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第二章
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「んっもう、あの子達は懲りないんだから。あたしがルピナの側にいる限り嫌がらせなんかもうさせないっての」
ふんっと鼻を鳴らすモナさんは、彼女達にとって怖い存在のようだ。
「そいえば、ルピナって実家から侍女は連れてこないの?」
「……罪を犯した身ですから」
本当は、侍女のベネットがついて来てくれようとしていた。
彼女はあの伯爵家の中でわたしを守るために、表面上は皆に合わせて冷たく振る舞っていた。けれど、人目のない所では常にわたしに尽くしてくれて、食事を抜かれていた時も彼女がこっそり差し入れを持ってきてくれたりしていた。
ベネットがいなかったら、わたしの生活はもっと悲惨だったと思う。
そんな彼女がとても大切にしている家族が、たった一人の母親だ。
彼女がわたしを大事にしてくれるのも、彼女の母をわたしが治癒魔法でこっそりと治療したから。一緒に修道院に来てしまっては、母親の面倒を見ることができなくなるから、わたしの方から断った。
アイヴォン伯爵家で、ベネット以外にロザリーナであるわたしについて来てくれる侍女などいない。
けれど今は伯爵の愛娘ルピナとしてここにいるのだから、侍女がいないもっともらしい理由は罪を犯したのだからということにしておいた方がいいだろう。
「そっかー。侍女がいればルピナはもっと休めるのにね。グリフェみたいにさ」
「グリフェさんは貴族だったのですか?」
「そそそっ。男爵家の令嬢。いつも一緒にいるリーズルとルッテが侍女よ」
「でもそれなら、リーズルさんとルッテさんはヴェールを被らなくてもよいのでは」
修道院では修道女達は全員ヴェールを身に着ける規則になっている。
けれど侍女は別だ。
貴族子女が修道女になる場合は、数名の侍女を付けてもよいことになっている。
修道院のヴェールは魔法で加工されているから相手から顔は見えないものの、こちらからは周囲がきちんと見えている。
けれど侍女は修道女と区別されていて、服装も大抵は仕えているご令嬢に合わせて修道服を身に着けているが、派手でさえなければ別に修道服でなくともいいのだ。
「なんかあの子達はここに来た当初から三人ともヴェール被ってたんだよね。自家製っていうか。いまはルピナ以外だと元貴族令嬢で若い女の子はグリフェだけだから、ルピナを目の敵にしてる感じよね」
そうなのだろうか。
「っと、さっさと薬草採集しないといけないんだっけ。あたしは薬草の見分けだけは苦手なんだよね。みんな同じに見えるのよ」
モナさんが薬草園の傍らに座って生えている薬草とにらめっこしだす。
「こちらの、葉に厚みがある青い薬草と、黄緑がかった薬草が塗り薬で使う薬草ですよ」
「うーん、どっちも緑の葉っぱにしか見えないな。ここからここであってる?」
「そうですね。もしも混ざっていても、わたしが仕分けられますから、モナさんは大体で採集して頂いて大丈夫ですよ」
割とモナさんのように薬草を見分けることができない修道女は多い。わたしから見ると明らかに違うのだが、薬草はどれもこれも似て見えるそうだ。
しばらく二人で採集していると、モナさんが離れた場所で声をあげた。
「あっ、ねぇねぇ。明らかに変なのが生えてるんだけど、これ、雑草として処分したほうがいい感じ?」
モナさんが指さす薬に、わたしは思わず二度見する。
(センナギ草がなぜ?)
くねくねと捻じれて生えていて、少し不気味な草は、間違いなくセンナギ草だ。通年生えているが日の当たる場所よりも日陰を好み、室外よりも室内を好む薬草だ。
これがあれば、咳止めにのどの痛みを抑えられる薬が作れる。
「なになに、そんなに珍しい草なの?」
「えぇ、この薬草があれば、咳止めの効果が上がり、喉の痛みまでも抑えることができるんです。稀に野生でも生える薬草なのですが、他の薬草と一緒に生えることがあるなんて」
修道院で植えたわけではないだろう。ほんの数本しかないのだから、自然に生えたと見て間違いない。
けれどこのまま外で生えていると、そう遠くないうちに枯れてしまうだろう。
ここは日当たりがいい。
雑草と間違われて抜かれる可能性もある。いまは、他の薬草の影になっていて育ちやすかったかもしれないが、早めに室内に移動したほうがいいだろう。できればもっと数を増やしておきたいところだ。
「モナさん、余っている鉢植えはありますか? この薬草は、できれば室内で育てたほうがいいんです。ある程度増やしてから、院長にもお見せしたく思います」
ただでさえ修道女の仕事は多い。
いきなりこの薬草も育てるようにお願いしても、困らせるだけだろう。
薬に煎じて効果を見せれば早いのだが、まだ少量で数が少ないセンナギ草を使用するのははばかられる。
わたしの部屋で育てて、数を増やしてから提案したい。
「あるある、一杯あるわよ。倉庫に取りに行ってくるね」
「いえ、置いてある場所さえ教えて頂ければ、わたしが自分でとりに……」
「いいのいいの、あたしが行くから。その間にルピナは採集終わらせておいてよ。あたしが採集するよりルピナの方が倍も速いんだもの。適材適所よ」
笑いながら指さす採集かごを見て、納得する。確かに、わたしの方は既に籠一杯に薬草が詰まっているのだが、モナさんのは半分ほどだ。わたしが後でより分けるとはいっていても、丁寧に見分けようとしながら採集してくれていたのだろう。
「わかりました。では鉢植えのほうはお願いします」
「綺麗なの見繕ってくるわ!」
ヴェール越しからも笑顔が伝わってくるモナさんは、元気いっぱいに走っていく。
その後ろ姿を見送って、わたしはセンナギ草を根元から丁寧に掘り出した。
ふんっと鼻を鳴らすモナさんは、彼女達にとって怖い存在のようだ。
「そいえば、ルピナって実家から侍女は連れてこないの?」
「……罪を犯した身ですから」
本当は、侍女のベネットがついて来てくれようとしていた。
彼女はあの伯爵家の中でわたしを守るために、表面上は皆に合わせて冷たく振る舞っていた。けれど、人目のない所では常にわたしに尽くしてくれて、食事を抜かれていた時も彼女がこっそり差し入れを持ってきてくれたりしていた。
ベネットがいなかったら、わたしの生活はもっと悲惨だったと思う。
そんな彼女がとても大切にしている家族が、たった一人の母親だ。
彼女がわたしを大事にしてくれるのも、彼女の母をわたしが治癒魔法でこっそりと治療したから。一緒に修道院に来てしまっては、母親の面倒を見ることができなくなるから、わたしの方から断った。
アイヴォン伯爵家で、ベネット以外にロザリーナであるわたしについて来てくれる侍女などいない。
けれど今は伯爵の愛娘ルピナとしてここにいるのだから、侍女がいないもっともらしい理由は罪を犯したのだからということにしておいた方がいいだろう。
「そっかー。侍女がいればルピナはもっと休めるのにね。グリフェみたいにさ」
「グリフェさんは貴族だったのですか?」
「そそそっ。男爵家の令嬢。いつも一緒にいるリーズルとルッテが侍女よ」
「でもそれなら、リーズルさんとルッテさんはヴェールを被らなくてもよいのでは」
修道院では修道女達は全員ヴェールを身に着ける規則になっている。
けれど侍女は別だ。
貴族子女が修道女になる場合は、数名の侍女を付けてもよいことになっている。
修道院のヴェールは魔法で加工されているから相手から顔は見えないものの、こちらからは周囲がきちんと見えている。
けれど侍女は修道女と区別されていて、服装も大抵は仕えているご令嬢に合わせて修道服を身に着けているが、派手でさえなければ別に修道服でなくともいいのだ。
「なんかあの子達はここに来た当初から三人ともヴェール被ってたんだよね。自家製っていうか。いまはルピナ以外だと元貴族令嬢で若い女の子はグリフェだけだから、ルピナを目の敵にしてる感じよね」
そうなのだろうか。
「っと、さっさと薬草採集しないといけないんだっけ。あたしは薬草の見分けだけは苦手なんだよね。みんな同じに見えるのよ」
モナさんが薬草園の傍らに座って生えている薬草とにらめっこしだす。
「こちらの、葉に厚みがある青い薬草と、黄緑がかった薬草が塗り薬で使う薬草ですよ」
「うーん、どっちも緑の葉っぱにしか見えないな。ここからここであってる?」
「そうですね。もしも混ざっていても、わたしが仕分けられますから、モナさんは大体で採集して頂いて大丈夫ですよ」
割とモナさんのように薬草を見分けることができない修道女は多い。わたしから見ると明らかに違うのだが、薬草はどれもこれも似て見えるそうだ。
しばらく二人で採集していると、モナさんが離れた場所で声をあげた。
「あっ、ねぇねぇ。明らかに変なのが生えてるんだけど、これ、雑草として処分したほうがいい感じ?」
モナさんが指さす薬に、わたしは思わず二度見する。
(センナギ草がなぜ?)
くねくねと捻じれて生えていて、少し不気味な草は、間違いなくセンナギ草だ。通年生えているが日の当たる場所よりも日陰を好み、室外よりも室内を好む薬草だ。
これがあれば、咳止めにのどの痛みを抑えられる薬が作れる。
「なになに、そんなに珍しい草なの?」
「えぇ、この薬草があれば、咳止めの効果が上がり、喉の痛みまでも抑えることができるんです。稀に野生でも生える薬草なのですが、他の薬草と一緒に生えることがあるなんて」
修道院で植えたわけではないだろう。ほんの数本しかないのだから、自然に生えたと見て間違いない。
けれどこのまま外で生えていると、そう遠くないうちに枯れてしまうだろう。
ここは日当たりがいい。
雑草と間違われて抜かれる可能性もある。いまは、他の薬草の影になっていて育ちやすかったかもしれないが、早めに室内に移動したほうがいいだろう。できればもっと数を増やしておきたいところだ。
「モナさん、余っている鉢植えはありますか? この薬草は、できれば室内で育てたほうがいいんです。ある程度増やしてから、院長にもお見せしたく思います」
ただでさえ修道女の仕事は多い。
いきなりこの薬草も育てるようにお願いしても、困らせるだけだろう。
薬に煎じて効果を見せれば早いのだが、まだ少量で数が少ないセンナギ草を使用するのははばかられる。
わたしの部屋で育てて、数を増やしてから提案したい。
「あるある、一杯あるわよ。倉庫に取りに行ってくるね」
「いえ、置いてある場所さえ教えて頂ければ、わたしが自分でとりに……」
「いいのいいの、あたしが行くから。その間にルピナは採集終わらせておいてよ。あたしが採集するよりルピナの方が倍も速いんだもの。適材適所よ」
笑いながら指さす採集かごを見て、納得する。確かに、わたしの方は既に籠一杯に薬草が詰まっているのだが、モナさんのは半分ほどだ。わたしが後でより分けるとはいっていても、丁寧に見分けようとしながら採集してくれていたのだろう。
「わかりました。では鉢植えのほうはお願いします」
「綺麗なの見繕ってくるわ!」
ヴェール越しからも笑顔が伝わってくるモナさんは、元気いっぱいに走っていく。
その後ろ姿を見送って、わたしはセンナギ草を根元から丁寧に掘り出した。
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