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第二章

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 お昼少し前に修道院に立ち寄ったランドリック様は、なぜかわたしの部屋まで来ようとしていたらしい。
 それを修道女が見咎め、即座に客室に通されわたしが呼び出された。

 目の前でむすっと口を引き結び、ランドリック様は一言も話さない。
 わたしから何か話題を振ったほうが良いのだろうか。
 けれどこんなにも不機嫌な彼に何を話しかければいいのか。

 ヴェール越しに、彼と目が合う。
 彼からはわたしの顔は見えていないだろう。
 けれどどきりとする。

「……お前は」

「は、はいっ」

「塗り薬を使わないのか……?」

「あの、それは……」

 唐突になんだろう。
 塗り薬は患者によく使っている薬だ。使わない日がないといってもいい。

「先日俺が贈ったはずだ。お前宛に」

 彼は何を言っているのだろう。
 塗り薬を贈った?

「わかっている。ここは治療院も併設されているし、塗り薬は常備されているだろう。だがそれはお前には合わなかったんじゃないのか? その指先は、昨日今日で荒れたわけではないだろう」

 ランドリック様の目線はわたしの手に注がれている。
 モナさんのおかげで以前よりずっとましになったのだが、貴族令嬢を見慣れているランドリック様には荒れて見えるのだろうか。
 そもそも塗り薬など、どなたからも受け取っていない。

「以前よりもずっと良くなったのですが、お見苦しいものをお見せして申し訳ありません……」

「っ、頭を下げるな! 違う、そうじゃない、あぁっ、くそっ」

 ランドリック様が自身の頭を片手でかきむしる。

「モナっていう修道女から聞いた。お前は、自分自身に治癒魔法をかけられなくなっているそうだな」

 ランドリック様の言葉に、わたしは頷く。
 モナさんもわたしの手の荒れに気づいて、治癒魔法で治した方がいいと言ってくれたのだ。けれどわたしは、もともと治癒魔法の使用を禁じられていた為か、それともそもそも使えなかったのかは不明だが、自分自身には治癒魔法を上手くかけられなかった。
  
「だから、この修道院に視察に来た際に、お前の分の塗り薬を届けておいたんだ。まさか受け取っていないのか?」

 わたしの困惑が伝わってしまったようだ。

「そもそも、なぜ、ランドリック様がわたしを気にかけてくださるのですか……」

 ルピナお義姉様を心の底から憎んでいるのではないのか。
 シュマリット公爵令嬢はランドリック様とは幼馴染だ。そんな大事な人を虐げ続けたルピナお義姉様の代わりにいまここにいるわたしに、彼が気にかけてくださる理由が思いつかない。

「……ただの、気まぐれだ」

 軽くため息をついて、彼はそっぽを向く。
 よくわからない。
 あぁ、でも。

「わたしの方からも、ランドリック様にお渡ししたいものがあったのです」

 呼び出されたときに用意しておいたハンカチを手渡す。

「これは?」

 手にしたまま、彼は固まってしまった。

「先日助けていただいたお礼をと思いまして」

 端切れで作ったハンカチは絹ですらない。
 不敬だっただろうか。

 けれどわたしは覚えている。
 アイヴォン伯爵家で、階段を落ちかけたわたしを助けてくれたことを。
 メイド姿のわたしを見下すことなく、気遣ってくれたことを。

 そして憎いルピナお義姉様であるはずのわたしを、路地裏で助けてくれたことを。
 だからきっと、粗末な素材でも、精一杯の想いをくみ取ってくれると思えた。

「……ありがとう。見事な刺繍だ」

 ハンカチに刺した刺繍を、ランドリック様は長い指でなぞる。
 良かった、気に入って頂けたようだ。
 塗り薬についてはわからないままだったが、きっと何か手違いがあったのだろう。
 客室に来た時よりか幾分も和らいだランドリック様の表情に、わたしはほっと胸をなでおろした。
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