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かわいそうに。

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 さて、そんなことよりも紙なんすよ。
 見事に再現された書類の沢山入った書類棚と本棚を、玄関入ってすぐのエントランスホールに並べる。
 ここしか空いてるスペースなかったんや。堪忍してや。
 まぁ、主にドラゴさんが作業中だからか、あちこちに色んな物が散らばってたんで仕方ない。片付けはまだまだ先になりそうだ。

 適当に書類棚から書類の束を手に取って、ペラペラとめくる。物の見事に白紙である。これなら筆記用具さえ何とかなれば問題なく色々と出来そうだ。
 ちなみに飾り用家具として羽根ペンとインクのセットは存在している。ちゃんと使用出来るかは分からんがありがてえ。ご都合主義バンザイ。
 なんせ紙を一から作るとか絶対無理だもん。ドラゴさんの負担が天元突破しちゃいますもん。ドラゴさんがドラゴえもんにならない限り無理だと思われる。知らんけど。

「クソッ!!!」
「えっなにどしたんすかハーツさん」
「ビックリしたぁー、急になに、どうしたの」

 唐突に悪態を吐き始めるメガネイケオジにビックリなイケオジ二人である。
 なによもう、お口が悪いイケオジだなぁ。

「気になる題名の本があったから読んでみたかったのに、中が白紙なんですけど……!!!」
「いや、うん、まぁそりゃそうだと思うよ?」

 ぷるぷるしながら白紙の本を見せられたが、なんかもうそれしか返答出来ない。おきのどくだが あなたの ぼうけんのしょは きえてしまった!
 いや全然冒険してねーけどな。しかもアタシらの時代じゃメモリーカード全盛期だったからぼうけんのしょ消えたことねェしな。

「どうして……!!!」
「ゲーム内じゃ本棚の中の本の内容なんて設定されてないもんねぇ」

 やれやれ顔のドラゴさんの横で、全力の落ち込みを体全体で表現しているハーツさんである。orzである。なにこれ、インターネット老人会かな。もう知らん人の方が多いよこんなネタ。そんで出来ればそんな会には入りたくない。御免こうむりたい。

「どうしても読みたいなら自分で中身だけ書けばいいんじゃね?」
「自給自足しろと!?」

 物凄い勢いで顔だけを向けられた。真顔である。こっち見んな。

「でも他に無くない?」
「やだぁい! どうせなら他の人の書いた活字が読みたいんだぁい!」
「イケオジが駄々こねてる……」

 オタクは萌えを前にするとキャラが崩壊してしまうらしい。なにもそんな真顔で言わんでも。あのドラゴさんまで真顔になっちまっとるやないか。普段のハーツさんどこ行ったの。
 しかしさすがはドラゴさんである。次の瞬間には本棚の方に意識を持っていかれてしまったようだ。

「お、家庭料理の本だ。どんなんかなー……、…………白紙だ……、レシピノートにしよ」

 早速さっきまでのハーツさんとのやり取りを忘れてしまっているあたり、本当にドラゴさんはさすがである。もうツッコむまい。めんどくさいしな。

「うぅ……どうして……どうして……」
「もー、そんなに読みたいなら自分が中身書こうか?」
「ドラゴさん……お願いします……」

 なんかめんどくさい状態になってしまっているハーツさんに、ドラゴさんはやれやれと肩を竦ませる。イケオジがやったらとてもとても良い仕草である。素晴らしい友情だね。アタシぁタダのゲーマーなんでなんも出来ません。

「えーと、題名は……『初老の庭師と敏腕領主の秘め事』……ん?」
「ハーツさん????」

 R18っぽいンですけど???

「だって! 初老の庭師とか言われたらどう考えてもBLじゃないですか!」
「初老はもうボーイじゃないと思う」
「いえ! まだ敏腕領主がボーイな可能性もあります!」

 どうしてもBでLにしたいらしいハーツさんである。

「敏腕領主が女性な可能性だってあるっしょ」
「無くていいです!」
「ハーツさん……」

 キッパリと断言するあたり、相当飢えているらしい。

「出来れば……イケジジイかける敏腕領主かっこ少年かっこ閉じでお願いします……」
「えぇー、イケジジイが攻めなの? 事案じゃない? 逆の方が良くない?」
「アッそれも美味しい!」
「もうアタシついてけねっす」

 嬉しそうな声を上げてるハーツさんを放置して、床に直置きされたタイプの飾り用書類束を手に取る。一番上には筆記体っぽい文字で何かが書かれているが、それより下は白紙だった。よし、これも使えそうだ。見付けた紙が無くなる前になんとかこの世界で流通してる紙とかその他を確保したいもんである。
 物々交換とかで上手くやりたいけど、やっぱり問題は販路だよなー。
 なんとかならんかなー。なんとかするしかねェンだろーなー。出来ンのアタシだけだもんなー。

「自分はどっちかっていうとハーツさんのがめっちゃ良いの書けると思うんだけどなー……」
「自給自足はもう嫌なんですよ!」

 色々と今後を考えてたらこれである。
 そんなにマイナーな性癖じゃないだろうに、何故嫌になるほど自給自足してんだハーツさんは。むしろそれ自業自得ちゃうんか。何してんだこの人。

「うーん……じゃあ、誰にも理解されず、許されず、どうしても結ばれない二人は誰も居ない孤島で餓死」
「バッドエンドやん」

 思わずツッコミを入れてしまったがこれもうしゃーねェだろ。ドラゴさんなんでそうなったん?

「しかし二人は幸せに満ちた表情でこと切れていた」
「俗に言うメリーバッドエンドですねやだ」

 真顔で拒否するハーツさんは本気の目をしていた。
 冒頭から主人公達死んどるンすけど何それ、そっからどう進めてくんだよ。

「あれ? ……おかしいなぁ、なんか死んでる……」
「さじ加減はドラゴさん次第ちゃうん?」

 なんで他人事なん?

「でもここから幸せな日常書けばハッピーエンドだよね!」
「どの辺がハピエン?」

 にこやかに笑ってるドラゴさんにゃ悪ィがサイコパス感満載なンすよ。怖ェよ。

「なんで! どうして! 普通に生きてくっつけばいいだけなんですけど!」
「分かった! じゃあ船で二人で海の底へ行くまでの絶望的な状況や理解者の死、その他もろもろを」
「ドラゴさんなんですぐキャラ殺すん?」

 サイコパスかな?

「殺したくて殺してる訳じゃなくてなんでか死ぬ」

 だからもうそれサイコパスなんよ。殺してんのドラゴさんだからね?

「わたしは! ハッピーエンドしか! 受け付けないんですよ!」
「うん、二人とも幸せだからハッピーエンド」
「ハピエンは! 誰も! 死にません!」
「えっ? そっかー……」

 ハピエン厨のハーツさんは全力で声を上げている。むしろなんかちょっと泣きそうである。

「うーん……生きてればいいの?」
「はい」
「じゃあ、片方が廃人に……」
「ならんでいいです」
「分かった! じゃあ片足を欠損」
「させんでいい」
「もー、じゃあ何を無くせばいいのさー」
「なにも無くさせんでいい!」

 とうとうハーツさんの敬語が吹き飛んでしまったんだが、これは仕方ないと言わざるを得ない。何故彼はすぐに悲惨なお話にしてしまうのか。

「ドラゴさんのハッピーエンドの定義が物騒すぎる件について」
「ハッピーエンドだと思って書けばそれはもうハッピーエンド」

 サイコパスだよもうそれは。

「そういえばドラゴさんは書くもの全てを鬱展開にさせる天才でしたね……」
「ドラゴさん闇深過ぎひん?」

 ハッピーエンドに親でも殺されたん?

「だって感情が揺さぶられないと面白くならないじゃん……」
「あー、分かりました。これアレです。若い子特有の常にシリアス鬱展開書いちゃう時期」
「そんなんあるんだ……」

 知らんがな。

「ほんわかふわふわ山なし落ちなし意味なしハッピーエンドください」
「えぇー……、そんなん書いてて恥ずかしくなるよー」
「わたしには! それが! 必要なんです!」

 全力で駄々を捏ねているメガネエルフイケオジというなんとも言えない光景が目の前で繰り広げられているが、なんか、うん、仕方ない気しかしない。

「あ、じゃあそういうのの後に全てに絶望するほどの事件を」
「起こさんでいい!!」

 ハーツさんが全力で拒否したところで、現実を思い出した。窓の外を見てもう夕方が来ようとしていることに気付く。オレンジがかった景色がよく見えた。
 いやー、きれーっすねー。ほんでこの色味見てるとなんかこう、なんか食べたくなってくるのは人間としてのサガなんだろうか。なんか食いたい。

「ドラゴさん、アタシぁそろそろ飯食いてェっす」
「あ、じゃあご飯の準備してくるね。二人はちょっと頑張っててー」
「へーい」

 テキトーに返事をして、ふと振り返る。
 床に突っ伏してピクリとも動かないハーツさんがそこに居た。

「……ハーツさん生きてます? 息してます?」
「……なんとか……」

 ハーツさんが、未だかつてないほどに意気消沈している。そんなにショックだったンか……。
 ……よく考えなくても、楽しみにしてた新作のゲームがゲーム会社の忖度によりクソゲーに魔改造されてたら自分もそんな風になるから、なんとなく気持ちは分かる。

「なんか、うん、ドンマイ」
「……泣きそう……」

 ドンマイ。


​───────​───────
新年ですね。喪中なので簡単に。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。
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