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キャロライン、困惑しております。
しおりを挟むキャロライン・エルロンド、16歳。私、恋をしました。
そう言ってしまえば早いが、ことはそう単純ではない。
状況が錯綜し、本当に訳がわからないからだ。
まず皇太子殿下と曲がり角でぶつかった。そこまでは良い。
問題はそこで、突如たくさんの花びらに包まれた殿下と入れ違いに現れた、あの御仁と出会ってしまったことだ。
恐ろしいほど整った麗しい外見と、物腰の柔らかな態度。
白い肌を薄く桃色に染めながら私を見る目は熱っぽく、頭がどうにかなりそうだった。
思い出すだけで顔面に熱が集まり、茹でたカニのようになってしまう。
殿下と同じ金色の瞳と白金髪だったから、きっと高貴な方なんだろう。
他にご兄弟がいたなど聞いた事はないが、もしかしたら何か事情があるのかもしれない。
あの方のことを思い出していると細かい所を考える頭がなくなってしまうので、これ以上の推測が出来ないのが腹立たしい。
必然的にあの方のあの容姿と仕草を思い出してしまうので仕方ないかもしれない。
あのような素敵な方に、よ、よよよよ、横抱きなどされてしまったのだから。
と、とにかく、あの方には内密にして欲しいと言われてしまった。ならば約束は守らねばならない。約束とは守るものだ。
あの方の顔が曇る様など見たくな……いやちょっと見たいけど、ダメだ。それはダメだ。想像だけで胸が張り裂けそうになる。
あの方が誰かなどどうでもいいと思ってしまうくらいには、物凄く私の好みの方だった。その他の疑問も、裸だったことすらもどうでもいい。むしろ眼福だった。鼻血が出るかと思った。
それはもう恐ろしいくらいに美しく、そして素晴らしい肉体美だった。
確かに何故裸だったのか、何故あのように熱っぽく私を見つめたのか、あの時皇太子殿下はどこに行ったのか、謎は多い。
だが、なんかもう全部どうでも良くなるくらいに全てが良かった。大事なことなので二回言ってしまったが大目に見てほしい。
「キャリー、婚約の打診のお断りはどうなった?」
「えっ、あっ……」
話が途中だったことを、お父様の呼び掛けで思い出す。
そして、全てを放置して帰って来てしまったことにも気付いた。完全なるやらかしである。
「どうした、お前らしくもない、何かあったのか?」
「……いえ、なにも」
あの方のことを説明する訳にはいかないから、ぐっと我慢した。
本当はお父様に物凄く素敵な人と出会ったのだと言ってしまいたいが、お父様はきっと反対するだろうから。
「そうか……」
「あの、お父様」
「どうした?」
「ワタクシ、婚約をお受けしようと思います」
真剣な顔でお父様を見つめる。だが心の内には罪悪感がひしめいていた。
「……どうしたというのだ」
「考えた結果なのです、どうかお気になさらないでくださいませ」
あの方が皇族の関係者であるなら、皇太子殿下の関係者であるなら、婚約を断ることは二度と逢えない可能性しか存在していない。
皇城に、公爵家の者とはいえただの令嬢が、呼ばれてもいないのに気軽に訪れることなど出来はしないのだから。
「キャリー、もし我が家のことを考えての決断なら……」
「ご安心くださいお父様、これは一時的な措置でございます」
二度と逢えないより、もしかしたら逢えるかもしれない可能性に賭けたかった。
それが、殿下を欺くことになってしまっても、だ。
あの方を想いながらあの可愛らしい殿下の婚約者に収まるのはとてつもない罪悪感を生むだろう。
それでも、それでも、だ。
「……ふむ?」
「殿下はまだ幼い、ゆえに婚約者が居ないのはお立場に関わりましょう。側にいて、殿下を支える者が必要だと思ったのです」
だってこれは、私の初恋だ。つまり、実らなくても良い。
姿を見ることが出来るだけで良い、それだけでいいのだ。きっとこの恋は報われないから。
正直、これが実らない恋だというのなら、観察くらいさせてもらいたい。そのくらいの自由があったっていいじゃないか。
「それに、新しく婚約者を見付けるにしても高位貴族には適齢の娘がおりません、居てもまだ赤子……、その娘がある程度に育つまではどうしても時間が必要でしょう」
「……その間、お前が婚約者になると?」
「はい」
殿下から私に対する恋心のようなものは今まで感じたこともなかった。
あれはきっと、年上の女性に対する憧れのようなものの延長だろう。
殿下との婚約は、ほど良いところで破棄すればいい。
きっと彼もレイン殿下のようにすぐに私に愛想を尽かし、新たな恋をするだろうから。
「何故そこまでする必要がある? お前は自分が嫁ぎ遅れだと揶揄されても良いのか」
「殿下はきっとその際に新しい婚約者を見付けて下さるでしょう。そんなに薄情な方ではないでしょうから」
そんな女らしいことを考えられるようになるなど、恋というものは恐ろしい。
「……お前がそう望むなら、止めはしない。だが、無理はするな」
「ありがとうございます、お父様」
……というか、本当に自分らしくない考えばかりなんだが、何これやだ。自分が気持ち悪い。
恋というものは、人をこんなにも愚かにさせるものだったのか。
…………………………え、やだ。
正直に言おう、全くもってガラじゃない。
こんな頭の中がお花畑の思考など虫唾が走る。
自分で色々と画策しといてアレなんだが、何これやだ本当に気持ち悪い。
「お父さm」
「さて! そうと決まれば早いところ手紙の返事を書いてしまわねばな」
やっぱりやめようかなと声を掛けようとしたが、既に遅かった。
目の前で婚約を受諾する手紙を書き始め、そしてすぐに書き上げたお父様に何も言えなくなる。
え、手紙仕上げるの早くない?
………………なるほど、これが、自業自得というものなのか。
「……はい、よろしくお願い致します」
なんというか、初めての経験なのに何も嬉しくないんだなぁ、としみじみしてしまったのだった。
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