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こうなりましたか。
しおりを挟む目の前を剣先が通り過ぎていく。
だけど、どれだけ僕が剣の間合い入っていても横や他の角度から別の人の剣が通って軌道がズレていった。
一番危ないはずの僕の背後は、むしろ安全地帯かもしれないくらいだ。
ソファを投げたくらいでは兵士三人を一気に無力化することは出来なかったらしい。まぁいいや、一人は動けなくなったみたいだしそれでいい。
むしろ掌底で兵士を一人昏倒させたキャロライン嬢の方がものすごく強いのだろう。さすがである。
「何をしている!? たかが女と子供だぞ!?」
大きな声で憤慨する兄上の姿が視界の端に入る。
兄上は突っ立ったまま文句だけ言うつもりなのかな。
首謀者が何してんだ早く来いよ。ホントに腹立つなぁこの人。持ってるその剣は指示棒のつもりなのかな。
「そうは言われましても……! おいお前ら! 同時に狙うな!」
「狙ってねぇよ! お前こそなんで同じタイミングで!」
「はぁ!? それはこっちのセリフだ!」
こっちはこっちで仲間割れだろうか。まとまりのない集団である。
その間に僕は倒されてしまっていたテーブルの脚を掴んで一番近くの兵士を殴りつけた。
衝撃でテーブルが分解されてしまったけど、木製だからしかたないね。
「おい! なんなんだよこの女!?」
「がふっ!?」
キャロライン嬢はというと、素手でもう一人地面に沈めているところだった。
兵士といっても全身鎧を着込んでいる訳じゃないから、みぞおちを狙われたらそうなるだろう。
白目で口から色んなものを垂れ流しながら崩れ落ちていく兵士の姿は、若干の哀れさすら感じる。
どうせ女子供相手に鎧なんか要らないだろとか思った結果なんだろうから、自業自得かな。
キャロライン嬢の産まれたのがどういう家だったかとか、まったく考えなかったんだろう。武門の家産まれの令嬢が戦えないとかどうして思ったのかな。
「この程度の突きが内臓に響くとは、鍛え方が足りんな」
鼻で笑ったキャロライン嬢が、とてつもなくカッコイイ。
でもみぞおちって鍛えたらなんとかなるものなんだ、知らなかった。(※なりません)
「キャロライン……貴様……!」
「反逆者に呼ばせる名などない、不愉快だ」
「それは後日そこの子供と貴様に着せられる罪状だ。そして俺は皇太子となる!」
ドヤ顔でいつもの妄言を豪語してるけど、なんかだんだん兄上がかわいそうになってきた。
だってなにやったって変わらないのに、本当に変えられると思ってるんだもん。
「兄上、僕が死んだら本当に皇太子になれると思ってるんですか?」
「それはそうだろう、今更命乞いしても遅いぞ?」
「バカじゃないですか? そんなの次に産まれる母様の子が皇太子になるだけですよ」
「ふざけたことを……! そんな古い慣習に囚われているからこの国はダメなのだ!」
これが慣習だと思い込んでる間は、なにを言っても話は通じなさそうだ。
でもこんな無駄なことに人生の時間を使い潰すなんてもったいないとおもうんだけどなぁ。
ぶるぶると怒りで身を震わせながら、兄上は剣を掲げた。
それが合図だったのか、黒服に身を包んだ人間が大勢あちこちから姿を現す。
それぞれ暗器を携えた黒服は、じりじりと僕たちを取り囲んだ。
「古臭い価値観とともに死ね!」
兄上が掲げた剣を勢いよく振り下ろす。
「ヘルムート殿下っ!!」
それと同時にキャロライン嬢が僕を抱きしめるように庇った。
黒服達の持つ様々な暗器の鋭い切っ先が、僕たちめがけて振るわれる。
用意周到というか、せこいというか、どこまでも卑怯な兄だ。
全部無駄なのに。
「……兄上、僕が皇太子になったのにはちゃんとした理由があるんですよ」
「なん、だと」
僕たちに刃が届くわけがない。
金色の雷電で出来た槍が、全部で十二本。
僕たちの身を守るように周囲を囲むそれは、僕が父様から受け継いだ皇家の血筋の力だ。
「僕ってほら金色の瞳じゃないですか、これは僕がロンギヌスの槍を持って産まれた証拠なんです」
「な、なにをいっている? ロンギヌスの槍は皇位に就く時に前皇帝から手渡されるもので……」
全ての刃物を弾き飛ばし、自動追尾して敵を無力化していくそれに、兄上が顔を引きつらせる。
「あれは祭事用の模倣品ですよ? そしてこれが本物のロンギヌスの槍です」
殺すつもりはないから、黒服も兵士も身動きが取れなくなるくらいで置いておくことにした。だってこの若さで殺人はさすがにキャロライン嬢からドン引かれそうだし。
「そ、そんなばかなことがあるか!」
声を荒らげて喚き散らす兄上が、いっそ哀れだ。
たしかに、兄からすれば常識はずれで認めたくない事実だろう。
しかし、全部どうしようもないことだ。
「むしろ僕はまだまだ未熟なんですよ? たった十二本しか槍が出せないんですから。ちなみに父様は百本近く出せるそうです」
「何を言っている……!?」
「なにって、皇帝陛下がどれだけすごいかを語っているんですが」
「ふざけるな! だって、あれは、おとぎ話のはずで……!! それが事実なら、俺は……!!」
小さな頃に聞かされた父様の英雄譚が、誇張の一切されていない事実なんて知らなかったんだろう。
それは仕方ないことだ。僕だって最近まで知らなかったし。
「だからいったじゃないですか、ちゃんとした理由があるんだって」
「ふざけるな、ふざけるな! そんな、そんなことがあってたまるか! なら、俺は皇太子になれないじゃないか!」
「僕、何度も言いましたよ?」
「うるさい、黙れ黙れ黙れ!!」
兄上がでたらめに剣を振り回した。
普段はもっと洗練されている剣筋なのに、動揺と焦燥でもうめちゃくちゃだ。
そのどれもが、僕に届く前に金色の槍によって弾かれる。
「……どうして……! 俺は母上を幸せにしなきゃいけないのに……!」
「いい加減になさいレインスター、みっともないわ」
聞き覚えのある、優雅で自信たっぷりの声が響き渡った。
堂々とした態度で、そしていつも通りのその人は不敵に笑う。
「まったく、本当にどうしようもないほど愚かな子に育ったわね。全てワタクシの計略だというのに」
つんと澄ました貴族らしいその態度と、彼女の告げた衝撃的な言葉に、兄上を含めて全員の時間が止まったような錯覚を受けたのだった。
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