辛いとかはないかい?」
「え?あぁ……はい。大丈夫です」
「なら良かった。……で、さっき鏡の前で確認しようとしていたのは……黒い薔薇かい?」
「……はい。……月影様に、この辺りにあると言われたので、俺自身の目でも確認しようと思ったんですけど……」

 腰の辺りに触れながら蘭は話を続けた。

「その……黒い薔薇とこの首輪には何か関係があるのですか?」
「……関係あるよ。ここで働く男妓、特にオメガ性の者には私の呪いを施してある」
「オメガ……か。だから菊兄にも黒い薔薇が……」
「それだけオメガ性は特別だってことだよ」

 その後も華小路は、これまでに【青薔薇】で働いていたΩ性の男妓たちの話をしていた。

「おっと……。話がだいぶとずれてしまったね」
「いえ……。久々に陽兄が楽しそうに話している姿を見ることができて良かった」

 ――おやまぁ……。そう言えば、昔話をしてこんなにも気分が晴れやかになるのは久しぶりだったね……。成長する九蘭が麗蘭に似てきた、っていうのもあるかもしれないね。

「私も話せて良かったよ。……さて、ここからが本題だ。蘭……お前にはまず発情ヒートの制御をしてもらわないとならない」
「……っ、発情ヒートっ!」
「心当たりでもあるのかい?」

 蘭は叶夜と初めて会ったときの事を思い出したが、この事だけは誰にも知られたくなかったため、咄嗟に首を横に振り返事をした。

「……そうか」

 何かを言いかけた華小路だったが、何もなかったかのように発情ヒートに関する事を蘭へ伝えた。
 発情ヒート――、繁殖行為以外のことができなくなってしまう現象。 さらに、番がいないΩ性は発情時に発する強烈なフェロモンによって番のいないα性を誘惑してしまい、時には襲われてしまうことも……。定期的に発情する者もいれば、いつ発情するかわからない者もいると伝えた上で、華小路は蘭へある物を差し出した。

「これは月影製薬特製の抑制剤だよ。古くからの付き合いがあってね定期的に仕入れているんだよ」
「……月影製薬……、月影……って……えっ?」
「おや……、もしかして彼からは何も聞いていないのかい」
「……はい」
「まぁそうだね……、私から言う事ではないから今度彼から話を聞いてみてもいいと思うよ」

 差し出された抑制剤くすりはあの時、叶夜からお守りとして渡されたのと同じ物だった。

「コレを……使う事って……あるんですか」
「それはわからないかな。定期的に発情する場合もあれば、そうじゃないときもあるからね。お前もオメガとしてこれからそういう時が来るかもしれない。だから、念のために持っておきなさい」
「……はい」

 華小路に言われるまま、蘭は抑制剤くすりを自身の引き出しへとしまった。
 
「それでだね……。これからのことなんだけど……」
「はい」

 背筋をピンと伸ばし、蘭は華小路の方をまっすぐ見つめた。

「お前には、月影様だけ相手をしてもらう」
「……はい?え……、えぇ!?」

 華小路の思いもよらない言葉に、蘭は驚きを隠せないでいた。

 ――月影だけを相手するなんて……。陽兄は何を言ってるんだ?


「陽兄……そんなの……俺……」
「何も心配しなくていいさ。私が決めたことなんだからね」

 話しはおしまい、と言わんばかりに両手でパチンと叩き、華小路は立ち上がった。

「月影様が来られない日は、これまで通り皆の手伝いを頼む」
「あの……次っ、……月影様が来られるのはいつなんですか」
「今週末、だったかな」
「……わかりました」

 ――なんで俺、ちょっとがっかりしてるんだろう……。この胸のモヤモヤは一体なんなんだ……。

 蘭は胸に何かが引っかかるような感覚を覚えたが、その正体が一体なんなのかわからないままだった。深く考えることはせず、華小路に言われた通り手伝いができるように着替え、部屋をあとにした。


 
 現在へと戻り――。

「……。まぁ、楼主様がそう言ったなら……従うしかないだろうね……。……だけ特別なのか」
「兄さん?」
 
 最後にぼそりと呟いた言葉が聞き取れず、蘭は菊へ問いかけるも、菊は何もなかったように「次の客人の所へ行くね」とだけ言い残しその場を去った。後ろ姿を見届けた蘭は、自身の持ち場へと戻ったのだった。
 
 
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