19 / 58
19 本物の京香との出会い
しおりを挟むすぐ、胡乱な目になってしまう。
それは、中学時代からの腐れ縁の男だ。名を、舟木翔平。ただし。
昔から、積極的に仲が良かったわけではない。
どちらかと言えば、つかず離れず。
有能な男ではある。言い方を変えれば、過ぎるほど賢しい。その上、はしっこい。
能天気に、仲間などと構えていれば、思わぬ方向から噛み付かれるだろう。
なにより。
彼がもたらす情報に助けられたことも多いが、窮地に陥れられたこともしばしばだ。
要するに、信用はできない。割り切った関係でいるのが一番の相手だ。
そして、情報を欲した雪虎から連絡を入れることはあったとしても。
(アイツの方から連絡が来るなんてな…)
あり得ない。
なにか、嫌な予感がする。
…それにしても、うるさい。いつまでたっても鳴りやまない。
雪虎は、心底、いやいやながら電話に出る。
「…なんだ」
不機嫌な応対だったにもかかわらず、
『出てくれてありがとう、神様仏様トラさまっ!!』
初っ端からテンションの高い声で、相手は祝福の声を上げた。
一瞬、鼓膜がバカになりそうだった雪虎は、真顔で告げる。
「じゃあな」
『待って待って待って、お願い話を聞いてぇっ』
「女みたいな悲鳴を上げるな気色悪い」
思わず雪虎はスマホを耳から遠ざけた。何か悪いものでも食べたのだろうか。
もう気持ちは黙って通話を切る方へ傾いている。それを察したか、翔平はすかさず。
『今、トラは県外にいると思うんだけど、それ、オレのせいなんだ』
絶対に雪虎が無視できない言葉を選んでぶつけてきた。さすがだ。
通話を切ろうとしていた雪虎の指が止まり、
「あぁ?」
予想外の告白に、声がさらに地を這う。つい、唸った。
「今、何を企んでいる」
雪虎が何かを聞く前に翔平が、雪虎の現在の状況の責任が自分にあると自白した理由に警戒心が湧く。
雪虎の警戒に、翔平が慌ててかわい子ぶる。
『ヤダな、企むなんて! 単純にそういうお仕事が入ってねっ』
「だとしても、理由もなく仕事内容を話すか? お前が」
『そ、そんなことだって、あ…るかもしれないじゃん』
雪虎の声に遊びのない苛立ちを察したか、電話向こうで、ぐず、と鼻をすする音。
(なんだこいつ、本気で泣いてないか?)
―――――まさかと思うが。
電話向こうの光景など、当たり前だが、見えない。
だが今、その見えない場所で、尋常でない事態が起きているのではないだろうか。
仕方なく、スマホを耳に当てなおす。
「…そうか。だったら」
要求したところで、本来なら、翔平は答えないだろう、そういう質問を雪虎は口にした。
「なんで俺を売ることになったのか、一から話せ」
これで話さなければ、終わりだ。
向こうがどのような状態だろうが、雪虎は知ったことではない。果たして、翔平は。
『ぅぐ…、実はね、ナオに腕のいい殺し屋を紹介しろって言われて』
さらっと話し出された本題が重かった。翔平が、ナオというからには、尚嗣のことだ。
雪虎はまたスマホを離したくなった。
昨夜、尚嗣からきた連絡と、この状況から考えるに。
おそらく尚嗣は―――――恭也の敵対者側に依頼をした側の人間だ。直接的にか間接的に課は知らないが。
いや、あの男のことだ、絶対に、自分だけは泥をかぶらないような保険をかけているはず。なんにしろ。
(また恨まれるな…)
雪虎が顔をしかめる間にも、翔平はぺらぺら話し続ける。
『話をつけた相手から、今度は、死神のことをなんでもいい、調べ上げたらまた別枠で報酬をやるって言われて』
雪虎は思わず眉間を押さえた。
「話の流れからなんとなくそうだと思ってたが…というか、俺と死神に関係があるって情報源はどこだ」
翔平は、雪虎とは付き合いが浅い。
なぜそんな機密事項を知っているのか…いや、それがこの男である。
結局、尋ねた情報源についてはひとつも触れず、翔平はぎゃあぎゃあわめきたてた。
『だってぇ! 提示された金額が尋常じゃなかったんだもんっ。情報公開に対してかかる圧力だってなかったしっ』
正直、同世代の男がこういう話し方をするのは、鳥肌モノだ。
にしても圧力。
どこの誰が、と聞いたところで、翔平のことだ、答えないだろう。
代わりに、雪虎は冷静に繰り返した。
「普通に話せ」
『はい』
震える声で大人しくなる翔平。
「…それで? そんなことをわざわざ被害者の俺に報告する意味は何だ」
『理由は、―――――ひとつさ』
真剣な声で格好よく告げたかと思いきや。
『ユルシテクダサイ』
?
雪虎は半眼になった。首を傾げる。
―――――コイツは今更、何を言っているのか。
『も、もちろん、ただでとは言わない!』
雪虎の沈黙に怯えるように、
『オレはトラの奴隷になる! なるったらなる!!』
? ?
突拍子もないことを言い出した。いらない。めんどい。
『何でも言うこと聞く、情報だって、トラに率先して渡す! トラに不利なことはしない!』
? ? ?
「おい、…おい、なあ、情報屋」
相手の勢いを削ぐべく、口を挟む雪虎。
「おまえさ…自分の口約束が俺に信用してもらえるとか、本気で思ってるか?」
熱でもあるんじゃないか、と半ば本気で心配すれば、
『なんだったら契約書作るよ!? 法的束縛まで持たせちゃうよっ!? 弁護士の知り合いなら世界中合わせたら星の数ほどいるしねっ! むしろ精神的束縛でもいい、いま、すぐ、ここで―――――か、紙とペンをくれ、いえ、ください!』
? ? ? ?
今、彼の周囲に誰かいるのだろうか。
雪虎には分からない。分からないが。…なにやら、相手が心底切羽詰まっていることは理解した。
それは、中学時代からの腐れ縁の男だ。名を、舟木翔平。ただし。
昔から、積極的に仲が良かったわけではない。
どちらかと言えば、つかず離れず。
有能な男ではある。言い方を変えれば、過ぎるほど賢しい。その上、はしっこい。
能天気に、仲間などと構えていれば、思わぬ方向から噛み付かれるだろう。
なにより。
彼がもたらす情報に助けられたことも多いが、窮地に陥れられたこともしばしばだ。
要するに、信用はできない。割り切った関係でいるのが一番の相手だ。
そして、情報を欲した雪虎から連絡を入れることはあったとしても。
(アイツの方から連絡が来るなんてな…)
あり得ない。
なにか、嫌な予感がする。
…それにしても、うるさい。いつまでたっても鳴りやまない。
雪虎は、心底、いやいやながら電話に出る。
「…なんだ」
不機嫌な応対だったにもかかわらず、
『出てくれてありがとう、神様仏様トラさまっ!!』
初っ端からテンションの高い声で、相手は祝福の声を上げた。
一瞬、鼓膜がバカになりそうだった雪虎は、真顔で告げる。
「じゃあな」
『待って待って待って、お願い話を聞いてぇっ』
「女みたいな悲鳴を上げるな気色悪い」
思わず雪虎はスマホを耳から遠ざけた。何か悪いものでも食べたのだろうか。
もう気持ちは黙って通話を切る方へ傾いている。それを察したか、翔平はすかさず。
『今、トラは県外にいると思うんだけど、それ、オレのせいなんだ』
絶対に雪虎が無視できない言葉を選んでぶつけてきた。さすがだ。
通話を切ろうとしていた雪虎の指が止まり、
「あぁ?」
予想外の告白に、声がさらに地を這う。つい、唸った。
「今、何を企んでいる」
雪虎が何かを聞く前に翔平が、雪虎の現在の状況の責任が自分にあると自白した理由に警戒心が湧く。
雪虎の警戒に、翔平が慌ててかわい子ぶる。
『ヤダな、企むなんて! 単純にそういうお仕事が入ってねっ』
「だとしても、理由もなく仕事内容を話すか? お前が」
『そ、そんなことだって、あ…るかもしれないじゃん』
雪虎の声に遊びのない苛立ちを察したか、電話向こうで、ぐず、と鼻をすする音。
(なんだこいつ、本気で泣いてないか?)
―――――まさかと思うが。
電話向こうの光景など、当たり前だが、見えない。
だが今、その見えない場所で、尋常でない事態が起きているのではないだろうか。
仕方なく、スマホを耳に当てなおす。
「…そうか。だったら」
要求したところで、本来なら、翔平は答えないだろう、そういう質問を雪虎は口にした。
「なんで俺を売ることになったのか、一から話せ」
これで話さなければ、終わりだ。
向こうがどのような状態だろうが、雪虎は知ったことではない。果たして、翔平は。
『ぅぐ…、実はね、ナオに腕のいい殺し屋を紹介しろって言われて』
さらっと話し出された本題が重かった。翔平が、ナオというからには、尚嗣のことだ。
雪虎はまたスマホを離したくなった。
昨夜、尚嗣からきた連絡と、この状況から考えるに。
おそらく尚嗣は―――――恭也の敵対者側に依頼をした側の人間だ。直接的にか間接的に課は知らないが。
いや、あの男のことだ、絶対に、自分だけは泥をかぶらないような保険をかけているはず。なんにしろ。
(また恨まれるな…)
雪虎が顔をしかめる間にも、翔平はぺらぺら話し続ける。
『話をつけた相手から、今度は、死神のことをなんでもいい、調べ上げたらまた別枠で報酬をやるって言われて』
雪虎は思わず眉間を押さえた。
「話の流れからなんとなくそうだと思ってたが…というか、俺と死神に関係があるって情報源はどこだ」
翔平は、雪虎とは付き合いが浅い。
なぜそんな機密事項を知っているのか…いや、それがこの男である。
結局、尋ねた情報源についてはひとつも触れず、翔平はぎゃあぎゃあわめきたてた。
『だってぇ! 提示された金額が尋常じゃなかったんだもんっ。情報公開に対してかかる圧力だってなかったしっ』
正直、同世代の男がこういう話し方をするのは、鳥肌モノだ。
にしても圧力。
どこの誰が、と聞いたところで、翔平のことだ、答えないだろう。
代わりに、雪虎は冷静に繰り返した。
「普通に話せ」
『はい』
震える声で大人しくなる翔平。
「…それで? そんなことをわざわざ被害者の俺に報告する意味は何だ」
『理由は、―――――ひとつさ』
真剣な声で格好よく告げたかと思いきや。
『ユルシテクダサイ』
?
雪虎は半眼になった。首を傾げる。
―――――コイツは今更、何を言っているのか。
『も、もちろん、ただでとは言わない!』
雪虎の沈黙に怯えるように、
『オレはトラの奴隷になる! なるったらなる!!』
? ?
突拍子もないことを言い出した。いらない。めんどい。
『何でも言うこと聞く、情報だって、トラに率先して渡す! トラに不利なことはしない!』
? ? ?
「おい、…おい、なあ、情報屋」
相手の勢いを削ぐべく、口を挟む雪虎。
「おまえさ…自分の口約束が俺に信用してもらえるとか、本気で思ってるか?」
熱でもあるんじゃないか、と半ば本気で心配すれば、
『なんだったら契約書作るよ!? 法的束縛まで持たせちゃうよっ!? 弁護士の知り合いなら世界中合わせたら星の数ほどいるしねっ! むしろ精神的束縛でもいい、いま、すぐ、ここで―――――か、紙とペンをくれ、いえ、ください!』
? ? ? ?
今、彼の周囲に誰かいるのだろうか。
雪虎には分からない。分からないが。…なにやら、相手が心底切羽詰まっていることは理解した。
0
お気に入りに追加
121
あなたにおすすめの小説

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
隠れドS上司をうっかり襲ったら、独占愛で縛られました
加地アヤメ
恋愛
商品企画部で働く三十歳の春陽は、周囲の怒涛の結婚ラッシュに財布と心を痛める日々。結婚相手どころか何年も恋人すらいない自分は、このまま一生独り身かも――と盛大に凹んでいたある日、酔った勢いでクールな上司・千木良を押し倒してしまった!? 幸か不幸か何も覚えていない春陽に、全てなかったことにしてくれた千木良。だけど、不意打ちのように甘やかしてくる彼の思わせぶりな言動に、どうしようもなく心と体が疼いてしまい……。「どうやら私は、かなり独占欲が強い、嫉妬深い男のようだよ」クールな隠れドS上司をうっかりその気にさせてしまったアラサー女子の、甘すぎる受難!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

ナイトプールで熱い夜
狭山雪菜
恋愛
萌香は、27歳のバリバリのキャリアウーマン。大学からの親友美波に誘われて、未成年者不可のナイトプールへと行くと、親友がナンパされていた。ナンパ男と居たもう1人の無口な男は、何故か私の側から離れなくて…?
この作品は、「小説家になろう」にも掲載しております。

【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。

マッサージ
えぼりゅういち
恋愛
いつからか疎遠になっていた女友達が、ある日突然僕の家にやってきた。
背中のマッサージをするように言われ、大人しく従うものの、しばらく見ないうちにすっかり成長していたからだに触れて、興奮が止まらなくなってしまう。
僕たちはただの友達……。そう思いながらも、彼女の身体の感触が、冷静になることを許さない。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる