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第壱話 運命ノ悪戯
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「……はぁ……っ……、はぁ……、っく……身体が……熱い」
人気のない路地裏までようやく辿り着いた青年は、へなへなへなと膝から崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。
「……っく……はぁ……はぁ……誰か……」
声にならない声を上げるも、誰にも届くはずがない――。
どうしようもないまま目を閉じかけた時だった――。
「おいっ!しっかりしろ!」
漆黒の着物を身に纏った男が、青年の身体に触れようとした瞬間っ――。
「……っう、こんな所で発情してやがる。……それに……こいつっ……!?」
青年が放つ強烈なフェロモンにあてられ、己の身体が疼き始めていることに気づいた男は、慌てて抑制剤を口に含み嚙み砕いた。
「……悪く思うなよ」
そう呟き、男は朦朧としている青年に荒っぽく口付けた。
「んんっ……!」
目の前で起こっている事に驚き、男の身体を引き離そうと抵抗するも発情で力が入らず、手足をばたつかせるしか出来なかった。
「んちゅ……、……暴れるな……んっ」
「……っ!」
声を発する前に再び口を塞がれ、青年はされるがまま強引な口付けを受け入れるしかなかった。
唇を舌で舐められ、少し開けた口に男の大きな舌がねじ込まれた。初めての感覚に戸惑っていると、トロ~リとした液体が青年の口内に流し込まれた。
「……っん!……ごくっ」
「ちゅっ……、よし……飲んだな。良い子だ」
「ぷはっ……はぁ……はぁ……い、いきなり何するんですかっ!」
目に涙を溜め、顔を真っ赤にした青年が口元を手で押さえながら睨みを利かすも、男は動じずに答えた。
「そんだけ威勢があれば大丈夫だな」
「……」
「そう睨むな。俺が気づかなければ、お前は今頃野良のいい餌食になってたんだぞ」
「……っく!」
「まぁ発情はいつ起きるかわかんねぇからな。ん?でも待てよ……もしかして発情自体初めてなのか?」
「……っな」
顔を真っ赤にする様子から男は何かを悟った。
「まぁいい。お守りだと思って携帯しとけ!」
ぽいっ、と青年に向け投げたのは抑制剤だった。
「こんなに貰えません!」
「あぁ気にすんな。手持ちはまだある」
「そういう問題じゃありません!無料で頂くなんてできません!せめてお代だけでも……」
「……もう貰った」
ニヤリと笑いながら、男は自身の唇を親指でなぞった。
その妖艶な姿に、怒りよりも恥ずかしさの方が込み上げ、青年は勢いよく立ち上がった。
「助けて下さりありがとうございましたっ!」
深々とお辞儀をした後、青年は路地を駆け出した。
その後ろ姿を恋しそうに見つめる男は呟いた。
「……見つけたぞ、俺の番」
しばらくその場で佇んでいた男は、背後から近づいてくる気配を感じ取り、乱れた身なりを整えるように立ち上がった。
「こちらにおられましたか?」
上下濃い藍色のスーツを着た男は、静まり返った場所で足音が響かないように近づき尋ねた。
「あぁ」
素っ気ない返事ではあるが、やや口角を上げ少しだけ笑みを浮かべている姿を見て、主の機嫌が良いことに気付いた。
「叶夜様、そろそろお時間です」
「……そうだな」
名残惜しそうに青年が駆けて行った路地を見つめ、叶夜と呼ばれた男は使いの者とともにその場を後にした。
❖❖❖
日が傾き始めた頃、大通りでは見世の営業に向け準備をする人たちの姿があった。
【青薔薇】の暖簾が見えてきた所で立ち止まり、青年は走って上がった息を落ち着かせようと何度か深呼吸をした。
――くそっ……。発情の事は聞いていたけど、まさかあのタイミングで起きるなんて思わなかった……。頼まれて買い出しに行っただけなのに、とんだ目に遭った……。
脳裏に浮かぶは路地裏でした男との接吻――。
「……っ!」
――何を思い出してるんだ!もう忘れろっ!思い出すんじゃない!
胸に手を当て、何度か深呼吸を繰り返した青年は先ほど受け取った薬を袂へ仕舞い込み、裏口へと向かった。
「ただいま戻りまし……た」
「……やぁおかえり。えらく時間が掛かったみたいだね」
腕を組み、柱に寄り掛かるように立ち青年を迎えたのは、この【青薔薇】楼主の華小路陽斗。一見穏やかそうに見える容姿ではあるが、内に秘めた裏の顔があると噂され、この界隈ではやり手としても有名な人物だ。
「遅くなってすみません……。すぐに支度します」
「よろしく頼むよ。今日は上客が来る予定なんでね」
「は、はい」
青年が急いで華小路の隣を通り過ぎようとすると、素早く腕を掴まれ気づけば青年の顔を至近距離で見つめる華小路の姿があった。
「……」
目を閉じ、鼻ですんすんと青年の匂いを嗅ぐ華小路に一瞬だけたじろいだが、平静を装い尋ねた。
「あの……華小路さん?」
「ふふ。二人だけの時は名前を呼んでくれてもいいんだよ」
耳元で囁かれ、青年の身体は無意識にびくっ、と反応した。
「……っ!それは……」
「恥ずかしがる其方は実に魅力的……。故にこの場で喰らいたいが……、熟れていない今は……我慢だね」
華小路の腕を掴む力が弱まったのを感じた青年は、慌てて身体を離した。
「自分はこれで、……し、失礼します!」
「はい、よろしゅう」
急ぎ足でその場から立ち去る青年を見て、華小路の表情は少しだけ強張った。
「あぁあ……悪い虫がついたかもね」
そう呟きながら、華小路はゆったりとした足取りで見世の明かりを灯しに向かった。
❖❖❖
「ようこそ華山きっての遊郭【青薔薇】へお越しくださいました。今宵はどうぞ心行くまでお愉しみくださいませ」
華小路が見世の前に立ち、案内されるがまま暖簾をくぐると、そこに広がるのはまるで別世界――。
統一された橙色の灯りで館内は煌びやかに照らされ、甘みのある上品な白檀の香りに来るものを魅了する――。
男、女、人間、妖関係なく一夜の夢に溺れる場所――それが遊郭。
【青薔薇】は、そんじょそこらの遊郭とは比べ物にならないくらい豪華絢爛な場所であり、訪れるのも上客ばかり。花街を訪れたら一度は入りたい場所として有名ではあるが、一見お断りとして知られているため断念する人たちが多いのもまた事実――。
今夜その場所に足を踏み入れたのは――。
人気のない路地裏までようやく辿り着いた青年は、へなへなへなと膝から崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。
「……っく……はぁ……はぁ……誰か……」
声にならない声を上げるも、誰にも届くはずがない――。
どうしようもないまま目を閉じかけた時だった――。
「おいっ!しっかりしろ!」
漆黒の着物を身に纏った男が、青年の身体に触れようとした瞬間っ――。
「……っう、こんな所で発情してやがる。……それに……こいつっ……!?」
青年が放つ強烈なフェロモンにあてられ、己の身体が疼き始めていることに気づいた男は、慌てて抑制剤を口に含み嚙み砕いた。
「……悪く思うなよ」
そう呟き、男は朦朧としている青年に荒っぽく口付けた。
「んんっ……!」
目の前で起こっている事に驚き、男の身体を引き離そうと抵抗するも発情で力が入らず、手足をばたつかせるしか出来なかった。
「んちゅ……、……暴れるな……んっ」
「……っ!」
声を発する前に再び口を塞がれ、青年はされるがまま強引な口付けを受け入れるしかなかった。
唇を舌で舐められ、少し開けた口に男の大きな舌がねじ込まれた。初めての感覚に戸惑っていると、トロ~リとした液体が青年の口内に流し込まれた。
「……っん!……ごくっ」
「ちゅっ……、よし……飲んだな。良い子だ」
「ぷはっ……はぁ……はぁ……い、いきなり何するんですかっ!」
目に涙を溜め、顔を真っ赤にした青年が口元を手で押さえながら睨みを利かすも、男は動じずに答えた。
「そんだけ威勢があれば大丈夫だな」
「……」
「そう睨むな。俺が気づかなければ、お前は今頃野良のいい餌食になってたんだぞ」
「……っく!」
「まぁ発情はいつ起きるかわかんねぇからな。ん?でも待てよ……もしかして発情自体初めてなのか?」
「……っな」
顔を真っ赤にする様子から男は何かを悟った。
「まぁいい。お守りだと思って携帯しとけ!」
ぽいっ、と青年に向け投げたのは抑制剤だった。
「こんなに貰えません!」
「あぁ気にすんな。手持ちはまだある」
「そういう問題じゃありません!無料で頂くなんてできません!せめてお代だけでも……」
「……もう貰った」
ニヤリと笑いながら、男は自身の唇を親指でなぞった。
その妖艶な姿に、怒りよりも恥ずかしさの方が込み上げ、青年は勢いよく立ち上がった。
「助けて下さりありがとうございましたっ!」
深々とお辞儀をした後、青年は路地を駆け出した。
その後ろ姿を恋しそうに見つめる男は呟いた。
「……見つけたぞ、俺の番」
しばらくその場で佇んでいた男は、背後から近づいてくる気配を感じ取り、乱れた身なりを整えるように立ち上がった。
「こちらにおられましたか?」
上下濃い藍色のスーツを着た男は、静まり返った場所で足音が響かないように近づき尋ねた。
「あぁ」
素っ気ない返事ではあるが、やや口角を上げ少しだけ笑みを浮かべている姿を見て、主の機嫌が良いことに気付いた。
「叶夜様、そろそろお時間です」
「……そうだな」
名残惜しそうに青年が駆けて行った路地を見つめ、叶夜と呼ばれた男は使いの者とともにその場を後にした。
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日が傾き始めた頃、大通りでは見世の営業に向け準備をする人たちの姿があった。
【青薔薇】の暖簾が見えてきた所で立ち止まり、青年は走って上がった息を落ち着かせようと何度か深呼吸をした。
――くそっ……。発情の事は聞いていたけど、まさかあのタイミングで起きるなんて思わなかった……。頼まれて買い出しに行っただけなのに、とんだ目に遭った……。
脳裏に浮かぶは路地裏でした男との接吻――。
「……っ!」
――何を思い出してるんだ!もう忘れろっ!思い出すんじゃない!
胸に手を当て、何度か深呼吸を繰り返した青年は先ほど受け取った薬を袂へ仕舞い込み、裏口へと向かった。
「ただいま戻りまし……た」
「……やぁおかえり。えらく時間が掛かったみたいだね」
腕を組み、柱に寄り掛かるように立ち青年を迎えたのは、この【青薔薇】楼主の華小路陽斗。一見穏やかそうに見える容姿ではあるが、内に秘めた裏の顔があると噂され、この界隈ではやり手としても有名な人物だ。
「遅くなってすみません……。すぐに支度します」
「よろしく頼むよ。今日は上客が来る予定なんでね」
「は、はい」
青年が急いで華小路の隣を通り過ぎようとすると、素早く腕を掴まれ気づけば青年の顔を至近距離で見つめる華小路の姿があった。
「……」
目を閉じ、鼻ですんすんと青年の匂いを嗅ぐ華小路に一瞬だけたじろいだが、平静を装い尋ねた。
「あの……華小路さん?」
「ふふ。二人だけの時は名前を呼んでくれてもいいんだよ」
耳元で囁かれ、青年の身体は無意識にびくっ、と反応した。
「……っ!それは……」
「恥ずかしがる其方は実に魅力的……。故にこの場で喰らいたいが……、熟れていない今は……我慢だね」
華小路の腕を掴む力が弱まったのを感じた青年は、慌てて身体を離した。
「自分はこれで、……し、失礼します!」
「はい、よろしゅう」
急ぎ足でその場から立ち去る青年を見て、華小路の表情は少しだけ強張った。
「あぁあ……悪い虫がついたかもね」
そう呟きながら、華小路はゆったりとした足取りで見世の明かりを灯しに向かった。
❖❖❖
「ようこそ華山きっての遊郭【青薔薇】へお越しくださいました。今宵はどうぞ心行くまでお愉しみくださいませ」
華小路が見世の前に立ち、案内されるがまま暖簾をくぐると、そこに広がるのはまるで別世界――。
統一された橙色の灯りで館内は煌びやかに照らされ、甘みのある上品な白檀の香りに来るものを魅了する――。
男、女、人間、妖関係なく一夜の夢に溺れる場所――それが遊郭。
【青薔薇】は、そんじょそこらの遊郭とは比べ物にならないくらい豪華絢爛な場所であり、訪れるのも上客ばかり。花街を訪れたら一度は入りたい場所として有名ではあるが、一見お断りとして知られているため断念する人たちが多いのもまた事実――。
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