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なんなんだ。

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 年始の挨拶以降全く帰っていなかった実家へ帰った。
 インターホンを鳴らして玄関を開け、久し振りの母の顔を見る。

 突然の事に驚いた様子を見せる母に、ただいま、と言おうとして

 『あのぅ、どちらさまですか?』

 困ったような表情で、そう尋ねられた。

 不審な者を見る目で私を見る母に、後からやって来た父も私を怪訝そうに見て、

 『君、どこから来たんだ?、勝手に人様の家に入ってはいけないよ』

 そう言って


 そして私の姿は、私では無くて






 「っあ!、ああぁぁあああ!」

 口から出たそんな慟哭と共に勢い良く起き上がる。

 まだ辺りは真っ暗で、どのくらい寝ていたのか分からないが朝日は昇っていないようだった。
 ギュウッとシャツの胸の辺りを握り締めると涙が勝手にボロボロと落ちて、服に染みを作っていった。

 「......っは...、は...っ、はぁっ」

 喉が引き攣り思ったように呼吸が出来なくて、不安定な息を繰り返す。

 「っふ......、...う......ぅ...ッ」

 両手で顔を掴むように覆いながら、心臓すら締め付けてくるような恐怖に、ただ泣いた。

 なんて、酷い夢

 酷すぎて、悲しすぎて、辛すぎて、苦しい。

 あれは、あの話が本当なら、実際に起こる未来なんだろう。

 私を知っている筈の人が、私を知らない恐怖
 私は知っているのに、一緒に笑った記憶があるのに、彼らは私を知らない

 「いや、いやだ......、ひとりは...、いやだ......!」

 押し寄せる孤独感に、涙が止まらなかった。

 「傍にいてやる、今は存分に泣け」

 いつの間に居たのか、悪魔はそんな言葉と共に、私を優しく抱きしめた。
 止まらなかった涙が、更に溢れていく。

 「......っ、うぅ......!」

 この男は、本当に卑怯だ。

 どうしてこう、無駄に優しくするんだ
 こんな状態で優しくされたら、縋ってしまう

 縋って、依存して

 それは駄目だ

 絶対に、駄目だ

 「何故だ?」

 「貴様は、悪魔だ......!」


 悪魔は、魔族で。

 魔族には。


 「感情など、無いだろう......!」

 「我は堕天使故、多少なりとも感情は持っている」





 ん?

 ちょっと待ってごめん、本当にごめん。

 なんか今シリアスぶっ飛んだ。

 いや、ちゃんと凄く真剣に聞いてたんだけど、言われた言葉を理解した瞬間スポーンとどっか飛んでった。

 え?

 「......堕天使?」

 「あぁ」


 堕天使、って。

 いや、うん、分かるよ堕天使。
 堕天使な堕天使。
 うん。



 殺伐とした雰囲気の中

 _∧∧∧∧∧∧∧∧_
 > 突然の堕天使 <
  ̄∨∨∨∨∨∨∨∨ ̄



 「......っ!、ぶふっ!」

 あかん、堪え切れんかった駄目だコレ

 「くっ、ははっ、くくくっ」
 「何を笑っている」

 突然笑い出した私を不思議そうに見る悪魔
 だが、これはちょっと止められそうになかった。

 「悪い、貴様が可笑しい訳じゃ、くくくくくくっ」

 眼帯で、V系バンドのギターみたいな外見で、一人称我な悪魔ってだけでも充分お腹いっぱいな中二具合だったのに、ここに来てまさかの

 堕 天 使 !!

 いや、うん、奴はただ真実言っただけなんだろうけどさ、でもね

 「...めちゃくちゃ中二...!」

 思わず腹を抱えながら笑ってしまった。
 一応なんとか笑いを堪えようとしたのだが、我慢すればするだけ笑えてくる悪循環に陥って、なんかもうお腹が苦しい。

 「............まぁ元気になったのならば良いか」

 呆れたような声音につい顔を上げてしまって、奴の顔を見た瞬間余計にもっと笑えてきて更に腹が痛くなった。

 「ぶ...っ!くく、っ悪い、変なツボに、くくくくっ......!」

 「別に構わんがな」

 いや堕天使マジヤバいわ
 中二ハンパないわ
 響きが中二だもんもう

 腹筋割れるかもしれんコレ

 そんな感じに暫く笑い続けた後、ようやくなんとか平常心を取り戻した私は、奴と距離を取りながら確認の為にと口を開いた。

 「......堕天使、には感情があるのか?」

 いかんまたぶり返すかと思って若干どもった。
 落ち着け私、平常心平常心。

 「多少だが、ある」

 淡々と答える悪魔を見詰めながら、振り返しそうになる笑いを深呼吸で沈める。

 成る程、そうなのか。
 んー...、良く分からんな...。

 「......ルイと同程度と考えれば良いのか?」

 「あの小僧よりはある、......微々たるものだがな」

 結局どのくらいあるんか良く分からん。
 全く想像すら出来なくて、思わず首を傾げたくなった。

 ...まぁ分かった所でどうなんっていうね。

 しかしそんな私を無視した悪魔は、唐突に私の腕を掴んだ。
 何事かとその端正な顔を見つめると、奴は静かに口を開く。

 「それよりも、夜明けまでは時間がある、もう少し寝ていろ」

 ......あぁ、うん、寝たいのは山々なんだけどね。

 「......眠れる気がしない」

 そう、今寝たとしても、また同じ夢を見て、恐怖に起きてしまうのではないかと思う。
 ならもういっそ起きていた方が楽な気がする。

 朝飯の調達とか準備とかしようかな。

 「朝飯の用意はしておいてやる。
 ......傍にいてやるから寝ろ。
 安心しろ、次は夢を見ない」

 私の思考にそう答えながら、そっと髪を梳くように撫でてくる悪魔。

 ......うん、何故撫でる。

 「......夢というのは記憶を整理する為に見ると聞く、見ないとは限らんぞ」
 「力を使って見ぬようにさせる」

 ええぇぇぇ、わざわざそんな事すんの?

 「それくらい、たいした事では無いだろう」

 いや結構凄い事なんじゃねーかと思うよそれ
 というかそこまでしてくれなくても良いんだが。
 朝飯だって私も頑張るし、そんなに色々して貰ったら申し訳無くなる。
 というか何より、後が怖い。

 「貴様、何故そこまでする?」

 私が何かしましたか。

 「別に、構わんだろう」
 「構う、貴様は一体何がしたい」

 気にした様子もない悪魔に、即座に返答する。

 そんな事言って、後から何か見返り寄越せってなるだろ絶対!
 やだコイツの優しさ怖い!

 「さぁ、な」

 奴は淡々とそう言って、私をジッと見た。
 と思ったら流れるような隙の無い動作で、横から抱きしめてきた。
 そしてそのまま私もろとも寝転がると、幼子をあやすかのように優しく背中を叩かれる。

 「......なんなんだ」

 抵抗する暇も無かったぞ何だ今の。

 「寝ろ」

 「......この状態でか」

 え、なんかめっちゃ密着してないですかコレ
 ちょっと待って近い

 イケメンが近い

 何コレ何が起きてるんだ
 何で私優しくあやされてるの

 「離せ」
 「良いから寝ろ」

 無理だよ普通に。
 イケメンに免疫ねぇですから私。

 もうコイツほんとに意味分からん。

 そんでこの悪魔を全力で拒否しようとしない自分も意味分からん。
 あんな酷い事されたのに、不思議と本気で嫌いになれないとかどういう事。

 それもこれも、なんか知らんがコイツが私に無駄に優しいせいだ。

 優しいから、無意識に甘えようとしてしまうんだ。

 見返りが怖いもうやだコイツ

 「子守唄でも歌ってやろうか?」
 「やめろ」

 淡々と告げる悪魔をシバきたくなった
 余計寝れるかそんなん。

 「分かった、眠れば良いんだろ、離せ」

 「離さん、そのまま寝ろ」


 な ん だ と

 「......離せ」
 「無理だ」

 いや何でだよ。

 「離したくない」

 うん、そういうのは私じゃない奴にやれば良いと思うの。
 私じゃ萌えないんだよマジで。

 なんなの?お前悪魔だよね?魔族だよね?
 魔族って殺す壊す犯すしか無かったんじゃなかったっけ。
 多少感情があるにしても一体コイツに何が起きてるのコレ。

 「......我にも分からん、だが離したくない」

 悪魔は淡々とそう言って、更に強い力で私をギュッと抱きしめた。

 ...どういうことなの...。

 「知らん」

 いや知っとけよそこは。

 「知らんものは仕方なかろう」
 「......寝づらい、離せ」
 「知らん、寝ろ」

 ちょ、ま、理不尽!









 ふと気付くと朝だった。

 どういう事なの。
 あんな状態で眠れるとか私やっぱ大分図太いと思う。
 いや、まぁ疲れてたのかもしれないけど。

 そしてあの悪魔は、宣言通り朝食を用意して私が起きるのを、椅子に腰掛け優雅にコーヒーを飲みながら待っていた。

 どんな待ち方してんだお前。
 まぁ朝食は食うけど。

 そんなこんなで奴に用意されたテーブルの上の朝食は、昨日に引き続きサンドイッチでした。
 昨日は疲れてたから特にツッコミ入れられなかったけど、なんでコイツ、サンドイッチ出せるんだろう。
 何コレ、どこ産?人肉じゃないよねこのハム。

 「我が作った。ヒトの肉は入っておらんから安心しろ」

 コーヒーカップから口を離し、優雅に足を組み替えながら淡々と告げる悪魔

 ちょっとツッコミ入れて良いかな。

 手作りってお前。
 え、ちょっと待てどういう事なの。

 あとお前が座っているその椅子とかサンドイッチの乗ったテーブルとかに関してはツッコまん

 もう知らん

 とりあえずむしゃり、とサンドイッチを頬張り、ふと思った事を尋ねる。

 「んぐ......貴様は何か食わんのか?」

 「昨日貴様から血を貰った」

 そういえば血啜られたわ私。
 めっちゃ痛かったわ。

 美味いのかな、私の血って。

 「あぁ、また飲みたいと思う程に美味かった。」

 「......そうか」

 痛いのは勘弁なので、とりあえずそれだけを返す。

 まぁ、痛くしないなら別に......ん?

 ちょっと待って今私何考えた?
 どうした私、なんか若干ほだされてないか
 コイツに気を許しちゃいけない。
 何たって悪魔なんだから。
 気をつけよう。

 「痛くない方法もあるぞ」

 そう言って無表情にジッと見つめてくる悪魔から目を逸らす。

 「だからなんだ、やらんぞ。」

 何故自ら進んでそんな事せにゃならんのだ、献血じゃあるまいし。

 「そうか残念だ。
 ......ならば後で狩りに行くか」

 「狩り?魔物をか?」

 「いや、ヒトをだ」

 え。

 「ヒト......?」

 「そうだ」

 ......魔族って主食がヒトだったわそういえば!
 昨日自分を食えって言った癖に忘れるってどうなん自分。
 馬鹿か、馬鹿だわ
 そういえば私は馬鹿だった。

 あれ、えっちょっと待て、それって何も関係無いヒトが犠牲になるって事?
 私が知らん間に物理的にムシャムシャされるの?

 「魔力の濃い血であれば飲むだけで終わる。
 いつもであればミズキ様から戴いているのだが今はいらっしゃらないからな。
 適当にヒトを浚って食らうだけだ」

 「......どのくらいだ」

 「内包する魔力量によるが2~3人といったところか」

 確実に死人しか出ないじゃないですかヤダー!

 「......私の血で良ければやろう」

 私のせいで死人出るとか無理だよこんちくしょう

 「だが嫌なのだろう?」
 「私が逃げたせいで犠牲が出る方が嫌だ」

 「そうか、ならば貴様がそれを食った後で貰おう」
 「......倒れない程度にな」

 「倒れても我が運んでやる」

 いやお前、どんだけ飲む気だよやめろよ......

 またサンドイッチに手を伸ばし、むしゃりと頬張りながらそんな事を考えたのだった。




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