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第一章

ランドリック視点~ルピナという悪女1

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(あの指先は、一体……?)

 ルピナが修道院の門をくぐるのを陰から見送って、俺は違和感を拭えない。

(たった数日で、貴族令嬢の手があそこまで荒れるものか……?)

 あの女の手は、あり得ないほどに荒れ果てていた。
 握ったこちらの手が痛みそうなほどにごわつき、あかぎれがいくつもあった。王宮に仕える下級メイドですら、あそこまで荒れた手をしている者はいない。

 平民と変わらない、いや、下手をするとそれ以上なのではないだろうか。
 自分の美しさに絶対の自信を持ち、聖女という称号をかさに着て、第二王子である兄の婚約者という立場を手に入れ、社交界で女王のように振る舞っていた最悪の女。

 あの女が、あんな荒れた手を放っておくだろうか。
 それに何より驚いたのは、子供を助けに即座に路地裏に飛び込んだことだった。

 俺があの場にいたのは、修道女達にルピナが仕事をさぼって街に遊びに行っていると聞いたからだ。
 それを知った俺はそれ見たことかと思った。

 先日の不可解なまでにしおらしい姿は、やはり演技だったのだと納得できた。
 この修道院でも仕事をさぼり、周りの修道女達に自分の仕事を押し付け、遊び惚けているのだと。

 王城でもそうだった。
 あの女は、高貴な身分の、それも見目の良い男しか治療しない。

 聖女でありながら、他の治癒術師に治療を押し付けて、自分は楽をしていた。
 俺の兄の婚約者でありながら、数多の男と浮名を流していたのだ。穏やかな性格の兄は知らなかったかもしれないが、貴族の間では噂になっていた。流石に純潔を失うような愚かな真似だけはしていなかったようだが、問題はそれだけじゃない。

 ルピナは、自分が一番でないと気が済まない人間だった。
 婚約者だったダンガルド兄上を不満に思っていた。
 第二王子だったからだ。

 誰よりも美しく、聖女でもある自分が王太子の婚約者でない事を常に不満げに想っている様子だった。
 だというのに、兄の周りに自分以外の女が近づくのを嫌悪した。

 最近の被害者は図書館司書になったハルヒナ子爵令嬢だろう。
 彼女は、司書であるから王宮図書館にいただけだった。

 けれど王宮図書館は勤勉なダンガルド兄上が最も好む場所で、怠惰なルピナが嫌悪している場所だ。
 ハルヒナ子爵令嬢とダンガルド兄上が二人きりになるなどありえないのだが、ルピナはそれでも許さなかった。夜会にでも出向くような派手なドレスで王宮図書館に入り込み、激しくハルヒナ子爵令嬢を罵倒する姿が目撃されている。

 俺がその現場にいたなら、即座にルピナを捕らえて牢にぶち込んでやったのに。
 ハルヒナ子爵令嬢はその時に髪をルピナに切られている。

 上手く編み込んで整えているようで、一見して切られたとはわからないようにして過ごしているが、切られた衝撃は大きいだろう。

 その時点で、ルピナと婚約破棄をさせたかったが、ダンガルド兄上が止めたのだ。「誤解を与えるような言動を私がしてしまったのかもしれないから」と。

 甘すぎる!
 あの時点で処分していれば、ロルト辺境伯の不興を買うことも無かったのに。
 思いだして思わず舌打ちが漏れる。

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