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魔法具作ります。

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「とまァ、こんな訳だ」
「なるほど……ということは、この部分が一番難しいんですね」

 ガルじいの説明は分かりやすかった。
とはいえ擬音語が多いし、僕以外じゃよっぽどガルじいと長く過ごしていないと訳が分からないかもしれない。

「そうさな、この部分以外だとここが面倒なくらいか。詰め込むのが地味に面倒臭ェのよな」
「え、この式を刻み込むんですよね?」
「この式だ」

 紙面に書かれた魔法式はものすごく長い。
その上でアミュレットに刻むとなると、つい式とアミュレットを見比べてしまう。

「服のデザインなどは、ここですよね?」
「おゥ」

 指差し確認しつつ、ガルじいを見上げる。

「入るんですか?」
「いれるんだよ」

 うん、そっか。無理矢理か。

「…………なるほど。ちなみに失敗するとどうなるんですか?」
「刻み込む途中で爆発する」
「ひぇっ」

 刻み込む作業に魔力を使っているので、それが爆発するとなるとどのくらいの規模になるか想像がつかない。
 魔術式なら軽度で済むだろうけど、魔法式となると刻むときに使う魔力は段違いなのだ。めっちゃこわい。

そうやって怯えていると、準備を進めていたガルじいが溜息を吐いた。

「あのなァお前さん、誰から教えを受けてンのか忘れたか?」
「…………大魔導師ガルガーディンさまですね」

 そういえばこの人大魔導師だった、と思い至って少しだけ気が楽になった。
じっと見ていたアミュレットの内の一つ、赤い紐の方を手に取って、普段着用の魔法式を見る。

「おゥよ、儂の言ってた部分さえ気を付けてりゃ簡単なんだ、気負う必要はねェ」
「……そうなんですか?」
「誰しも初めてがあるからな、練習と思えば……」
「あ、出来ました」

 気が楽になったついでにやってみたらなんかすぐ出来てしまった。
さすがはガルじい、これを見越して僕の緊張を解いてくれたのか。

「うん、気にかけて損した」
「え、なんでですか、僕は嬉しかったですけど」

 なんか真顔が返ってきたんだけどなんでだろう。

「すぐ出来た奴に言われるとイラッとくるな」
「だめなんですか?」
「そういうとこやぞお前」
「よくわかりません」

 僕ちょっと頑張っただけなんだけどどうしてこんな雰囲気なの。

僕が本当に分からない、という顔をしたからだろうか。ガルじいは深く溜息を吐いたあと僕の頭をワシワシと撫でた。

「なんでこういう時だけ子供らしいんだお前」
「いや、子供ですし」
「確かにそうだけど」

 僕を撫でるガルじいは、困惑したような苦笑をしていた。

申し訳ないんだけど、正直な所本当に分からないので勘弁して欲しい。
でも、僕が何かしてしまったというのはヒシヒシと感じている。
僕はいつもこうだ。教師の人も、兄も、なぜか怒らせてしまう。理解出来ないことを頑張って考えるけど、経験がないから分からないまま。

「おい、なんだその顔」
「えっ?」

 突然ガルじいの手が僕の顔を下から挟むように掴んだ。
頬肉に押し出される形で自然と唇がとがり、絵本で見たタコさんのような顔になってしまう。

「なんか今にも泣きそうな顔しやがって、儂ァ別に怒ってねェぞ?」
「……ふぁにふゆんえすか」

 不思議そうに言うガルじいの目をちゃんと見れなくて、視線を逸らしてしまった。 
するとガルじいは僕の顔から手を離して何故か楽しそうに笑う。

「ははァん、さてはお前さん、今までにも似たような感じで誰かキレさせてきたな?」
「どうして分かるんです?」
「そりゃもちろん、儂にも覚えがあるからなァ」
「……ガルじいにもですか?」

 大魔導師であるガルじいが、僕みたいによく分からない理由で誰かを怒らせるなんて、あるんだろうか。
この偏屈さから考えると逆ならすごく理解出来るんだけど。

不思議に思ってちらりと目を向けると、ガルじいは今まで見たことない優しい顔で笑っていた。

「おゥ、ちょっと新しい式開発したり新しい論文発表したら、古株のヤツらがキレ散らかして来たりしてたんだよ」
「……なぜなんでしょう?」

 僕は知識も経験もないから怒られるのは分かる。
でも、ガルじいは全部持ってるのに、どうしてだろう。

「……当たり前に、しかも簡単に出来たってこたァ才能があるってことだ。つまり誰かに基本的なやり方以外教えられる必要がない。つーこたァそれを目の当たりにしたヤツが何を思うか、分かるか?」
「……えっと、プライドを傷付けられた?」

 教師とか、大体そんな感じだったような気がするからそう言ってみたけど、やっぱり半信半疑だ。

経験が足りないから予測が出来ない。つまるところ情報不足。
僕には、分からないことなのだ。

「んー、まァ本質はそれだから及第点てとこか。
 正解は『自分は苦労したのに全然苦労してないなんて手抜きだ、卑怯だ、この卑怯さを理解させてやろう』だ」

 ガルじいの言葉は、別の世界の人の言葉のように思えるほど、訳が分からなかった。
頭の中で整理して、順序立てて並べてみるけど、それがどうしてこうなるのかさっぱり分からない。

「なんですかそれ」
「知らねェよ、一般人の頭なんてそんな訳分かんねェモンなんだよ」

 ガルじいさえも分からないんじゃ、僕が分かるわけなかった。
そう考えると少しだけ心が軽くなる。

「自分や誰かが苦労したモンは、この世の全ての人間が平等に苦労するモンだと思い込んでいる。
 それ以外の人間は落ちこぼれか規格外の天才……、だがしかし天才なんてそんなにいねェモンだから絶対に落ちこぼれが卑怯なことをしているだけだ、ってよ」
「え、それってつまり、それ以外の人はいないと思ってる……?」

 だとすると、相当偏った考え方だ。
一般人というものがガルじいの言う通りに『そんなもの』であるのなら、僕たちのような人間にとっては、理解不能で相容れない存在なんじゃないだろうか。

「馬鹿が馬鹿である所以の一つだな、世界がやべェほど狭ェのよ」
「……つまり、僕って今までずっとそのバカ基準の『普通』であることを強要されてたんですか?」

 気付いてしまったそれを、確認の為に口にする。

「まァそーだろォな、馬鹿は異質を見付けたら無理矢理普通にしようとすっから。子供の内からならなんとかなると思ってたんだろ、馬鹿だから」
「え、なんですかそれ……はた迷惑過ぎません?」

 なんで僕がそんな目にあわなきゃいけないの……。
僕何もしてないよね? 僕が何したっていうの。
ぼんやりとガルじいを見つめながら、そう思ったのだった。


 
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