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3章 〜加護のマント

曇り空の逃亡

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「ねえ、ソータ。こんな夜中に、どこに行くの?」

「西の方…」

 ぼんやりと答えながら、俺は馬車の荷台から、じっと前方を眺めていた。
 もう日が沈み、曇り空に星すら隠された真夜中に…俺とランジアは、空の荷馬車に乗ってレジテイジから逃げ出していた。

 イチロたちとの『仕事』で、俺はこれまで見たこと無いほどの金を手にした。しかし、そんな成功を続けるには、俺一人の力では限界があった。何しろ、ギルド裏の酒場に架かった、冒険者たちの報酬は、今の手持ちでは到底賄えるものではなかったのだ。それならば、やり方だけ真似て仲間は表のギルドから集めよう。そう考えて表に来た時、俺はきな臭い噂を耳にした。

 ___ある冒険者が、盗賊に奪われた妖精の瓶を探している。

 フォルニスとその取り巻きが、荒野周辺の雑木林に巣食う盗賊を始末したという話は、取り巻きが帰ってきてすぐに広がった。そして、盗賊の集めたお宝を求めて、多くの冒険者が雑木林に繰り出した。問題は、その中に、盗賊の『被害者』も混ざっていたことだ。盗賊が気付かなかったように、そいつは妖精と分からないよう中の見えない分厚い小瓶にランジアを閉じ込めて、カビ臭い古酒か何かのように偽装していたようだ。ところが、偶然一緒のテントに放り込まれた俺が、瓶をかち割ってランジアを助け出した。そいつはいるはずの妖精がいないことに気付いて、ギルドで騒いでいたらしい。
 妖精は、金になる。誰もが知っていることだ。それを、浅はかなやつはすぐに売り飛ばすだろうし、逆にイチロは手元に置いておくべきだと考えていた。俺はイチロに従って金を得た。ならば、彼に従うのが道理というものだ。
 ここまで言えば、もう分かるだろう。俺がレジテイジから逃げ出すのは、他ならぬランジアのためだった。

「西の方には、何があるの?」

「ここよりも都会だ。ずっと行けば、王都もある」

「へぇ…」

 腰に提げた袋から、頭を出すランジア。袋の中には角笛が入っていて、普段彼女はその中に隠れている。
 西を目指すのに、深い意味は無い。強いて言うなら、田舎よりも都会の方が、俺みたいなあぶれ者にも暮らしやすいというくらいだ。最も、あぶれ者には余る金が、今の俺の手にはあるのだが。

「もう、ダンジョンはいいの?」

「しばらくは、良いかな。この前みたいに、上手くいくとも限らない」

「でも、ボクはあのダンジョンは少し知ってるよ。案内できるかも」

「…」

 そう。ドラノイドのダンジョンのことを、ランジアはよく知っている。それだけでない。人の目を忍んで生きてきた彼女は、様々なダンジョンを点々としてきたらしい。それはつまり、彼女の持つ情報が、とんでもない金に繋がっているということだ。イチロが、彼女を手放すべきでないと言っていたわけが、今ならよく分かる。
 しかし、今はマズい。俺でも分かる。ほとぼりが冷めて、妖精の存在を皆が忘れた頃に始めるべきだ。



「…ん」

 いつの間にか、寝てしまっていたようだ。眠い目を薄く開くと、空は薄っすらと明るくなっている。明け方のようだ。
 冷えた身体を掌で擦りながら背中を起こすと、荷馬車は街道脇の空き地で停まっていた。よく見ると、もう一台別の馬車も停まっていて、御者たちが焚き火を囲んでいた。

「よう、起きたかい。お客さん」

 焚き火の前に座っていた御者が、俺に気付いて手を上げた。

「肉屋の馬車に会った。丁度いいから、飯にしようぜ」

「ああ…」

 のそのそと荷台を降りると、焚き火の前に腰を下ろした。硬い荷台でずっと揺られていたせいで、背中も腰も痛い。
 焚き火の周りには、俺の乗っていた馬車の御者の他に、肉屋と思しき男、更にはその馬車に相乗りしていると思しき冒険者も座っていた。その冒険者の格好を見て、俺はどきりとした。
 若い…俺と同じか、もう少し年下だろうか。彼は、質素な衣服の上から、見覚えのある真っ白なフード付きマントを羽織っていたのだ。

「干し肉、2枚で銅貨1枚にまけとくぜ」

「飲み物もあるか? 喉が乾いた」

「ぶどう酒なら、銅貨3枚だ」

「ほら」

 革袋から、銅貨4枚を掴んで肉屋に渡す。掌くらいの干し肉と、小さな瓶を受け取りながら、俺は白マントの冒険者に目を遣った。

「…あんたは、食わないのか」

「いえ…持ち合わせが。それに、祖母のためにお金は取っておかないと」

「…」

 俺は眉をひそめた。何だか、前にも聞いたような話だ。
 生まれてはじめての大金に、気持ちが大きくなっていたのだろう。俺は柄にもなく、革袋から更に銅貨を掴みだした。

「同じの」

「えっ?」

「随分と大盤振る舞いだな。…ほらよ」

 俺は干し肉と酒を受け取ると、そのまま冒険者に渡した。

「いえ、しかし…」

「食えよ。…その代わり、教えてくれよ。あんた、どこから来た?」

 彼は渋々俺の『奢り』を受け取ると、ぽつりと言った。

「…クルセイクです」

「へえっ、良いとこじゃねえか。何だってレジテイジに」

 御者が驚いて尋ねる。
 クルセイクは、王都の少し手前にある町だ。王都向けの農業で栄えており、田園風景が都会人には受けるようで、観光地としても人気がある。また、由緒正しい教会も有名だ。

「祖母が、病気にかかってしまい…今すぐ治療費を稼ぐために」

「それで、ダンジョンか。農業じゃ、季節を跨がなきゃ金が入ってこないもんな」

 生まれたときから身に沁みている俺は、思わずうんうんと頷いた。それから、ふと思い出して尋ねた。

「そのマントは?」

 すると冒険者は、誇らしげに裾をつまんで掲げて見せた。

「神父さまから祝福を賜った、魔除けのマントです。これがあれば、ダンジョンでも生き延びることができると」

「…クソの役にも立たねえよ」

 反射的に口に出した言葉に、彼はにわかに色めき立った。

「神父さまの御加護を、侮辱するのか!?」

「事実だよ。…前に、同じマントを着た奴とダンジョンに潜った。そいつらは、マントと一緒に粘菌スライムに食われて死んだ」

「え…」

 呆然とする冒険者。しばらく何か言いたげに口をぱくぱくさせていたが、不意に何かに思い至ったように、悲鳴に近い声を上げた。

「…そいつ、だって? 一人じゃないのか? ま…まさか」

「あんたより若い、2人の姉妹だ。エルザと、エルマって言ってた」

「エルザ! ああ…」

 泣き崩れる冒険者。御者が、じろりと俺を睨んだ。

「お客さん、知らないよ」

「…悪い」

 俺は頭を下げると、革袋に手を突っ込んだ。所持金は殆ど手形にしてしまったが、少しは現金にしてある。たった2枚だけ手元にあった、小金貨の1枚を掴むと、咽び泣く男の手に握らせた。

「悪いことは言わねえ。婆さんを助けたいんなら、これ持って今すぐ引き返せ」

 それから、御者の方を見た。彼は、何気なく革袋から出てきた小金貨に、すっかり青褪めた顔をしていた。

「…行き先が決まったよ。俺を、クルセイクで下ろしてくれ」
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