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大丈夫じゃない2人
しおりを挟むそして、夕方になってもひなはなかなか起きず、お袋は仕事の終わった親父と一緒に家へ帰った。
ひな「んんっ……」
ひなが起きたのはそれから1時間ほど経ってから。
五条「起きたか?」
ひな「五条先生……」
目を擦るひなの頭を撫でると、ひなは久しぶりに声を聞かせてくれた。
ひな「お母さんは……?」
五条「お母さんは家に帰ったぞ」
そう言うと、少し不安げな表情になるが、
五条「お母さん、ひなが起きたら食べてって、りんごすりおろして冷やしてくれてるんだ。食べるか?」
と聞くと、
ひな「コクッ……」
頷いてくれたので、ひなにりんごを食べさせた。
五条「ん、あーんして」
ひな「ぁ……」
小さな口を小さく開き、
ひな「パクッ…………モグ…………モグ…………」
ひと口ひと口をゆっくりゆっくり食べるひな。
昔もひながこうして食べるのをじーっと見守ってたな。
あの時は本当に何考えてるのかわからなかったが、ひなの考えが見えるようになったらなったで、いろんなこと考えててわかんなかったりするんだよな……。
と、過去の光景を重ねながら、ひなの様子を見守っていると、
ひな「ケホッ……」
ん?
ひな「ケホッ、ケホケホッ……!!」
気管にでも入ったのか、ひながむせ始めた。
五条「ひな。大丈夫だ、大丈夫大丈夫」
すぐに背中をさすってやるが、ひなは咳き込みながら涙目に。
ひな「ケホッ……ケホッ……」
五条「咳、我慢しなくていいからな。ちょっとお水飲んでみるか?」
言うと頷いたので、テーブルに置いてあるペットボトルを取ろうと片手を伸ばしていると、
ひな「ケホッ……ケホケホケホッ!! ……っ……」
ひなは激しく咳き込み、前屈みになって胸を押さえた。
五条「ひなっ……」
倒れ込みそうになるひなを咄嗟に抱き止めて、
五条「胸痛いか?苦しい??」
ひなの顔を覗き込むと、顔を歪めるひなの目にブワッと涙が込み上がり、
五条「痛いよな。苦しいに決まってるよな。何が何だかわかんなくて、もう全部……全部苦しくて仕方ないよな。怖かったな、ひな。ごめんな、早くこうしてあげられなくて……」
ひなが壊れるほど強く、けれど、蝶よりも花よりも丁重に、ひなを俺の全てで抱きしめた。
***
*ひなのside
——1時間後
五条「ひなの心臓は車から落ちた衝撃で損傷したんだ。心破裂、わかるよな?」
ひな「はい……」
五条「駆けつけた時には心タンポナーデ起こしてた。その場で心嚢穿刺して、心拍が戻って、それから、工藤先生とお父さんがオペしてくれた」
五条先生の胸の中で1時間。
身体も気持ちも落ち着くと、事故に遭った日から今日に至るまで、何がどうなっているのか五条先生に全部教えてもらった。
五条「ひなの目が覚めたのは事故から1週間後。その間、数日間は高熱が出てたし、心停止もしてる。幸い脳に異常はなくて——」
頭はフロントガラスにぶつかった時に切れた。包帯ぐるぐるだけど、宇髄先生が傷痕を残さないようにって髪を剃らずに縫ってくれた。
全身打撲と擦り傷は時間が経てば良くなるから大丈夫。夏樹と傑が車から落ちる時に守ってくれたおかげで、顔の傷が1番軽傷で済んでる。
みんなが守ってくれて、助けてくれて、わたしは今ここにいる。
あの時、夏樹と傑が一緒じゃなかったら、事故が病院の前じゃなかったら、助けてくれたのが黒柱とお父さんじゃなかったら、大好きな五条先生に二度と会えなかったかもしれない。
だからもう、
五条「ひな、残念だけど……留学」
ひな「わかってます。留学には、行けないですよね」
五条「ひな……」
留学に行けないことはもういい。
止まったはずの涙が頬を伝うけど、悲しいとかつらいとかない。
今の状態はちゃんとわかったし、心破裂したのに生きてるなんて、それだけで奇跡だもん。
仕方のないことなんだって、これがわたしの運命だって、納得できるから。
だけど、
ひな「五条先生は……?」
五条「ん?」
ひな「アメリカ……もう出発日過ぎてるよ……」
腫れた瞼を持ち上げて、どういうことかと五条先生を見つめる。
すると、五条先生は少し困ったように微笑みながら、わたしの頬を両手で包み、
五条「俺も、アメリカには行かないことにしたんだ」
ひな「どうして……」
五条「ひなを置いては行けない」
涙を拭うようにわたしの頬を撫でた。
五条先生……。
綺麗な瞳に納得させられてしまいそう。
五条先生の優しさに甘えたくなってしまう。
でも、ダメなのそれは。
だって、
ひな「五条先生はアメリカに行かなくちゃ……」
わたしが留学に行けなくても、未来が大きく変わることなんてない。
けど、五条先生は違うから。
わたしに合わせて、大事なチャンスを手放したりなんかしちゃいけないんだよ……。
五条「もともと、ひなが留学するって言ってくれなかったら、断るつもりの話だったんだ。だから、俺もアメリカには行かない。ひなと一緒にいるよ」
ひな「五条先生」
五条先生が言い終わると同時に、頬に添えられた五条先生の手を取って、
ひな「わたしなら大丈夫です。五条先生はアメリカに行ってください」
その手をそっと頬から剥がした。
五条「大丈夫じゃないだろ……」
ひな「大丈夫です」
五条「大丈夫じゃない」
ひな「大丈夫です……っ!」
抱きしめようとする五条先生も拒んで俯く。
ひな「大丈夫って言ってるじゃん……置いて行かれるなんてそんなこと思わないから。行ってよアメリカ」
五条「ひな……」
ひな「五条先生はこれからもっともっとすごい人になるんだよ。いつもいつも気づけば病院、明日どうなるかわからないようなわたしとは違う。五条先生の人生の邪魔したくないの」
五条「ひな聞いて」
ひな「わたしのことは気にしなくていいってば!大丈夫だから、わたしに構わないでよ!!」
五条「ひな!」
ビクッ……!
五条「……俺が大丈夫じゃないんだ。俺が大丈夫じゃないから、アメリカには行かないんだ……」
ぇっ……
大きな声にビクッとしたはずの身体が震えてない。
気づいたら、また五条先生の胸の中に収まってる。
五条「ひなが眠ってる間、俺、気狂いそうだった……」
ゴジョウ、センセ……?
五条「ひなを失うのが怖くて怖くて、目が覚めてからも正直不安で仕方ない。だから今は、ひなのそばに居させて欲しい。アメリカに行かないのは、俺のわがままだ」
五条先生の声が震えてる。
ぎゅぅぅ……
って、すごく苦しそうに、すごい力でわたしのことを抱きしめてくる。
こんな五条先生初めて。
いつだって強気で最強なのに、なんで、なんで急にそんな風に……
ひな「わかんないよ……ずっとアメリカで働きたいと思ってたんだよね?わたしのせいで叶うはずだった夢、どうして手放そうとするの……?行かないと……」
心がぐらぐらと揺れる。
"アメリカへ行って欲しい"
これは紛れもない本心だから、
"そばにいて欲しい"
矛盾したもう1つの気持ちを押さえ込もうと、頑張ってそう言ってるのに、
五条「なぁ、ひな?俺は、素直に気持ち伝えた。だから、ひなも素直になってくれないか?本当は大丈夫なんかじゃないよな。ひなの方が大丈夫じゃないはずなんだ。俺はひなのそばにいたい、ひなも俺にそばにいて欲しい。それじゃダメか?」
って、見抜いたこと言って優しくするから、
ひな「ぅぅ……グスン……うぅ……っ、うわぁ~ん!!」
感情が大爆発してしまった。
五条「大きな事故に遭ったんだ。ひなが自分で思う以上に、ひなは今大丈夫じゃない。心も身体もゆっくり休めないといけない。そんなひなを、1人で頑張らせるわけにいかないだろ?」
ひな「でもっ、ヒック……で……ヒック、も……っ……ヒック」
五条「俺がアメリカに行きたいって、ひなに相談したんだもんな。だから、俺には行って欲しいって思ってくれたんだよな」
ぐちゃぐちゃに泣いて上手く話せないわたしの代わりに、五条先生が答えてくれる。
わたしはそれにコクンと頷く。
五条「でもな、それは心配しなくて大丈夫だ。アメリカに行かないって言っても、延期ってことになっただけで、俺が向こうで働くチャンスを失ったわけじゃない」
ひな「えっ……?ヒック、ヒック」
五条「ひなの留学と違って、俺は行きたいと言えばいつでも行けるし、ひなが元気になったら行こうと思ってる」
ひな「ほん……っ、と……?ヒック」
五条「あぁ。だから、まずは一緒に元気になろう。元気になって、俺のこと安心させて?先のことはそれからまた一緒に考えよう。俺はそうしたいけど、ひなはどう思う?」
五条先生がまたアメリカに行けるなら、今は五条先生と一緒にいたい。
甘えていいのなら、今はそばにいて欲しい……。
アメリカなんか行かないで。
心も身体も痛くてつらくて仕方ない。
だから、お願い。
少しの間だけ、ずっとそばにいて……
ひな「ぅぅっ……ヒック……うぅ……ぅっ……ヒック、ヒック」
もう何も言葉が出なかった。
溢れる涙をそのままに、五条先生の顔を見上げ背中をぎゅぅっと掴む。
すると五条先生は、わかったと言わんばかりに微笑んで、
五条「最初からそう言えばいいのに、強がって。俺はいるから安心しろ。最近のひなは少し大人になり過ぎてんだな。辛い時は辛い、甘えたい時は甘えたいで、我慢なんてしなくていいのに。ほら、今日はいっぱい泣いてスッキリしよう。それで明日から少しずつ頑張ろうな」
と言って、わたしの頭や背中を撫でてくれた。
そして、わたしはこの数週間溜め込んだ感情を全部吐き出して、疲れ果てて眠るまで、五条先生の胸で何時間も泣き続けた。
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