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暴食の章
第14話 金色英雄譚
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金色熊は焦燥感に駆られている。絶体絶命まで追い込まれ、辛くも勝利した獲物にすら逃げられた。身体を守る金の鎧も無く、獲物を狩る余力も残されていない……となれば、残された手段はずっと目の前にあった我々の集落で子供でも食べるくらいしか生き残るすべはない。
「そして、ここがあの山と集落をつなぐ最も安全な道だ」
「でも、ここを通るって保証はないだろ?」
「案ずるな、ここ以外には奴が嫌がるものを置けるだけ置いてきた」
「サミエム…震えているけど大丈夫?」
「む、武者震いってやつだよ!」
「…静かに」
草を踏みしめる重い足音が開けた道に鳴り響く。この圧迫感……奴だ。手筈通りに来てしまった奴の唸り声が重低音のように身体に響く。恐怖はあったもののやるしかない。作戦の成功率を上げるには僕の呪文が不可欠だ!
「くらえ、ファントム……」
「グルォァ!!」
巨木のような腕に吹き飛ばされ、道の端にあった木の幹に叩きつけれる。痛みはあったもののすぐに立てた。いや、痛みよりも何よりもなけなしの勇気が吹き飛ばされて、測り知れない恐怖が植え付けられた方が深刻であった。今すぐにでも逃げ出したい……これほどまでに恐怖を感じたのは初めてだ。僕がガタガタと小刻みに体を震わせていると、頭上で何かの粉のようなものがまき散る。咄嗟に口を覆って吸わないようにしたが、少しだけ吸ってしまった。
「あ、あれ?震えが……」
「奴の攻撃には何らしかの特殊な状態異常があるのだろう、どうだ動けるか?」
「はい!今度こそ……ファントムメイク!」
「グオ?!」
よし、かかった!今奴は深い霧の中にいると錯覚している。これならどこから攻撃が来ても無防備だ。後は、サミエムが決めてくれれば大丈夫だ。
「筋力を一時的に上昇させる薬は飲んだか?」
「あぁ、おかげで痛くて震えも止まらないがな!」
「行くぜ、トリプルエンチャント…秘剣つばめ返し・光!」
誰もが勝利を確信していた。だが、それは間違っていた。金色熊の感覚が勝ったのかサミエムの運が悪いのか間一髪の所で躱され、手痛い反撃を受けた。彼が使っていた薬には、血の巡りが良くなり傷を作れば出血が酷くなるという副作用があった。引き裂かれた爪痕から激流のような血が噴き出す。
「サミエム!!」
「…こうなれば仕方が無い」
「まさか……」
「これを使え、出血を抑える薬だ」
「はい!」
「それとお前たちは出来るだけあの化け物から離れろ」
「…何をするつもりですか」
「奥の手だ、幻術が解けないぎりぎりまで離れろ……巻き込まれるかもしれん」
「……それしか無いのでしょうか?」
「残念だが、お友達の回復を待つには時間が足りん」
「分かりました…」
僕はまだ生暖かい血が乾かないサミエムに肩を貸しながら、言われた通りに距離を取る。肩越しに映るセレンは雄たけびを上げて突進するでもなく、ただ静かに金色熊へと歩み寄っている。その感情は…一言で言い表せられられない程複雑な色だった。しかし、不思議なことに恐怖はみじんも感じられなかった。
「……対面……いつ……、化…」
セレンのしゃがれた声が微かに聞こえる。しかし、何を言っているのかは分からない。少しだけしか聞こえないとかえって気になってくる。僕はかすかな声を耳を澄ませながらサミエムを運ぶ。
「隊長としてワシが真っ先に死ぬとばかり考えていたが、皮肉にも生き残り…あいつらの弔いとしてお前を殺す役目を請け負うことになった」
「これで最後としよう…」
彼が地面に何かをぶちまけるともくもくと毒々しい煙が上がる。次々と何かをぶちまけ続け、煙はどんどんと彼らを包んでいく。悲鳴のような金色熊の叫びが耳を貫く。僕たちは思わず耳を塞ぎ、顔を背ける。一体どうなったのかと煙の中を目を凝らしながら見る。すると、煙の中から何かが…セレンだ!セレンが煙の中からこちらに歩いてくる。
「はは…ようやく前に進めたよ……あいつらにも顔向け出来る」
「せ、セレンさん」
「悪かったな…じゃあ、俺もそろそろ行くとするよ」
「…ちゃんと弔います、安心して眠ってください」
灰色に変わった顔を安らかそうに緩めると彼は静かに倒れた。それに呼応するように煙が晴れていく。しかし、そこには金色熊の姿は無く、何かが溶けたような跡だけが残っていた。僕たちは彼の犠牲に敬意を示し、丁寧に弔うとセレンの山小屋へと帰っていった。
数日間彼の小屋で過ごし、身体も万全な状態になった頃、僕たちは山を散策した。あの化け物がどうなったのかを確認したかった。しかし、その望みは想定よりもあっさりとかなってしまった。あの決戦の道を少しそれた獣道に奴の骨らしきものが転がっているのをサミエムが見つけたのだ。
「本当に…やったんだな」
「うん…そうだね」
「あのさ、俺見たんだよ…セレンの…」
「何を?」
「いや、今度話すよ…」
彼は何を見たのかは分からないが、山のふもとの集落以外にも旅路にある町々でセレンの武勇伝を話しているのをよく耳にした。その噂は瞬く間に広がっていき、いつしか英雄セレンが守った集落としてあの辺りはセレンと呼ばれるようになったらしい。そのまますぎるとも思ったが、サミエムはとても嬉しそうにこう言った。
「やったな…セレンの願いはようやく…!」
「その願いって?」
「へへ、それは内緒だぜ」
「はぁ、そうですか…さてと、僕たちの長旅もいよいよ終着点ですよ」
「あぁ、アルシャルノ山の地図もばっちりあるぜ!」
「では、行きましょうか…暴食帝のお膝元、食都へ!」
「そして、ここがあの山と集落をつなぐ最も安全な道だ」
「でも、ここを通るって保証はないだろ?」
「案ずるな、ここ以外には奴が嫌がるものを置けるだけ置いてきた」
「サミエム…震えているけど大丈夫?」
「む、武者震いってやつだよ!」
「…静かに」
草を踏みしめる重い足音が開けた道に鳴り響く。この圧迫感……奴だ。手筈通りに来てしまった奴の唸り声が重低音のように身体に響く。恐怖はあったもののやるしかない。作戦の成功率を上げるには僕の呪文が不可欠だ!
「くらえ、ファントム……」
「グルォァ!!」
巨木のような腕に吹き飛ばされ、道の端にあった木の幹に叩きつけれる。痛みはあったもののすぐに立てた。いや、痛みよりも何よりもなけなしの勇気が吹き飛ばされて、測り知れない恐怖が植え付けられた方が深刻であった。今すぐにでも逃げ出したい……これほどまでに恐怖を感じたのは初めてだ。僕がガタガタと小刻みに体を震わせていると、頭上で何かの粉のようなものがまき散る。咄嗟に口を覆って吸わないようにしたが、少しだけ吸ってしまった。
「あ、あれ?震えが……」
「奴の攻撃には何らしかの特殊な状態異常があるのだろう、どうだ動けるか?」
「はい!今度こそ……ファントムメイク!」
「グオ?!」
よし、かかった!今奴は深い霧の中にいると錯覚している。これならどこから攻撃が来ても無防備だ。後は、サミエムが決めてくれれば大丈夫だ。
「筋力を一時的に上昇させる薬は飲んだか?」
「あぁ、おかげで痛くて震えも止まらないがな!」
「行くぜ、トリプルエンチャント…秘剣つばめ返し・光!」
誰もが勝利を確信していた。だが、それは間違っていた。金色熊の感覚が勝ったのかサミエムの運が悪いのか間一髪の所で躱され、手痛い反撃を受けた。彼が使っていた薬には、血の巡りが良くなり傷を作れば出血が酷くなるという副作用があった。引き裂かれた爪痕から激流のような血が噴き出す。
「サミエム!!」
「…こうなれば仕方が無い」
「まさか……」
「これを使え、出血を抑える薬だ」
「はい!」
「それとお前たちは出来るだけあの化け物から離れろ」
「…何をするつもりですか」
「奥の手だ、幻術が解けないぎりぎりまで離れろ……巻き込まれるかもしれん」
「……それしか無いのでしょうか?」
「残念だが、お友達の回復を待つには時間が足りん」
「分かりました…」
僕はまだ生暖かい血が乾かないサミエムに肩を貸しながら、言われた通りに距離を取る。肩越しに映るセレンは雄たけびを上げて突進するでもなく、ただ静かに金色熊へと歩み寄っている。その感情は…一言で言い表せられられない程複雑な色だった。しかし、不思議なことに恐怖はみじんも感じられなかった。
「……対面……いつ……、化…」
セレンのしゃがれた声が微かに聞こえる。しかし、何を言っているのかは分からない。少しだけしか聞こえないとかえって気になってくる。僕はかすかな声を耳を澄ませながらサミエムを運ぶ。
「隊長としてワシが真っ先に死ぬとばかり考えていたが、皮肉にも生き残り…あいつらの弔いとしてお前を殺す役目を請け負うことになった」
「これで最後としよう…」
彼が地面に何かをぶちまけるともくもくと毒々しい煙が上がる。次々と何かをぶちまけ続け、煙はどんどんと彼らを包んでいく。悲鳴のような金色熊の叫びが耳を貫く。僕たちは思わず耳を塞ぎ、顔を背ける。一体どうなったのかと煙の中を目を凝らしながら見る。すると、煙の中から何かが…セレンだ!セレンが煙の中からこちらに歩いてくる。
「はは…ようやく前に進めたよ……あいつらにも顔向け出来る」
「せ、セレンさん」
「悪かったな…じゃあ、俺もそろそろ行くとするよ」
「…ちゃんと弔います、安心して眠ってください」
灰色に変わった顔を安らかそうに緩めると彼は静かに倒れた。それに呼応するように煙が晴れていく。しかし、そこには金色熊の姿は無く、何かが溶けたような跡だけが残っていた。僕たちは彼の犠牲に敬意を示し、丁寧に弔うとセレンの山小屋へと帰っていった。
数日間彼の小屋で過ごし、身体も万全な状態になった頃、僕たちは山を散策した。あの化け物がどうなったのかを確認したかった。しかし、その望みは想定よりもあっさりとかなってしまった。あの決戦の道を少しそれた獣道に奴の骨らしきものが転がっているのをサミエムが見つけたのだ。
「本当に…やったんだな」
「うん…そうだね」
「あのさ、俺見たんだよ…セレンの…」
「何を?」
「いや、今度話すよ…」
彼は何を見たのかは分からないが、山のふもとの集落以外にも旅路にある町々でセレンの武勇伝を話しているのをよく耳にした。その噂は瞬く間に広がっていき、いつしか英雄セレンが守った集落としてあの辺りはセレンと呼ばれるようになったらしい。そのまますぎるとも思ったが、サミエムはとても嬉しそうにこう言った。
「やったな…セレンの願いはようやく…!」
「その願いって?」
「へへ、それは内緒だぜ」
「はぁ、そうですか…さてと、僕たちの長旅もいよいよ終着点ですよ」
「あぁ、アルシャルノ山の地図もばっちりあるぜ!」
「では、行きましょうか…暴食帝のお膝元、食都へ!」
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