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病院生活のはじまり
しおりを挟む——3日後
コンコンコンッ——
真菰「ひなちゃん、おはよう!」
朝、8時50分。
まこちゃんが明るい声で部屋に入ってきた。
もう病院に来て1週間。
この1週間で、わたしを取り巻く全てのものが変わった気がする。
あの人が捕まったと聞いてから、わたしは今なにがどうなってるんだかわからない。
喘息のことも、改めて五条先生が説明してくれたけど、あんまり聞いてなかったのかよくわからない。
あの人がいなくなれば、殴られることがなくなれば、幸せになれると思ってたのに……。
現実は、まったくそうじゃなかった。
わたし、これからどうなるの……?
真菰「あれ、ひなちゃんごはん食べられなかった?」
ほとんど手付かずのごはんを見てまこちゃんが言う。
昨日から食事が出てるけど、まったく食欲が湧いてこない。
食べ物が目の前にあるのに食べたくないなんて初めて……。
……コクッ
と、まこちゃんに頷いた。
真菰「そっか。これから少しずつ食べられるようになろうね!」
まこちゃんは本当に優しい。
いつもニコニコしてて、怒ったりしない。
真菰「ひなちゃん、お熱測るねー」
ビクッ……
まこちゃんが脇に体温計を挟むんだけど、こうしていつも身体が震える。まこちゃんは怖いわけじゃないのに。
そして、ピピッと音がなってまこちゃんが体温計を取るとき、またビクッてなった。
ごめんね、まこちゃん……。
真菰「次は血圧測るねー」
今度は血圧。
ここでは、毎朝体温と血圧を測るみたい。
右腕の袖がまくられて、カフを腕に巻きつけられる。
シュッ、シュッ、シュッ、シュッ……
まこちゃんが加圧を始めると、腕がきゅーっと締め付けられてきて少し痛い。それに、血管がドクドクして怖い。
そして、ここでも毎回身体がビクッとなってしまう。
真菰「ごめんね、ちょっと腕がきつくなって痛いよね。すぐ終わるからね」
と、まこちゃんはわたしの気持ちがわかるのか、いつも優しく声をかけながらやってくれる。
そして、血圧を測り終える頃に五条先生がやってくる。
五条「おはよう。気分はどうだ?」
気分がいい日なんて、わたしの人生にあるわけない……。
毎日があの人の恐怖だった。
怖い、痛い、苦しい、つらい……。
今だってこのよくわからない状況に混乱してる。
五条「今日もごはん食べてないな……。お腹空いてないか?」
お腹……
いつもペコペコだったのに、そういえばなんで空かないんだろう……。
五条「スープ、ひと口飲めないか?」
ひな「……」
昨日も同じこと言われた。そして昨日も黙ってた。
五条先生はオーラのせいか、背の高さのせいか、その声のせいか、しゃべり方なのか……
とにかく威圧感がすごい。
そして、怖い。
五条「……胸の音聴くぞ。前開けて」
五条先生は毎朝回診に来てる。
わたしが黙ってても淡々と診察を始める。
真菰「ひなちゃん、ごめんね。前開けさせてね」
まこちゃんってすごいの。
いつの間に?っていう早業で病衣をめくってしまう。
そして、もちろん身体が震え始める。
どうして胸の音なんて聞くんだろう……?
それに、こんな傷だらけの身体を人に見られるなんて……。
たぶん、今日も深呼吸なんてできてない。
だって、身体が震えてるから。
それでも五条先生はいつも真剣に聴診してる。
たった1分ほどのこの静かな時間が、わたしには怖い。
五条「ん、いいぞ」
いや、まだよくない。
だってほら、首を触ったり、目の下をめくったりするんだから。
五条「今日も水はこまめに飲むこと。トイレはまこちゃんと行くこと。それ以外はベッドで大人しくしとくこと。わかったか?」
……コクッ
なんだかんだで、5分くらいしてようやく回診が終わった。
五条先生とまこちゃんが出て行ったあとは、いつも窓の外をぼーっと眺めてる。
そして、そうこうしてるとだんだん眠くなってきて、気づいたら……
スー……スー……
***
~小児科医局~
「「はあぁぁぁ!?」」
神崎「ちょ、ちょっと……!あの~、先輩方?とりあえずね、一旦、落ち着つきましょっ」
五条がひなのの回診に行ってる間、小児科の医局には黒柱の4人が集まっていた。
先日行ったひなのの検査結果をみんなで確認しようとカルテを開いたのだが、最初に記載されてる基本項目を見た途端、宇髄、工藤、藤堂の3人は声を上げて驚いた。
工藤「身長125cm、体重17kgって……。ひなちゃん13才で……あー早生まれか。いや、でもさすがにな……。こりゃ、まずは基本の食事からだぞ。食べさせて体力つけさせなきゃ」
宇髄「家庭ではともかく、学校の健康診断でなんで引っ掛からなかったんだ?」
神崎「それが、警察の話では学校にほとんど行ってなかったみたいなんですよ。小学生の時に学校から児相へ相談された履歴もあったらしいんですけど、なんだかんだで家に帰されたらしくって。それから学校にもほとんど通わなくなったんだとか」
藤堂「まったく、児相は中途半端なことして……。きっと、そこから虐待もエスカレートしたんでしょうね」
工藤「本当によくここまで耐え抜いて来たな。感心するくらいだ……」
するとそこに、回診を終えた五条が戻ってきた。
藤堂「あ、悠仁、お疲れ様。みんなで検査結果見せてもらってたよ。ひなちゃんの様子はどうだった?少しは落ち着いてきた?」
五条「いえ、それが……ずっとぼーっとしていて、食事を取れていませんし、喋りもしません。診察中はずっと身体を震わせています。まこちゃんが体温や血圧を測るだけでもビクビクしてるようで、怯えてるのか、なんなのか……」
神崎「うそ、まこちゃんでもダメ?どうしたら心開いてくれるんだろう。五条先生のことも覚えてないんだっけ?」
五条「えぇ。恐らくもう記憶には残ってないかと」
宇髄「突然病院に運ばれたと思ったら、病気だと言われ、帰る場所もなくなったと言われ。整理できなくて不安なんだろうが、口を聞いてくれないことにはな……。これまでに何があって、何が怖くて、今どんな気持ちなのか。警察の調べでわかることなんてたかが知れてる。彼女にはもっと深い傷や恐怖心がたくさんあるはずだが……」
藤堂「ICUからこっちに来てすぐの時は、家に帰らないと……!ってパニック起こして部屋から抜け出しましたしね」
工藤「気持ちが不安定だと危険だな……。みんなで気をつけて見とかないとな」
こんな調子で、黒柱たちの話し合いはお昼まで続いた。
***
「スー……スー……」
「……おーい」
誰かの声がして目を開けると、五条先生が立ってる。
五条「起きろ。もう13時だぞ。ごはん食べなさい」
え……?もう13時……?
窓の外見てたらまたいつの間にか寝てた……。
とりあえず、眠い目をこすって起き上がる。
…………カクンッ
ぼーっとしてるとまた寝てしまいそうで、首がカクンとしてしまった。
五条「こらっ!!」
ビクッ!!
低い声で叱られて少し目が覚めた。
五条「スープ飲みなさい」
五条先生に言われて、とりあえずスプーンを手に持ってみる。
そして、またウトウトしてしまう。
……カクン
五条「おいっ!!」
ビクッ……!!
また低い声にビクッとなってハッとする。
五条先生の方を見てみると、怒ってるご様子だった。
ひな「……ゴメンナサイ」
消え入るような声でつぶやいた。
五条「そんなに眠いのか?なんで眠いんだ?」
ひな「……」
何も言えずに黙ってると、
五条「昼夜逆転するから、夜まで寝るのは禁止だ。ほら、スープ。ひと口でいいから飲みなさい」
と言われ、スプーンでスープをすくってみたものの、すぐには口に運べない。
わたしはスプーンをじーっと見つめて、
五条先生はわたしをじーっと見つめて、
シュルッ……
何を言うでもなく、わたしがちゃんと飲むのを見守っていた。
すると、突然五条先生のスマホが鳴って、どうやら呼び出しみたいですぐに立ち上がる。
そして、
五条「頑張ってもう少し飲みなさい」
それだけ言って部屋を出ていった。
ひな「……」
飲めない……。
そう思ってスプーンを置いた瞬間、睡魔に襲われまた眠りについてしまった。
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