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2章 〜セカンド・アタック
妖精の導き
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ダンジョンの中は、相変わらず埃に覆われていた。松明の炎が、埃に付いた無数の小さな足跡を照らす。
「ゴブリンだ…」
「ガーデナ、どのくらい前のだ?」
イチロの問いかけに、ガーデナは地面すれすれまで顔を近づけて、答えた。
「半日以上、2日未満」
「新しく入ってきた奴はいなかったみてぇだな」
それから、俺に向かって声をかける。
「ゆっくり進め。ガーデナが止まれと言ったら、必ず止まれ」
「わ、分かってるよ。言われなくても…」
恐る恐る、足を進める。その足が、硬いものを踏み砕いた。
思わず立ち止まり、足元を見る。小さなランタンでは分からなかったが、足元に散らばっているのは、朽ちた何かの骨であった。
「ひ、ヒト…の」
「そりゃ、人骨くらい転がってるだろうよ」
「前は、気付かなかった…」
「だったら、よく見とけ。光源は松明に限る。それに、こいつが燃えねえ場所には、そもそも入っちゃならねえ」
煌々と燃える松明。上がる炎が、天井まで明るく照らす。
その明かりが、地面に広がる真新しい血痕を照らし出した。
「!! キャトリーナ…」
「引き摺られた跡がある。向こうまで続いてるね」
「た、助けに…」
「馬鹿野郎が」
「痛っ!」
イチロが、肩を掴んだ。あの、凄まじい握力で。
「今更助かるかよ。もう手遅れだ。それよりも、こいつを見てみろ」
「っ…くそっ…」
悪態をつきながら、イチロの指差す方を見る。目を凝らすと、べったりと地面についた血に、小さな黄色いネバネバが群がっている。
「粘菌スライムの小さいのだ」
それを松明で念入りに焼きながら、彼は言った。
「そいつは有機物と、酸素を喰って成長する。ある程度デカくなったら、分裂する」
「えっ? じゃあ、奥にいたデカいのは」
「この死体の山で、有機物が不足したとは思えねえ。酸素が足りなかったんだろ。…気付かなかったのか」
「そこまでは行けないよ。それに、この血痕をよく見て」
ガーデナが指差す。血痕は、刷毛で塗ったように、ダンジョンの奥へと続いている。
「君の話が正しければ、これはゴブリンが引きずった跡だ。つまり、この先に進めばゴブリンの巣にぶち当たる」
「…お、おい」
俺は、恐る恐る尋ねた。
「どういうことだよ。まさか…これ以上は、進めないってのかよ」
「分かってきたじゃねえか。ボウズ」
イチロが手を離し、頷いた。
「奥への道は、これ一本。そいつがゴブリンの巣に続いてるってんなら、もう終いだ。現に、知らずに進んでお前らはしくじったんだろうが」
「でも、そしたら、大損だ! このまま手ぶらで帰るなんて」
「上手くいくことの方が少ねえよ。そういうもんだ」
「でも…」
「…あの」
その時、か細い声が響いた。見ると、ランジアが俺の影から、おずおずと手を上げていた。
「どうした、ランジア?」
「このまま、しばらく待ってると良いと思う…」
「…何だと?」
イチロが眉をひそめた。ランジアは、血痕の伸びる先を見ながら言った。
「ここに来るまでに、何も落ちてなかったから…そろそろ、『撒き』に来るはず」
「『撒き』? 何を…」
「…! 静かに!」
突然、ガーデナが静止した。彼女はじっと耳を澄ますと、まず俺の手を掴んで引き寄せた。それからイチロに向かって「いけそう?」と小声で尋ねた。
イチロは舌打ちすると、頷いて松明をガーデナに差し出した。
「黙って、じっとしてて」
ガーデナが俺の身体を壁に押し付け、自分もその隣で息を殺す。イチロだけが血痕のそばで、壁にもたれて座り込んだ。
張り詰めた空気の中、待ち続けていると、奥から足音が聞こえてきた。
「!?」
「…」
やがて姿を現したのは、一匹のゴブリンであった。そいつは何と、俺が置いていった背負子を引きずって、中に詰まった宝飾品を地面に一つずつ、放り投げていた。
目が良くないのか、血溜まりを踏んでイチロのすぐ前を通っても、気付く気配は無い。それが自分の目の前を通り過ぎ、少し進んだところで…イチロが、弾かれたように立ち上がった。
”ギ? …ッ!?”
「…ふっ!」
太い両腕が、瞬時にゴブリンの頭を捉え、そして180度捻った。
声も無く、崩れ落ちるゴブリン。落ちた背負子を拾うと、足早にこちらに戻ってきた。
「おい…何で、ゴブリンの行動が分かった?」
「だって、ここは何度か寝泊まりしたことあったし…」
「そうだ、そう言えば冒険者に捕まったのは、ここで休んでるときだって…」
イチロは、穴が空きそうなほどランジアを見つめた。その口が、もごもごと何かを呟いている。
やがて彼は、ゴブリンが持ってきた財宝を、自分の背負子に詰め始めた。
「お、俺も持つ…」
「駄目だ。お前の脚の程度を見てねえ」
籠が半分くらい埋まったところで、彼は財宝を背負った。重さを確かめるように膝を曲げ、頷く。
「…このくらいで良い。ガーデナ、何か聞こえるか」
「今のところは。…入り口近くまで落ちていたお宝は、ゴブリンが用意した罠だったんだね」
「だろうな。奥に行けばまだあるかも知れねぇが、もう十分だ」
そこまで言うと、イチロは溜め息を吐いた。
「…色々、言いてぇことはある。お前が、今どんなものを掴んでいるのか…嫌というほど知るだろうが」
「…」
彼の言わんとすることは分かる。諦めかけていた財宝が手に入ったのは、ランジアのおかげだ。それだけでなく、彼女はこのダンジョン自体に精通しているらしい。それは、つまり…
「…ランジアは、渡さないからな」
「ソータ…」
「分かってるよ。…帰るぞ」
再び俺を先頭に立たせ、出口に向かって歩き始めた。今度はガーデナがしんがりだ。耳を澄まして、追手や魔物が出ないか、探っている。
やがて、向こうに月の明かりが見えてきた時…幾人かの声や物音が待ち構えているのに、俺は気付いた。
「ゴブリンだ…」
「ガーデナ、どのくらい前のだ?」
イチロの問いかけに、ガーデナは地面すれすれまで顔を近づけて、答えた。
「半日以上、2日未満」
「新しく入ってきた奴はいなかったみてぇだな」
それから、俺に向かって声をかける。
「ゆっくり進め。ガーデナが止まれと言ったら、必ず止まれ」
「わ、分かってるよ。言われなくても…」
恐る恐る、足を進める。その足が、硬いものを踏み砕いた。
思わず立ち止まり、足元を見る。小さなランタンでは分からなかったが、足元に散らばっているのは、朽ちた何かの骨であった。
「ひ、ヒト…の」
「そりゃ、人骨くらい転がってるだろうよ」
「前は、気付かなかった…」
「だったら、よく見とけ。光源は松明に限る。それに、こいつが燃えねえ場所には、そもそも入っちゃならねえ」
煌々と燃える松明。上がる炎が、天井まで明るく照らす。
その明かりが、地面に広がる真新しい血痕を照らし出した。
「!! キャトリーナ…」
「引き摺られた跡がある。向こうまで続いてるね」
「た、助けに…」
「馬鹿野郎が」
「痛っ!」
イチロが、肩を掴んだ。あの、凄まじい握力で。
「今更助かるかよ。もう手遅れだ。それよりも、こいつを見てみろ」
「っ…くそっ…」
悪態をつきながら、イチロの指差す方を見る。目を凝らすと、べったりと地面についた血に、小さな黄色いネバネバが群がっている。
「粘菌スライムの小さいのだ」
それを松明で念入りに焼きながら、彼は言った。
「そいつは有機物と、酸素を喰って成長する。ある程度デカくなったら、分裂する」
「えっ? じゃあ、奥にいたデカいのは」
「この死体の山で、有機物が不足したとは思えねえ。酸素が足りなかったんだろ。…気付かなかったのか」
「そこまでは行けないよ。それに、この血痕をよく見て」
ガーデナが指差す。血痕は、刷毛で塗ったように、ダンジョンの奥へと続いている。
「君の話が正しければ、これはゴブリンが引きずった跡だ。つまり、この先に進めばゴブリンの巣にぶち当たる」
「…お、おい」
俺は、恐る恐る尋ねた。
「どういうことだよ。まさか…これ以上は、進めないってのかよ」
「分かってきたじゃねえか。ボウズ」
イチロが手を離し、頷いた。
「奥への道は、これ一本。そいつがゴブリンの巣に続いてるってんなら、もう終いだ。現に、知らずに進んでお前らはしくじったんだろうが」
「でも、そしたら、大損だ! このまま手ぶらで帰るなんて」
「上手くいくことの方が少ねえよ。そういうもんだ」
「でも…」
「…あの」
その時、か細い声が響いた。見ると、ランジアが俺の影から、おずおずと手を上げていた。
「どうした、ランジア?」
「このまま、しばらく待ってると良いと思う…」
「…何だと?」
イチロが眉をひそめた。ランジアは、血痕の伸びる先を見ながら言った。
「ここに来るまでに、何も落ちてなかったから…そろそろ、『撒き』に来るはず」
「『撒き』? 何を…」
「…! 静かに!」
突然、ガーデナが静止した。彼女はじっと耳を澄ますと、まず俺の手を掴んで引き寄せた。それからイチロに向かって「いけそう?」と小声で尋ねた。
イチロは舌打ちすると、頷いて松明をガーデナに差し出した。
「黙って、じっとしてて」
ガーデナが俺の身体を壁に押し付け、自分もその隣で息を殺す。イチロだけが血痕のそばで、壁にもたれて座り込んだ。
張り詰めた空気の中、待ち続けていると、奥から足音が聞こえてきた。
「!?」
「…」
やがて姿を現したのは、一匹のゴブリンであった。そいつは何と、俺が置いていった背負子を引きずって、中に詰まった宝飾品を地面に一つずつ、放り投げていた。
目が良くないのか、血溜まりを踏んでイチロのすぐ前を通っても、気付く気配は無い。それが自分の目の前を通り過ぎ、少し進んだところで…イチロが、弾かれたように立ち上がった。
”ギ? …ッ!?”
「…ふっ!」
太い両腕が、瞬時にゴブリンの頭を捉え、そして180度捻った。
声も無く、崩れ落ちるゴブリン。落ちた背負子を拾うと、足早にこちらに戻ってきた。
「おい…何で、ゴブリンの行動が分かった?」
「だって、ここは何度か寝泊まりしたことあったし…」
「そうだ、そう言えば冒険者に捕まったのは、ここで休んでるときだって…」
イチロは、穴が空きそうなほどランジアを見つめた。その口が、もごもごと何かを呟いている。
やがて彼は、ゴブリンが持ってきた財宝を、自分の背負子に詰め始めた。
「お、俺も持つ…」
「駄目だ。お前の脚の程度を見てねえ」
籠が半分くらい埋まったところで、彼は財宝を背負った。重さを確かめるように膝を曲げ、頷く。
「…このくらいで良い。ガーデナ、何か聞こえるか」
「今のところは。…入り口近くまで落ちていたお宝は、ゴブリンが用意した罠だったんだね」
「だろうな。奥に行けばまだあるかも知れねぇが、もう十分だ」
そこまで言うと、イチロは溜め息を吐いた。
「…色々、言いてぇことはある。お前が、今どんなものを掴んでいるのか…嫌というほど知るだろうが」
「…」
彼の言わんとすることは分かる。諦めかけていた財宝が手に入ったのは、ランジアのおかげだ。それだけでなく、彼女はこのダンジョン自体に精通しているらしい。それは、つまり…
「…ランジアは、渡さないからな」
「ソータ…」
「分かってるよ。…帰るぞ」
再び俺を先頭に立たせ、出口に向かって歩き始めた。今度はガーデナがしんがりだ。耳を澄まして、追手や魔物が出ないか、探っている。
やがて、向こうに月の明かりが見えてきた時…幾人かの声や物音が待ち構えているのに、俺は気付いた。
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