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第一章
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◇◇◇◇◇◇
城下町はいつでも人でにぎわっている。
あちらこちらから威勢のいい呼び声が聞こえ、華やかで活気のある景色に自然と気持ちが上向いてくる。
アイヴォン伯爵家に引き取られる前は、母と二人でこの街の片隅に住んでいた。裕福ではなかったが、母と子の二人暮らしは、毎日が楽しくて幸せだったと思う。
父親であるアイヴォン伯爵には、母が生きている頃に会ったことはない。
母からは父は死んだと聞かされていたし、街の薬師のもとで働いていた母は、誰からも金銭的な支援を受けている様子はなかった。
だから、母が死んだとき、突然現れた父親と名乗るアイヴォン伯爵にはひどく驚いた。
初めて会う伯爵は、わたしとよく似た顔立ちをしていたのだから。わたしを男性にして、歳をとらせたら、きっと伯爵と同じ顔になるだろう。
母から父親についての思い出を聞かされたことはない。どちらかというと、聞いてはいけない話題のように感じていた。少なくとも、母にアイヴォン伯爵を慕っている気配は感じられなかった。
アイヴォン伯爵がそれままで放置していたわたしを、なぜ急に引き取りに来たのかもよくわからない。
わたしの顔立ちのせいだろうか。
伯爵にはもちろんよく似ていたのだが、それ以上に、ルピナお義姉様によく似ているから。
そんな事を思いながら街を歩いていると、見知った声に呼び止められた。
「ルピナちゃん、今日は珍しく川魚の干物が入荷したよ。安くするから買っていかないかい? 料理長のバンダなら扱えるはずだよ」
オウリュウ魚屋のチェル・オウリュウおばさまだ。
ヴェールを纏う修道女のわたしたちを、いつも間違わずに見分けてくれる。昔から王都の教会では彼女の店から魚を買っていて、ルピナの噂を知っているはずなのにわたしにも優しい数少ない人のうちの一人だ。
「チェルおばさまが勧めてくださるのなら、いくつか買わせて頂きたいです。それと、いつものジアの干物と、オツカ魚を三匹。海藻は一袋お願いできますか」
「あいよ! 毎度あり。まだほかにも買い物にいくかい?」
「えぇ、治療衣と包帯を受け取りに」
治療衣は入院する患者さんに着てもらう衣類だ。着脱がしやすく、治療もしやすい。
「なるほどね。テン衣料店だろう? それなら、この魚はいったん預かっとくよ。治療衣を受け取ったら戻っておいで。ここからだと大分遠いからね」
チェルおばさまが言う通り、テン衣料店までは離れていてる。
保存魔法のかかった鞄を持ってきているが、預かっていていただけるならそのほうがありがたい。
(本当は二人一組で買い物はするのですけれど、わたしと一緒に来てくださる修道女はいませんからね……)
だから、本来なら真逆と言っていいほど離れたテン衣料店とオウリュウ魚屋には、それぞれ修道女が向かうのだ。けれどわたしが当番の日は、必ずと言っていいほど相方になった修道女に用事が入り、わたしが一人で買い出しをすることになる。
これも嫌がらせの一環なのだと気づいてからは、門限までに一人で買い出しを済ませることができるように、早めに他の仕事を終わらせるようにしている。
門限までに修道院に戻れなければ、いかなる理由であっても夕食が抜きになる。
伯爵家では何かしらと理由を付けて抜かれることが多かった夕食だから、無いことに慣れてもいるけれど、空腹は慣れていても辛いものだ。
今日は洗濯物に時間がかかってしまってもいる。
急ぎ足でテン衣料店にいき、オウリュウ魚屋に戻ってくる頃には、大分陽が傾いてしまった。
(でもこの時間なら十分間に合いそうね)
治療衣は数着だし、包帯も数はあれど重さはさほどない。
――――っ、して――――っ
(……?)
どこからか、声が聞こえたような気がする。
城下町はいつでも人でにぎわっている。
あちらこちらから威勢のいい呼び声が聞こえ、華やかで活気のある景色に自然と気持ちが上向いてくる。
アイヴォン伯爵家に引き取られる前は、母と二人でこの街の片隅に住んでいた。裕福ではなかったが、母と子の二人暮らしは、毎日が楽しくて幸せだったと思う。
父親であるアイヴォン伯爵には、母が生きている頃に会ったことはない。
母からは父は死んだと聞かされていたし、街の薬師のもとで働いていた母は、誰からも金銭的な支援を受けている様子はなかった。
だから、母が死んだとき、突然現れた父親と名乗るアイヴォン伯爵にはひどく驚いた。
初めて会う伯爵は、わたしとよく似た顔立ちをしていたのだから。わたしを男性にして、歳をとらせたら、きっと伯爵と同じ顔になるだろう。
母から父親についての思い出を聞かされたことはない。どちらかというと、聞いてはいけない話題のように感じていた。少なくとも、母にアイヴォン伯爵を慕っている気配は感じられなかった。
アイヴォン伯爵がそれままで放置していたわたしを、なぜ急に引き取りに来たのかもよくわからない。
わたしの顔立ちのせいだろうか。
伯爵にはもちろんよく似ていたのだが、それ以上に、ルピナお義姉様によく似ているから。
そんな事を思いながら街を歩いていると、見知った声に呼び止められた。
「ルピナちゃん、今日は珍しく川魚の干物が入荷したよ。安くするから買っていかないかい? 料理長のバンダなら扱えるはずだよ」
オウリュウ魚屋のチェル・オウリュウおばさまだ。
ヴェールを纏う修道女のわたしたちを、いつも間違わずに見分けてくれる。昔から王都の教会では彼女の店から魚を買っていて、ルピナの噂を知っているはずなのにわたしにも優しい数少ない人のうちの一人だ。
「チェルおばさまが勧めてくださるのなら、いくつか買わせて頂きたいです。それと、いつものジアの干物と、オツカ魚を三匹。海藻は一袋お願いできますか」
「あいよ! 毎度あり。まだほかにも買い物にいくかい?」
「えぇ、治療衣と包帯を受け取りに」
治療衣は入院する患者さんに着てもらう衣類だ。着脱がしやすく、治療もしやすい。
「なるほどね。テン衣料店だろう? それなら、この魚はいったん預かっとくよ。治療衣を受け取ったら戻っておいで。ここからだと大分遠いからね」
チェルおばさまが言う通り、テン衣料店までは離れていてる。
保存魔法のかかった鞄を持ってきているが、預かっていていただけるならそのほうがありがたい。
(本当は二人一組で買い物はするのですけれど、わたしと一緒に来てくださる修道女はいませんからね……)
だから、本来なら真逆と言っていいほど離れたテン衣料店とオウリュウ魚屋には、それぞれ修道女が向かうのだ。けれどわたしが当番の日は、必ずと言っていいほど相方になった修道女に用事が入り、わたしが一人で買い出しをすることになる。
これも嫌がらせの一環なのだと気づいてからは、門限までに一人で買い出しを済ませることができるように、早めに他の仕事を終わらせるようにしている。
門限までに修道院に戻れなければ、いかなる理由であっても夕食が抜きになる。
伯爵家では何かしらと理由を付けて抜かれることが多かった夕食だから、無いことに慣れてもいるけれど、空腹は慣れていても辛いものだ。
今日は洗濯物に時間がかかってしまってもいる。
急ぎ足でテン衣料店にいき、オウリュウ魚屋に戻ってくる頃には、大分陽が傾いてしまった。
(でもこの時間なら十分間に合いそうね)
治療衣は数着だし、包帯も数はあれど重さはさほどない。
――――っ、して――――っ
(……?)
どこからか、声が聞こえたような気がする。
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