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1章 〜マイナスからのスタート
英雄か長者か
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「ま、待ってくれよ!」
ざわつく人々の間を縫って、すいすい歩く黒マントの男。彼の後を追いながら、俺は声を張り上げた。
「あんた、一体何者なんだ? 何で、俺に…」
硬く握りしめた手の中には、すっかり温かくなった小金貨。農民や日雇い労働者が、まず目にすることが無いような代物の存在が、俺を焦らせる。
男は答えず、真っ直ぐにある場所へ向かって歩を進める。
やがて、辿り着いたのは先程俺が追い返された、金持ち向けの宿であった。
「はぁっ…何だよ、ここに泊まるのか」
「違う」
男は、扉を叩いた。
「いらっしゃいま…っ!」
先程のボーイが顔を出す。彼は、黒マントに黒頭巾の小男の姿を認めるなり、雷にでも撃たれたかのようにその場に直立した。
「い…イチロ、様…本日は、どのようなご用でしょうか」
「連れの荷物を取りに来た。…おい」
「…えっ、俺?」
分厚い掌に背中を押され、俺は忌々しいボーイの前に進み出た。奴は、さっき追い払ったばかりの汚い男の姿に顔をしかめたが、渋々奥へ引っ込むと、大きな背嚢を持ってきた。
それでもプライドが許さないのか、すぐには渡さずに、イチロなる黒マントの小男の方に言った。
「…この方は、キャトリーナ様のお連れの方と伺っておりますが」
「ギルドのパーティ登録票の写しだ」
イチロはすかさず、懐から一枚の紙切れを取り出して見せた。ボーイは、苦い顔で頷くと、背嚢を俺に押し付けた。
「…どうぞ!」
「ありがとよ」
俺は仏頂面でそれを受け取ると、イチロと共にまた歩き出した。
宿を離れ、街の辺縁へ。一切ペースを乱さず歩くイチロを、必死で追いかける。
「うぐぅ…そろそろ、苦しいよぉ…」
「もう少し我慢しろ…」
服の中で呻くランジアをなだめていると、イチロが不意に狭い路地に入った。
「!」
石造りの店や住居の隙間を、迷うこと無く進む。入り組んだ裏路地を突き進み…辿り着いたのは、大きな館の裏口であった。重たそうな木の扉の前で、遂に彼は俺の方を向いた。
「お前、港町から来たと言うが…嘘だな。国境の村か、盆地の農村だろ」
「! …それが何だってんだ」
「バレる嘘しか吐けねえ内は、正直に生きた方が良いぜ。ソータ」
「! 俺の名前…」
「そして、バレねえ嘘なんて無ぇんだよ。…お前が、誰と、どこに行って、どんなヘマやって帰ってきたのか。全部調べられる。ギルドの受付に聞けばな」
「…じゃあ、分かんだろ。俺は…何も知らないでダンジョンに潜って、仲間を皆死なせて、何も手に入れられねえでノコノコ帰ってきた。そんな俺に、何の用だよ」
「答えろ」
突然、イチロが右手を伸ばし、汚れた俺のシャツの胸ぐらを掴んだ。
「!?」
「お前が目指すのは、英雄か? 長者か?」
「え、いゆう…ちょうじゃ…?」
ぎりぎりと掴む手に、自然と背中が折れていき、俺は背の低いイチロの目線まで引き下ろされる。
真っ直ぐに見た彼の目は、深い琥珀色で、突き刺すように俺を見つめていた。
「大昔の勇者みてぇに魔物を殺し、女どもにちやほやされてぇか。それとも、ネズミみてぇにダンジョンを逃げ回り、お宝を拾って金持ちになるか。…どっちだ!」
「…俺は」
逆らい難い剣幕に、俺は一周回って冷静になった。そうして、ここに来た意味…ダンジョンを目指す理由を思い出した。
「…そうだよ。俺は、山の農村…クソみたいな田舎の生まれだ。毎日毎日、明け方から夜更けまで働いて、粗末な飯食って、同じ顔ばっかり見て、狭い村で死ぬまで…そして、そんな人生を、誰一人文句も言わずに受け入れてる」
「…」
イチロが、目を細めた。俺は、だんだん声が昂ぶってくるのを感じた。
「それどころか、そこから出ようとする奴は馬鹿だって…そんなわけ、あるかよ! 折角生まれたのに! 良い人生を送りたいって思うのが、何で馬鹿なんだよ! 美味い飯食って、美人な女と結婚して、遊んで、働きたい時に働いて…そんな…そん、な…」
「そのためには、何が必要だ?」
「…!」
思い出した、手の中の熱。一粒で、上手くやれば一生暮らせるくらいの、勝者の証。
「金…金だ! 俺には、金がいるんだ!」
「ようやっと分かったか」
イチロが、初めて笑んだ。彼は木の扉を叩くと、ぐいと開けた。
「じゃ、入りな。お前には、色々教えなきゃいけねえ」
足を踏み入れる。
そこは、薄暗い酒場であった。点々と置かれた小さなテーブルには、数人の男女が集まって何やら談合している。
彼らは、新たな来客に気付くと、一様にこっちを見た。しかし、ギルドにいた冒険者と違い、驚く様子は無い。
「良いか。表にいる奴らは負け犬だ。本当のギルドは、こっちだ」
黒頭巾を脱ぐイチロ。その下は、短く刈り込まれた白髪交じりの黒髪で、目尻に皺の寄った顔は40代くらいに見えた。
分厚い手を差し出す。恐る恐る握ると、凄まじい力で握手してきた。
「そして、おれがイチロだ。…その分だと、知らねえな?」
「わ、悪い」
「構わねえよ。寧ろ良い。…取り敢えずは」
彼は手を離すと、酒場のカウンターの隣りにある、垂れ幕の掛かった入り口を指した。
「最初に行った通り、まずはそのドブ臭え服を着替えて来い」
ざわつく人々の間を縫って、すいすい歩く黒マントの男。彼の後を追いながら、俺は声を張り上げた。
「あんた、一体何者なんだ? 何で、俺に…」
硬く握りしめた手の中には、すっかり温かくなった小金貨。農民や日雇い労働者が、まず目にすることが無いような代物の存在が、俺を焦らせる。
男は答えず、真っ直ぐにある場所へ向かって歩を進める。
やがて、辿り着いたのは先程俺が追い返された、金持ち向けの宿であった。
「はぁっ…何だよ、ここに泊まるのか」
「違う」
男は、扉を叩いた。
「いらっしゃいま…っ!」
先程のボーイが顔を出す。彼は、黒マントに黒頭巾の小男の姿を認めるなり、雷にでも撃たれたかのようにその場に直立した。
「い…イチロ、様…本日は、どのようなご用でしょうか」
「連れの荷物を取りに来た。…おい」
「…えっ、俺?」
分厚い掌に背中を押され、俺は忌々しいボーイの前に進み出た。奴は、さっき追い払ったばかりの汚い男の姿に顔をしかめたが、渋々奥へ引っ込むと、大きな背嚢を持ってきた。
それでもプライドが許さないのか、すぐには渡さずに、イチロなる黒マントの小男の方に言った。
「…この方は、キャトリーナ様のお連れの方と伺っておりますが」
「ギルドのパーティ登録票の写しだ」
イチロはすかさず、懐から一枚の紙切れを取り出して見せた。ボーイは、苦い顔で頷くと、背嚢を俺に押し付けた。
「…どうぞ!」
「ありがとよ」
俺は仏頂面でそれを受け取ると、イチロと共にまた歩き出した。
宿を離れ、街の辺縁へ。一切ペースを乱さず歩くイチロを、必死で追いかける。
「うぐぅ…そろそろ、苦しいよぉ…」
「もう少し我慢しろ…」
服の中で呻くランジアをなだめていると、イチロが不意に狭い路地に入った。
「!」
石造りの店や住居の隙間を、迷うこと無く進む。入り組んだ裏路地を突き進み…辿り着いたのは、大きな館の裏口であった。重たそうな木の扉の前で、遂に彼は俺の方を向いた。
「お前、港町から来たと言うが…嘘だな。国境の村か、盆地の農村だろ」
「! …それが何だってんだ」
「バレる嘘しか吐けねえ内は、正直に生きた方が良いぜ。ソータ」
「! 俺の名前…」
「そして、バレねえ嘘なんて無ぇんだよ。…お前が、誰と、どこに行って、どんなヘマやって帰ってきたのか。全部調べられる。ギルドの受付に聞けばな」
「…じゃあ、分かんだろ。俺は…何も知らないでダンジョンに潜って、仲間を皆死なせて、何も手に入れられねえでノコノコ帰ってきた。そんな俺に、何の用だよ」
「答えろ」
突然、イチロが右手を伸ばし、汚れた俺のシャツの胸ぐらを掴んだ。
「!?」
「お前が目指すのは、英雄か? 長者か?」
「え、いゆう…ちょうじゃ…?」
ぎりぎりと掴む手に、自然と背中が折れていき、俺は背の低いイチロの目線まで引き下ろされる。
真っ直ぐに見た彼の目は、深い琥珀色で、突き刺すように俺を見つめていた。
「大昔の勇者みてぇに魔物を殺し、女どもにちやほやされてぇか。それとも、ネズミみてぇにダンジョンを逃げ回り、お宝を拾って金持ちになるか。…どっちだ!」
「…俺は」
逆らい難い剣幕に、俺は一周回って冷静になった。そうして、ここに来た意味…ダンジョンを目指す理由を思い出した。
「…そうだよ。俺は、山の農村…クソみたいな田舎の生まれだ。毎日毎日、明け方から夜更けまで働いて、粗末な飯食って、同じ顔ばっかり見て、狭い村で死ぬまで…そして、そんな人生を、誰一人文句も言わずに受け入れてる」
「…」
イチロが、目を細めた。俺は、だんだん声が昂ぶってくるのを感じた。
「それどころか、そこから出ようとする奴は馬鹿だって…そんなわけ、あるかよ! 折角生まれたのに! 良い人生を送りたいって思うのが、何で馬鹿なんだよ! 美味い飯食って、美人な女と結婚して、遊んで、働きたい時に働いて…そんな…そん、な…」
「そのためには、何が必要だ?」
「…!」
思い出した、手の中の熱。一粒で、上手くやれば一生暮らせるくらいの、勝者の証。
「金…金だ! 俺には、金がいるんだ!」
「ようやっと分かったか」
イチロが、初めて笑んだ。彼は木の扉を叩くと、ぐいと開けた。
「じゃ、入りな。お前には、色々教えなきゃいけねえ」
足を踏み入れる。
そこは、薄暗い酒場であった。点々と置かれた小さなテーブルには、数人の男女が集まって何やら談合している。
彼らは、新たな来客に気付くと、一様にこっちを見た。しかし、ギルドにいた冒険者と違い、驚く様子は無い。
「良いか。表にいる奴らは負け犬だ。本当のギルドは、こっちだ」
黒頭巾を脱ぐイチロ。その下は、短く刈り込まれた白髪交じりの黒髪で、目尻に皺の寄った顔は40代くらいに見えた。
分厚い手を差し出す。恐る恐る握ると、凄まじい力で握手してきた。
「そして、おれがイチロだ。…その分だと、知らねえな?」
「わ、悪い」
「構わねえよ。寧ろ良い。…取り敢えずは」
彼は手を離すと、酒場のカウンターの隣りにある、垂れ幕の掛かった入り口を指した。
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