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第捌話 叶夜ノ正体
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『うっ、うっ……。誰かっ!おとうとおかあを助けてくださいっ!』
泣き叫ぶ幼子の前には、傷だらけで倒れ込んだ両親の姿――。
――あれは……幼い頃の、俺!?
『ようやくこれで邪魔者はいなくなったな……。こんな子どもを庇ったがために、――がくたばっちまうなんてよ』
『親にとっては何よりも大切な存在なんでしょうよ』
『そうみたいだな。……さて、ここに長居するつもりもねぇから、とっとと行くか』
『あい』
口角を上げ、不敵な笑みを漏らしながら妖の男たちはゆっくりと幼子に近づいた。
『起きてっ!起きてよ!……おとうっ!おかあっ!』
必死に叫びながら身体を揺するも、二人はぐったりとしたまま動く気配がない。
その時だった――。
『……ここから……逃げなさい。なんとか……時間は稼ぎ、……ます……。ここを、まっ……すぐ走れば【青薔薇】に……行けるわ。あの人なら……きっと助けてくれる……、私たちの宝物……、さぁ、お行きなさいっ!』
息絶えそうな母親の声に導かれ、幼子は男たちの間をすり抜け駆け出した。
『こいつっ!』
『逃がすなっ!』
『……そうはさせません!』
『なっ!まだ生きてやがったのか!化け物かよ』
『今度こそ絶命させてやるっ!』
❖❖❖
「……おいっ!……蘭、……蘭っ」
自身の名を呼ばれていることに気づき、蘭は目を覚ました。
「ここ……は」
「えらく魘されてたぞ。……大丈夫か?」
「へ……?あぁ……」
意識が戻り、昨晩の事を鮮明に思い出した蘭は、心配そうに顔を覗き込む叶夜から顔を背け、布団にくるまった。
「……、……」
「なんだよ、魘されていたかと思うと今度は隠れちまってよ」
「その……なんと言うか……、……ょぅ」
「何言ってるか聞こえねぇ」
「だからっ!……おはよう、って言ってるんだよ!」
布団から顔を出し、怒り気味に挨拶をする姿は叶夜の予想を遥かに上回っていた。
「……お、おぅ。おはよう。……くはははは、何を言い出すかと思えば……。ほんっと、お前って奴は可愛いな」
無邪気に笑う叶夜に睨みを利かしながら、蘭は再び布団に潜り込んだ。
「……蘭」
優しい呼び声の後すぐ、布団の上からずっしりとした重みを感じた蘭は慌てて顔を出した。
「……重いし……っん」
「……ん、ちゅ」
啄むように繰り返される口付けから逃れようと、蘭は叶夜の胸元を力いっぱい押し返した。
「……も、もぅいいって……」
「俺は良くない」
「っつか、もう朝じゃん!帰れって」
「んな寂しいこと言うなよ……」
「ちょっ、くっつくな!」
「冷たい奴。昨日はあんなに物欲しそうな顔してたくせに」
「なっ……、う、うるさい!」
恥ずかしさから再び布団へと包まった蘭に、叶夜は優しい声色で尋ねた。
「身体……、辛くないか?」
「……、……大丈夫」
「そうか。攻めすぎたかと思ったんだが、大丈夫なら良かった。……なぁ、蘭」
「……んだよ」
「朝餉の前に風呂入りたい」
「この部屋出てまっすぐ行けば風呂場があんだろ。勝手に行けよ」
「一緒に入る」
「は?」
「だ、か、らっ、一緒に入んの!」
叶夜は思いっきり布団をはぎ取り、驚いた表情の蘭を肩に担ぎ部屋を出た。
「ちょ、離せっ!」
廊下に響き渡る蘭の声を聞きつけ、戸を少しだけ開けて覗き込む人たちを気にすることなく、叶夜は足を止めることなく風呂場へと一直線に進んでいた。抗うことを諦めた蘭は叶夜の肩上で大人しくなった。ふと視線を床の方へ向けると、叶夜の足元でヒラヒラと動く黒い尾が目に入って来た。
「月影……」
「なんだ」
「もしかして……妖、なのか」
「なんでっ……。あぁ、尻尾が出てちまってたのか。……そうだよ」
――フワフワとした尻尾……。靜さんのもフワフワだったけど、どっちがふわっこいんだろ……。
「……触りたい」
心で思っていた事を蘭は思わず口走っていた。
「はぁ?嫌に決まってんだろ!」
「……触らせてくれるんなら、……一緒に風呂入る」
「おまっ……。ぐっ……」
蘭からの予期せぬ反撃に、叶夜は一瞬その場で立ち止まり考え込んだ――。
「……よし、いいだろう。特別に触らせてやる」
「やった!」
「そうと決まれば、とっとと行くぞ」
「おぅ!……って下ろしてくんないのかよ!」
朝から騒がしい二人だったが、傍から見ると仲睦まじい雰囲気しか感じられなかった。
「ふぅ……やっぱり風呂は気持ちいいなぁ」
「……」
「蘭?」
「この体勢、おかしくないか?」
大浴場で大の男が二人、向き合うでもなく肩を並べて浸かるわけでもなく、蘭の背には叶夜が座り、背後から抱え込まれる体勢で湯舟に浸かっていた。
「なんにもおかしくねぇけど」
悪ぶれる様子もなく冷静に答える叶夜に対し、蘭は呆れて何も言えずに膝を抱え込んだ。
「……ほんとなんなの」
「何って……俺は俺のしたいようにしてるだけど」
「それが意味わかんない、って言ってんの。……なんで俺を指名したんだよ」
「初めて会ったときから俺はお前を気に入っていた。青薔薇で働いていることも調べればすぐにわかったし、まだ客を取ったことがないこともすぐにわかった。こんな機会逃すものか、ってな訳で陽斗に交渉したんだ。……他に質問は?」
――正直、聞きたいことは山ほどあるけど、今は聞きたくないような気もする……。
しばらく時間を考えた後、蘭は絞り出すかのように尋ねた。
「……何の妖なんだ」
「俺は黒狼の妖」
「ふぅん」
「なんだ?変に納得してないか?狼だから、がっついてたどでも思ったか?」
「んなこと思ってねぇし!」
「まぁ実際のところ、がっついてたんだけどな」
「……」
「おいおい、あからさまに無視かよ」
叶夜は蘭を後ろから優しく抱き締め、低めの声で呟いた。
「……はぁ。このまま時間が止まればいいのに」
「何言ってんだよ」
「俺は、お前が他の誰かと一緒に褥を共にすることが……許せないんだ」
「んなこと言われても……」
「妖にとって番はなくてはならない存在。その中でも、人間のΩは極上の番だ」
「……へぇ。その番とやらと……逢えるといいな」
そう言ってすぐ、蘭は胸の辺りが少しチクリと痛みを感じたが、一瞬で消えたため深く考えないことにした。
――人間Ωは存在しないのに……。
「……はぁ」
「朝から気怠さを出すな!こっちにまで伝染るだろうが」
浴室内に響く蘭と叶夜の声を、柱にもたれかかりながら聞いていた男は、ゆったりとした足取りで部屋へと戻って行った。
泣き叫ぶ幼子の前には、傷だらけで倒れ込んだ両親の姿――。
――あれは……幼い頃の、俺!?
『ようやくこれで邪魔者はいなくなったな……。こんな子どもを庇ったがために、――がくたばっちまうなんてよ』
『親にとっては何よりも大切な存在なんでしょうよ』
『そうみたいだな。……さて、ここに長居するつもりもねぇから、とっとと行くか』
『あい』
口角を上げ、不敵な笑みを漏らしながら妖の男たちはゆっくりと幼子に近づいた。
『起きてっ!起きてよ!……おとうっ!おかあっ!』
必死に叫びながら身体を揺するも、二人はぐったりとしたまま動く気配がない。
その時だった――。
『……ここから……逃げなさい。なんとか……時間は稼ぎ、……ます……。ここを、まっ……すぐ走れば【青薔薇】に……行けるわ。あの人なら……きっと助けてくれる……、私たちの宝物……、さぁ、お行きなさいっ!』
息絶えそうな母親の声に導かれ、幼子は男たちの間をすり抜け駆け出した。
『こいつっ!』
『逃がすなっ!』
『……そうはさせません!』
『なっ!まだ生きてやがったのか!化け物かよ』
『今度こそ絶命させてやるっ!』
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「……おいっ!……蘭、……蘭っ」
自身の名を呼ばれていることに気づき、蘭は目を覚ました。
「ここ……は」
「えらく魘されてたぞ。……大丈夫か?」
「へ……?あぁ……」
意識が戻り、昨晩の事を鮮明に思い出した蘭は、心配そうに顔を覗き込む叶夜から顔を背け、布団にくるまった。
「……、……」
「なんだよ、魘されていたかと思うと今度は隠れちまってよ」
「その……なんと言うか……、……ょぅ」
「何言ってるか聞こえねぇ」
「だからっ!……おはよう、って言ってるんだよ!」
布団から顔を出し、怒り気味に挨拶をする姿は叶夜の予想を遥かに上回っていた。
「……お、おぅ。おはよう。……くはははは、何を言い出すかと思えば……。ほんっと、お前って奴は可愛いな」
無邪気に笑う叶夜に睨みを利かしながら、蘭は再び布団に潜り込んだ。
「……蘭」
優しい呼び声の後すぐ、布団の上からずっしりとした重みを感じた蘭は慌てて顔を出した。
「……重いし……っん」
「……ん、ちゅ」
啄むように繰り返される口付けから逃れようと、蘭は叶夜の胸元を力いっぱい押し返した。
「……も、もぅいいって……」
「俺は良くない」
「っつか、もう朝じゃん!帰れって」
「んな寂しいこと言うなよ……」
「ちょっ、くっつくな!」
「冷たい奴。昨日はあんなに物欲しそうな顔してたくせに」
「なっ……、う、うるさい!」
恥ずかしさから再び布団へと包まった蘭に、叶夜は優しい声色で尋ねた。
「身体……、辛くないか?」
「……、……大丈夫」
「そうか。攻めすぎたかと思ったんだが、大丈夫なら良かった。……なぁ、蘭」
「……んだよ」
「朝餉の前に風呂入りたい」
「この部屋出てまっすぐ行けば風呂場があんだろ。勝手に行けよ」
「一緒に入る」
「は?」
「だ、か、らっ、一緒に入んの!」
叶夜は思いっきり布団をはぎ取り、驚いた表情の蘭を肩に担ぎ部屋を出た。
「ちょ、離せっ!」
廊下に響き渡る蘭の声を聞きつけ、戸を少しだけ開けて覗き込む人たちを気にすることなく、叶夜は足を止めることなく風呂場へと一直線に進んでいた。抗うことを諦めた蘭は叶夜の肩上で大人しくなった。ふと視線を床の方へ向けると、叶夜の足元でヒラヒラと動く黒い尾が目に入って来た。
「月影……」
「なんだ」
「もしかして……妖、なのか」
「なんでっ……。あぁ、尻尾が出てちまってたのか。……そうだよ」
――フワフワとした尻尾……。靜さんのもフワフワだったけど、どっちがふわっこいんだろ……。
「……触りたい」
心で思っていた事を蘭は思わず口走っていた。
「はぁ?嫌に決まってんだろ!」
「……触らせてくれるんなら、……一緒に風呂入る」
「おまっ……。ぐっ……」
蘭からの予期せぬ反撃に、叶夜は一瞬その場で立ち止まり考え込んだ――。
「……よし、いいだろう。特別に触らせてやる」
「やった!」
「そうと決まれば、とっとと行くぞ」
「おぅ!……って下ろしてくんないのかよ!」
朝から騒がしい二人だったが、傍から見ると仲睦まじい雰囲気しか感じられなかった。
「ふぅ……やっぱり風呂は気持ちいいなぁ」
「……」
「蘭?」
「この体勢、おかしくないか?」
大浴場で大の男が二人、向き合うでもなく肩を並べて浸かるわけでもなく、蘭の背には叶夜が座り、背後から抱え込まれる体勢で湯舟に浸かっていた。
「なんにもおかしくねぇけど」
悪ぶれる様子もなく冷静に答える叶夜に対し、蘭は呆れて何も言えずに膝を抱え込んだ。
「……ほんとなんなの」
「何って……俺は俺のしたいようにしてるだけど」
「それが意味わかんない、って言ってんの。……なんで俺を指名したんだよ」
「初めて会ったときから俺はお前を気に入っていた。青薔薇で働いていることも調べればすぐにわかったし、まだ客を取ったことがないこともすぐにわかった。こんな機会逃すものか、ってな訳で陽斗に交渉したんだ。……他に質問は?」
――正直、聞きたいことは山ほどあるけど、今は聞きたくないような気もする……。
しばらく時間を考えた後、蘭は絞り出すかのように尋ねた。
「……何の妖なんだ」
「俺は黒狼の妖」
「ふぅん」
「なんだ?変に納得してないか?狼だから、がっついてたどでも思ったか?」
「んなこと思ってねぇし!」
「まぁ実際のところ、がっついてたんだけどな」
「……」
「おいおい、あからさまに無視かよ」
叶夜は蘭を後ろから優しく抱き締め、低めの声で呟いた。
「……はぁ。このまま時間が止まればいいのに」
「何言ってんだよ」
「俺は、お前が他の誰かと一緒に褥を共にすることが……許せないんだ」
「んなこと言われても……」
「妖にとって番はなくてはならない存在。その中でも、人間のΩは極上の番だ」
「……へぇ。その番とやらと……逢えるといいな」
そう言ってすぐ、蘭は胸の辺りが少しチクリと痛みを感じたが、一瞬で消えたため深く考えないことにした。
――人間Ωは存在しないのに……。
「……はぁ」
「朝から気怠さを出すな!こっちにまで伝染るだろうが」
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