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3章 〜加護のマント
祝福の男
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太陽が真上を少し過ぎた頃、馬車はクルセイクに辿り着いた。途中で出会った若い男も一緒になって、俺たちは馬車を降りた。
「ダン、と申します。この御恩は、一生忘れません…」
「良いんだ。それよりも、エルザとエルマの母親に会わせてくれ。2人も、母親の治療費を稼ぐためにレジテイジに来てたからな」
「…その」
ダンは、申し訳無さそうに顔を伏せた。
「エリーおばさん…2人の母は、もう亡くなりました。家は現在、教会が管理されています」
「! 間に合わなかったか…」
俺はうなだれた。それから、ふと心に引っかかるものを感じた。
「…家は、教会が持ってるのか?」
「はい。この街で一番力を持っておられるのが、教会の神父さまですから。持ち主のない家は、教会が管理されるのが一番平等で、安心です」
「…」
俺は腕組みして黙り込んだ。イチロと出会い、一緒に行動して、どうも俺は疑り深くなったようだ。何しろ、あの姉妹に絡んだ出来事が何もかも、教会にとって都合が良すぎる。
俺は思いついて、ダンに尋ねてみた。
「そう言えば、そのマントは1枚いくらで貰えるんだ?」
「…小銀貨1枚」
「はあっ!?」
俺は思わず叫んだ。
「そんな金があったら、薬ぐらい買えるだろ!」
「しかし、『流行り病』の薬はそれでは買えないのです! エルザの母も、それで…」
「ちょ、待て、待ってくれ。色々聞きたいことはあるが…」
辺りを見回す。大方の農作業はもう終わったようだが、代わりに商人の馬車が通りに増えていた。
「…あんた、エルザと一体、どういう関係なんだ?」
するとダンは、目を伏せ、唾を呑み、震える声で…言った。
「…エルザは…僕の、婚約者でした」
ダンと別れた俺は、教会の前にいた。
「…ぷはぁ。うわぁ、すっごい大きいね」
角笛の袋から顔を出したランジアが、感嘆した。
「おい、静かにしてろ。…だけど、ここの神父サマ、どうも怪しいぜ」
「病気の家族を治すお金稼ぎの、手伝いをしてるんじゃないの?」
「だがやってることは、病人の子供から大金かすめてクソマント押し付けて、死地に送り出してるだけだ。挙げ句、エルザもエルマも、病気のお袋さんまで死んじまった」
閉ざされた、大きな木の扉を睨む。
”…良いか。家柄も、約束も、どんな事情も…くたばっちまえばゴミカスだ”
”ゴミカスなものかよ! 皆、必死だった…”
”だったら、お前が背負え”
「…俺が、背負う…」
こんなことに首を突っ込むのは、時間の無駄だ。折角手に入れた金だって失うかも知れない。イチロは俺に、『英雄』か『長者』か選ばせた。これからやることは…間違いなく、『英雄』のやることだ。『長者』のやることじゃない。
だが…それから何故、イチロは失った仲間の遺志まで背負えと言った? 彼は、自分を鼠に例えた。しかし、きっと彼には、ただの鼠とは違う…人間としての一線、矜持があるのだ。だったら、俺も従おう。心の中の、人間としての声に。
扉を叩くと、中から若い修道士が出てきた。
「巡礼の方ですか?」
「ああ」
「では、こちらに」
分厚い扉を潜り、教会の中へ。聖堂には他にも礼拝者が数名いて、奥の祭壇に祈りを捧げていた。
俺は、その場を去ろうとする修道士に声をかけた。
「神父様はどこだ?」
「アーガース神父ですか? 今はお勤めが忙しく」
「何のお勤めだ」
「…」
修道士は、このしつこい余所者に露骨に嫌な顔をした。
「…町を旅立たれる方に、加護を授けられているのです」
「! それだ! …あ、いや、失礼」
俺は咳払いすると、彼の耳元で小声で言った。
「その、加護だよ。具体的には…ありがたい、白いマント」
「!」
「そいつに興味があってな。お仕事中だってんなら、こっそり覗くだけでも良いから。な?」
「…仕方ありませんね」
修道士は溜め息を吐くと、俺を連れて聖堂の隅にある階段を降りた。
地下に降りると、彼は一番奥にある鉄の扉の前で立ち止まった。耳を澄ますと、中から何か声が聞こえてくる。
「浄化の術を伝授なされているのです。神父様は、神の秘儀であっても、困った方には惜しみなく伝えられるのです」
「…」
自分のことでもないのに得意げに語る修道士に、俺は内心鼻を鳴らした。マントといい、その浄化の術といい、結局はあの姉妹の命を守ってはくれなかった。
しばらくすると、扉が開いて一人の若者が出てきた。
「ありがとうございました! 必ず、お金を稼いで戻ってきます」
「気をつけなさいよ」
例によって白いマントを着て出ていく若者を尻目に、オレは扉の向こうに立つ男を見た。
黒い法衣を着た、小太りの男だ。もっと爺さんを想像していたが、それよりは少し若く見える。彼は修道士と、その隣に立つ見慣れぬ冒険者に、ぎらついた目を向けた。
「おや、貴方も加護を?」
「話をしにきた」
「!? ちょっと、神父様に向かって不敬で…」
「あんたが送り出した姉妹! …エルザと、エルマを覚えてるか」
すると神父は、深い溜め息を吐いた。
「痛ましいことです。あの姉妹が救おうとした母上は、もう…」
「その姉妹も、死んだ」
低い声で言うと、隣りにいた修道士が息を呑んだ。
「あんたが大金で売りつけたマントも、浄化のなんたらも、まるで役に立たなかったぞ。どういうことだ!」
声を荒げる俺に、神父は動じることなく言った。
「せめてあの姉妹の魂が、天国でお母上に再会できることを祈りましょう」
「ふざけるな!」
とうとう、俺は神父に掴みかかった。慌てて修道士が引き剥がしにかかるが、俺は構わず叫んだ。
「病人の家族を騙して、金儲けか! 全員死に追いやって…空いた家を、横取りしたんだろ!」
「貴様! 神父様に、何という!」
「…」
流石に神父は、苦々しい顔になると、修道士に命令した。
「…連れて行きなさい。これ以上、神の家での狼藉は許せません」
「ダン、と申します。この御恩は、一生忘れません…」
「良いんだ。それよりも、エルザとエルマの母親に会わせてくれ。2人も、母親の治療費を稼ぐためにレジテイジに来てたからな」
「…その」
ダンは、申し訳無さそうに顔を伏せた。
「エリーおばさん…2人の母は、もう亡くなりました。家は現在、教会が管理されています」
「! 間に合わなかったか…」
俺はうなだれた。それから、ふと心に引っかかるものを感じた。
「…家は、教会が持ってるのか?」
「はい。この街で一番力を持っておられるのが、教会の神父さまですから。持ち主のない家は、教会が管理されるのが一番平等で、安心です」
「…」
俺は腕組みして黙り込んだ。イチロと出会い、一緒に行動して、どうも俺は疑り深くなったようだ。何しろ、あの姉妹に絡んだ出来事が何もかも、教会にとって都合が良すぎる。
俺は思いついて、ダンに尋ねてみた。
「そう言えば、そのマントは1枚いくらで貰えるんだ?」
「…小銀貨1枚」
「はあっ!?」
俺は思わず叫んだ。
「そんな金があったら、薬ぐらい買えるだろ!」
「しかし、『流行り病』の薬はそれでは買えないのです! エルザの母も、それで…」
「ちょ、待て、待ってくれ。色々聞きたいことはあるが…」
辺りを見回す。大方の農作業はもう終わったようだが、代わりに商人の馬車が通りに増えていた。
「…あんた、エルザと一体、どういう関係なんだ?」
するとダンは、目を伏せ、唾を呑み、震える声で…言った。
「…エルザは…僕の、婚約者でした」
ダンと別れた俺は、教会の前にいた。
「…ぷはぁ。うわぁ、すっごい大きいね」
角笛の袋から顔を出したランジアが、感嘆した。
「おい、静かにしてろ。…だけど、ここの神父サマ、どうも怪しいぜ」
「病気の家族を治すお金稼ぎの、手伝いをしてるんじゃないの?」
「だがやってることは、病人の子供から大金かすめてクソマント押し付けて、死地に送り出してるだけだ。挙げ句、エルザもエルマも、病気のお袋さんまで死んじまった」
閉ざされた、大きな木の扉を睨む。
”…良いか。家柄も、約束も、どんな事情も…くたばっちまえばゴミカスだ”
”ゴミカスなものかよ! 皆、必死だった…”
”だったら、お前が背負え”
「…俺が、背負う…」
こんなことに首を突っ込むのは、時間の無駄だ。折角手に入れた金だって失うかも知れない。イチロは俺に、『英雄』か『長者』か選ばせた。これからやることは…間違いなく、『英雄』のやることだ。『長者』のやることじゃない。
だが…それから何故、イチロは失った仲間の遺志まで背負えと言った? 彼は、自分を鼠に例えた。しかし、きっと彼には、ただの鼠とは違う…人間としての一線、矜持があるのだ。だったら、俺も従おう。心の中の、人間としての声に。
扉を叩くと、中から若い修道士が出てきた。
「巡礼の方ですか?」
「ああ」
「では、こちらに」
分厚い扉を潜り、教会の中へ。聖堂には他にも礼拝者が数名いて、奥の祭壇に祈りを捧げていた。
俺は、その場を去ろうとする修道士に声をかけた。
「神父様はどこだ?」
「アーガース神父ですか? 今はお勤めが忙しく」
「何のお勤めだ」
「…」
修道士は、このしつこい余所者に露骨に嫌な顔をした。
「…町を旅立たれる方に、加護を授けられているのです」
「! それだ! …あ、いや、失礼」
俺は咳払いすると、彼の耳元で小声で言った。
「その、加護だよ。具体的には…ありがたい、白いマント」
「!」
「そいつに興味があってな。お仕事中だってんなら、こっそり覗くだけでも良いから。な?」
「…仕方ありませんね」
修道士は溜め息を吐くと、俺を連れて聖堂の隅にある階段を降りた。
地下に降りると、彼は一番奥にある鉄の扉の前で立ち止まった。耳を澄ますと、中から何か声が聞こえてくる。
「浄化の術を伝授なされているのです。神父様は、神の秘儀であっても、困った方には惜しみなく伝えられるのです」
「…」
自分のことでもないのに得意げに語る修道士に、俺は内心鼻を鳴らした。マントといい、その浄化の術といい、結局はあの姉妹の命を守ってはくれなかった。
しばらくすると、扉が開いて一人の若者が出てきた。
「ありがとうございました! 必ず、お金を稼いで戻ってきます」
「気をつけなさいよ」
例によって白いマントを着て出ていく若者を尻目に、オレは扉の向こうに立つ男を見た。
黒い法衣を着た、小太りの男だ。もっと爺さんを想像していたが、それよりは少し若く見える。彼は修道士と、その隣に立つ見慣れぬ冒険者に、ぎらついた目を向けた。
「おや、貴方も加護を?」
「話をしにきた」
「!? ちょっと、神父様に向かって不敬で…」
「あんたが送り出した姉妹! …エルザと、エルマを覚えてるか」
すると神父は、深い溜め息を吐いた。
「痛ましいことです。あの姉妹が救おうとした母上は、もう…」
「その姉妹も、死んだ」
低い声で言うと、隣りにいた修道士が息を呑んだ。
「あんたが大金で売りつけたマントも、浄化のなんたらも、まるで役に立たなかったぞ。どういうことだ!」
声を荒げる俺に、神父は動じることなく言った。
「せめてあの姉妹の魂が、天国でお母上に再会できることを祈りましょう」
「ふざけるな!」
とうとう、俺は神父に掴みかかった。慌てて修道士が引き剥がしにかかるが、俺は構わず叫んだ。
「病人の家族を騙して、金儲けか! 全員死に追いやって…空いた家を、横取りしたんだろ!」
「貴様! 神父様に、何という!」
「…」
流石に神父は、苦々しい顔になると、修道士に命令した。
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