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みんないっしょのむいかめそのじゅー!
しおりを挟む床に両手と膝をつき、ガックリと項垂れるドラゴさんの背中が哀愁を誘う。三人の内で一番体格が大きいはずなのに小さく見えるくらいションボリしてしまっている。かわいそうに。
『あの、ほら、物理法則を無視しなければ大丈夫ですので、元気出してください』
「物理法則無視してこそのハウジングでしょ!?」
気休めみたいな言葉をかけるワタナベさんに、ドラゴさんが全力のツッコミを入れた。
「うん、違うと思う」
「違いますねぇ」
内装って物理法則無視出来ないものだからね普通。
『でも、家具や調度品は全部地下倉庫に保管してあります。なくなってませんので、ご安心ください』
「……庭のは?」
『外の倉庫にあります』
「……めっちゃ頑張ったのに……」
集めていた家具やその他がなくなってなかったのはいいことのはずなのに、なんかもう完全に落ち込んでしまっている。
めっちゃこだわって色々やってたもんね、ドラゴさん。
つーか、地下倉庫とかあンのね。それで音を地中まで届けろって指示されたワケか。なるほど。
しかし、ギルドハウスに元から付いてた地下部屋もあるハズなンだが、そっちはどーなったんじゃろ。まあいいか。あとで見に行こ。
今は全力で落ち込んでしまっているドラゴさんのが問題だ。
「現実だからしゃーねぇすよ」
「ううう……」
隣で軽くしゃがみこみ、ドラゴさんの丸まったでけェ背中をポンポンと叩く。
近いとやっぱでけェなドラゴさん。
「ドラゴさん、前向きに行きましょう。重力を無視して浮く家具を作ればいいんです」
「なるほど?」
ハーツさんの言葉に、ドラゴさんが納得したような声を発した。
待って逆にどういうことそれ。なるほどってなに。
「よし、がんばる!」
「頑張っちゃうのか……」
『え、えぇぇえ? ちょ、いや、出来ないことはないとは思いますが、ええぇぇええ?』
ぐっと拳を握り、やる気を見せるドラゴさんに向けたワタナベさんの言葉に、不安しかない。
出来ないことはないってのが怖ェんすけど。え、どうなんのそれ。そんで何作る気なのドラゴさん。
「そうと決まれば……!」
ガバッと起き上がり、どこかへ行こうとするドラゴさんの肩を掴んで制止する。
「待て待て。まずは寝るとこ作らんと」
「ご飯食べるところも必要ですよ」
「あ、そっか」
まったくもードラゴさんてば。
……いや、まったくそういう問題じゃない気がするけど、今はそういうことにしといてほしい。
なんかもう、ね。うん。
『そういえば、この家、なぜかお風呂とトイレがなかったのでそれはこっちで付けておきました。現代の最新式のやつ』
えっ、マジ?
「ありがてえ」
「やったぜ」
「ゲームじゃそういうの不必要でしたもんね」
なにこれワタナベさん超有能じゃね?
至れり尽くせりなんだけど。
『キッチンはどうします? 一応最新のシステムキッチンもご用意出来ますが』
やったー!
「よろしくお願いします」
「多分誰もこっちの世界のキッチン使えないと思うんで」
「竈とか無理」
『ですよね』
なんか納得したような声音で光るワタナベさんである。
原理どうなっとんのかとか、むしろこれこそ物理法則無視してんじゃねーのかとか、まあ考えたら色々気になる点しかねェが、便利なのはいいことなので何も問題ねェな。うん。そういうことにしときたい。
『よし、これでおっけーです……!』
考えてる間に、一階玄関から右手側の部屋の内装が決まったらしい。
三人でぞろぞろとキッチンに入ると、窓からの光でキッチン全体が照らされていた。
正面の壁には窓と、その上に収納スペースとしてなんか、あの、なんだっけアレ、壁掛けの棚みたいな、天井から吊り下がってるあの、あれ、えっとまあいいや。なんかアレが設置されている。多分あの中に調理器具や何やらを入れたりするんだろう。
見渡す限り広々としたアイランドキッチンだが、基本色が銀と黒ってのが良い。カッコイイ。
しかしテーブルとか椅子等の家具がまだ設置されておらず、新品新築のまっさらな空間だった。あとで地下倉庫を確認する必要がありそうだ。
システムキッチンだからか、調理に必要なものはある程度揃っているらしい。冷蔵庫は所持品を収納出来るから今のところ必要なさそうだが、食材を置いておくスペースはどこかに作っておいたほうがよさそうだ。食料庫的なやつね。
レンジとか炊飯器は見当たらないけど、備え付けコンロと食洗機、それからオーブンに水道とガチめに便利さが天元突破している。
え、なにこれ、モデルハウス?
『こちらがシステムキッチン完備の食事も出来るスペースのお部屋で、その向こうの扉は、右がトイレで左がお風呂です』
ワタナベさんの説明を聞きながら、ドラゴさんがあちこちの棚を開けたり閉めたりととても楽しそうだ。さっきまで落ち込んでいたとは思えないほどの立ち直りである。
「バス、トイレ別々はありがたい」
『トイレは一人用ですが、お風呂は三人が一度に入れるくらいの広さにしております』
「なんで?」
意味わからんけどそれ。
『水の滴るイケオジ達が三人で風呂入ってて欲しいから……!』
「願望じゃねぇか」
『えへへ』
シバくぞ。
そんなこんながありつつ、一階にお風呂やトイレがあることから、二階に簡易の寝床を作ることにした。
三人で相談した結果、水場と寝るところは離れている方が良いということで、キッチンの真上辺りの部屋が選ばれた。
中央階段の下のデッドスペースに作られた扉を開けると地下への階段があり、その先にある地下倉庫からロフトベッドと二段ベッドを出してきて適当に並べただけである。まぁ、簡易だから、その他もろもろは明日以降に色々頑張るとして、それよりもさ。
「風呂入っていい?」
「分かる」
「現代人に風呂無しはキツいですよね」
窓の外を見ればいつの間にか夜になろうとしているくらいの時間である。
しかし、今はご飯よりもお風呂に入りたかった。
そんな願望は、どうやら三人ともが持っていたらしい。ハーツさんもドラゴさんも真顔で頷いてくれていた。
何せ水浴びか、濡れタオルみたいなので体を拭くだけの一週間である。街に大衆浴場はあるけど、現代日本で生まれ育った衛生環境の価値観と、この世界の一般市民のそれはあまりにもかけ離れていた。
湯船の中で体を洗うとか、もう完全に無理だったからしかたない。
やだよ、どこのおっさんかも分かんねェ垢や脂がそこらじゅうに浮いてて、水は茶色く濁り、謎のヌメリがあちこちにあるような大衆浴場なんぞ。
そんなわけで、現代と同じようなお風呂なんて天国以外のなんでもなかった。
『お風呂ですね!? ご安心ください! 源泉かけ流しの常時循環型露天風呂風なのでいつでも入れますよ!!』
ものすごくテンションMAXなワタナベさんが地味にウザいけど、こっちはお風呂ってだけでもう何でも良かったンで、ただ両手を上げて喜んだ。
「やったー」
「え、露天風呂“風”です?」
「露天風呂じゃないん?」
なんの疑問も言わなかったけど、ハーツさんとドラゴさんは気になってしまったらしい。
まぁ、そう言われれば気になるとこ結構あるよね。源泉かけ流しとか常時循環とか、それどっから引いた源泉で、循環ってどんな感じにやってンのか、全然想像出来んもんな。
まぁ、二人が気になったンは露天風呂“風”ってとこだけみたいだけど。
『露天風呂だと、外になっちゃうので……』
ふよふよ浮かぶワタナベさんの光が、少し困ったように明滅しながらゆらゆらと左右に揺れている。
……困ったような明滅ってなんなんだかよく分からんが、なんかそんな気がしたとしか言いようがないんで大目に見てほしい。
「あ、ハウスの再現度の方を取ったのかー」
「壁ぶち破らないと無理すもンね露天風呂」
納得したドラゴさんに便乗するみたいにうんうんと頷いていたら、ハーツさんがそわそわし始めた。
「早く行きません?」
「そーすね」
「行こ行こ」
新しい着替えとかないから全然用意してねェけど、まあなんとかなるやろ。前と違ってオッサンだしな、つーかワタナベさんがなんとかするやろ。
それが無理ならノーパンでいいや。
一週間ぶりにちゃんとしたお風呂に入れるのが嬉しすぎて、あとのことなんぞ一切考えずに、三人ともがいそいそと風呂場へと向かったのだった。
あー、お風呂めっちゃ楽しみー。
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