空からの手紙【完結】

しゅんか

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不安要素

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「……なぁ、光希、」

「うん……帆波、だよね?」

「そう……なんか様子、変だったよな?大丈夫、だと思う?」

「うーん…………あ、先生、来た。」


 がらがらと扉を引き、歴史の教科担任が教室へとやってきたそれを機に自然と止まる、光希との会話。“授業をきちんと真面目に受ける生徒”で通してきた繰り返しに、背くことなどないように。1年前、光希と話し合って決めた守り事を、無駄にしてしまわないように。

 “いざというときは、先生達に味方になってもらえるように”
 “学校では、真面目に、優等生に”
 “当たり障りなく過ごしておこう"

 “帆波を、庇ってもらえるように”
 “帆波のいちばん近くにいる俺たちが、教師受けのいい生徒でいるに越したことはない"


 それらを理由に、授業だけは、校内での態度だけは、放棄せず丁寧に過ごすが吉としてきた。


「(………………あ、)」

「わ、ごめん!授業で使う資料忘れた!取ってくるな!」


 隣にある空白の席を見つめながら、現実と過去が入り交じる思考に溺れる。ぐらりと脆く不安定なそれを醒ましたのは、ポケットから伝わる僅かな振動だった。

 十人十色な「まじかよ~」「しっかりしてよ先生~」生徒からの指摘に苦笑しながら、うっかりミスを体現している教師がタイミングよく教室から去っていく。一様に賑やかになっていくクラスメイト、教室内の状況をいい事に、取り出した携帯。表示されている、名前。


 永谷帆波


 機械で表されるたったの四文字が視界に映り、相手を把握すれば、血の気は引いた。数分前までの帆波を思い出しながら、急いで着信に応える。


「帆波?どうした?」

『お前、きょうだよな?今から言う場所、来い。』

「…………誰?」

『みつき、と一緒に……ほなみ、息が苦しそうなんだよ』

「息……?」

『ああ。』


 斜め前の席に着いていた光希が、身体を向けてきた。静かに視線を交わしながら、聞こえるはずのない男の声に、表情は引きつっていただろう。唐突に教えられる情報は、理解できないものばかりで。多すぎて。全身がどろどろと黒く粘ったような、重たい不安に、襲われる。

 誰かも分からない相手の男から、その他の細かい現状などは与えられることはなく。校舎内のどこかに存在しているらしい『とにかく来い』と言う場所への道を説明し、通話は遮断された。訳が分からないまま、我武者羅に光希の手を取り、教室を飛び出す。


「ちょっと、恭……授業は?というか、さっきの電話、あたしとか帆波の名前、」

「光希、電話、帆波からだったんだけどな、」

「帆波……なにか、あったの?」

「俺もよく分からなくて……というか、知らない男の声だった。帆波の息が苦しそうだからとにかく来いって、俺と光希に……うお!」


 廊下の中心で不自然に止まる、光希。片眉を下げ訝しむよう、不安をむけてくる表情に、深い頷きを送った。そして、分かっている今の全てを伝え……きる前に、今度は光希により腕を掴まれ、勢いよく、走り出す。


「さっさと言いなさいよ!で、そこどこ!?」

「えーっと……とりあえずそこ右!」

「大体……っもっとちゃんと説明しなさいよっ!」

「っだからっ!俺もよく分から…って光希、さっきからずっと話しかた戻ってるよな?」

「っい、ま……今!そんなのどうでもいいっつーのっ!で!?次どっちっ?」

「(…ごめんなさい)えーっと……あ、階段!降りるぞ!」


 本来ならば、授業中。真面目で大人しくしている、時間帯。そんな空間で、昔なつかしい光希、に戻った幼なじみと並び思いきり走る様子は、たぶん、少しの異常さが醸し出ていただろう。上がる息を整えることもなく、争いのようにキレのある言葉を、交わしながら。目的地まで、走って走って走って、走って。


 辿り着いたのは、人気のない、ひっそりとした廊下だった。僅かに開いてある、外へと繋がっているんだろう扉。隙間から細く長く伸びるのは、太陽の光りで出来た道筋。その扉を、開ける。


「帆波!」


 視界いっぱいに広がるのは、苦しそうな呼吸に顔を歪める帆波と、そこへ駆け寄る光希と。赤と、青と、黄色。明るい目立った髪色をもつ、3人の男。


「………み、つき…?」

「うん!光希だよ!」


 帆波が、光希の手のひらを掴む。光希が帆波の肩をさすり、それに応える。帆波は、黄色い頭の男に、全身を委ねている体勢だった。

 咄嗟に2人を引き寄せ、近い距離にいた黄色からぐい、と、離す。帆波を光希を背中で隠すよう押しの退け、校内へと戻したところで、きつく扉を閉めた。


「…………帆波に、何、した?」 

「…………あれ、こいつ、勘違いしてねえ?」

「うん……完璧に、してるねえ?ま、あの状況見たら仕方ないだろうけど。」

「………………。」

「…………勘違い、って、」


 校舎と切り離した、外。男ばかり、尖い棘が突き出たような荒く冷えた空気の中で、目の前にいる3人を見据える。淡々と答えたのは、赤と青、だけで。黄色は何の弁解も反論もないまま、ゆっくりと立ち上がった。


 会話の本質を掴めない流れに正直に首を傾げれば、教室を飛び出す前から持ちっぱなしの携帯が震える。着信の合図だったそれは、光希からのもの。


「…………そっち、大丈夫か?」

『うん。大丈夫。保健室向かってるんだけど、帆波、話もできてるから……というかさ、恭、それより、ね?』

「なに?」

「それから……えっ、と、そこにいる3人、帆波のこと助けてくれたみたいなんだよね。しかも、先輩。何かされた訳でもない……むしろ、助けてくれた人たちらしい、から。くれぐれも失礼のないように!じゃ!」


 相手全員から向けられる視線を逸らすことなどしないまま、スライド式の携帯を耳にあてる。知れた帆波の様子に少しだけ肩の力が抜けた……けれど、その、すぐ後。饒舌に告げられたある種の死刑宣告に、再び肩は強張っていた。光希……遅い。遅すぎる。しかもなんだそのひと昔前の旅人みたいな切り方。それ絶対100パーセント〝健闘を祈る☆〟みたいな語尾くっ付けてきてるだろ。


「………………」


 伝わらないのをいい事に、光希に対するツッコミを心中で爆発させた。側にある3つの姿を改めて上から下、そして隅々まで観察していく。


 赤髪。青髪。黄髪。
 オールオッケー。ただの確実な不良。


 自分が置かれている状況を冷静に把握し、さっきとはまた違う意味で血の気が引いてしまった。


「おい、」

「はいすみませんごめんなさい」

「……いきなり、どうした。」

「いや、あの。帆波のこと、助けていただいたみたいで……ありがとう、ございました。勘違いして、生意気なこと言って、すみません。」


 携帯を耳に当てたまま硬直する身を疑問に思ったのか、無言を貫いていた黄色から、歪められた片目を向けられる。気が付けば、条件反射のように謝罪していた。きっと、生まれつき全ての人類に備わっている危険逃避本能みたいなもの、だろう。

 妙な雰囲気、状況を一新するため短く勢いよく息を吐く。頭を下げて、1人1人に視線を合わせていった。


「…………陽、心。悪いけど、」

「うん。なんかよく分かんないけど、了解。」

「だな。あ、因みに、俺と心がここにいたのは偶然だぞ。ここで休んでたら、永谷ほなみが来ただけだぞ。」

「……分かってるよ。」


 とりあえずしていた殴られる覚悟は、取り越し苦労のものだったらしい。さっきの失礼すぎる態度に指摘してくる気配すらなく、トントン拍子で幾つかの言葉を交わした信号カラートリオ。赤と青が去って行ったことにより、残るは黄色、だけになっていて。遠ざかる2人の足下、スニーカーを履き、校舎内には入らず正門がある場所へと向かう姿から、わざわざ外から来ていたという事実を理解する。

 小さく芽生えた疑問を解消したくて、遠くなっていく背中から、何となく視線を外せないままだった。


「お前、きょう……だよな?」

「なんで、俺の名前……それにさっき、光希のことも知ってませんでした?電話くれたの、先輩ですよね?」

「さあ。忘れた。」

「いやいやいやいや……」

「お前、おもしろいな。焦ったときの早口、笑えるし。〝本当〟に、無鉄砲だし。」


 けれど、世間話をするかのよう。フランクに語りかけてくる黄色によって、意識は目の前の相手に移る。そういえば……どうしてなのだろう。肩をすくめあり得ないはぐらかしを謀るこの男のことなど、俺は知らない。けれど、この男は知っていた。知られて、いた。


「でも、偉いな。」

「…………偉い?」

「去年からずっと、守ってきたんだろ?さっきみたいに、無鉄砲に。ずっと〝みつき〟と、一緒に。ほなみのこと。たくさんの、ものから。」

「………………。」


 あまり変化しないままの表情で見据えてくる黄色に、不気味な感情が駆け巡る。


 “去年から”

 それは、中学時代の帆波や俺や光希を知っていなければ、出ない言葉、だろう。


 空くんのことを、空くんが消えたその後を、空くんの家族たち、その、行く末を。理解していなければ、決して吐き出されることのないものだろう。


 この高校で有名人な帆波のことを知っていたとしても……俺や光希までもを、行動を、分かっているのは、いくら何でもおかしい。


「……名前、教えてくれませんか?」

「……北沢、楓。」

「じゃあ……キタザワ、先輩?」

「なに」

「"去年"から、俺と光希が帆波を守ってるって、なんで?誰から訊いて、知った?」

「……さあ。誰から、だっけ。」

「…………っそもそも、帆波と、どういう関係?先輩の話とか、あいつから1回も聞かされたことないけど?さっきの口ぶりからしたら、俺と光希のことだってよく知ってそうだし?帆波のこと、親しげに呼んでるし。」

「………………」

「先輩、何者?」


 次々に絶えず指摘しようが、眉間に皺を寄せ警戒心を敵対心を向けようが、相手が狼狽えることなど、なかった。


 それどころか、どんどん進んで、感情は消滅している。無表情の、黄色。

 キタザワカエデのその顔は、不気味だった。双眸は、嫌なモノだった。


 何処となく、帆波と重なって見えてしまう。

 底なしの闇に包まれ蝕まれたよう、哀しく染まった、瞳。


 もしかすると2人は、ナニカが似ているのかもしれない。

 同じ重さのナニカを、背負っている気がした。




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