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めでたしめでたし?
しおりを挟む「リズ! なんだこの手紙は!」
手には複数の封筒を握りしめながら、父は息を荒げて娘を呼んだ。その背後には母である妻が、不安そうな顔で様子を窺う。
当の娘はというと、バルコニーのテーブルで優雅にお茶を嗜んでいるところだった。
「どうしたのお父さま。そんなに慌てて……あら? どうしてお父さまがそれを?」
不思議そうな顔で首を傾げる娘に、父は肩を怒りに震わせた。
「皇室に送る手紙はすべて検閲され、不穏当や不適当な内容の手紙は返送されるのを、知らなかったとでも言うつもりか!!」
「うーん、そんなの書いたかしら……」
本当に心当たりがないとばかりに困ったように眉根を寄せながら、娘は先ほどとは反対に首を傾げる。そんな娘に、父は大きな音をたてながら握りしめていた封筒をテーブルに叩き付けた。
「“今の皇太子の婚約者は狡猾な悪女”“あなたは騙されている”“はやく目を覚まして”どれもこれも不敬にもほどがあるだろう! これが該当しないと、本気で思っているのか!!」
「なにがダメなのです? ぜんぶただの真実ですわ」
「なにが真実なものか! 皇太子殿下や皇妃殿下、果ては皇帝陛下にまでこんな怪文書を何通も送ろうとするなど、我が家門がどうなるか考えろ!」
大声で怒鳴る父と、ハラハラと見守る母。そんな夫婦に娘は無邪気に答えた。
「いやだわお父さま、そんなのワタクシが皇太子妃になれば関係なくなりますのに」
「な……!?」
心底不思議だと言わんばかりの言と、本気でそう思っている自信満々の表情。そんな娘に二人は絶句した。
「それよりも、怪文書だなんてひどいわ。ワタクシ、がんばって書きましたのよ」
「っ……ふざけるのも大概にしろ! あんな手紙なら書かない方がマシだ!」
「どうしてそんなに怒ってらっしゃるの?」
さすがの父も怒りが爆発した。
「どうして、だと!? お前がそこまで愚か者だとは思わなかった!」
「あなた、もうやめてくださいませ! わたくし達の教育が間違っていたのですわ……!」
思わず手が出そうになった父を止めたのは、ずっと見守っていた母だ。
「末の子だからと甘やかしたのはわたくし、教育に一切口を出さなかったのはあなた。間違ったのはこの子ではありません……!」
「ぐぅっ……!」
目に涙を溜めながら父の体を後ろから抱きしめる母に、父は震える手を降ろした。
「リズ、いや、リズベット……! お前は謹慎だ」
「えっ?」
事態が飲み込めず、終始不思議そうな顔で紅茶を飲もうとしていた娘が驚いて顔を上げる。
「まともな考えができるようになるまで、外には出られないと思え」
「待ってくださいお父さま! そんなの横暴ですわ! お母さまも止めてください!」
「ごめんなさいね、リズベット。わたくしが不甲斐ないばかりに……!」
さしもの彼女もまさかそんなことになるとは一切考えていなかったらしい。少し考えれば分かることではあるのだが、そもそもの話、少しでも考える頭があればここまで愚かになっていないはずなので、自業自得と言えるだろう。
「おい、誰か連れて行け!」
「まってお父さま! そんなのいやです、いやっ、離して! お母さまぁ!」
父の言葉で、待機していた使用人が娘の腕を掴む。嫌がる娘を見て心が痛んだ母は、流れた涙をハンカチで拭った。
「うぅぅ……っ、リズ、わたくし、信じているわ……、あなたが本当は良い子だって……!」
一切止める様子のない母と、厳しい顔で睨んでいるように見える父、兄や姉は、この場にいない。
使用人に至っては、誰も自分と目を合わせようとすらしなかった。
「いやっ、いやあああああぁぁぁ!」
そんな現実を認めたくなかった娘は、大声で叫ぶことしかできなかったのだった。
* * * * * *
私の婚約者である皇太子殿下が襲撃されたあの日から、早くも一週間が経過した。
側妃カナリア様はご実家に戻されたあと、大鷲ことユークリッド・エイグルス辺境伯様の元へと下賜される形で輿入れする運びとなった。あの日のことはなかったことにされ、辺境伯様の今までの功績を讃えるため、というものすごく怪しい表向きの理由付けがされた。
少し調べれば、問題を起こしたため親子ともども過酷な地へ放逐されたのだと誰しもが思うことだろう。
『辺境』とはそういう意味ではないのだが、先入観というものはこわいものだ。
数日前の見送りの際に、カナリア様がずいぶんと晴れやかな顔をしているように見えたのが印象的だった。
側妃という立場は、あのひとにとって苦しい場所だったのかもしれない。
なお、レイン様は継承権剥奪の上で、カナリア様と共に辺境伯様の義理の息子として養子入りする事になったそうだ。
そんな決定をした皇帝陛下を甘いと揶揄する者も出ることだろう。しかし周囲からそう見られるということは、そう扱われるということ。
つまり彼らは、死んだ方がマシだったと思うような気持ちにさせられるほど、行く先々で様々な人々に追い詰められるのだろう。
その上、母に裏切られたと思っているだろうレイン様は、辺境伯家ですら肩身の狭い思いをするはずだ。
そう仕向けたのはカナリア様なので、今後彼の心が安らぐかどうかは彼女次第だろうか。
反旗を翻さないようにと辺境伯様の厳しい監視の元、性根その他諸々を叩き直す為に地獄の日々を送り始めた彼は、何を思うだろう。
私には分からないし、もはや知りたくもないが、母を思う気持ちは理解出来るので頑張って更生してもらいたい。出来るかは知らんが。
それから、彼の婚約者であるはずのリズベット様がどうなったかというと、あまりのお花畑脳に危機感を感じたご実家が軟禁を始めた。
きっと今頃は悲劇の主人公のように振る舞っていることだろう。あそこまで花畑では難しいかもしれないが、出来ればご両親は頑張ってあの意味不明な思考回路の矯正をして頂きたいところである。
結果次第では娘の婚約を辞退したい、とご実家が宣言をするくらいには、相当アレらしいが。
嫌な予感しかしないので矯正は無理かもしれない。
振り返ってみれば、本当に色々とあった。
いきなり婚約を破棄されたかと思えば、弟君である皇太子殿下に告白されるわ、かと思えば理想の男性と出会って心を奪われて馬鹿のようになって皇太子殿下と婚約して。
心苦しく思っていれば、あの男性は実は皇太子殿下で、嬉しいんだか悲しいんだか分からなくなって。
それでも婚約者として頑張って歩み寄ろうとしてたらレイン殿下に襲撃されて、助けるはずの皇太子殿下に、私は助けられた。
不覚にもあの時、私は殿下のあの強さに惹かれてしまった。椅子を投げ飛ばす腕力、一度に複数の相手を殲滅できそうな技量。どれも素晴らしい。
彼の中で私の好みでない部分が、彼の今までの行動でとうとう年齢だけになってしまった。
そして、将来あんな素敵な男性になるのなら私のすることはひとつだけだろう。
目の前で私を愛おしそうに見つめる殿下を見据え、意を決して口を開く。
「殿下、私はあなたが育つまで待とうと思う」
「あ、それなんですが……、残念なおしらせがあります」
「ん?」
「僕、キャロライン嬢にときめくことで壮年に変化するみたいなんですが、どうも変化すると時が止まるらしくて、いつ成長できるか分からないんですよね」
「そうか、わかった。ときめかないために別れよう」
前言撤回。あれほどの素敵な男性の存在を消すなど言語道断。それは許されない罪である。
殿下がなにか言っているようだったが、私は無視して席を立ったのだった。
完。
──────────────
お付き合い下さりありがとうございました。
今後、続きを書くとすればこの後ではなく別枠で書く予定ですのでここで完結とさせていただきます。
感想やお気に入りなど、お気軽にどうぞ。今後の執筆の励みとなります。
また次回作でお会いしましょう。
ありがとうございました。( ´ ▽ ` )
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