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なんだかなぁ。

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 次に目が覚めた時、部屋に広がっていた筈のスプラッタは跡形も無く綺麗サッパリ無くなっていた。

 もしかして全て夢だったのかと軽く焦ったが、壁に空いたままの穴にやっぱり昨夜のあれは現実だったのだと思い知らされた。

 椅子で優雅に寛ぐベリアルに視線をやりながら、ベッドから起き上がる。
 自分で着替えるのが面倒だけど手伝って貰う程じゃないと判断して、ミズキに授けて貰った便利能力、指パッチンで服を着ながら何があったのか事情を聞くと、
 あの後すぐにミズキがやって来て、指パッチンの不思議チート能力で壁の穴以外全て片付けてくれたらしい。

 壁の穴以外。

 いやなんでだ、真っ先になんとかしろよ。
 普通床よりこっちだろ。
 チリひとつ落ちてなくてめっちゃ綺麗だけどそうじゃないだろ。何してんだミズキ。馬鹿。

 「この部屋に来る時に楽だから、穴はそのままにしたいと仰られていた」

 「......何の為のドアだと......」

 淡々としたベリアルの説明に、思わずそんな呟きが口から零れた。

 ドア開けるのなんてそれ程労力いらんだろ、アイツ一体何がしたいの。
 そこまで考えてふと、今更ながら自分が喋れている事に気付いた。

 まだ少し掠れている気がするけど寝る前よりも全然喋れる。
 回復力が高いからか、喋れない程だった喉の痛みも今は忘れた頃に時々ピリッとするくらいだ。

 回復力ハンパないな、さすがチート。
 そんな私の声が出なくなるって一体どれだけ啼かされたんだ私。
 いや、まぁ三日間ぶっ通しだったらしいから仕方ない気はするんだけどさ、薬のせいとはいえ、どんだけだよっていうね。

 そんな風に何でもない事のように考えてみたものの、やっぱり現実は厳しく、普通でいる事は無理だった私は、真横に布団へ倒れ込んだ。

 あ か ん ...!
 やっぱり自分じゃ全く萌えないよコンチクショウ!
 ていうかむしろ何故か今までより恥ずかしくて仕方ない。

 この感情の変化は一体なんなんだ。

 生娘じゃあるまいし、ハジメテという訳でもない。
 むしろ今まで何度となくされて来た行為だった筈なのにも関わらず、やたらに恥ずかしく感じて、ベリアルの目をマトモに見る事が出来ない。

 なんか恥ずかしい。
 めっちゃ恥ずかしい。
 なんなんだマジで。
 意味分からん。

 訳も分からずつらつらと同じ事を何度も考えてしまいながら、布団に転がったまま片手の親指で眉間を押さえた。

 不思議と、いつも心の中に必ず存在していたあの死にたくなる程の自己嫌悪感は、どこにも無くて、
 代わりに、昨晩も感じた満たされたような不可思議な感覚があり、やっぱり訳が分からなかった。

 これは一体なんなんだろう。


 「.........聞いているか、アイレ」

 「っ!」

 突然ベリアルの顔が間近に迫って来て、つい驚いてしまい慌てて起き上がる。
 不意打ちだったせいもあり顔に熱が集まった。

 ベリアルはどうやら私を心配してか、近寄って顔を覗き込んだようだが私はそれどころじゃない。
 ジワジワと体温が上がり、ついベリアルから顔ごと視線を逸らした。

 「......アイレ。我から目を逸らすな、我を見ろ」

 更に近寄り顎を掴まれて、無理矢理顔をベリアルへと向けさせられたが、どうしても彼の目を見る事が出来なくて、勝手に視線が泳いだ。

 「っ、む、無理だ...!」

 うあああごめん本当に無理見れない無理無理無理!

 「............そうか」

 落ち込んだような声音の呟きが耳朶を叩くのと同時に、顎に添えられていた手が、彼が離れて行くのに合わせて降ろされた。
 若干焦りながら手の届きそうな距離で佇むベリアルを見ると、彼はしょんぼりと肩を落としている。
 完全に落ち込んでいた。

 …え、ちょ、いや、待って、あの、えっと。

 現実を理解したせいか、今まで意識していなかった彼の機微が良く分かる。

 今まで彼が落ち込んだような様子を見せた事はあった。
 だが私はそれに対して慌てはしたものの、それら全て見せ掛けで、私を騙そうとしているんじゃないかとどこかで思いながら接していたのだ。

 今なら、彼が真実落ち込んでいるというのが良く分かる。
 今までの落ち込みが全てこんな様子だったのならば、
 いつも彼に、こんな表情をさせていたのか、私は。

 ......本当に、最低だ。

 自分がどれだけ馬鹿だったのか思い知って、ギュ、と布団のシーツを握り締めた。

 今まで感じていたよりも多大な罪悪感に駆られ、胸が苦しい。
 それでもなんとか言葉を発そうとして、考えも纏まらないままに視線をあちこちにさ迷わせ、とにかく言葉を探した。

 「嫌、な訳、じゃない!、ただ......!」

 「......ただ?」

 怪訝そうに尋ね返され、ばちりと視線が合う。
 が、やっぱり耐えられなくて視線を逸らしてしまった。

 それでも私は無理矢理に口を開き、往生際が悪いと思いながらも言い訳を口にする。

 「恥ずかしかった、だけだ...!」

 言ってから、恐る恐る彼を見れば、どこか不思議そうに私を見る彼が居た。

 ......なにその顔。

 「............今更か?」
 「う、うるさい、私だって分かっている!だが何故か恥ずかしいんだ!仕方ないだろう!」

 ついカッとなって噛み付くみたいに捲し立てるけど、やっぱりベリアルの目を見る事は出来なくて、自分で自分に腹が立つ。

 あぁもうチクショウ言うんじゃ無かった余計に恥ずかしいコレ!もうやだ、逃げたい!

 思わずそんな風に考えながら布団を頭に引っ掛けうずくまった時、

 「......我を見てはくれんのか」

 呟くようにぽつりとそう言って、しょんぼりと落ち込むベリアルの姿が布団の隙間から視界に入り、心臓が嫌な音を立てた気がした。

 ぬ、う、ぐうぅうう...!なんで目が合わないくらいでそんなに落ち込むんだ......!

 なんかもう、訳が分からない状態のまま、感情の赴くままに捲し立てる。

 「...わ、私だって、見たくないという訳じゃない」

 イケメンだもの見たいに決まってるじゃないか!だけど乙女な部分が邪魔するんだ!

 「現実を見られるようになったから、だから...!」

 「だから?」

 「っ...お、お前が、あんな事するから...思い出して、恥ずかしくて、それだけだ...!」

 イケメン+現実+あんな事=恥ずかしい。

 そういう事ですこんちくしょう!
 なんかもう訳が分からんのです!
 神経そんな図太くねーから!

 しかし、当の本人は不思議そうな表情を浮かべながら、緩く首を傾けた。

 「貴様は我のモノであり、我は貴様のモノだ。何を恥ずかしく思う事がある」

 きっぱりと告げられた言葉に呆然としてしまったが、すぐに気を取り直して呆れながらベリアルを見つめる。

 いやいや、何言ってんだ。
 つーか何度目だよこの話。
 いい加減にしろよ。飽きて来たよ。

 「私は誰のモノでもないと何度言えば...」

 溜息を吐きながら言ってやれば、ベリアルは腹の立つドヤ顔できっぱりと言い放った。

 「いや、きちんと言質も取った。我を全てくれてやる代わりに、我のモノとなるとな」

 「な...っ!」

 突然の事に頭の中が完全に真っ白になって呆然としてしまった私をよそに、彼はニヤリと口元を緩めながら、いやらしく笑う。

 「理性が無いと、アイレは実に正直になるな」

 え......な、ちょ、ま、うおおおおふざけんなぁあああ!!

 羞恥や焦り、苛立ちその他色々な感情に突き動かされ、私は被っていた布団を叩きつけるように振り払いながら、勢い良く上半身だけ起き上がらせた。

 「そんなものは無効だ!私の意思じゃない!」
 「アレも貴様の意思。故に有効だ」

 ビシッと指を差しながら言い放つが、変わらずニヤニヤと笑いながらそんな事を宣いやがるイケメン。

 腹立つから止めろ笑うなチクショウ!

 「記憶が無いんだぞ!?その間の約束事など!」
 「関係無い」

 いやいやいやいやいやいや関係無い訳あるか!!

 「ふざけるな!でっちあげだ!」

 ベリアルを睨みつけながらそう言い放った瞬間、目の前のイケメンは一度真顔になったかと思えば、ニヤリと、意地が悪そうな笑みを浮かべた。

 「......我が嘘を吐いていると?」
 「それ以外に何を...!」

 反論した途端に、流れるような自然な、隙の無い動作で下から首輪に指を掛けられ、グッとベリアルの方へと引き寄せられた。
 またしても突然の事に、頭の中が白紙になった私は、呆然と目の前の彼を見る。

 深紅の瞳を間近で直視してしまって、何故か動けなくなった。
 動こうと思えば動ける筈なのに体が動かせなくて、戸惑う。

 そんな私を、変わらぬ意地が悪そうな表情でじっと見詰めながら、彼は口を開いた。

 「嘘にしてしまって、本当に良いのか?」
 「...何が、言いたい...!」

 理解出来なくて、訳が分からないままにとにかく無理矢理に問い掛ける。
 すると彼は息が掛かる程の距離で、クスリと笑った。

 「......今、全てを嘘にしてしまえば、我は貴様のモノという事実も嘘となろう」

 告げられた言葉を咀嚼するように、ゆっくりと理解すると同時に、頭の中で様々な思いが入り乱れた。

 別に構わない
              待って、嫌だ

 私は大丈夫だ
              独りは寂しい

    なんだこれ、どうなってる?

 相反する感情に、困惑して更に訳が分からなくなった。

 「我を欲していたのだろう?」

 唄うように問うその言葉は、問い掛けと言うよりも断定的なものを確かめる為だけのもので。

 待って、駄目だ

 だって私は

 「...っ、私は、貴様には相応しく、無い...!」

 口から出た言葉は、搾り出したみたいな、苦しそうな声だった。
 なんだかもう、締め付けられるみたいに胃が痛い。

 自分が何を言いたいのか、どうしたかったのか、分からなかった。

 「もっと他に居るだろう!何故私なんだ!」

 目の前のベリアルを、ただ睨みつけながら言い放って、首輪に掛けられた彼の手を振り払う。
 しかし本人はそんな事をされても気にした様子も無く、溜息混じりに口を開いた。

 「...アイレ、何度言えば理解する?、我は貴様が良いのだ。アイレ以外、何も要らん」

 「...っ、物好きにも程がある!こんな、醜く、卑怯で、傲慢な元人間など、何が良いんだ!」

 私は最低で、逃げてばかりで、つい先日まで現実とも向き合えないような奴だ。
 なのに、何故だ、どうして私なんだ。

 そんな思いと供に吐き捨てるように言ったのに、彼は呆れたみたいな表情で溜息を吐いた。

 「そんなモノどうでもいい」
 「...はぁ!?」

 余りの言葉につい、そんなぞんざいな問いが口から飛び出た。

 ちょっと待てよりによってどうでもいいとはなんだ、重要だろ!
 こっちは真剣なのに何だそれ!
 本人が良いなら大丈夫かもしれんが、だとしても私が許せん!
 なんも良くない!

 そう考えて反論してやろうと口を開いた時、

 「以前も言ったが、貴様がアイレであるならそれで良い。何もかも、どうでもいい」

 そんな言葉と供に真剣な顔でじっと見つめられてしまって、言葉に詰まった。


 「......理解、出来ん。何故だ」

 私の口からこぼれ落ちたそんな言葉は、頼りない、覇気の無い声だった。

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