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第二章

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   ◇◇◇◇◇◇

(だいぶ増えてきましたね)

 わたしは自室の鉢植えを見て頷く。
 モナさんはどこで見つけてきたのか、白くて繊細な透かし模様の入った横長の鉢植えを二つほど用意してくれたのだ。

 なんでも以前いた豪商の娘さんが使っていたらしく、けれど花を植えてはすぐに枯らしてしまって使わなくなったのだとか。
 センナギ草は室内だからか、予想よりも早く増えてくれて、二つの鉢植えから零れそうなほどになっている。何枚か葉を採集して粉にしたので、そろそろ院長に相談したいと思う。

(ゼカ風邪とは違う風邪が流行ってきていますからね)

 モナさんが気にしていたように、あれから数週間経ったいまも咳をしている患者の数は減っていない。喉の痛みを訴える患者も増えている。少量を混ぜるだけで効果があるのだから、早い方がいいだろう。
 コンコンっと、ノックの音が響いた。

「ルピナさん、いるかしら」

 この声は院長付きのアーノさんだ。この修道院へきてだいぶ経つから、お互い顔を見たことはなくとも声で誰かわかるようになった。

「はい?」

 アーノさん声がちょっと沈んで感じる。

「いいにくいのだけれど、今日の午前中はあまり自室から出ないようにしてもらえるかしら」

 あぁ、なるほど。

「また、ランドリック様の来訪ですか……」

 アーノさんの前で、わたしは思わずため息を零してしまう。
 ランドリック様は第三王子として、日々政務に忙しいはずなのに、この修道院に毎週のように顔を見せるのだ。
 悪女たるわたしが修道女の皆を虐げていないか見張っているのだろう。最初の頃のような頭ごなしに怒鳴りつけられることはなくなったものの、あまり一緒にいたい方ではない。

「ルピナさんを指名しているわけではないけれど、いつも呼び止められているでしょう? だから、お教えしておいた方がいいと思ったの」

「ありがとうございます、そうですね。できるだけお会いしないように気を付けたいと思っていますから助かります」

 ランドリック様はルピナお義姉様を目の敵にしている。
 路地裏で助けて頂いたことには感謝の念が尽きないが、あまり接触が多いとわたしがルピナお義姉様ではないと見破られてしまいそうで緊張するのだ。

(あぁ、でも……)

 ちらりと、机の横に置いてあるハンカチをみる。
 モナさんのおかげで自由時間がもてるようになったわたしは、町への買い出しのついでに端切れ布を購入しておいた。修道院で開催するバザーに出品する為だ。この端切れ布は何枚かは自分のものにしてもよいことになっていて、わたしも数枚頂いている。

 そして、ランドリック様に渡そうと、刺繍を施したのだが……。

(お義姉様は、絶対に渡すはずがないのよね……)

 ランドリック様は、怖い。
 苦手な方だ。
 修道院で呼び止められるときはいつだって、彼の顔は強張っている。

 聞かれる内容も、他の修道女達に迷惑をかけてはいないか、仕事をさぼってはいないか、治癒魔法は少しは平民にも使うように心を入れ替えたか。

 そんな内容ばかりで、彼についている護衛騎士の方達も、わたしを見る目は冷たいと思う。
 けれど、路地裏で助けていただいたお礼をまだしていないのだ。彼がいなかったら、わたしもメイナちゃんもきっと無事ではいられなかっただろう。

(修道院でバザーの為に作る刺繍入りハンカチを一枚余分に作った、という理由ならそれほどおかしな理由にはならないかしら)

 ルピナお義姉様が気に入らない相手に何かを、それこそお礼としてでも渡すことはあり得ない。けれど気に入ったものには刺繍入りハンカチを贈っていたはず。お義姉様は刺繍が苦手だから、代わりに何度もわたしは刺繍を刺したのだから。婚約者だったダンガルド様に贈る分さえもだ。

 お義姉様の身代わりとしてこの修道院にきてから随分経つし、少し性格が変わったとしても怪しまれないのではないだろうか。
 修道院の皆とも、仲良く過ごさせて頂いている。

(ハンカチを渡すぐらいなら、怒られないわよね……?)

 この部屋の窓からは、治療院と修道院を繋ぐ通路がよく見える。
 ランドリック様は修道院を訪れるときは必ず治療院にも立ち寄るから、その時に合わせてハンカチを渡しに行けばいいだろう。

 週一で修道院を訪れるとはいえ、その訪問時間はとても短い。日によっては一時間あるかどうかだ。
 午後からはわたしも治療院で仕事がある。
 治癒魔法を使うわたしを長々引き留めることはないだろうと思う。 

 ――――けれどこの予想は、あっさりと裏切られることになる。

 
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