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まずは調査ですよね。

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 あのあと僕はキャロライン嬢に、出来れば言葉づかいはそのままでいて欲しい、とお願いした。
最初は渋っていたけど、二人だけの時なら……との了承を獲得したので、今後は二人きりになったらあのかっこいい喋り方の彼女を見ることが出来そうである。正直に言う。うれしい。

 ただ、僕を子供扱いし続けるのは婚約者として問題があるので、少しずつでもいいから矯正していってほしいとも伝えた。
これに関しても、出来うる限り善処するという言葉がもらえたので、今はそれで満足しておくことにした。

ほんとは全然満足してないけどね。たったそれだけで満足してしまうほど僕の愛は軽くないです。

「だあああァァァ……!! ぜんっぜん法則が分かんねェェエエ工!!」

 机にかじりつくみたいに頑張って紙と向き合ってたガルじいが、唐突に大声で叫んだ。めちゃくちゃうるさいけど、これはこの人がおじいちゃんだからしかたない。前に読んだ本で、歳を重ねると声が大きくなるってあったからね。
なお、これを本人に言ったら確実に面倒くさいことになるので考えたことすら言わないつもりである。

「しかたありませんよ、禁書に使われてる魔法言語と現在広まってる魔法言語は、系統がまったくちがうんですから」
「わーってるよそんくらい……、だがよォ……とっかかりのひとつかふたつあったっていいじゃねェか……」
「それはたしかにそうですが……」

 がしがしと乱暴に頭を掻きながら、ガルじいがもう一度手元の紙を睨みつける。
あんまり乱暴掻くと毛が抜けちゃうけど、フサフサだから気にしてないんだろうなぁ。

「変化する法則が分かればデメリットも探しやすくなるはずなんだよ……」
「理解しておかなきゃいけないところではありますしね」
「んー……もっかい儂とお前が初めて変化した状況の確認すべきか?」

 うーんうーんと唸りつつ悩むガルじいを横目に、僕もガルじいが書き散らかした紙を一枚手に取った。

「…………ほぼ同時期に変化したところを見ると、変化までに時間がかかるということかと思いましたが……」
「あァ、それなら解除までの時間が短時間ってのが引っかかる」
「不完全な魔法だったがゆえに短時間だったということかもしれません」

 仮説としてはそんなに間違っていなさそうなのに、ガルじいは納得が出来ていないようだった。

「……たしかに魔法は不完全だったが、なァんかそれだけじゃねェ気がすンだよなァ」
「とはいえ、煮詰まってきましたね」

 この様子だと、あと三日はこのままな気がする。それはとてもめんどくさい。

「そうなんだよなァ……、えーと、お前が最初に変化したのは愛しの婚約者ちゃんに会った時だろ?」
「はい」
「儂は部屋で魔力の回復ポーション飲んだ時だった」
「見事にぜんぜんちがいますね」
「そーなんよなァ……」

 盛大に溜め息を吐き出すガルじいに、僕は自分が考えていたことを言ってみることにした。
これが本当にそうかは分からないけど、ハッキリさせておいて損は無い気がしたから。

「でも僕とガルじいじゃ、使った数字が違ったじゃないですか」
「……あァ、そういや、使った数字が違うからか、結果に全然違う知らん魔法言語がいくつか出てきてたな」
「ということは、僕とガルじいでは、違う魔法になっている可能性があるのでは?」

 もしかしたらそうなんじゃないか、くらいの軽さだったけど、頭が固いおじいちゃんのガルじいは目からウロコが落ちたみたいな顔で僕を見たあと、真剣な顔で短い顎髭をさすった。

「……なるほど、系統が同じだけの別の魔法として仕上がった可能性か……ありそうだな」
「だとすれば、僕とガルじいで全然違う法則が適用されていても不思議じゃありません」
「たしかに」

 納得したガルじいは、僕たちが使った魔法式をもう一度見直し始める。
そんな中で僕はというと、思いついてしまったそれを確かめたくてうずうずしていた。

「……ガルじい、可能でしたら試しに今、魔力ポーションを飲んでみてくれませんか?」
「ふざけんな、アレ高ェんだぞ?」

 へぇー、そうなんだ。
たしかにそう言われればそうかもしれない。
僕は皇族だから金銭感覚が普通の人よりおかしいとは思うけど、それでもこういうポーション系の回復薬は高いと本にも書いてあった。
それが間違ってないのだとすれば、もしかしなくてもガルじいが言うように高いのだろう。

「大丈夫です、僕はなんとなく法則を理解してきてますから、それの確認です」
「いや、だからアレ高ェんだって」
「……必要経費で落とします」
「ならヨシ!」

 理由を説明したのにグチグチ文句言いそうな顔をされてしまったので、仕方なく経費の話をしたらこれである。
なんで無駄にいい笑顔が返してきてんだよこのじじい。地味に腹立つ。
それ一応国費になるんですけどじじいこの野郎。

「あー……飲むのァ構わねェが、あとでちゃんと説明しろよ?」
「はい」

 当たり前だろ何のために飲ますと思ってんだ、と脳内だけで悪態を吐く。
すると、よっこいせ、とじじ臭く立ち上がったガルじいを目で追い、ついでの気晴らしに他の棚にも視線を送った。
見慣れた景色ながら、こっちの棚に入った薬瓶や薬品は一体なんだろうとぼんやり考える。

「えーと、たしかここに……あったあった。ンじゃ飲むぞ」

 そうやって視線を外していた間に、ゴソゴソとしていたガルじいが、赤紫色の液体が入った小瓶を手に戻って来た。
飲んだら舌が赤紫色になりそうな濃い色の液体が入った、香水が入っててもおかしくなさそうなデザインの小瓶だ。
どんな味がするんだろうとは思ったが、どうせいつか飲むだろうからその時まで楽しみにしておこうと思う。

「はい、いつでもどうぞ」

 僕が止める様子もなくむしろ促すようにそう言ったら、ガルじいは溜め息を吐き出したあと、やけにかっこよく蓋を取ってグイッと一気に煽った。やっぱり地味に腹立つなと改めて認識し直したところで、ガルじいが口を開く。

「…………ほら、特になんも起き」

 言葉の途中で、ぽふん、という若干間の抜けた音と共に、ガルじいがガル少年に変化した。

「……ましたね」

「なんだとっ!?」

 そこに居たのは驚きに目を見開き、ポカーンと口を開けた、僕と同い年くらいの少年の姿だった。


 
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