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姉さん、事件です。
しおりを挟むあれから私は、基本的に容姿以外比較的特筆するものが無い、普通の生徒として過ごそうとしていた。
しかし入学して三日目、事件が起きた。
いや、事件って程じゃないかもしれないけど私にとっては大事件だった。
事の始まりは、とある授業だ。
この学園には授業の中に模擬戦という項目がある。
私は初めて受けるその授業に、波風を立てないようにと極力能力をセーブして、程々にクラスメイトとの手合わせをしていた。
スペックがハンパなさすぎて色々大変だったけど、武器がカードだったからかなんとか誤魔化せた感じだった。
そんな中、あの神様がやらかしてくれたのだ。
一対一が決まりの筈なのに、学園一強いらしいあの青年と、人間のあの少女の二人を相手に勝手に模擬戦を開始。
それだけならまだしも、一歩も動かないまま少女をカウンターひとつで昏倒させた。
そこからは息も付かせぬ攻防だった。
青年は、自前の武器であるらしい、中二病患者の大好きな大鎌を振り回し、あの神様は黒い雷を身に纏わせて反撃。
そしてどうやら戦闘狂だった青年は楽しそうにそれを受けながら反撃したりしていた。
そんな時、不意にあの神様は言葉を発したのだ。
「まいった、俺の負けだ」
うん。
意味わかんないよねー。
どうやらあの神様、一歩動いてしまったから、そこで降参したらしい。
全く意味が分からない。
強者の余裕って言うのか、物凄い暢気さで模擬戦を終わらせてしまった。
しかしそれに納得出来る訳が無いのが戦闘狂という人種な訳です。
案の定青年は不機嫌一色。
攻撃を受けた際に付いた青年の怪我も、指パッチンひとつで完治させた神様は、何も気にした様子もなく暢気に笑っていた。
チートな事隠す気全く無いぞアイツどうしよう。
でもまぁ、そんな理不尽な事されたらあの神様が気にならない奴なんて居ない訳で。
そうです。
ヤツは主人公であるあの少女を差し置いて、青年の興味を引くというフラグを立ててしまったのです。
始めは、暇潰しーとか言いながら青年の周りをチョロチョロしていたあの神様が、今ではあの青年に、戦え、と纏わり付かれています。
これはどう考えても事件だろ。
「おいミズキ、戦え」
「次の模擬戦明後日だからまた明後日なー」
「じゃあ食堂行くぞ、飯だ」
「なんでルイが仕切ってんの、行くけどさ」
ヤバい。
いや何がヤバいってツーショットがお似合い過ぎてヤバい。
あれから授業が模擬戦の度に何度となく戦っているが、青年はまだ一度も勝てていない。
勝てる訳無いよね神様なんだし。
でも青年はそんなん知らないから執着するよね、頑張っても軽くあしらわれるんだもの。
あの神様何してんのマジご馳走さまです。
普段無表情で無口なキャラクターが、ある一人を相手にした時表情が変わるとかマジでテンション上がる。
「アイレも食堂に飯食いに行こうぜ」
教室での授業が終わり、内心テンションMAXで彼等を観察していると、神様本人にそう声を掛けられた。
「……私はいい」
「えー、なんでだよ行こうぜ、今日の日替わり定食鯖の味噌煮込みなんだぜ?、まぁ俺肉食うけど」
「……仕方ないな」
決して鯖味噌に釣られた訳じゃないぞ私は。
誘われたからわざわざ仕方なく行くんだからな。
仕方なく席を立ち、教室を出る。
食堂へと歩を進めていると、青年と私を侍らせているようにすら見えそうな神様が、不意に口を開いた。
「つーかアイレも強いんだからルイと戦えば良いじゃん!」
「……私はそこまで強くない」
主にメンタル的に。
それにいくらこの身体のスペックが高くても中身は私だ。
出来る事は限られている。
そう考えてきっぱりと告げると神様は口を尖らせた。
「ちぇ。
つーかルイもルイだよ、なんで俺に付いて廻るのさ」
「反応が面白い」
無表情でそれだけを返す青年。
そうだね、それは充分な理由だね。
「アイレんとこ行けよ」
「何故私に押し付けようとする」
「面白そうだから」
ふざけんな。
「……俺ソイツどーでもいい」
全く興味なさそうに呟く青年に、私も真面目に言葉を返す事にした。
「奇遇だな、私もだ」
この青年は自分といちゃつくより誰かといちゃつくのを見てる方がいい。
だって自分じゃどうしても萌えないし。
いかん、危ない。
またしても再発する所だった。
慌てて考えを払拭しながら、食堂へ向けて足を動かす。
クラスは四階の中央だけど、食堂は一階の中央にあるから階段を降りて行くだけですぐに到着した。
この学園は孤児を集めている構成上、幼学部、中学部、高学部、と分かれていて、校舎もそれに合わせて三つある。
私達のクラスは高学部だ。
全ての校舎は渡り廊下で繋がっている為、上から見ると“王”という文字のように見える。
寮はその“王”を挟むように男女別に設置されており、私達はそこで寝起きし、一階の食堂で朝食を食べ、授業を受けに教室へ移動。
授業を終え、また食堂へ行き昼食。
たまに敷地内、校舎の上部辺りにある運動場もとい訓練場で模擬戦や鍛練をする。
夕食も食堂で済ませ、寮へ戻る。
それが生活サイクルとなっていた。
まぁ、そんな学園の生徒が毎日利用する食堂がショボい筈が無い訳です。
お金?
無いよ。
しかしこの学園、コンセプトが人材育成なので、優秀な生徒をあちこちに派遣してアルバイトさせ、その働き如何で生徒に報酬という名のお小遣を支給している。
そして学園モノに良くあるように、特別クラスの生徒は食堂を無料で利用する事が出来るのだ。
理由は、派遣される先の環境が過酷だったり、命の危険に晒される場合が多いから。
知識を確認すると、何が過酷なのか簡単に察する事が出来た。
戦争によって大地が死んだ弊害なのか、地球の環境はその辺りから激変した。
そのせいでファンタジーな人々が生まれた訳だが、変わったのはそれだけじゃない。
植物の繁殖速度の倍化や動物の急激な進化。
所謂魔獣の発生や、植物の巨大化が見られるようになった。
今では、現代の面影などまるで無く、世界は植物に覆われている。
まぁそれくらいなら良いさ。
衝撃だったのはその魔獣達だ。
兎が熊だった。
いや、熊くらいあるとかいうなら可愛いだけだけど、現代でいう熊の扱いを兎が担っているのだ。
映像もあったが全く可愛くない。
性格は極めて獰猛で、狂暴。
体長は2mを越え、現代のグリズリー程はある。
ちなみに熊はというと、現代の兎の扱いだ。
これは可愛かった。
テディベアだよ殆ど。
まぁそんな感じで、様々な物が巨大&狂暴化、または立場逆転しているのだこの世界。
食堂を無料で利用出来るのは嬉しいが、アルバイトに行くのは嫌だなぁ。
特別クラス用の内容は大体魔獣討伐だし。
チートで良かったのか悪かったのか微妙な所である。
まぁ、鯖味噌美味しいけど。
だが、料理が現代と大差ないのは僥倖だった。
これで食事まで大変な事になっていたらなんかもう色々ダメだったと思う。
「……………………」
……いや、もうダメかもしれない。
食堂で適当な席に座りながら、食べかけの鯖の味噌煮込み定食をじっと見詰める。
それは懐かしい味に良く似ていた。
母の作る料理だ。
就職の為に実家から離れ、一人暮らしを始めた私は、年に一度くらいしか実家に帰っていなかった。
いきなり娘が消えた訳だが、両親はまだきっと気付いていない。
そこまで毎日連絡を取り合っていた訳では無いし。
半分くらいは食べたのだが、胸がいっぱいでそれ以上を口に入れる事が出来なかった。
食堂から一体どうやって帰ったのか覚えていないが、気付いたら私は一人、宛がわれた部屋のベッドの上に寝転がっていた。
暗い部屋の中で、窓から月明かりが差し込んでいる。
いつの間にか夜になっていた。
天井をぼんやりと見詰めながら、今までを振り返った。
気が付いたら姿を変えられていて、更には世界まで越えて。
勝手に連れて来られた学園で、全く違う環境の中を一人、これからも生活して行かなければならない。
簡単に纏めてみたものの、やはりそれを現実だと認める事は出来なかった。
沢山のヒトと知り合った。
だが、誰一人として名前を覚える事が出来なかった。
確かに名乗られた筈なのに、誰かがその人を呼んでいた筈なのに、それはするりと頭の中で溶けて消え、無かった事になる。
理由は簡単だ。
私は、きっと怖いのだろう。
この世界に友を作れば、どうしても離れがたくなる。
もしかしたら、仲の良い者が出来た時、帰る事が出来なくなるかもしれない。
いつまでこの世界に居なくてはならないのかも分からない。
帰りたい、帰りたい、帰りたい。
実際どうなのかなんて分からないけど、とにかく怖いのだ。
この世界そのものが。
何もかもが怖い。
だから私は当たり障りの無い上辺だけの情報だけしか見ない。
見る事が出来ない。
だから私は関わらない。
関われない。
深く知るのが怖いから。
怖いから、脳が、心が理解を拒否するのだ。
世界を見てしまうと、これが現実となってしまう。
現実となったら、私は。
これ以上考えてはダメだ、と、無理矢理に思考を閉ざしながら、ぎゅっと身を縮こまらせ自分を抱きしめる。
不安に押し潰されていくような感覚がした。
「ごめんな、俺の暇潰しに巻き込んじまって」
そんな言葉と共に、私の頭を誰かの手が撫でた。
その心地好い感触に、少しでも気を緩めると泣いてしまいそうになったけど、ぐっと耐える。
「結構キツかったよな、配慮に欠けてた」
「……謝るくらいなら、全て戻せ」
すまなさそうな声音で告げられる言葉に、搾り出すように言葉を返しながら、自分の二の腕を掴む手に力を入れた。
噛み締めた歯と歯が擦れ、ギリ、と音を立てる。
「悪ィけど、それはもう無理」
「っ……何故!」
残酷な言葉に勢い良く顔を上げると、月明かりの中、神が私の頭を優しく撫でながら、
笑っていた
「お前はもう、“アイレ”だ」
唄うように優しく、残酷な、聞きたくない言葉が告げられる。
「前の名前、思い出せないだろ?」
そんな事は無い、何年もその名だったんだ、有り得ない。
そう口にする前に、母が私を呼ぶ時の事を思い出す。
『 、早く起きなさい、遅刻するでしょ』
ノイズが、あった。
私を呼ぶ母の声
私の名前を呼んでいる筈の母の声
名前の、部分
おかしい
私には名前があった筈だ
何故聞き取れないのだろう
何故、どうして。
何故、何も思い出せない?
「っあ……、あぁあ……!」
慟哭というのに相応しい声が自分の喉から発されると共に、ボロボロと涙が零れていく。
歪む視界の中、神は慈愛に満ちた目を私に向けながら、残酷に微笑んだ。
「大丈夫、ちゃんと面倒みるからさ。
伴侶だって見付けてやるし、生活も保障する。
ちゃんと最期まで見ててやるから」
「黙れ、帰せ、返せ、還せ、元に、全てを……!」
「ごめんな? 諦めろ」
クスクスと笑う神の声
私の世界が崩れていくような音が、聞こえた気がした。
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