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暴食の章

第17話 飽食の闇

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「…ありがとうごぜぇやした」

 束の間の祝福を感じるような時間だった。それこそ初めはひやりとしたが、次々と流れてくる素晴らしい料理の数々は嫌な感覚を消し去るには十二分…まさに至福だった。

「あぁ…また来たいなぁ」

「灰崎!それどころじゃないだろ?」

「え?あっ、そうですね……じゃああの情報について調べに行きましょうか」

「おう、アルバーノの計らいは計算外だったが…」

「えぇ、しかしまぁ形的には不自然じゃないので良いんじゃないかな」

「……そうだな、じゃあ行こうぜ!迫害地区、餓鬼の外樹がきのがいじゅへ」



 餓鬼の外樹は正式な名称ではなく、LWD内で便宜上に付けられた地域の名前だ。この食都の構造は大樹のようになっている。僕たちがいた食都壱番街を中心に高級住宅街などを乱立させた貴族階級が住んでいる地区、次に安さを求めた食都弐番街を中心に住宅街を作った平民が住む地区…といった風に木の年輪のように住んでいる階級が分かるような構造となっている。そして、今僕たちがいるこの場所こそが最低階級が住む地区…餓鬼の外樹だ。

「な、なんだよこれ!」

「静かに…みんながこっちを見ています」

 サミエムが戸惑うのも無理は無い。冷静を装っている僕も困惑する景色がそこには広がっていた。通常迫害を受けた者たちは飢餓に苦しむ、餓鬼というのもその比喩だと勝手に思っていた……だが、ここは違う。逆に食はありふれて、飢えているような状況では無い。それなのに住民の目…飢えた獣のような目をしている。こんな矛盾があるのだろうか?

「何が…原因なんだ」

「灰崎、あれを見て見ろ」

「…山積みになった食材ですか?」

「よく目を凝らせば分かる」

「うーん…何か変だね」

「あれ全部余った食材だ」

「まさか…」

「やっぱりあったんだな、飽食の闇は…」

 飽食の闇…言い得て妙だ。確かにあの食材のほとんどは使われてしまったものだが、ちゃんと料理すれば食えないようなものではない。しかし、ここにはその調理をする者がいない、その知識を持つものもいない…だからこそ、食べ物に溢れかえった状況で飢えた目をしているという矛盾が起きているのだ。大樹の下に美草なしとは言うが、自身の外皮でさえ守れていない始末だ。

「…何とかしたい」

「あぁ、とりあえず今は宿に戻ろう」

 何とも言えない後味を残しつつも今夜の宿に戻る。食都壱番街にある防衛騎士ホテルへと…



「いや~めんどくさいチェックインもないなんてな!」

「ははは…そうですね」

「…気にしても仕方が無いだろ、俺たちに出来ることからしていけばいいんだよ」

「このホテルは食事付きだそうで、その残飯があちらに行っていると思うと…」

「はぁ、切り替えるしかないって!そうだ、ガシュー…強欲帝はこの国に協力者がいると言っていたな」

「そういえば…」

「もしかしてアルバーノじゃないのか?」

「それは…あり得るかもしれませんね」

「国の検問を通れなければならないのにロゼッタストーンの対処法も教えないのってどっちに転んでもいいようにしているんじゃ…」

「なるほど、確かにタイミングもばっちりだった」

「結局俺たちはあいつの手のひらで踊っているだけなのかもしれないな…よし、疲れたから少し寝るぜ!」

「ええ、おやすみなさい」

 アルバーノ団長が協力者…確かに納得は出来る理屈だった。でも、何か引っかかるんだよな…しかし、その何かの正体は分からなかった。ディナーの時も、何か月ぶりかの入浴の時も…遂には就寝時間にまで至ったが、違和感を説明出来るほどの決定的な根拠は掴めなかった。ただ…あの時に感じた敵意は本物だと思える程に強かったが…何かの訓練だったとか言われれば…うぅ、眠くなって…




 またぽつぽつと水が硬いものに当たる音が聞こえる…誰かがすすり泣いている。2度目のあの夢だ。僕は真っ暗なその場所から音を頼りに少しずつ前へと進んでいく。しばらくおっかなびっくり暗闇を進んでいると、前方に光がある…その下には少女らしき人が大粒の涙を床にこぼし続けている。何故か彼女を見た覚えがある…俗に言うデジャヴュというやつだろうか?ともかくあれだけ泣いている人を見過ごすことは出来ない。手を伸ばしながらゆっくりと…

「灰崎!!」

「うわっ?!」

「寝坊助だな、もうとっくに日は上っているぜ!」

「あ…本当ですね」

「さっさと支度しないと遅れるぜ?」

「何にでしょうか?」

「アルバーノ団長のあれだよ、あれ」

「え?ずいぶんと早いですね」

「そりゃ協力者だからな!」

「…そうですね、じゃあ僕もさっさと準備をしますね」

「おう、いよいよだ…暴食帝の元に!」
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