初めてのダンジョン攻略で美少女パーティを全滅させた俺に明日は無い

あぢか

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1章 〜マイナスからのスタート

輝く掌

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「…」

 すっかり日が高くなった頃。俺はようやくレジテイジの往来で、呆然と立ち尽くしていた。
 辿り着いたは良いが、今の俺は一文無し。服は泥まみれのゲロまみれ。あるのは、胸元に隠れているランジアだけ。

「邪魔だよ」

「わっ」

 天秤棒を背負った行商人が、俺を突き飛ばして通り過ぎる。悪態をつきながら、よろよろと通りの端まで退くと、俺は少し冷静になった。
 街の地理を思い出し、俺は出立の前日に泊まった宿へと向かった。

「何をするの?」

「着替えとか、預けてたんだ。…っていうか、あんまり喋んなよ。見つかるぞ」

「ん」

 しばらく歩いて、ようやく見覚えのある、大きな門構えの宿に辿り着いた。
 扉の前で、客を見送っていたボーイに声をかける。

「おい、預かってた荷物を取りに来た」

「はあ?」

 ボーイはこちらに気付くと、見るからに汚らしい風貌の俺に、あからさまに顔をしかめた。

「失礼ですが、どなたですか?」

「昨日…いや、もう一昨日か。キャトリーナっていうお嬢さんと一緒に泊まってたんだ」

「はあ。それで、キャトリーナ様は?」

 俺は、どきりとした。改めて見ると、この宿は冒険者向けには見えない。さっき出てきた客も良い身なりをしていたし、本来はレジテイジに観光に来た金持ち向けの宿なのかもしれない。

「…死んだ」

「はあ?」

「俺たちでダンジョンに潜って…モンスターにやられた! 分かったら、さっさと荷物を返してくれ!」

「…」

 ボーイは更に顔をしかめると、こちらに背を向けた。

「おい、待てよ!」

「台帳を確認してまいります。お客様のお名前は?」

「俺はソータだ」

「かしこまりました。少しお待ち下さい」



 少し、と言う割にはしばらく経って、ボーイが戻ってきた。彼は分厚い台帳を捲りながら、言った。

「確かに、一昨日キャトリーナ様という方が宿泊されていますね。お連れ様も3名、それぞれ個室で」

「だろ? だから荷物を」

「ですがお連れ様の名前がありません。貴方が、キャトリーナ様のお連れ様であるという証拠は?」

「証拠って…証拠も何も…クソっ!」

 俺は、思わず叫んだ。

「そんな、ケチくさいこと言うなよ! 汚い服が、ちょっとしか無いんだぜ? 誰に返したって一緒だろうが…」

「お引き取りください」

「ふざけんな! 大体テメエ…」

「他のお客様の、ご迷惑になりますので」

「はぁ? …!」

 気が付くと、扉の周りには小さな人だかりができていた。揃いも揃って綺麗な身なりで、ある者は嫌そうな目で、ある者は蔑むように、こちらを見ている。
 ボーイの両脇に、筋骨隆々の男が2人、現れた。拳を握り、関節をパキパキ言わせている。これ以上食い下がるなら、実力行使、ということだろう。
 俺は舌打ちすると、彼らに背を向けた。ざわつく金持ちどもを押しのけて、すごすごとその場を離れた。



「…大変だったんだね」

「…だから、黙ってろって」

「これから、どうするの?」

「…」

 俺は、必死に頭を冷やして考えた。

「…ギルド。もう、あそこしか無い」

 体力は限界。雑炊に一杯だけで、腹も空きまくり。ただ気力と、どうにかしないとという焦燥感だけで足を動かし、俺はまた物々しい鉄の門をくぐった。



「ようこそ、冒険者ギルドへ。ご利用は初めてですか?」

 この前とは別の受付に尋ねられて、俺は首を横に振った。

「ダンジョンからお戻りですか?」

「ああ」

「それはお疲れ様でした。お名前と、行き先をお願いします」

「俺はソータだ。ええと、港町の…行ったのは、荒野の…ドラノイドのダンジョン」

 ダンジョンの名を口にした瞬間、辺りが凍りついた気がした。
 一拍遅れて、受付女が聞き返す。

「…ドラノイドの、と?」

「そうだよ。仲間は皆死んじまったし、戦利品も全部放り出して逃げてきた! やっと出られたと思ったら、盗賊にボコボコに殴られるし、俺はもう一文無しだ。一体この先、どうすりゃいいんだよ…」

 一気にまくし立てる俺に、受付は困ったような顔をした。

「ええと…ギルドの正門を出られて、右手に人手募集の看板がありますので、そこで当座のお仕事を探されては。後は、お疲れでしょうから…しばらくは、そこの酒場で休憩されては」

「…そうするよ。どうもありがとう」

 俺は溜め息を吐くと、ふらふらと受付を離れて酒場に向かった。
 ざわつく冒険者達に、冷たい視線。噂する声が、全部俺への悪口に聞こえる。



”一人で逃げてきたんだと” ”お宝も仲間も、全部放ったらかしで” ”何しに行ったんだよ、あのクソ田舎者”



「おい」

「…」

「おい、おいって!」

「…! な、何だよ」

 空いている席を探す俺の背中に、野太い声が飛んできた。振り返ると、いかにも力の強そうな、革鎧の大男。
 わざわざ、俺を笑いに寄ってきたのか。そう思いながら返事すると、意外にも男は真面目な顔で、声を潜めて訊いてきた。

「あんた…ドラノイドのダンジョンに行って帰ってきたって、本当か」

「ああ、そうだよ。ボロボロにやられたけどな。…それがどうした。魔王のダンジョンに比べたら、誰も見向きもしない、ちっちゃいところだろう?」

「そ、そうじゃねえよ。皆、行ってみたいと思ってるぜ。だが、危なくて誰も近寄らねえんだ。行ってきたあんたなら、分かんだろ、なあ?」

 いつの間にか、彼の仲間と思しき男や、野次馬が集まってきていた。

「な、なあ。向こうで、よく話を聞かせてくれよ」

「あっ、待て。おれが先だ!」

「どけ、こらっ!」

 騒ぎ出す群衆。その中心には、俺。突然で予想外の出来事に、弱り果てていると、いきなり人々の動きがぴたりと止まった。と思うや、人混みがばっくりと2つに割れた。
 その間を、一人の男がこっちに向かって歩み寄ってくる。黒いマントに、黒の頭巾をすっぽり被った、小柄な男だった。



「も、もしかしてこの人」

「帰ってきたのか、とうとう」

「珍しい…ここに来るなんて」



「…ボウズ」

 男が、掠れた声で言った。

「俺のことかよ」

「世間知らずが味方したな。おめぇの居場所はここじゃねえ」

「…何の話だよ」

 男は、やおら俺の腕を掴んだ。

「!!」

 マントの中から覗く腕は、青白い。日に当たっていないのだろう。しかし、俺よりも一回り以上太く、掴む力はとんでもなく強かった。

「だが、その前に相応しい格好をしろ。その、ドブから生まれたドブ太郎みてえな格好を、どうにかしな」

 そう言うと、彼は俺に何かを掴ませた。

「? …!!?」

 強く掴まれてひりひり痛む手を開いて、俺は血の気が引いた。
 今まで、見たことはあっても触れたことの無い、小金貨が1枚、俺の掌で輝いていた。
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