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1.目覚め(前)
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「起きなさい、カイン。今日はあなたの誕生日なのに、珍しく寝坊助さんなのね」
まどろむような心地の中、聞こえた声に目を空ける。この声は、母さん? 開けた目にぼやけて映るのは、実年齢に似合わずかわいらしさを感じさせる容貌の、黒髪の女性の姿。
「……っ」
突然、激しい頭痛が襲ってきた。それと同時に、俺の中で二つの異なる記憶がぶつかり合うようにして溢れ出そうとして……しかしぶつかり合うことなく、すんなりと記憶は統合されていた。
俺の名は、カイン。カイン・ジャガンナート。三日後に此処イデアル王国の次代の国選勇者として認定されることが決まっている今日十五歳になった男だ。
それと同時につい先ほど、おそらく十五歳になったと同時に、前世のものと思われる記憶。この世界とは別の世界にあるのだろう、日本という国で生まれ育ち、大学という高等教育機関の中でも難関と呼ばれる場所に入るための受験勉強に励んでいた男であった。という記憶を思い出したところでもある。
何故かこの前世のものと思われる記憶は、色々と細かい部分まで記憶が薄れることなく、知識などを詳細に思い出すことが出来るが、自分自身や家族、親しい人間の名前や、自分が何時どうやって死んだかなどの特定の事柄のみが全く思い出せないという、不思議な記憶だった。
この記憶が前世のものという確実な証拠は無いが、名前などは思い出せなくとも、確かにこの記憶は自分のものだと感じる。それでいながら、少なくともこの記憶によって自分がカイン・ジャガンナートとしての自分から別人になってしまったというようには感じないから、前世の記憶を思い出したのだと、そういう風に考えることにした。ただ過去の、忘れてしまっていた記憶を思い出しただけだと。ただし、その記憶の量は、思い出しただけというには、少しばかり多すぎるが。
だが、今の俺にはカイン・ジャガンナートとしての自覚が強いので、少なくとも俺自身は、前世と思われる男としてカイン・ジャガンナートという存在を乗っ取ったとか、そういうことではないだろうと考えている。
と、ここまで数秒間ほどで一気に思考を巡らせていたのだが、その数秒間であっても、思考に没頭し動きを見せない俺の姿が珍しかったのだろう。母マリエラ・ジャガンナートが首をかしげながら声をかけてきた。
「あらあら、ぼーっとしちゃって。本当に珍しいわね。いつもはわたしより早く起きているし、夜遅くに用事で呼ぶ為に部屋に入った時でも、部屋に入ってすぐに、わたしがベッドに近づくよりも前に起きるのに」
「ああ。おはよう、母さん。ごめん、今日はいよいよ15歳の誕生日だったから、ついつい昨日は夜更かししちゃって」
勿論、嘘だ。
おそらく今日は、先ほど思い出した前世の記憶が、目覚める前から何らかの影響を及ぼしていて、その所為で母に起こされるまで目を覚ますことが出来なかったのだろう。
そうでなければ、俺が人にこれほどまで近寄られても眠ったままなどということはありえない。何故なら俺は、カイン・ジャガンナートは、生まれたその時から次代の国選勇者として国に期待され、物心付く前から国を挙げての英才教育が施されているのだから。
「まあ、そうなの? でも、そうね。三日後にはいよいよ貴方が父さんの後を継ぐこの国の勇者として認められて、セントリアス神聖帝国の帝立学園に入学するのだものね。寂しくなるけど、誇らしいわ」
「ああ、そうだね。俺も身の引き締まる思いだよ」
「ふふ、それじゃあ朝ご飯にしましょうか。今日の夜は誕生日のお祝いに豪華な御馳走だから、朝とお昼は簡単なもので許してね? 夜には久しぶりにアルスも帰って来るわよ」
アルスとは、アルス・ジャガンナート。俺の父だ。男爵位を持つ宮廷貴族であり、文官としてここ最近忙しく働いている。文官が忙しい理由は、俺の勇者認定の儀式の準備の為なのだが。
父は婿入りしてきた立場で、ジャガンナートの姓にこそ変わったが、男爵位を持つ宮廷貴族としての立場は、元々父が持っていたものだ。一人息子だった父がジャガンナート家に婿入りしたことにより、父の実家のブラックワーク男爵家は断絶することになる。いや、誰かブラックワーク男爵家の親族に父が文官の立場と男爵位を引き継げば、直系の血筋はともかく、家自体は繋げるだろう。
少なくとも、俺が継ぐ事はできない。或いは今からでも父と母が弟を作れば、弟に継がせて直系の血筋を残せるだろうが。
仮にも代々続く貴族の一人息子たる父が婿入りしてきたジャガンナート家だが、祖父が賜った一代騎士であり、貴族家などでは無い。
闘気と闘技の扱いに誰よりも長けていると謂われ、闘王の称号を持った、自国イデアル王国出身の最上位の一級冒険者アルゴス・ジャガンナート。小さな島国でありながらも武力の高さを誇る軍事国家として知られ、武の人材の豊富さには自負があるイデアル王国であろうと、それほどの存在を取り立てない理由がなかった。
勿論、平民出身とはいえ、世界中に名声高く、大国の上層部に対してもある程度の発言力を持つ一級冒険者を取り立てるのだ。一代騎士というのは一時的なもので、国としてはその内にいずれかの騎士団の団長などの要職に就け、爵位も何らかの理由をつけて子爵までは陞爵させるつもりだったらしい。だから男爵である父が婿に入ることになったのである。
しかし、その予定が果たされることはなかった。アルゴスが一代騎士になった年より三年後、今より二十年前に、およそ百五十年ぶりの魔王の襲来があったのだ。
その時母は十六歳で、丁度父と結婚したばかりだったらしい。
魔王の襲来。この世界ではおよそ百から三百年ごとの周期で起こる災害である。前世の記憶的にはまさにファンタジーど定番な話だと感じる。
そしてやはりある意味でファンタジーど定番なことに、この世界では本来その魔王の襲来に対して、異世界より勇者を召喚するらしい。
ただ一つだけ、前世の記憶を思い出した今の俺には、記憶にある歴代の召喚勇者達の名前が、日本人だろうと思う名前が非常に多く、記録で見た彼らの見た目も言動も、やはり日本人としか思えなかったりする。時々別の国の人っぽい名前や、見た目の記録もありはするのだが。
それはともかくとして、魔王の襲来も勇者の召喚も、それが何時から始まったのかは分からない。英才教育の一環としてある程度歴史などの勉強もしているが、十回前の襲来までは何とか記録も残っているが、それ以前については確かな記録もなく、遥か昔から繰り返されてきた程度のことしか分からないのである。
勇者召喚の儀式についても、由来は分からず、それぞれの宗教が、自らの神が齎したと主張しているが、管理は、やはりこれまたいつから存在するかも分からない世界会議によって行われている。
その時に勇者召喚をどの国が行うかも、世界会議で決定される。
勇者召喚を行う国は、勇者召喚に於いて、国土が持つ地脈の力を大きく消費し、魔王との戦いで矢面に立ち、最も戦力を消耗することになる。だが魔王との戦いを中心に立ち主導でき、名声を得て、魔王との戦いが終わった後に大きな影響力を持つ事ができる。
大国のみならず、昔から大きな影響力を持ち続ける天空神と地母神の二大神教、やはりいつからあるかや、成立過程などが不明だが国家という枠を超えて影響力を持つ冒険者ギルドが共同で運営するがゆえに、世界情勢の移り変わりで大国と呼べる国が移り変わり、議員を出せる国が変わろうと、世界会議は変わらず運営され続け、勇者召喚の儀式は管理され続けてきた。
まどろむような心地の中、聞こえた声に目を空ける。この声は、母さん? 開けた目にぼやけて映るのは、実年齢に似合わずかわいらしさを感じさせる容貌の、黒髪の女性の姿。
「……っ」
突然、激しい頭痛が襲ってきた。それと同時に、俺の中で二つの異なる記憶がぶつかり合うようにして溢れ出そうとして……しかしぶつかり合うことなく、すんなりと記憶は統合されていた。
俺の名は、カイン。カイン・ジャガンナート。三日後に此処イデアル王国の次代の国選勇者として認定されることが決まっている今日十五歳になった男だ。
それと同時につい先ほど、おそらく十五歳になったと同時に、前世のものと思われる記憶。この世界とは別の世界にあるのだろう、日本という国で生まれ育ち、大学という高等教育機関の中でも難関と呼ばれる場所に入るための受験勉強に励んでいた男であった。という記憶を思い出したところでもある。
何故かこの前世のものと思われる記憶は、色々と細かい部分まで記憶が薄れることなく、知識などを詳細に思い出すことが出来るが、自分自身や家族、親しい人間の名前や、自分が何時どうやって死んだかなどの特定の事柄のみが全く思い出せないという、不思議な記憶だった。
この記憶が前世のものという確実な証拠は無いが、名前などは思い出せなくとも、確かにこの記憶は自分のものだと感じる。それでいながら、少なくともこの記憶によって自分がカイン・ジャガンナートとしての自分から別人になってしまったというようには感じないから、前世の記憶を思い出したのだと、そういう風に考えることにした。ただ過去の、忘れてしまっていた記憶を思い出しただけだと。ただし、その記憶の量は、思い出しただけというには、少しばかり多すぎるが。
だが、今の俺にはカイン・ジャガンナートとしての自覚が強いので、少なくとも俺自身は、前世と思われる男としてカイン・ジャガンナートという存在を乗っ取ったとか、そういうことではないだろうと考えている。
と、ここまで数秒間ほどで一気に思考を巡らせていたのだが、その数秒間であっても、思考に没頭し動きを見せない俺の姿が珍しかったのだろう。母マリエラ・ジャガンナートが首をかしげながら声をかけてきた。
「あらあら、ぼーっとしちゃって。本当に珍しいわね。いつもはわたしより早く起きているし、夜遅くに用事で呼ぶ為に部屋に入った時でも、部屋に入ってすぐに、わたしがベッドに近づくよりも前に起きるのに」
「ああ。おはよう、母さん。ごめん、今日はいよいよ15歳の誕生日だったから、ついつい昨日は夜更かししちゃって」
勿論、嘘だ。
おそらく今日は、先ほど思い出した前世の記憶が、目覚める前から何らかの影響を及ぼしていて、その所為で母に起こされるまで目を覚ますことが出来なかったのだろう。
そうでなければ、俺が人にこれほどまで近寄られても眠ったままなどということはありえない。何故なら俺は、カイン・ジャガンナートは、生まれたその時から次代の国選勇者として国に期待され、物心付く前から国を挙げての英才教育が施されているのだから。
「まあ、そうなの? でも、そうね。三日後にはいよいよ貴方が父さんの後を継ぐこの国の勇者として認められて、セントリアス神聖帝国の帝立学園に入学するのだものね。寂しくなるけど、誇らしいわ」
「ああ、そうだね。俺も身の引き締まる思いだよ」
「ふふ、それじゃあ朝ご飯にしましょうか。今日の夜は誕生日のお祝いに豪華な御馳走だから、朝とお昼は簡単なもので許してね? 夜には久しぶりにアルスも帰って来るわよ」
アルスとは、アルス・ジャガンナート。俺の父だ。男爵位を持つ宮廷貴族であり、文官としてここ最近忙しく働いている。文官が忙しい理由は、俺の勇者認定の儀式の準備の為なのだが。
父は婿入りしてきた立場で、ジャガンナートの姓にこそ変わったが、男爵位を持つ宮廷貴族としての立場は、元々父が持っていたものだ。一人息子だった父がジャガンナート家に婿入りしたことにより、父の実家のブラックワーク男爵家は断絶することになる。いや、誰かブラックワーク男爵家の親族に父が文官の立場と男爵位を引き継げば、直系の血筋はともかく、家自体は繋げるだろう。
少なくとも、俺が継ぐ事はできない。或いは今からでも父と母が弟を作れば、弟に継がせて直系の血筋を残せるだろうが。
仮にも代々続く貴族の一人息子たる父が婿入りしてきたジャガンナート家だが、祖父が賜った一代騎士であり、貴族家などでは無い。
闘気と闘技の扱いに誰よりも長けていると謂われ、闘王の称号を持った、自国イデアル王国出身の最上位の一級冒険者アルゴス・ジャガンナート。小さな島国でありながらも武力の高さを誇る軍事国家として知られ、武の人材の豊富さには自負があるイデアル王国であろうと、それほどの存在を取り立てない理由がなかった。
勿論、平民出身とはいえ、世界中に名声高く、大国の上層部に対してもある程度の発言力を持つ一級冒険者を取り立てるのだ。一代騎士というのは一時的なもので、国としてはその内にいずれかの騎士団の団長などの要職に就け、爵位も何らかの理由をつけて子爵までは陞爵させるつもりだったらしい。だから男爵である父が婿に入ることになったのである。
しかし、その予定が果たされることはなかった。アルゴスが一代騎士になった年より三年後、今より二十年前に、およそ百五十年ぶりの魔王の襲来があったのだ。
その時母は十六歳で、丁度父と結婚したばかりだったらしい。
魔王の襲来。この世界ではおよそ百から三百年ごとの周期で起こる災害である。前世の記憶的にはまさにファンタジーど定番な話だと感じる。
そしてやはりある意味でファンタジーど定番なことに、この世界では本来その魔王の襲来に対して、異世界より勇者を召喚するらしい。
ただ一つだけ、前世の記憶を思い出した今の俺には、記憶にある歴代の召喚勇者達の名前が、日本人だろうと思う名前が非常に多く、記録で見た彼らの見た目も言動も、やはり日本人としか思えなかったりする。時々別の国の人っぽい名前や、見た目の記録もありはするのだが。
それはともかくとして、魔王の襲来も勇者の召喚も、それが何時から始まったのかは分からない。英才教育の一環としてある程度歴史などの勉強もしているが、十回前の襲来までは何とか記録も残っているが、それ以前については確かな記録もなく、遥か昔から繰り返されてきた程度のことしか分からないのである。
勇者召喚の儀式についても、由来は分からず、それぞれの宗教が、自らの神が齎したと主張しているが、管理は、やはりこれまたいつから存在するかも分からない世界会議によって行われている。
その時に勇者召喚をどの国が行うかも、世界会議で決定される。
勇者召喚を行う国は、勇者召喚に於いて、国土が持つ地脈の力を大きく消費し、魔王との戦いで矢面に立ち、最も戦力を消耗することになる。だが魔王との戦いを中心に立ち主導でき、名声を得て、魔王との戦いが終わった後に大きな影響力を持つ事ができる。
大国のみならず、昔から大きな影響力を持ち続ける天空神と地母神の二大神教、やはりいつからあるかや、成立過程などが不明だが国家という枠を超えて影響力を持つ冒険者ギルドが共同で運営するがゆえに、世界情勢の移り変わりで大国と呼べる国が移り変わり、議員を出せる国が変わろうと、世界会議は変わらず運営され続け、勇者召喚の儀式は管理され続けてきた。
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