腐男子、転生したら最強冒険者に溺愛されてる

玲央

文字の大きさ
上 下
129 / 232
本編 最強冒険者

story110/ ☆自責の念に囚われて

しおりを挟む
 さわさわと心地良い風が吹き抜ける。
 グリテンバルド州ハーフェルの町は、今日も穏やかに晴れ渡っていた。
 可憐な赤い色の花を咲かせた、庭のポールベリーの大樹を見上げて、ルカは小さく微笑む。――今年こそは、町の花祭りにも参加できそうだ。
 北の魔境を目指した、あの冒険の旅からひと月後。季節は巡り、ルカがこの世界に転生を果たしてから、早一年が経とうとしている。
 仲間達は皆日常に帰り、そして今日は、近況報告も兼ねた屋外ランチが計画されていた。料理の得意なベリンダとユージーンが食事の準備に奔走する中、ルカはレフと共に、会場のセッティングに励んでいるところだ。
「ルカ。こいつら、この辺に纏めときゃいいのか?」
 屋内から大量のクッションを運んできた人間体のレフが、レジャーシートの前で振り返る。
「あ、うん。ちょっと待って」
 風に煽られないよう重石として載せていた石を払い除けて、ルカは「いいよ」とレフを見上げた。クッションはあらかじめ並べておくのではなく、各自が好みのサイズや硬さのものを選べるようにしておけばいいだろう。
 ドサドサと積み重なっていくカラフルな布地の山を見るともなく眺め、ルカはこっそりと溜め息をついた――これがリーチの差というヤツだ。適材適所とはよくいったもので、同じ量をルカが運ぶには、何度か行き来を繰り返す必要があるだろう。
 少年の羨望の眼差しをどう捉えたのか、レフはそのまま長い脚を折って、ルカの顔を覗き込んで来きた。に、と笑うと、ワイルドな顔立ちが途端に人懐っこくなって、妙に可愛らしい。お姉ちゃんの憧れのロックスター(レフのモデルの人)もこんな感じなのかな、などと考えていると、額をグリグリと押し付けられた。
「わ、もう、何!?」
 慌てて距離を取ると、レフは悪びれもせずに、ニッと犬歯を見せる。
「なんでもねぇよ」
 そうは言うが、その表情から、ルカの反応を楽しんでいることは明白だった。お陰様でルカの頬はわずかに赤らんでいるはずだ。レフは、自分が顔を近付けることで、ルカが見せる恥じらいを喜ぶことを覚えてしまったらしい。
 そんな訳で、彼は自然と人間体を取ることが増えた。
 今のようにお手伝いをしてくれるのはありがたいが、ルカとしては、ワイルド系のイケメンに、動物っぽい仕草で擦り寄ってこられるのは、心臓に悪いし、普通に恥ずかしい。他の仲間達の影響だろうかと思う反面、イケメンに顔を寄せられて恥ずかしいと思う時点で、どうにも落ち着かなかった。
 そこに無邪気な子供の声が割って入ったのは、ルカにとっては好都合だったかもしれない。
「ルカ兄ちゃん!」
 丘の上の自宅に続く、緩やかな登り坂から姿を現したのは、孤児院の末っ子・ティムだ。これを筆頭に、ネイトや他の子供達も顔を見せる。
 日に日に大人びていく紅一点のアンジェリカが、「あら、初めてお会いする人だわ」とレフを見て両目を瞬かせた。お行儀よく「こんにちは」と頭を下げたのは、最年長のケイシーだ。
 これを受けたレフはというと、ニコリともしない代わりに、「おう」と気安く手を挙げて応える。ワイルド系の外見とは裏腹に、レフは子供のあしらいがうまかった。本人は否定するものの、今も、物怖じすることなく「僕達クッキー焼いて来たんだよ」と纏わり付くティムを、「ソイツは美味いんだろうな?」などと、ぶっきらぼうな口調で相手をしてやっている。
 やはり、元がぬいぐるみだからだろうか。そういう意味でも、子供を喜ばせるのは得意分野なのかもしれない。
 ルカが何となく微笑ましい気分になっていると、ネイトが近寄ってきた。取り敢えず挨拶を口にしようとしたところで顎を捉えられ、上向かされる。
「――私の天使は、今日も愛らしいね」
「……そ、そうかな?」
 子供達も居る前でのアプローチに、ルカは思わず口籠った。付き合いの深いルカにはわかる、コレは「気分がノッている時のネイト」に特有の表現だ。レフは心底嫌そうに、牙を剥いている。
 帰還したナサニエル・ベイリー神父を待っていたのは、正エドゥアルト教会王都本部への栄転辞令だった。元々教団内でも将来を嘱望しょくぼうされる存在だったが、歴史に残る大偉業に携わったことで、その評価は一層高まった、ということらしい。
 しかし彼は、謹んでこれを辞退した。ルカの進言を受けた国王アデルバート2世は、ロートリンゲン州カロッサの民が魔王討伐に協力的であったことに鑑み、エインデル教の禁教令を緩和する姿勢を見せている。実はエインデル派であるネイトにとっても、教団内での昇進に関して、以前より心理的苦痛は少なくなったはずだが、それでも彼は、ルカの側近くにあることを望んだのである。
『私の気持ちは知っているだろう?』
 使者を送り返したことを孤児院の子供達から聞いたルカが駆け付けた時、ネイトは笑ってそう言った。後悔など微塵も感じられない晴れやかな表情は、一方で、今まで見てきたどんな彼よりもセクシーで、ルカの胸をひどくざわめかせたものだ。
『これからは全力で行かせてもらうから、覚悟しておいで』
 何を、とは恥ずかしくて聞き返せなかった。耳元で囁かれた声を思い出すだけで、鼓動が高鳴る……。
 ――だが、さすがにこれは。
「……みんな見てるよ」
 彼らの保護者でもある神父が少年に迫る様子というのは、どう考えても、子供達の教育上よろしくない。ネイトの暴挙を必死に諌めるルカに、しかし当のネイトは、余裕の表情で肩を竦めて見せる。
「大丈夫だよ」
 これに「うん」と応えたのは、アンジェリカだった。おませな少女は自信満々といった様子で、わずかに胸を反らして見せる。
「私は神父様の味方だもの!」
 女の子の方が男子よりも成長が早いとはいうが、アンジェはルカに関して、大好きなネイトに協力すると決めたのだそうだ。
 それは何というか、取り敢えずめちゃくちゃ恥ずかしい。
 動揺したルカが「ええ~」と驚きの声を発するのと同時に、レフがすかさずティムの両脇に手を入れて抱き上げる。そのままネイトに押し付けることで、物理的にルカとの距離を引き離した。楽しげな声を上げるティムを反射的に受け取ってしまったのは、ネイトが彼らの保護者たる自覚があるからなのだろう。
「――ありがと」
 ホッと息をついて、ルカはレフにこっそり微笑んだ。とはいっても、子守りをするネイトの姿を見るにつけ、彼が自分のためにキャリアを棒に振っているようで、申し訳ない気分になるのも事実だ。
 ルカは1年前、斥候せっこうの旅に出ることで、自身の何かが変わることを期待していたが、無事に帰ってきた今になっても、ルカはルカのままだった。その事実に対して、以前ほど焦りを感じなくなったことは、ある意味では成長と言えるのかもしれない。しかし、自分の進むべき道が見えていないことと、他人のキャリアに水を差すことが同義になるようでは、さすがに問題である。
「……」
 考え込むルカの頭を、レフがそっと撫でた。ルカほど大人から可愛がられる16歳男子もなかなか居ないが、それでも、他の人達にされるのと、レフにされるのとでは、何となく意味合いが違って感じられる。ぬいぐるみ体の彼に対して行っていたことを、逆に仕返されるというのは、くすぐったいような不思議な感覚だ。
 思わず笑ってしまったルカに、レフは言葉を選ぶように語り掛けて来る。
「オレが具現化できたのは、ベリンダばあさんの力ってのもあるんだろうけどよ。でもたぶん、お前が大事にしてくれたからだぜ、きっと」
 自身の守護聖獣の言わんとするところを探るように、ルカは瞳を瞬かせた。ルカは随分と昔に、ベリンダから(非常に言いづらそうに)魔法適性がないことを指摘されている。しかしレフは、素養がまったくのゼロではないと言ってくれているのだろうか。
 ルカが見守る前で、レフは「だからな!」と瞳を覗き込んできた。
「ばあさんみたいな魔法使いは無理でも、お前には可能性があるんだよ。なんたって、あの魔王ババアを手懐けたくらいなんだからな!」
 どうやらレフは、ルカを励まそうとしてくれているらしい。ビアンカ本人にはとても聞かせられない大暴言だが、彼の心遣いが嬉しくて、ルカの口元は自然と綻んだ。一方的に愛情を投げ掛けてくれるだけではない、彼の成長ぶりも喜ばしい。
 ルカはもう一度「ありがとう」と微笑んだ。
 ポールベリーの樹から飛び立った薄桃色の小鳥達が、二人の周囲を飛び交う。
 「ルカに群がる人間嫌い」は相変わらずでも、動物達が懐くことまで牙を剥くことはなくなった――これもレフの成長の一つなのだろう。
しおりを挟む
感想 140

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…

こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』  ある日、教室中に響いた声だ。  ……この言い方には語弊があった。  正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。  テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。  問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。 *当作品はカクヨム様でも掲載しております。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

普段「はい」しか言わない僕は、そばに人がいると怖いのに、元マスターが迫ってきて弄ばれている

迷路を跳ぶ狐
BL
全105話*六月十一日に完結する予定です。 読んでいただき、エールやお気に入り、しおりなど、ありがとうございました(*≧∀≦*)  魔法の名手が生み出した失敗作と言われていた僕の処分は、ある日突然決まった。これから捨てられる城に置き去りにされるらしい。  ずっと前から廃棄処分は決まっていたし、殺されるかと思っていたのに、そうならなかったのはよかったんだけど、なぜか僕を嫌っていたはずのマスターまでその城に残っている。  それだけならよかったんだけど、ずっとついてくる。たまにちょっと怖い。  それだけならよかったんだけど、なんだか距離が近い気がする。  勘弁してほしい。  僕は、この人と話すのが、ものすごく怖いんだ。

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

『完結済』ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

処理中です...