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第一章

ランドリック視点~ルピナという悪女2

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 ロルト辺境領は魔の森に接している。
 毎年魔物刈りを行い、大規模なスタンピードが起きぬよう、国の安全を守る要の領だ。
 その辺境伯の愛娘に暴言を吐くなど、正気の沙汰じゃない。
 今でもあのパーティー会場でルピナが吐いた言葉が耳に残っている。

『そんな野暮ったい女が辺境伯の娘でいることが間違っているのよ! 高位貴族ならもっときちんと着飾って頂戴。貴方のせいでまるでわたくしが悪いみたいじゃない!』

 下位貴族だと侮って皆の前で嗤い者にした娘が、辺境伯の娘だと知った瞬間の叫びだ。
 衛兵に捕らえられても、決してあの女の口から謝罪が出ることはなかった。

 それにルピナは、ベジュアラ・シュマリット公爵令嬢のことも常に虐げていた。
 シュマリット公爵令嬢は、俺の三つ年上のファイライル・ルトアール兄上の最愛の婚約者だ。

 彼女は俺と同い年で、幼馴染でもある。
 そして、ルピナが願ってやまない王太子の婚約者。

 ハルヒナ子爵令嬢が現れるまでは、ベジュアラがずっとルピナの標的だった。
 ベジュアラは、落ち着いた柔らかい茶色い髪と、穏やかな榛色の瞳をしている。
 親しみやすいその色合いは愛らしく、けれど平民にもよく見られる色合いだった。
 だから、ルピナはよく平民のようだと馬鹿にしていたのだ。

 むろん、伯爵令嬢で聖女でもある彼女であっても、公爵令嬢で王太子の婚約者であるベジュアラは、面と向かって虐げることのできない身分だ。

 だから、一見そうとわからないようにいびっていたのだ。
 ベジュアラと同じ色のドレスを着た下位令嬢を褒め称え、『ベジュアラ様も彼女のような髪型が似合うのではないかしら。あぁ、でも、彼女は愛らしいから、ベジュアラ様には今の落ち着いた髪形が素敵ですわね』と皆の前でくすりとほほ笑んだり。

 一見すると下位令嬢を褒め、ベジュアラのことも認めているかのように聞こえるそれは、言い換えれば『下位令嬢に負けていましてよ、顔も髪形も』という意味だ。

 もともとルピナは聖女になる前から華やかな容姿ときつい性格で、大人しいベジュアラは苦手としていたが、ルピナが聖女となり、ダンガルド兄上の婚約者となったことで接点が増えてしまっていた。

 ベジュアラは、幼い時からずっと王妃教育を学んできた人間だ。
 ルピナのような見た目だけの女とは違う、努力と研鑽をし続けた淑女だ。

 そんな彼女は、ルピナと王城で会ってしまうたびにどんどん笑わなくなった。
 俯きがちで、自信を失っていった。
 人前では、王太子の婚約者としてどんなに辛くとも凛と背筋を伸ばして涙を見せなかったベジュアラが、ルピナにいびられて陰で何度も泣いていたのを俺は知っている。

(そうだ、ルピナは悪女だ。性根が腐った屑だ。そんな女の指が荒れていたから、それが何だというんだ。子供を助けたのだって、ただの気まぐれだろう……)

 こんな、修道院まで帰宅を見守る必要なんて少しも無かった。破落戸がまだいるかもしれなくとも、わざわざ俺が隠れて護衛につく必要がどこにあった?

 あんな女は、みすぼらしく惨めに死んで路地裏にでも転がるのがお似合いなのだから。

 ……そう思うのに、俺の腕の中で眠っていた子供を、優しく撫でていたルピナが頭から離れない。遠慮がちに俺にお礼を言う声も耳に残っている。

(あぁっ、くそっ!)

 俺は頭を振る。
 考えるな!
 俺は、あの悪女を見張り続けるだけだ。
 
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