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それはとても晴れた日だった。

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 その三人組が姿を現したのは、街の中央にある噴水広場だった。

 水色の髪をした褐色肌の猫獣人の男と、長身の、金色の髪をしたエルフの男、そして、白髪白肌の黒いツノが生えた大男。
 若いと言っては嘘になり、老いていると言っても嘘になる、そのくらいの中途半端な年齢に見えた。
 世間一般では働き盛りと呼ばれそうな世代。もう少し昔ならば美青年と持て囃されただろう外見をした彼らは、それでも、どこかの王侯貴族と言われても誰も疑問に思わない程度には、整った外見と浮世離れした雰囲気があった。

 それぞれ、全く違う種族にも関わらず争うような雰囲気もなく、彼らはむしろ和気あいあいと何かの準備を始める。
 噴水の前を陣取り、どこからともなく様々な楽器のような物を取り出した。

 その様子に気付いた者が数人、何事かと様子を伺いながら通り過ぎていく。

 始めに白髪白肌の大男が、小気味よいリズムで見慣れない形をした太鼓を叩いた。
 道を行き交っていた周囲の人々の内数人が、その音に釣られるように足を止める。

 次に聞こえたのは笛の音だ。見たこともない銀色の不思議な形をした笛を吹くのは、金色の髪をしたエルフだった。

 そこで、その二人に挟まれていた猫獣人の男が流れるようにハープを奏で、口を開く。

「さあさあ皆様、こちらは『碧色の風』初公演でございます。もし宜しければ足を止め、何曲か聞いていって頂きたい!」

 よく通る声が響き渡り、猫獣人の彼は颯爽と歌い始めた。
 その声に重なるように太鼓を叩いていた大男が声を重ねる。

 聞いたこともない響き、聞いたことのない言語で紡がれる、馴染みのない旋律。
 しかし、それすらも魅力に感じてしまう声。

 旋律の途中でふと笛の音が止み、代わりに弦の弾かれる音が響いた。エルフの男が楽器を変えたのだ。
 そして、さらに歌声が重なる。

「おい、なんだこれ、すげぇな」
「母ちゃん! 吟遊詩人だ!」
「あら、いい男ねぇ……」

 様々な人が足を止め、思い思いに好き勝手喋るが、それも最初の内だけだった。どんどん彼らの世界へと引き込まれて行く。

 基本的に吟遊詩人は群れない。
 ゆえに、三人組の吟遊詩人というのは珍しく、むしろこのような合奏自体、王家に仕える音楽家が好むものであり、一般人にはめったにお目にかかれないものだった。
 どちらかというと、知らない者の方が多いかもしれない。
 旅芸人の一座でさえも、音楽は踊りとパフォーマンスの際の太鼓くらいなもので、こんな形での音楽はとても新鮮で画期的だった。

 だからこそ、人々は彼らが奏でる旋律に次々と足を止め、聞き惚れた。

 特に凄まじいのは中央の猫獣人だ。
 低く、色気のある声が出たかと思えば、まるで少女のような高い声までもが無理なく発されている。
 曲に合わせて表情を変え、声色を変え、感情がこもる変幻自在な彼の歌声に、観客は震えた。

「おい、今の声どっから出てんだ……?」
「わかんねぇ……」
「舌どうなってんだ? 今の」
「わかんねぇ……でもかっけぇな……」
「うん」
「わかる」

 そして通りすがりの妙齢の女性達が彼らに心を撃ち抜かれる。
 
「あの猫獣人のひと、凄く好み……」
「エルフの人、凄く優しそう……」
「分かる……でもあたしはあの白い人がいいなぁ……」

 各々が好き勝手に喋りながら、視線はきっちり自分の好みの男性の方を向いていた。

 彼らの歌が街中に響く。三曲程度ならあっという間だった。
 音が止み、また次の曲へ次の曲へと移っていく。
 優しい旋律、激しい旋律、悲しい旋律、楽しい旋律、様々な音が街を包んだ。

 曲が終わるたびに歓声があがる。元が娯楽の少ない街だからか、完全に魅了された人々が興奮したように彼らを注視していた。


 * * * * * *


 いや、予想外なんですけど。

「まって、ドラゴさんそのドラムなんのやつ!?」
「大丈夫! ハーツさんのメロディに合わせるから!」
「えっ、丸投げですか? じゃあ次はこれで」

「なんのやつそれ!?」

「青いタヌキのCG映画のアレです」
「あれかぁ!」

 大惨事である。

「あっねぇねぇ、次はアレがいい!」
「どれ!?」
「アレ!」
「わかりました、アレですね!」
「どれ!?」

 歌いながら小声で色々と、確認という名目で言い合うんだけどだいぶ酷い。
 主にアタシが酷い目に遭っている。なにこれ。
 気付いた時にはたくさんの人がまわりを取り囲み、なんだか知らんが熱狂していた。正直こわい。

 知らない部分をしゃらららんら~というハミングやらなんやらで誤魔化しつつ、必死に声に出す。

 みんな曲のタイトル忘れてたりするから主にメロディで察するしか出来ないんすけどなんなんですかねコレ。
 あと急にサビから始まったりするのはきっとみんなサビしか知らんからだ。分かるけどイントロ無くてめっちゃ焦るからもうちょい何とかして。

 っていうか、リハーサルとか無しでいきなり始めたのが一番アカンかった。そこは反省してる。
 でも多分一番の原因はドラムやってるドラゴさんだ。

 よっぽど楽しいのかアレンジが凄い。おかげで何の曲か全然予測出来ん。
 なおハーツさんはマイペースにそのドラムに合いそうな感じで色々頑張ってくれてる。ていうか二人で意気投合して色んな曲弾くのは良いけど歌うのアタシなんですよねなにこれ。
 なんかもうハープじゃ役に立たなくなったから途中で楽器をギターに変えたけど、焼け石に水だったかもしれない。
 ただジャンジャカ掻き鳴らしてるだけだけど、これが正解なのか不正解なのかすら分からん。誰かたすけて。

「ねぇ! 次のやつマジでなに!? ヒント! ヒントくれ!」
「えっとね! 神がどーちゃら名前がなんかするやつ!」
「わかった! 前にアタシがめっちゃ歌ってたやつだな!?」
「そうそう!」

 やっと察したはいいものの、その曲女性ボーカル向けで男性が歌ってんの聞いたことないんだが。え、マジで歌うの?
 とか考えてる間に曲調が変わり、イントロに入ってしまった。

「あぁあもうなるようになれ!」

 ヤケクソで歌詞を声に出す。
 日本語でもなければ外国の言葉でもない、ただ響きが良いだけの歌詞。ただ意味はきちんと考えられているらしいから、感情はその意味を乗せる。
 さすがにソプラノは出ないけどアルトくらいの高さまでなら出るから、あとは歌唱力の問題だ。

 カラオケで飽きるほど歌った曲ではあるが、この体で歌うと新鮮だ。出せなかった音域、特に低い声が出るのが良い。
 多分これデスボイスもイケるんだろうな。即死とか変な効果が追加されそうだからやらないけど。

 ふと、よく分からない光が飛び回っていることに気が付いた。
 突然現れたそれに観客もどよめいている。 

「え、なにこれ」
「わかんない」
「なんでしょうね?」

 歌いながら、合間のブレスで呟きあう。

「もしかすると、歌詞じゃ?」
「なるほど」
「ありうる」

 そういえばこの曲、神から離れて人間としてちゃんと生きるから見てろ! みたいなそんな意味の歌詞だったような気がする。
 綺麗な曲だからってだけで、惰性で歌詞を覚えてたけど、ファンタジー世界だとこんな効果があるのかこの歌。

 でも、なんだろう、なんかこれ、嫌な予感がする。
 や、悪いことが起きるとかそんなんじゃないんだけど、面倒な予感というか、なんかそういうやつ。
 そう思った矢先、曲がクライマックスに入りそして、最後の歌詞を声に載せることになった。

 その歌詞は、皆に光が等しくありますように、という願いのこもった、短い日本語。
 歌いきった次の瞬間、周囲が優しい光に包まれる。
 そしてその光がなくなったその時、観客はあることに気がついた。

「…………な、なんだ今の……あれ? 体が楽だな……?」

 ざわざわとした戸惑いが、ゆっくりと伝播していく。

「お、おい、おれの右手……」
「えっ、あれ、おまえ、隻腕じゃ……」

 とある男性の右手が生えていた。

「目が……目が見える……?」

 とある老婆の目が治っていた。

「足が、痛くない!」

 とある少年の傷が消えていた。

「奇跡だ……」
「奇跡が起きたぞ!」

 どれも完治不能な怪我や病気が、跡形もなく消えていたのだ。

「うせやん」
「まじか」
「この展開、夢小説とかでありましたね」
「うん」
「逃げますか」
「うん、逃げよう」
「はい、せーの」

 誰にも気付かれない内に一瞬で楽器を片付け、三人が持ちうる全ての力を使って、全力でこの場から逃げ出したのだった。


 一言失礼します。なんでや。

 
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