上 下
9 / 20
1章 〜マイナスからのスタート

英雄か長者か

しおりを挟む
「ま、待ってくれよ!」

 ざわつく人々の間を縫って、すいすい歩く黒マントの男。彼の後を追いながら、俺は声を張り上げた。

「あんた、一体何者なんだ? 何で、俺に…」

 硬く握りしめた手の中には、すっかり温かくなった小金貨。農民や日雇い労働者が、まず目にすることが無いような代物の存在が、俺を焦らせる。
 男は答えず、真っ直ぐにある場所へ向かって歩を進める。
 やがて、辿り着いたのは先程俺が追い返された、金持ち向けの宿であった。

「はぁっ…何だよ、ここに泊まるのか」

「違う」

 男は、扉を叩いた。

「いらっしゃいま…っ!」

 先程のボーイが顔を出す。彼は、黒マントに黒頭巾の小男の姿を認めるなり、雷にでも撃たれたかのようにその場に直立した。

「い…イチロ、様…本日は、どのようなご用でしょうか」

「連れの荷物を取りに来た。…おい」

「…えっ、俺?」

 分厚い掌に背中を押され、俺は忌々しいボーイの前に進み出た。奴は、さっき追い払ったばかりの汚い男の姿に顔をしかめたが、渋々奥へ引っ込むと、大きな背嚢を持ってきた。
 それでもプライドが許さないのか、すぐには渡さずに、イチロなる黒マントの小男の方に言った。

「…この方は、キャトリーナ様のお連れの方と伺っておりますが」

「ギルドのパーティ登録票の写しだ」

 イチロはすかさず、懐から一枚の紙切れを取り出して見せた。ボーイは、苦い顔で頷くと、背嚢を俺に押し付けた。

「…どうぞ!」

「ありがとよ」

 俺は仏頂面でそれを受け取ると、イチロと共にまた歩き出した。



 宿を離れ、街の辺縁へ。一切ペースを乱さず歩くイチロを、必死で追いかける。

「うぐぅ…そろそろ、苦しいよぉ…」

「もう少し我慢しろ…」

 服の中で呻くランジアをなだめていると、イチロが不意に狭い路地に入った。

「!」

 石造りの店や住居の隙間を、迷うこと無く進む。入り組んだ裏路地を突き進み…辿り着いたのは、大きな館の裏口であった。重たそうな木の扉の前で、遂に彼は俺の方を向いた。

「お前、港町から来たと言うが…嘘だな。国境の村か、盆地の農村だろ」

「! …それが何だってんだ」

「バレる嘘しか吐けねえ内は、正直に生きた方が良いぜ。ソータ」

「! 俺の名前…」

「そして、バレねえ嘘なんて無ぇんだよ。…お前が、誰と、どこに行って、どんなヘマやって帰ってきたのか。全部調べられる。ギルドの受付に聞けばな」

「…じゃあ、分かんだろ。俺は…何も知らないでダンジョンに潜って、仲間を皆死なせて、何も手に入れられねえでノコノコ帰ってきた。そんな俺に、何の用だよ」

「答えろ」

 突然、イチロが右手を伸ばし、汚れた俺のシャツの胸ぐらを掴んだ。

「!?」

「お前が目指すのは、英雄か? 長者か?」

「え、いゆう…ちょうじゃ…?」

 ぎりぎりと掴む手に、自然と背中が折れていき、俺は背の低いイチロの目線まで引き下ろされる。
 真っ直ぐに見た彼の目は、深い琥珀色で、突き刺すように俺を見つめていた。

「大昔の勇者みてぇに魔物を殺し、女どもにちやほやされてぇか。それとも、ネズミみてぇにダンジョンを逃げ回り、お宝を拾って金持ちになるか。…どっちだ!」

「…俺は」

 逆らい難い剣幕に、俺は一周回って冷静になった。そうして、ここに来た意味…ダンジョンを目指す理由を思い出した。

「…そうだよ。俺は、山の農村…クソみたいな田舎の生まれだ。毎日毎日、明け方から夜更けまで働いて、粗末な飯食って、同じ顔ばっかり見て、狭い村で死ぬまで…そして、そんな人生を、誰一人文句も言わずに受け入れてる」

「…」

 イチロが、目を細めた。俺は、だんだん声が昂ぶってくるのを感じた。

「それどころか、そこから出ようとする奴は馬鹿だって…そんなわけ、あるかよ! 折角生まれたのに! 良い人生を送りたいって思うのが、何で馬鹿なんだよ! 美味い飯食って、美人な女と結婚して、遊んで、働きたい時に働いて…そんな…そん、な…」

「そのためには、何が必要だ?」

「…!」

 思い出した、手の中の熱。一粒で、上手くやれば一生暮らせるくらいの、勝者の証。

「金…金だ! 俺には、金がいるんだ!」

「ようやっと分かったか」

 イチロが、初めて笑んだ。彼は木の扉を叩くと、ぐいと開けた。

「じゃ、入りな。お前には、色々教えなきゃいけねえ」

 足を踏み入れる。
 そこは、薄暗い酒場であった。点々と置かれた小さなテーブルには、数人の男女が集まって何やら談合している。
 彼らは、新たな来客に気付くと、一様にこっちを見た。しかし、ギルドにいた冒険者と違い、驚く様子は無い。

「良いか。表にいる奴らは負け犬だ。本当のギルドは、こっちだ」

 黒頭巾を脱ぐイチロ。その下は、短く刈り込まれた白髪交じりの黒髪で、目尻に皺の寄った顔は40代くらいに見えた。
 分厚い手を差し出す。恐る恐る握ると、凄まじい力で握手してきた。

「そして、おれがイチロだ。…その分だと、知らねえな?」

「わ、悪い」

「構わねえよ。寧ろ良い。…取り敢えずは」

 彼は手を離すと、酒場のカウンターの隣りにある、垂れ幕の掛かった入り口を指した。

「最初に行った通り、まずはそのドブ臭え服を着替えて来い」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

性奴隷を飼ったのに

お小遣い月3万
ファンタジー
10年前に俺は日本から異世界に転移して来た。 異世界に転移して来たばかりの頃、辿り着いた冒険者ギルドで勇者認定されて、魔王を討伐したら家族の元に帰れるのかな、っと思って必死になって魔王を討伐したけど、日本には帰れなかった。 異世界に来てから10年の月日が流れてしまった。俺は魔王討伐の報酬として特別公爵になっていた。ちなみに領地も貰っている。 自分の領地では奴隷は禁止していた。 奴隷を売買している商人がいるというタレコミがあって、俺は出向いた。 そして1人の奴隷少女と出会った。 彼女は、お風呂にも入れられていなくて、道路に落ちている軍手のように汚かった。 彼女は幼いエルフだった。 それに魔力が使えないように処理されていた。 そんな彼女を故郷に帰すためにエルフの村へ連れて行った。 でもエルフの村は魔力が使えない少女を引き取ってくれなかった。それどころか魔力が無いエルフは処分する掟になっているらしい。 俺の所有物であるなら彼女は処分しない、と村長が言うから俺はエルフの女の子を飼うことになった。 孤児になった魔力も無いエルフの女の子。年齢は14歳。 エルフの女の子を見捨てるなんて出来なかった。だから、この世界で彼女が生きていけるように育成することに決めた。 ※エルフの少女以外にもヒロインは登場する予定でございます。 ※帰る場所を無くした女の子が、美しくて強い女性に成長する物語です。

雌犬、女子高生になる

フルーツパフェ
大衆娯楽
最近は犬が人間になるアニメが流行りの様子。 流行に乗って元は犬だった女子高生美少女達の日常を描く

処理中です...