末っ子ショタのイケオジ化計画~婚約破棄?じゃあ僕が貰っていいよね?~

藤 都斗(旧藤原都斗)

文字の大きさ
上 下
43 / 43

めでたしめでたし?

しおりを挟む
 


「リズ! なんだこの手紙は!」

 手には複数の封筒を握りしめながら、父は息を荒げて娘を呼んだ。その背後には母である妻が、不安そうな顔で様子を窺う。
当の娘はというと、バルコニーのテーブルで優雅にお茶を嗜んでいるところだった。

「どうしたのお父さま。そんなに慌てて……あら? どうしてお父さまがそれを?」

 不思議そうな顔で首を傾げる娘に、父は肩を怒りに震わせた。

「皇室に送る手紙はすべて検閲され、不穏当や不適当な内容の手紙は返送されるのを、知らなかったとでも言うつもりか!!」
「うーん、そんなの書いたかしら……」

 本当に心当たりがないとばかりに困ったように眉根を寄せながら、娘は先ほどとは反対に首を傾げる。そんな娘に、父は大きな音をたてながら握りしめていた封筒をテーブルに叩き付けた。

「“今の皇太子の婚約者は狡猾な悪女”“あなたは騙されている”“はやく目を覚まして”どれもこれも不敬にもほどがあるだろう! これが該当しないと、本気で思っているのか!!」
「なにがダメなのです? ぜんぶただの真実ですわ」
「なにが真実なものか! 皇太子殿下や皇妃殿下、果ては皇帝陛下にまでこんな怪文書を何通も送ろうとするなど、我が家門がどうなるか考えろ!」

 大声で怒鳴る父と、ハラハラと見守る母。そんな夫婦に娘は無邪気に答えた。

「いやだわお父さま、そんなのワタクシが皇太子妃になれば関係なくなりますのに」
「な……!?」

 心底不思議だと言わんばかりの言と、本気でそう思っている自信満々の表情。そんな娘に二人は絶句した。

「それよりも、怪文書だなんてひどいわ。ワタクシ、がんばって書きましたのよ」
「っ……ふざけるのも大概にしろ! あんな手紙なら書かない方がマシだ!」
「どうしてそんなに怒ってらっしゃるの?」

 さすがの父も怒りが爆発した。

「どうして、だと!? お前がそこまで愚か者だとは思わなかった!」
「あなた、もうやめてくださいませ! わたくし達の教育が間違っていたのですわ……!」

 思わず手が出そうになった父を止めたのは、ずっと見守っていた母だ。

「末の子だからと甘やかしたのはわたくし、教育に一切口を出さなかったのはあなた。間違ったのはこの子ではありません……!」
「ぐぅっ……!」

 目に涙を溜めながら父の体を後ろから抱きしめる母に、父は震える手を降ろした。

「リズ、いや、リズベット……! お前は謹慎だ」
「えっ?」

 事態が飲み込めず、終始不思議そうな顔で紅茶を飲もうとしていた娘が驚いて顔を上げる。

「まともな考えができるようになるまで、外には出られないと思え」
「待ってくださいお父さま! そんなの横暴ですわ! お母さまも止めてください!」
「ごめんなさいね、リズベット。わたくしが不甲斐ないばかりに……!」

 さしもの彼女もまさかそんなことになるとは一切考えていなかったらしい。少し考えれば分かることではあるのだが、そもそもの話、少しでも考える頭があればここまで愚かになっていないはずなので、自業自得と言えるだろう。

「おい、誰か連れて行け!」
「まってお父さま! そんなのいやです、いやっ、離して! お母さまぁ!」

父の言葉で、待機していた使用人が娘の腕を掴む。嫌がる娘を見て心が痛んだ母は、流れた涙をハンカチで拭った。

「うぅぅ……っ、リズ、わたくし、信じているわ……、あなたが本当は良い子だって……!」

一切止める様子のない母と、厳しい顔で睨んでいるように見える父、兄や姉は、この場にいない。
使用人に至っては、誰も自分と目を合わせようとすらしなかった。

「いやっ、いやあああああぁぁぁ!」

そんな現実を認めたくなかった娘は、大声で叫ぶことしかできなかったのだった。





* * * * * *





 私の婚約者である皇太子殿下が襲撃されたあの日から、早くも一週間が経過した。

側妃カナリア様はご実家に戻されたあと、大鷲ことユークリッド・エイグルス辺境伯様の元へと下賜される形で輿入れする運びとなった。あの日のことはなかったことにされ、辺境伯様の今までの功績を讃えるため、というものすごく怪しい表向きの理由付けがされた。
少し調べれば、問題を起こしたため親子ともども過酷な地へ放逐されたのだと誰しもが思うことだろう。
『辺境』とはそういう意味ではないのだが、先入観というものはこわいものだ。

数日前の見送りの際に、カナリア様がずいぶんと晴れやかな顔をしているように見えたのが印象的だった。
側妃という立場は、あのひとにとって苦しい場所だったのかもしれない。

 なお、レイン様は継承権剥奪の上で、カナリア様と共に辺境伯様の義理の息子として養子入りする事になったそうだ。

そんな決定をした皇帝陛下を甘いと揶揄する者も出ることだろう。しかし周囲からそう見られるということは、そう扱われるということ。
つまり彼らは、死んだ方がマシだったと思うような気持ちにさせられるほど、行く先々で様々な人々に追い詰められるのだろう。

その上、母に裏切られたと思っているだろうレイン様は、辺境伯家ですら肩身の狭い思いをするはずだ。
そう仕向けたのはカナリア様なので、今後彼の心が安らぐかどうかは彼女次第だろうか。

反旗を翻さないようにと辺境伯様の厳しい監視の元、性根その他諸々を叩き直す為に地獄の日々を送り始めた彼は、何を思うだろう。
私には分からないし、もはや知りたくもないが、母を思う気持ちは理解出来るので頑張って更生してもらいたい。出来るかは知らんが。

 それから、彼の婚約者であるはずのリズベット様がどうなったかというと、あまりのお花畑脳に危機感を感じたご実家が軟禁を始めた。
きっと今頃は悲劇の主人公のように振る舞っていることだろう。あそこまで花畑では難しいかもしれないが、出来ればご両親は頑張ってあの意味不明な思考回路の矯正をして頂きたいところである。
結果次第では娘の婚約を辞退したい、とご実家が宣言をするくらいには、相当アレらしいが。

嫌な予感しかしないので矯正は無理かもしれない。

 振り返ってみれば、本当に色々とあった。

いきなり婚約を破棄されたかと思えば、弟君である皇太子殿下に告白されるわ、かと思えば理想の男性と出会って心を奪われて馬鹿のようになって皇太子殿下と婚約して。
心苦しく思っていれば、あの男性は実は皇太子殿下で、嬉しいんだか悲しいんだか分からなくなって。
それでも婚約者として頑張って歩み寄ろうとしてたらレイン殿下に襲撃されて、助けるはずの皇太子殿下に、私は助けられた。

不覚にもあの時、私は殿下のあの強さに惹かれてしまった。椅子を投げ飛ばす腕力、一度に複数の相手を殲滅できそうな技量。どれも素晴らしい。
彼の中で私の好みでない部分が、彼の今までの行動でとうとう年齢だけになってしまった。
そして、将来あんな素敵な男性になるのなら私のすることはひとつだけだろう。

 目の前で私を愛おしそうに見つめる殿下を見据え、意を決して口を開く。

「殿下、私はあなたが育つまで待とうと思う」

「あ、それなんですが……、残念なおしらせがあります」
「ん?」

「僕、キャロライン嬢にときめくことで壮年に変化するみたいなんですが、どうも変化すると時が止まるらしくて、いつ成長できるか分からないんですよね」

「そうか、わかった。ときめかないために別れよう」

 前言撤回。あれほどの素敵な男性の存在を消すなど言語道断。それは許されない罪である。
殿下がなにか言っているようだったが、私は無視して席を立ったのだった。








完。







​───────​───────


お付き合い下さりありがとうございました。
今後、続きを書くとすればこの後ではなく別枠で書く予定ですのでここで完結とさせていただきます。

感想やお気に入りなど、お気軽にどうぞ。今後の執筆の励みとなります。
また次回作でお会いしましょう。
ありがとうございました。( ´ ▽ ` )


 
しおりを挟む
感想 1

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(1件)

花雨
2021.08.12 花雨

作品登録しときますね(^^)

藤 都斗(旧藤原都斗)
2021.08.12 藤 都斗(旧藤原都斗)

ありがとうございます!!!( ´ ▽ ` )

解除

あなたにおすすめの小説

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

それぞれのその後

京佳
恋愛
婚約者の裏切りから始まるそれぞれのその後のお話し。 ざまぁ ゆるゆる設定

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢カテリーナでございます。

くみたろう
恋愛
………………まあ、私、悪役令嬢だわ…… 気付いたのはワインを頭からかけられた時だった。 どうやら私、ゲームの中の悪役令嬢に生まれ変わったらしい。 40歳未婚の喪女だった私は今や立派な公爵令嬢。ただ、痩せすぎて骨ばっている体がチャームポイントなだけ。 ぶつかるだけでアタックをかます強靭な骨の持ち主、それが私。 40歳喪女を舐めてくれては困りますよ? 私は没落などしませんからね。

子持ちの私は、夫に駆け落ちされました

月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。

婚約破棄してくださって結構です

二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。 ※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。