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外堀から埋めます。
しおりを挟む「そんな訳で父上様、僕はキャロライン嬢が良いです」
「なるほどなるほど、ムーはあの子が気に入っていたのか」
皇帝陛下のお膝の上に乗せられながら、上を見上げる。
整った父様のお顔を下から見ると、自分も将来こんな風になりたいと強く思ってしまう。
緩く波打つ赤髪が獅子の鬣のようで、本当にカッコイイ。
金色の瞳もまるで太陽のようで、この瞳がこの国で代々皇太子に受け継がれている特別な目“ロンギヌスの槍”だなんて誰も思わないだろう。
「だって僕が動いたら均衡崩れるじゃないですか」
「そうだな、ぜーったいめんどくさい事になってただろうなぁ」
「それに、彼女を面倒事に巻き込みたくなかったのです」
「うんうん、そうだな、好きな人には笑ってて欲しいもんな」
少し大袈裟に頷きながら、父様は僕の頭を優しく撫でる。
金色の瞳を細めて、まるで猫可愛がりしてるみたいな様子なのは、僕がまだ七歳という若さだからだろう。
皇帝とは重責の多い仕事ゆえに、常に癒しを必要としているのかもしれない。
母様によく似た顔立ちと色彩の僕は、父様にとって目に入れても痛くない程、可愛がられていた。
きっとそれも兄上にとって、僕が気に入らない要因の一つなんだろう。
だからといってあの言動が許される訳がないんだけど。
「はい、でもあの馬鹿兄が突然婚約破棄とか言い出すから……」
「アレはなぁ……頭悪いからなぁ……」
あ、やっぱり父様からも頭悪いって思われてたんだね兄上。僕も思ってたけど、いざ誰かに言われると本当に頭悪いんだなぁって実感する気がする。
さすがは兄上というか、なんというか。全く尊敬出来ないけど。
「こうなったらもう、交換したらいいじゃんとしか思えなくて……」
「まあいいさ、どうせ皇太子はお前だし、いつか交換しようと思ってたから」
「そうなんですか?」
「うん、だって子ネズミちゃん使えそうにないもん」
めちゃくちゃ軽く断言されてしまって、つい噴き出してしまいそうになった。
どうしても頬が綻んでしまったのは無理からぬことだと思う。
「ふふ、子ネズミって、リズベット嬢のことですか? ピッタリですね、さすが父上様」
「ムーは今日もセレスそっくりで本当に可愛い息子だよ」
よーしよしよしと頭を撫でられて、何だか擽ったい気持ちだ。
だけど、こういう風に贔屓しちゃう父様にも問題があるように思う。
とは言っても、僕としてはとても都合がいいから利用してしまうんだけど。
これらに関しては父様も理解してるだろうけれど、もうちょい色々となんとかならなかったのかなと思わないでもない。
「そういえば母様は今日どんなご様子なんです?」
「いや待ってムー、今思ったけどなんでセレスは母様呼びで俺は父上様呼びなの? もうちょい前まで父様呼びだったよね?」
両手で頬をむにむにされながら、確かめるみたいに真上から覗き込まれた。
お父様の端正なお顔が近くて、つい羨ましくなって見詰めてしまう。
でもそこは気にせず、溜息を吐いた。
「レイン兄上が子供っぽいと馬鹿にしてくるのが面倒くさくて呼び方を試行錯誤してる所なんです」
「えっ? 7歳相手に子供っぽい? アイツ何言ってんの?」
「いや……それは僕もちょっと分かんないです……」
改めて父様に言われると、確かに物凄く意味が分からないという事実に困惑してしまった。
ほんとにあの人何言ってるんだろう。
「……なんだろ、アイツ、補佐の為の教育しか受けてないから変な成長したんかな?」
「うーん……この国で皇太子は正妃の子供だけ、って国の法律で決めてあるんですよね?」
「うんにゃ、確かに法律で決めてもあるけど、この国じゃ正妃の子以外が皇太子になると死ぬんだよね、何故か」
「えっ」
「だからそれを防ぐ為に法律にしてあんのよ」
この金瞳も何故か正妃の子にしか受け継がれねーの、そんなふうにあっけらかんと国の重大機密を暴露する父様は、不思議そうに首を傾げていた。
それ、そんな感じで済ませていいものなんだろうか。
「…………父様は見た事あるんですか?」
「ん? あるよ、俺の腹違いの兄が死んだからね」
「ひぇ……」
感慨深げに目を細める父様の様子に、ほんとに人が死んでるんだなぁ、とちょっとだけ怖くなった。
だけどそれってつまり、それを政治的に利用する事も出来る可能性を示唆しているよね。
利用出来そうなら利用してしまうべきなんだろうけど、これが人為的なものなのか、それとも神様と呼ばれる存在が何かやってるのか……、一体どちらなんだろう。
それが分からないと下手な手を打って大惨事になってしまったりするかもしれないし、……いずれにしろ情報不足が否めない。
「歴史書とかもね、読むと、なんかすげーよ、書庫で見てみ」
「わかりました今度読みに行きます」
どんな情報でも今の僕には必要だ。
皇太子という立場だけど、父様はそれだけでいるような人間を許すような方じゃない。
可愛がってくれているけど、そこまで甘くない人だから。
「で、ムーの愛しのハッカ飴ちゃんは」
「ハッカ飴じゃないです、綿飴です」
「おん、綿飴ちゃんな、綿飴ちゃんは婚約者交換になんて?」
父様の問いに彼女の返答を思い出して悲しくなった。
「……僕は彼女の好みじゃないそうです」
「なるほど、ほんじゃ好みのタイプになりゃいいんでねーの」
「壮年ってどうやったらなれるんですか……?」
「えっ、なにそれ、綿飴ちゃんどんだけ年上がタイプなん、ウケる」
「父様、僕真剣なんですけど」
ぷすすー、なんて気の抜ける噴き出し方する父様をじっと睨むけど、僕の顔面じゃ全然怖くなくて可愛いだけだ。
「悪ィ悪ィ、そーさな、やっぱ書庫行け、魔導書読め」
「なるほど、ありがとうございます父様」
なんか適当に流された気がするけど、確かにそれが一番の近道だと判断した僕は、キラキラした目で父様を見詰めたのだった。
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