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嫉妬の章

第2話 再来する恐怖

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「ぶぇっくしょん!!」

「うわっ、汚いなぁ!」

「す、すびばせん」

「まぁこの寒さなら仕方ないかもな」

 出てきた鼻水を拭きとりながら外の白くそびえたつ山を眺める。確かこの辺りは強欲帝の領土の際にある山脈で、こちらでは片手で収まるほどの高度を誇る有名な山らしい。それを示すかのように山肌がくっきり見えるくらいしか離れているない。飛空艇の限界高度ギリギリくらい運行中なのだが、この距離である。

「アルシャルノ山を思い出すなぁ……」

「こんなに高くありませんよ?」

「ははは、確かにそうだな…それよりも本当に超えられるのかよ?」

「お前に心配されることはない、問題なく超えられる」

「そうは言ってもよぉ、ほら!今の木とか当たりそうだったぞ?」

「うるさい坊ちゃんだな!そんなに心配なら歩いていくか?」

「俺は最初に乗った飛空艇をぶち落されてるんだぞ!心配にもなるだろ!」

「あれは外部的な要因があったからであって…」

「緊急事態発生!緊急事態発生!」

「どうした?」

「右側エンジンが破損、高度がこのままでは保てません!」

「ほら!やっぱり駄目じゃないか!」

「点検はされているのに何故こうも落ちるんだ……とりあえず雪の深そうな場所に不時着!修理をした後に」

「うっ…不味い、左側エンジンもやられました!」

「チッ…操縦不能か?」

「いえ、翼はまだ動きます…が、今やられました」

「もういい、脱出するぞ!」

「嫌な予感が的中したね、サミエム」

「今度からは飛空艇には乗らないようにしよう」

「無駄口叩いてる暇はない!早くここから出ろ!」

 ライゼンが緊急脱出用のハッチを開けながら怒鳴る。外は低いとは言え、割かし大きい木よりも高いくらいはある。雪があるにはあるがこれを飛ぶのはちょっと怖い…

「入り口で尻込んでじゃねぇ!さっさと降りろ!」

「え…うわぁぁぁぁぁぁぁ!」

 躊躇していた僕を何の迷いもなく蹴りだす奴は多分悪魔の末裔かサイコパスだろう。心の中で毒づき、真っ白な地面がどんどん迫ってくる恐怖と雪山の寒さに震えながら落ちた。



「…っぷは!はぁ、死にかけた」

 ふかふかで膝上くらいまで積もった雪がなければ確実に歩けてなかった…というか死んでたなぁ。まだ髪の毛にまとわりつく雪の感触を振り払うように頭を払う。

「ムゴぉぉ…」

 うめき声…?もしや魔獣とかが襲いに来たとか…不味いな、圧倒的に不利だ。ここはあちらのホームグラウンド、イーブンで対等な条件で戦ってもこちらの戦闘スタイルの関係上、負ける可能性は十二分にある。何はともあれ…相手を見つけなくては。

「ムグゥ…ムゴォ!」

「近いな」

「ムググ…」

「かなり…というか、真横から聞こえるような…」

「ム…グ…」

「う、うわ?!何か足が雪から生えてる?!」

 よく見て見ると見慣れた鎧の足部分が…雪に頭から突っ込んだサミエムのものか?!不味い!早く掘り出さないと!急いで雪を掘り返す。手がかじかんですごく痛いが…そんなことを言って休んでいたら彼の命に関わる。

「…っぷは!はぁ…はぁ…助かったよ」

「よ、良かった」

「そうだ…思い出した!あの鬼畜ライゼン、酷いんだぜ!」

「サミエムも蹴り落されたのですか?」

「そうなんだよ!全く血の通った生物とは思えない」

「悪かったな」

「うげっ!」

「お前たちも無事だったから全員助かったようだな」

「あの…飛空艇はどうなったんですか?」

「墜落したよ、何者かの襲撃によってな」

「何者か?おいおい、こんな雪山に住んでる物好きはいないだろ」

「いるさ、確認はされていない幻の部族だがな」

「幻の部族…ですか?」

「あぁ、このモンブラン山に住むと言われている少数民族…人食いの雪月鬼だ」

「で、伝承だろ?それは…」

「伝承なんぞではないさ、ここを通る飛空艇の半数は墜落している…いくら雪山で高度が高いと言っても不自然な多さだ」

「でも、諜報員たちなら何とかなるのでは?」

「ただの獣ならいざ知らず、戦略を幾重にも練った武闘派の部族相手に雪山という不利なフィールドで戦えるとはとても思えない」

「つ、つまり…」

 つまりはこの雪の牢獄に閉じ込められた僕らは格好の獲物だと…なるほど、また一筋縄ではいかぬ旅路という訳か…諦観の気持ちで雪を蹴飛ばした。
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