異体Ω同心 ~お前の全ては俺が貰う~

虎娘

文字の大きさ
上 下
1 / 20

第壱話 運命ノ悪戯

しおりを挟む
「……はぁ……っ……、はぁ……、っく……身体が……熱い」

 人気のない路地裏までようやく辿り着いた青年は、へなへなへなと膝から崩れ落ちるようにその場へ座り込んだ。

「……っく……はぁ……はぁ……誰か……」

 声にならない声を上げるも、誰にも届くはずがない――。
 どうしようもないまま目を閉じかけた時だった――。
 
「おいっ!しっかりしろ!」

 漆黒の着物を身に纏った男が、青年の身体に触れようとした瞬間っ――。

「……っう、こんな所で発情ヒートしてやがる。……それに……こいつっ……!?」

 青年が放つ強烈なフェロモンにあてられ、己の身体が疼き始めていることに気づいた男は、慌てて抑制剤を口に含み嚙み砕いた。

「……悪く思うなよ」

 そう呟き、男は朦朧としている青年に荒っぽく口付けた。

「んんっ……!」

 目の前で起こっている事に驚き、男の身体を引き離そうと抵抗するも発情ヒートで力が入らず、手足をばたつかせるしか出来なかった。

「んちゅ……、……暴れるな……んっ」
「……っ!」

 声を発する前に再び口を塞がれ、青年はされるがまま強引な口付けを受け入れるしかなかった。
 唇を舌で舐められ、少し開けた口に男の大きな舌がねじ込まれた。初めての感覚に戸惑っていると、トロ~リとした液体が青年の口内に流し込まれた。

「……っん!……ごくっ」
「ちゅっ……、よし……飲んだな。良い子だ」
「ぷはっ……はぁ……はぁ……い、いきなり何するんですかっ!」

 目に涙を溜め、顔を真っ赤にした青年が口元を手で押さえながら睨みを利かすも、男は動じずに答えた。

「そんだけ威勢があれば大丈夫だな」
「……」
「そう睨むな。俺が気づかなければ、お前は今頃野良βのいい餌食になってたんだぞ」
「……っく!」
「まぁ発情ヒートはいつ起きるかわかんねぇからな。ん?でも待てよ……もしかして発情ヒート自体初めてなのか?」
「……っな」

 顔を真っ赤にする様子から男は何かを悟った。

「まぁいい。お守りだと思って携帯しとけ!」

 ぽいっ、と青年に向け投げたのは抑制剤だった。

「こんなに貰えません!」
「あぁ気にすんな。手持ちはまだある」
「そういう問題じゃありません!無料ただで頂くなんてできません!せめてお代だけでも……」
「……もう貰った」

 ニヤリと笑いながら、男は自身の唇を親指でなぞった。
 その妖艶な姿に、怒りよりも恥ずかしさの方が込み上げ、青年は勢いよく立ち上がった。

「助けて下さりありがとうございましたっ!」

 深々とお辞儀をした後、青年は路地を駆け出した。
 その後ろ姿を恋しそうに見つめる男は呟いた。

「……見つけたぞ、俺の番」

 しばらくその場で佇んでいた男は、背後から近づいてくる気配を感じ取り、乱れた身なりを整えるように立ち上がった。

「こちらにおられましたか?」

 上下濃い藍色のスーツを着た男は、静まり返った場所で足音が響かないように近づき尋ねた。
 
「あぁ」

 素っ気ない返事ではあるが、やや口角を上げ少しだけ笑みを浮かべている姿を見て、主の機嫌が良いことに気付いた。

叶夜きょうや様、そろそろお時間です」
「……そうだな」

 名残惜しそうに青年が駆けて行った路地を見つめ、叶夜と呼ばれた男は使いの者とともにその場を後にした。



 ❖❖❖
 
 日が傾き始めた頃、大通りでは見世の営業に向け準備をする人たちの姿があった。
 【青薔薇】の暖簾が見えてきた所で立ち止まり、青年は走って上がった息を落ち着かせようと何度か深呼吸をした。

 ――くそっ……。発情ヒートの事は聞いていたけど、まさかあのタイミングで起きるなんて思わなかった……。頼まれて買い出しに行っただけなのに、とんだ目に遭った……。

 脳裏に浮かぶは路地裏でした男との接吻――。

「……っ!」

 ――何を思い出してるんだ!もう忘れろっ!思い出すんじゃない!

 胸に手を当て、何度か深呼吸を繰り返した青年は先ほど受け取った薬をたもとへ仕舞い込み、裏口へと向かった。

「ただいま戻りまし……た」
「……やぁおかえり。えらく時間が掛かったみたいだね」

 腕を組み、柱に寄り掛かるように立ち青年を迎えたのは、この【青薔薇】楼主の華小路陽斗はなこうじひなと。一見穏やかそうに見える容姿ではあるが、内に秘めた裏の顔があると噂され、この界隈ではやり手としても有名な人物だ。

「遅くなってすみません……。すぐに支度します」
「よろしく頼むよ。今日は上客が来る予定なんでね」
「は、はい」

 青年が急いで華小路の隣を通り過ぎようとすると、素早く腕を掴まれ気づけば青年の顔を至近距離で見つめる華小路の姿があった。

「……」

 目を閉じ、鼻ですんすんと青年の匂いを嗅ぐ華小路に一瞬だけたじろいだが、平静を装い尋ねた。

「あの……華小路さん?」
「ふふ。二人だけの時は名前を呼んでくれてもいいんだよ」

 耳元で囁かれ、青年の身体は無意識にびくっ、と反応した。

「……っ!それは……」
「恥ずかしがる其方は実に魅力的……。故にこの場で喰らいたいが……、熟れていない今は……我慢だね」

 華小路の腕を掴む力が弱まったのを感じた青年は、慌てて身体を離した。

「自分はこれで、……し、失礼します!」
「はい、よろしゅう」

 急ぎ足でその場から立ち去る青年を見て、華小路の表情は少しだけ強張った。

「あぁあ……悪い虫がついたかもね」

 そう呟きながら、華小路はゆったりとした足取りで見世の明かりを灯しに向かった。



 ❖❖❖

「ようこそ華山はなやまきっての遊郭【青薔薇】へお越しくださいました。今宵はどうぞ心行くまでお愉しみくださいませ」

 華小路が見世の前に立ち、案内されるがまま暖簾をくぐると、そこに広がるのはまるで別世界――。
 統一された橙色の灯りで館内は煌びやかに照らされ、甘みのある上品な白檀の香りに来るものを魅了する――。
 男、女、人間、妖関係なく一夜の夢に溺れる場所――それが遊郭。

 【青薔薇】は、そんじょそこらの遊郭とは比べ物にならないくらい豪華絢爛な場所であり、訪れるのも上客ばかり。花街を訪れたら一度は入りたい場所として有名ではあるが、一見お断りとして知られているため断念する人たちが多いのもまた事実――。

 今夜その場所に足を踏み入れたのは――。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

月の後宮~孤高の皇帝の寵姫~

真木
恋愛
新皇帝セルヴィウスが即位の日に閨に引きずり込んだのは、まだ十三歳の皇妹セシルだった。大好きだった兄皇帝の突然の行為に混乱し、心を閉ざすセシル。それから十年後、セシルの心が見えないまま、セルヴィウスはある決断をすることになるのだが……。

あなたの愛はいりません

oro
恋愛
「私がそなたを愛することは無いだろう。」 初夜当日。 陛下にそう告げられた王妃、セリーヌには他に想い人がいた。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

いっそあなたに憎まれたい

石河 翠
恋愛
主人公が愛した男には、すでに身分違いの平民の恋人がいた。 貴族の娘であり、正妻であるはずの彼女は、誰も来ない離れの窓から幸せそうな彼らを覗き見ることしかできない。 愛されることもなく、夫婦の営みすらない白い結婚。 三年が過ぎ、義両親からは石女(うまずめ)の烙印を押され、とうとう離縁されることになる。 そして彼女は結婚生活最後の日に、ひとりの神父と過ごすことを選ぶ。 誰にも言えなかった胸の内を、ひっそりと「彼」に明かすために。 これは婚約破棄もできず、悪役令嬢にもドアマットヒロインにもなれなかった、ひとりの愚かな女のお話。 この作品は小説家になろうにも投稿しております。 扉絵は、汐の音様に描いていただきました。ありがとうございます。

処理中です...