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強がりと嘘と、
しおりを挟む坂巻くんと“つきあう”ことになった後、律儀なんだろう相手は私が住むマンションの下まで送ってくれた。見慣れない背中が消えるまで、その場で見送る。
赤に近い橙で染まっていた、さっきまで確かにあった夕焼け空。今はもう、藍色に近い漆黒の夜空で覆われている。広大なそこを見上げたついでに、後方に視線を持っていく。立派に存在している、大きなマンション。
「(……いつ見ても、でかいなあ。)」
ここが、れっきとした、私の家で。ただ、住んでるだけの、家で。
時計の針がどれほど進んだか分からないくらい長い間、立ち尽くしていた。時折、マンション内に消えていくスーツ姿の男の人や子ども連れの女の人に、不思議そうに振り向かれる。
結局、純粋さと訝しさが混じったそれらの疑問に反応はしないまま、踵を返していた。最寄り駅へと向かい、電車に乗り数個先の駅で降りて。暗闇の中を進み続けて、閑静な住宅街の中に紛れる。
そして、数十メートル先。数年前。私の家にしなければいけなかった。でも、できなくて。自分自身の所為で、諦めた。大きな一軒家が、視界に現れた。
同時に玄関から身体を覗かせ、近付いてくる姿もひとつ。
「え……な、な?」
「……こんばんは。」
「こんばんは、って……」
計ったような、タイミングだった。それが《ラッキー》か《アンラッキー》なのかは、別にして。1年ぶりに対面した相手、驚きを隠せていない見開いた瞳に小さく微笑む。
「……ゆーちゃん、どっか行くの?」
「え、あ……うん、」
「そっか。」
「…………なな、」
「なに?」
「もしかして……俺に、話、」
「違う違う。ゆーちゃんに会いに来たんじゃない。」
歯切れ悪く肯定したり、恐る恐る予想をぶつけてきたり。私の行動の意味を探ろうとしている“お兄ちゃん”は、行き場のなくした自身の両手を救うようそれぞれに拳をつくって握りしめていた。力を込めているのか、ぎりぎり、と。腰の左右で、震えていた。
家族の葛藤を見て見ぬフリ、気付かない素振りで、微笑みを象れる私は、たぶん。やっぱり、何処かが狂っているのかもしれない。
「もう私、見ての通り大丈夫だし、元気だよ?」
「……なな、」
「それにね、今日、彼氏できた。」
「…………彼氏?」
「坂巻くん。知ってるよね?」
「さかまきって……もしかして、龍?」
「うん。ゆーちゃんが去年、言ってた人たち“龍、敦、秋”よく、ゆーちゃんの会話に出てきてた3人とも、同じクラスになったんだ。それで、坂巻くんとつきあうことになったよ。」
「…………そっか。龍は、いいやつだもんな。」
久しぶりに聞いても変わらない落ち着いた優しい声に、今度は口角を無理やり持ち上げた。なんだかとても、無性に可笑しかったからだ。
それが“なにか”は明確に認識できないし、片鱗さえ掴めそうにはないけれど。ずっと、おかしくて。ずっと、苦しくて。ずっと、永遠に、消えてしまいたくなった。
「あ、2人に用事?今ちょうど父さんも母さんも家にいるよ」
「ううん。ゆーちゃんの家に、用事でもない。この近くの友だちの家に行ってた帰り。だから、このまま帰るね。」
「そっか……なな、ひとりで帰んの?俺、」
「……ふは。大丈夫。私、高校生だよ?ゆーちゃんと同じ歳!」
「でも、危ないじゃん。」
「ひとりで、帰れるから。ありがとう。」
その声は、対応は。愛だけで満ち溢れている、安心出来る暖かいものなのに。虚しくて、ただただ、寂しくなった。
「……じゃあ、気をつけてな?」
「うん。ばいばい。」
平然と嘘を重ねていける自分の狡猾さに、嫌気が差す。どうすることもできなくて、坂巻くんと同じように背中を見送った。
自然に覆われる暗い藍色の中へと、姿は消える。
「(……なんで、来ちゃったのかな。)」
足下がよく見えない真っ黒なアスファルトへ吸い込まれる独白は、誰に届くこともない。無情のままに、消えて。潰れて。溶けて。媚びついて。
ねえ、ゆーちゃん。私はね、坂巻くんに興味なんてない。好きとか嫌いとかさえ、思ってない。どうでも、いい。
ただ、ゆーちゃんと仲がいから。だから、つきあった。そうすれば。もしかしたら。 ゆーちゃんとまた会えたりするのかな、って思ったから。
ゆーちゃんの隣に彼女がいても、私の隣にも彼氏がいれば。それがゆーちゃんと仲のいい坂巻くんなら。ゆーちゃんと関わってもおかしくない、って。不自然じゃない、って、思ったから。
だから私、坂巻くんとつきあったんだよ。
ゆーちゃん。
坂巻くんがどんな人なのか、とか。そんなのは、知らない。いいやつ、だとか。私は知る気も見る気も、分かる気さえも、なかったの。
自分がどんな人間か、分かっちゃうから。馬鹿みたいだから。情けないから。泣きそうになるから。お願いだから。そんなこと言わないでよ、ゆーちゃん。
私は、最低な人間だ。
自分のことが、世界でいちばん嫌いだ。
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