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そんな気はしてました。

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「皇太子殿下におかれましては、ご機嫌麗しゅう」

 上品に結い上げられた銀色の艶めく髪は、まるで特注した絹糸のようにすら見えた。
宝石のごとくきらめく青い瞳は意志の強い光を宿し、髪と同じ色の形のいい眉と長いまつ毛がそれを飾り付けるように縁取っている。
皇城だからかそれなりに華美な服装ではあるが、むしろそれが彼女の美しさを引き立てていて、うん。今日も僕の婚約者は完璧だ。

「キャロライン嬢、本日もよく来てくださいました」
「……殿下、皇太子ともあろう方が臣下にそのような……」

 何度も会っているけど、僕のこの態度に彼女はまだ慣れていないらしい。
兄から邪険にされていたようだし、しかたないのかもしれない。

「愛しい人に頭が上がらないのは男の宿命ですよ?」
「またそうやって……ワタクシをからかわないでくださいませ」

 ばさりと広げられた扇が彼女の綺麗な唇を覆い隠す。
この国の貴族の女性はこうやって、この話は終わり、という合図を出すらしい。
僕は事前に勉強したので知っていたけど、兄はきっと知らないだろうし、夢見がち乙女で「ワタクシは次の皇妃!」って言いまくってた元婚約者の子ネズミさんがこれを気にしているわけもないだろうし。
パーティとかお茶会とかでやらかして評判どんどん下がってるんだろうな。

 ……どうしよう、ざまあみろとしか思わないや。僕って薄情なのかな。正直どうでもいいけど。
皇太子にそういう感情がないのはやっぱり問題なんだろう。でもあの兄相手だと必要とは思えないんだよなぁ……。

そんなことよりキャロライン嬢のことの方が気になるんだけど、これは愛の深さだしまぁいいか。

うっすらと耳を赤くした彼女が、かわいくてしかたない。

「本気ですよ、それより二人きりの時は口調を戻す約束では?」
「……っ、侍女がいるのでは?」
「安心してください、僕には専属の使用人すらいませんから」
「一国の皇太子に、使用人がいない……だと!?」

 驚きすぎてか口調があのカッコイイものになってしまっている。やっぱりこれが素なんだなぁ、かわいいなぁ。

「むしろ僕はいない方がよかったですよ?」
「……理由をうかがっても?」
「あの兄の派閥の人間が送り込んだ者を側におくより、いない方がマシでは?」
「……なるほど」

 むしろこれは父様からの配慮だったんだと思う。
僕に使用人がいれば、今よりももっとひどい生活になっていたかもしれない。
抱き込まれない保証もないし、その人の忠誠心が高くて拒否した日には、次の日には死んでるかもしれない。
全部“かもしれない”だけど、僕はそれを考えなきゃいけない立場だし、そんなことになる方が嫌だったから。

「ところで、僕はあなたから別の男の話など聞きたくありません」
「いや、まだ何も言ってませんが」

 真顔でそう告げるキャロライン嬢の姿さえも愛おしくてかわいい。

「今、あの兄の話をしようとしたでしょう?」
「この話の流れではむしろ当たり前なのでは」
「それでも僕は嫌なんで、やめてもらってもいいかな」
「……そんなにあの男がお嫌いですか」

 ため息混じりの彼女の言葉に、僕はにっこり笑って断言した。

「いえ、ただの独占欲です」
「は?」

 怪訝そうに僕を見るキャロライン嬢がとてつもなくかわいい。
そんなに予想外だったのかな。何か裏があるんじゃないか、みたいなそんな顔をしている。かわいい。

 そんな僕たちのほほえましいやりとりに、唐突な邪魔が入った。
複数人の乱暴な足音と、鉄の武器や装備の擦れあうガチャガチャという耳障りな音が聞こえてくる。
そしてなにごとかと廊下の方へ意識を向けたその時、僕たちのいる応接室の扉が壊れてしまいそうなほど勢いよく開かれた。

「ヘルムート! 貴様はこれで終わりだ、覚悟しろ!」

 まるで、おとぎ話の中で魔王を前にした勇者みたいな様相で兄が豪語しはじめ、兵士たちが僕たちを取り囲む。
いくらなんでもこんなことするまで愚かとは思わなかったんだけど。

「……兄上、正気ですか?」
「レイン殿下! なんですかこれは!」

 キャロライン嬢が兄上を睨みつけ、僕は僕で冷静にあたりを見回す。いち、にい……兵士は八人か。

「キャロライン、お前は昔から気に入らなかったが殺すほどではなかった。哀れな女だ……ヘルムートの婚約者になれば俺とまた会えるとでも思ったのだろうが……この場にいたのが運の尽きだ。恨むならヘルムートを恨むんだな」

 なにいってんだこいつ。

「俺が皇太子になるには……ヘルムート、お前が邪魔なんだ、悪く思うな。産まれたことを恨め」
「なにをいうかと思えば、兄上って本当にバカなんですね」

 こんなことをしたってなんの意味もないのに。

「ふん、往生際が悪いぞ? 潔く死ね」
「僕が皇太子なのは、兄上が皇太子になれないからなんですが、ご存知ですか?」
「なにを訳の分からないことを……かかれ!」

 いや、まあたしかにそんな反応するだろうとは思ってたけど、兄上単純過ぎない?
ていうか評判更に下げるとか思わないんだ、逆にすごい。

「これに協力する人もする人だけど、なんというか」
「そんなのんきなことを言っている場合か!?」

 兄上の号令で振り下ろされた剣を避けると、すぐそばの机が犠牲になってしまった。
キャロライン嬢も普段の鍛錬の成果なのか、ドレス姿でも難なく避けられたようだ。
しかし、机の上に載っていた紅茶とお菓子も犠牲になってしまって、キャロライン嬢の目が鋭くなっている。かわいい。

「のんきですよ? だって僕、助かりますから」
「そんな自信一体どこから……!」
「あなたを置いて、死ぬわけないじゃないですか」

 兵士たちの斬撃をよけながらも、にっこり笑って断言する。しかし彼女は納得してくれなかった。

「殿下はまたそういうことを……!」

 掌底で兵士を一人昏倒させながら、今はそれどころじゃないから真面目にしろ! とまで言われてしまって、ちょっと傷付く。

「本気なんだけどなぁ」

 近くのソファを持ち上げて兵士たちめがけてぶん投げながら、僕はぽつりと呟いたのだった。


 
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