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1章 〜マイナスからのスタート
鼠の流儀
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「…っぷ」
青い顔で腹をさする俺を、ガーデナが心配げに覗き込む。
「大丈夫かい、あんた」
「空きっ腹に、酒と肉が堪えたんだろ。すぐに良くなる」
イチロは鼻を鳴らすと、大ジョッキの麦酒を呷った。
小さなテーブルの上には、同じジョッキがもう2つ、それに焼いた鶏の脚や豚の臓物、それに山盛りの薄焼きパンが所狭しと並んでいた。腹ペコの俺は、大喜びで鶏の脚に齧り付いたは良いものの、すぐにぎとぎとの味付けに胃もたれしてしまった。
「あ、そ。…で、何だっけ? ドラノイドのダンジョン? それこそ大丈夫なのかい?」
「さあな。だが、今まで安全な仕事があったかよ?」
「それはそうだけどさ…」
「…あのさ」
口元までこみ上げそうな何かを、酒で無理矢理押し戻すと、俺は口を開いた。
「さっきから、何でそんなに心配してるんだ? そりゃ、俺たちはペーペーの素人で、何も考えずに突っ込んでやられたけど、あんたらは慣れてるんだろ? それに、あそこは誰も見向きもしない、しょぼいダンジョンだって言われてるのに」
「そいつは、誰から聞いた」
「えっ? キャトリーナが、そんなことを…」
「じゃあそのキャトリーナとやらは、誰からその情報を仕入れた?」
「…そんなの、知らねえよ」
「ソータ、行き先の情報は、生き死にに直結するんだ」
ガーデナが、静かに言った。
「あたしが知る限り…あそこが楽なところだって話は、一度も聞いたことがないね。入り口が開けたところにあって迂闊に近寄れない上に、長らく人の手が入っていないせいで、中に何がはびこってるか分かったもんじゃない。おまけに、周りには盗賊が巣を作ってる」
「多分だが、キャトリーナはその盗賊の流した情報を掴まされたんだろ。…出てすぐ奴らに捕まったんだろ? 入り口見張ってたにしても、タイミングが良すぎるとは思わなかったかよ」
「確かに……っ、じゃあ!」
俺は、ぐいと身を乗り出した。
「どうすんだよ。もう一回入って、うまくお宝を手に入れられても、またあいつらに取られちまうぞ。…そうか、戦士を雇うんだな? 俺と、あんたと、ガーデナさんだけじゃ」
「いいや、潜るのは3人だ」
「えっ?」
イチロは麦酒を一口含むと、じっと俺の目を見た。
「…さっきも訊いたが。お前は、英雄になりてぇのか?」
「いや…」
「だったら、戦うって考えを捨てろ。おれたちは、お宝目当ての鼠…おれたちにある選択肢は、潜る、拾う、捨てる、逃げる。パーティも、司令塔と斥候と、時々案内役がいれば十分…いや、それ以上は邪魔だ」
「…じゃあ、荷物持ちは?」
「荷物くらい、リーダーが持ちやがれ! …ってね」
ガーデナが、いたずらっぽく笑った。イチロが真面目に頷く。
「歩荷が歩けるかどうかってえのは、パーティが歩けるかどうかってのと同じだ。今の重さを背負って、あとどのくらい進めるか…いつも考えて、無理ならすぐに引き返す。それができるのは、歩荷だけだ」
「分かる、ソータ。荷物持ちって、誰でもできるようで、実は一番難しいんだよ」
「そ、そうなのか…」
俺は圧倒されて、椅子に深々ともたれた。ほとんど骨だけになった鶏肉をつまんで、齧る。
しばらくは、ダンジョン攻略の話し合いが続いた。出発時刻。入り口までの移動手段。どこまで進むか…
「取らぬ狸の皮算用なんて、おれの故郷じゃ言ってたが、ありゃ銭勘定ができねえ奴のやっかみだ。ヒトも道具もタダじゃねえ…最初に、いくら稼ぐのか。そのために、獲物はどれだけ獲らなきゃならねえか。そのために、いくらまでなら掛けられるか。全部考えて動くのが、大損こかねえための鉄則だ。それができねぇ奴は、働けば働くほど貧乏になっちまうんだぜ」
そう締めくくると、イチロはおもむろに、足元に置いていた俺の荷物に手を伸ばした。
「! 何するんだ」
「最初に、おれはお前に小金貨1枚払ったな。…持ち逃げされたら困るからな。明日の集合まで、預からせてもらう」
「ま、待てよ! ガーデナさんには、そんなことは」
「たりめぇだろうが。ガーデナには信用がある。お前には、まだ無え」
「…っ」
俺は唇を噛んだ。確かに、イチロの言う通りだ。俺たちはまだ出会ったばかりだし、彼は名の知れた冒険者らしいが、俺は素性の知れない田舎者だ。
だが、それでも。あの背嚢の中には…
「…分かってんだぜ。この中にある、お前の唯一の『戦利品』も」
「!!」
俺は、はっとなった。向こうも察したのか…背嚢の口が小さく開いて、ランジアがそっと顔を出した。
「…バレてた?」
「わーっ、ほんとにいたーっ!」
黄色い声を上げるガーデナ。イチロは、ふんと鼻を鳴らした。
「こいつを、すぐに売り飛ばさなかったことは褒めてやる。だが、隠すならもう少し上手く隠せ」
そう言うと、彼はランジアごと背嚢を背負って立ち上がった。
「明日、ちゃんと来たら返してやる。約束を守るだけ。簡単だろ? …じゃあな」
「まっ…」
思わず立ち上がった時には、イチロはもう酒場を出て行ってしまった。
ガーデナは酒を啜ると、ひらひらと手を振った。
「大丈夫大丈夫。おじさんは約束を破らない。君がちゃんと戻ってきたら、あの妖精ちゃんも返してくれるよ。…それよりさ!」
ガーデナは手を挙げると、店員を呼んだ。
「麦酒おかわり。あと、揚げにんにくもね。…今夜は、お姉さんの奢り! 明日の出発はは夕方だから、今の内に飲んどこう!」
「い、良いのか?」
「ええ。でも、次は君が奢ってね。そしたら、また組んであげてもいいよ。おじさんは信用だの難しい言葉を使うけど、要するに、こういうことだと思うんだよね。一緒に飲んで、奢って、奢られてさ…」
青い顔で腹をさする俺を、ガーデナが心配げに覗き込む。
「大丈夫かい、あんた」
「空きっ腹に、酒と肉が堪えたんだろ。すぐに良くなる」
イチロは鼻を鳴らすと、大ジョッキの麦酒を呷った。
小さなテーブルの上には、同じジョッキがもう2つ、それに焼いた鶏の脚や豚の臓物、それに山盛りの薄焼きパンが所狭しと並んでいた。腹ペコの俺は、大喜びで鶏の脚に齧り付いたは良いものの、すぐにぎとぎとの味付けに胃もたれしてしまった。
「あ、そ。…で、何だっけ? ドラノイドのダンジョン? それこそ大丈夫なのかい?」
「さあな。だが、今まで安全な仕事があったかよ?」
「それはそうだけどさ…」
「…あのさ」
口元までこみ上げそうな何かを、酒で無理矢理押し戻すと、俺は口を開いた。
「さっきから、何でそんなに心配してるんだ? そりゃ、俺たちはペーペーの素人で、何も考えずに突っ込んでやられたけど、あんたらは慣れてるんだろ? それに、あそこは誰も見向きもしない、しょぼいダンジョンだって言われてるのに」
「そいつは、誰から聞いた」
「えっ? キャトリーナが、そんなことを…」
「じゃあそのキャトリーナとやらは、誰からその情報を仕入れた?」
「…そんなの、知らねえよ」
「ソータ、行き先の情報は、生き死にに直結するんだ」
ガーデナが、静かに言った。
「あたしが知る限り…あそこが楽なところだって話は、一度も聞いたことがないね。入り口が開けたところにあって迂闊に近寄れない上に、長らく人の手が入っていないせいで、中に何がはびこってるか分かったもんじゃない。おまけに、周りには盗賊が巣を作ってる」
「多分だが、キャトリーナはその盗賊の流した情報を掴まされたんだろ。…出てすぐ奴らに捕まったんだろ? 入り口見張ってたにしても、タイミングが良すぎるとは思わなかったかよ」
「確かに……っ、じゃあ!」
俺は、ぐいと身を乗り出した。
「どうすんだよ。もう一回入って、うまくお宝を手に入れられても、またあいつらに取られちまうぞ。…そうか、戦士を雇うんだな? 俺と、あんたと、ガーデナさんだけじゃ」
「いいや、潜るのは3人だ」
「えっ?」
イチロは麦酒を一口含むと、じっと俺の目を見た。
「…さっきも訊いたが。お前は、英雄になりてぇのか?」
「いや…」
「だったら、戦うって考えを捨てろ。おれたちは、お宝目当ての鼠…おれたちにある選択肢は、潜る、拾う、捨てる、逃げる。パーティも、司令塔と斥候と、時々案内役がいれば十分…いや、それ以上は邪魔だ」
「…じゃあ、荷物持ちは?」
「荷物くらい、リーダーが持ちやがれ! …ってね」
ガーデナが、いたずらっぽく笑った。イチロが真面目に頷く。
「歩荷が歩けるかどうかってえのは、パーティが歩けるかどうかってのと同じだ。今の重さを背負って、あとどのくらい進めるか…いつも考えて、無理ならすぐに引き返す。それができるのは、歩荷だけだ」
「分かる、ソータ。荷物持ちって、誰でもできるようで、実は一番難しいんだよ」
「そ、そうなのか…」
俺は圧倒されて、椅子に深々ともたれた。ほとんど骨だけになった鶏肉をつまんで、齧る。
しばらくは、ダンジョン攻略の話し合いが続いた。出発時刻。入り口までの移動手段。どこまで進むか…
「取らぬ狸の皮算用なんて、おれの故郷じゃ言ってたが、ありゃ銭勘定ができねえ奴のやっかみだ。ヒトも道具もタダじゃねえ…最初に、いくら稼ぐのか。そのために、獲物はどれだけ獲らなきゃならねえか。そのために、いくらまでなら掛けられるか。全部考えて動くのが、大損こかねえための鉄則だ。それができねぇ奴は、働けば働くほど貧乏になっちまうんだぜ」
そう締めくくると、イチロはおもむろに、足元に置いていた俺の荷物に手を伸ばした。
「! 何するんだ」
「最初に、おれはお前に小金貨1枚払ったな。…持ち逃げされたら困るからな。明日の集合まで、預からせてもらう」
「ま、待てよ! ガーデナさんには、そんなことは」
「たりめぇだろうが。ガーデナには信用がある。お前には、まだ無え」
「…っ」
俺は唇を噛んだ。確かに、イチロの言う通りだ。俺たちはまだ出会ったばかりだし、彼は名の知れた冒険者らしいが、俺は素性の知れない田舎者だ。
だが、それでも。あの背嚢の中には…
「…分かってんだぜ。この中にある、お前の唯一の『戦利品』も」
「!!」
俺は、はっとなった。向こうも察したのか…背嚢の口が小さく開いて、ランジアがそっと顔を出した。
「…バレてた?」
「わーっ、ほんとにいたーっ!」
黄色い声を上げるガーデナ。イチロは、ふんと鼻を鳴らした。
「こいつを、すぐに売り飛ばさなかったことは褒めてやる。だが、隠すならもう少し上手く隠せ」
そう言うと、彼はランジアごと背嚢を背負って立ち上がった。
「明日、ちゃんと来たら返してやる。約束を守るだけ。簡単だろ? …じゃあな」
「まっ…」
思わず立ち上がった時には、イチロはもう酒場を出て行ってしまった。
ガーデナは酒を啜ると、ひらひらと手を振った。
「大丈夫大丈夫。おじさんは約束を破らない。君がちゃんと戻ってきたら、あの妖精ちゃんも返してくれるよ。…それよりさ!」
ガーデナは手を挙げると、店員を呼んだ。
「麦酒おかわり。あと、揚げにんにくもね。…今夜は、お姉さんの奢り! 明日の出発はは夕方だから、今の内に飲んどこう!」
「い、良いのか?」
「ええ。でも、次は君が奢ってね。そしたら、また組んであげてもいいよ。おじさんは信用だの難しい言葉を使うけど、要するに、こういうことだと思うんだよね。一緒に飲んで、奢って、奢られてさ…」
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