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3章 〜加護のマント
祝福を暴け
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「よ、よっ、ようっ…」
「…」
「しっ、静かにしてくれ! ランジアも、人前で出てくるなってあれほど言っただろ…」
「でも…」
目を白黒させるダンに、一度だけ叫んだきり黙り込んでしまった老婆。彼女はやがて、ゆっくりと口を開いた。
「…こんなことが、あるんだねぇ」
「悪い…驚かせちまった。それで? …えーと、夕暮蘭が聖水に入ってるって?」
「うん」
ランジアは瓶の口に手を置いた。ダンが慌てて、ベッドサイドテーブルに瓶を置く。
「蜜と葉と茎と、根っこの匂いもする。丸ごと漬けていたんだと思う」
「な、何だって…」
ダンが呆然と呟く。
夕暮蘭…広い地域に生えている、花の一種だ。春になると美しい白い花を咲かせるが、その葉や茎、特に球根は猛毒と言われている。
俺は、瓶に顔を近づけて匂いを嗅いでみた。
「…何も匂わないぞ。本当なのか?」
「本当だよ! ボクだって花の妖精だよ」
「だが、それが本当なら、神父は…」
その時、俺たちの間を一匹の蝿が横切った。それは瓶の口に止まると、中に顔を突っ込み…そのまま、びくびくと足を震わせながらぽとりと中に落ちた。
「…」
「…ソータ、さん」
ダンが、青褪めた顔で俺を見る。俺は瓶を取り上げると、唸るように言った。
「あの野郎…やっぱり、町の人を騙して金儲けしてやがった! こんなもの…」
瓶を床に叩きつけようと、振り上げた。その時、老婆が叫んだ。
「お止めなさい!」
「!」
「ばあちゃん…だけど」
「クルセイクは…あたしが生まれるずっと前から、神様がお守りになっておられる地だよ。神父様だって」
「婆さん、現実を見てくれ。今までがどうだったかは知らないが、少なくとも今の神父は…あんたに毒を盛って殺そうとしたんだぞ。おまけに、ダンまでレジテイジに送って死に追いやろうとした。最後には、この家を…」
この家を…
「この家を、乗っ取って…乗っ取って…どうする気だ?」
「ソータ?」
俺は、ふと考えてしまった。ランジアが近寄ってきて、尋ねた。
「どうしたの?」
「神父は、この街に空き家を増やして、それを教会のものにして…そして、何をする気なんだろう?」
「おうちはいっぱいあったほうが良いじゃん?」
「それは、あちこち隠れて住んでるランジアの話だろ。あいつは元からデカイ教会を持ってるし、家だってあるだろうし…」
余所者故に、遠慮なく神父をこき下ろす俺たちを、ダンと老婆は複雑な顔で見ている。俺は顔を上げた。
「ここまで来たら、乗りかかった舟だ。やれるとこまでやってやる」
それから、ダンを見た。
「あんたも協力してくれるか?」
「! …僕でよければ。ばあちゃんと…エルザたちのために」
「ダン…無茶するんじゃないよ。それに旅人さんも。この街では、神父様は絶対なんだ」
「心配するな、婆さん。一番危なそうなことは、俺がやる。ダン、何かあったらすぐに逃げて知らんぷりしてろ」
最後に、ランジアを見た。ダンと老婆も、興味深そうに彼女を見つめる。
「本物の妖精…」
「大昔に、行商人が檻に入れて連れてるのを見たっきりだねぇ」
「ランジアにも頼みがある」
「何?」
「そんなに難しいことじゃない。それから、ダンにも…」
翌朝。家を出るとダンは言った。
「教会が水を汲んでいる泉は、中庭にあります。そこまでは誰でも行けますから、中を確かめてみます」
「怪しまれることはするなよ」
「ボクは空き家の中を探索するね。何か分かったら、すぐに飛んでいくよ。ソータは…」
「俺は」
袋の中から、角笛を取り出した。ランジアの隠れ家であって、ついぞ吹いたことは無かったが、今回ようやく本懐を遂げられそうだ。
「もう一度、神父に会う」
「会って、どうするんですか?」
「聖水のことで、神父を問いただす。もし、知らずに泉に花が入ってたんなら、すぐに取り除かせるし、もしもわざとやってたんなら…」
ちらりと、後ろの扉を振り返る。老婆はもう聖水は飲んでいないが、まだ体調は優れない。そして、隣の空き家に目を遣る。そここそ、エルザ・エルマ姉妹の住んでいた家であった。
「…話し合い、だな」
「…」
「しっ、静かにしてくれ! ランジアも、人前で出てくるなってあれほど言っただろ…」
「でも…」
目を白黒させるダンに、一度だけ叫んだきり黙り込んでしまった老婆。彼女はやがて、ゆっくりと口を開いた。
「…こんなことが、あるんだねぇ」
「悪い…驚かせちまった。それで? …えーと、夕暮蘭が聖水に入ってるって?」
「うん」
ランジアは瓶の口に手を置いた。ダンが慌てて、ベッドサイドテーブルに瓶を置く。
「蜜と葉と茎と、根っこの匂いもする。丸ごと漬けていたんだと思う」
「な、何だって…」
ダンが呆然と呟く。
夕暮蘭…広い地域に生えている、花の一種だ。春になると美しい白い花を咲かせるが、その葉や茎、特に球根は猛毒と言われている。
俺は、瓶に顔を近づけて匂いを嗅いでみた。
「…何も匂わないぞ。本当なのか?」
「本当だよ! ボクだって花の妖精だよ」
「だが、それが本当なら、神父は…」
その時、俺たちの間を一匹の蝿が横切った。それは瓶の口に止まると、中に顔を突っ込み…そのまま、びくびくと足を震わせながらぽとりと中に落ちた。
「…」
「…ソータ、さん」
ダンが、青褪めた顔で俺を見る。俺は瓶を取り上げると、唸るように言った。
「あの野郎…やっぱり、町の人を騙して金儲けしてやがった! こんなもの…」
瓶を床に叩きつけようと、振り上げた。その時、老婆が叫んだ。
「お止めなさい!」
「!」
「ばあちゃん…だけど」
「クルセイクは…あたしが生まれるずっと前から、神様がお守りになっておられる地だよ。神父様だって」
「婆さん、現実を見てくれ。今までがどうだったかは知らないが、少なくとも今の神父は…あんたに毒を盛って殺そうとしたんだぞ。おまけに、ダンまでレジテイジに送って死に追いやろうとした。最後には、この家を…」
この家を…
「この家を、乗っ取って…乗っ取って…どうする気だ?」
「ソータ?」
俺は、ふと考えてしまった。ランジアが近寄ってきて、尋ねた。
「どうしたの?」
「神父は、この街に空き家を増やして、それを教会のものにして…そして、何をする気なんだろう?」
「おうちはいっぱいあったほうが良いじゃん?」
「それは、あちこち隠れて住んでるランジアの話だろ。あいつは元からデカイ教会を持ってるし、家だってあるだろうし…」
余所者故に、遠慮なく神父をこき下ろす俺たちを、ダンと老婆は複雑な顔で見ている。俺は顔を上げた。
「ここまで来たら、乗りかかった舟だ。やれるとこまでやってやる」
それから、ダンを見た。
「あんたも協力してくれるか?」
「! …僕でよければ。ばあちゃんと…エルザたちのために」
「ダン…無茶するんじゃないよ。それに旅人さんも。この街では、神父様は絶対なんだ」
「心配するな、婆さん。一番危なそうなことは、俺がやる。ダン、何かあったらすぐに逃げて知らんぷりしてろ」
最後に、ランジアを見た。ダンと老婆も、興味深そうに彼女を見つめる。
「本物の妖精…」
「大昔に、行商人が檻に入れて連れてるのを見たっきりだねぇ」
「ランジアにも頼みがある」
「何?」
「そんなに難しいことじゃない。それから、ダンにも…」
翌朝。家を出るとダンは言った。
「教会が水を汲んでいる泉は、中庭にあります。そこまでは誰でも行けますから、中を確かめてみます」
「怪しまれることはするなよ」
「ボクは空き家の中を探索するね。何か分かったら、すぐに飛んでいくよ。ソータは…」
「俺は」
袋の中から、角笛を取り出した。ランジアの隠れ家であって、ついぞ吹いたことは無かったが、今回ようやく本懐を遂げられそうだ。
「もう一度、神父に会う」
「会って、どうするんですか?」
「聖水のことで、神父を問いただす。もし、知らずに泉に花が入ってたんなら、すぐに取り除かせるし、もしもわざとやってたんなら…」
ちらりと、後ろの扉を振り返る。老婆はもう聖水は飲んでいないが、まだ体調は優れない。そして、隣の空き家に目を遣る。そここそ、エルザ・エルマ姉妹の住んでいた家であった。
「…話し合い、だな」
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