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暴食の章

第11話 金色霊魂祭開幕

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 ざわざわという人の声と窓から遮りきれない寒気が気持ちのいい眠気を段々と消し去っていくような朝を迎え、少し怪訝そうに僕たちは身体を起こす。目をこすりながら喧騒の主を窓から確認すると、何やらよく分からない服を着た者たちが何やら呟いている。唐突なことにギョッとしたが、昨日の話を寝ぼけた頭で思い出し、勝手に納得した。

「お…おい、不味くないか?」

「え?」

「え?じゃないぞ!こいつら俺たちの邪魔しに来た奴らだろ?早く逃げるぞ!」

「ちょっと待って!落ち着いて聞いて欲しいことがある、実は……」

「なるほど、つまり俺たちは生贄ってことか」

「そういうことになるね…勝手に決めてごめん」

「まぁ仕方がないんじゃないかな、これで堂々と山に入れるんだし」

 サミエムは納得している雰囲気を出していたが少し不服そうな感情が見え隠れしていた。命を賭けさせるような選択を勝手に決められるのは嫌なのは当然のことだろう。自分がした軽率な行動を反省しながら身支度を整える。

「あれ?今起きたんだけど外の人何?変な格好の人ばっかりでウケる!」

 …そういえば静かだったな、一番安全な奴が…。



「金色山神に捧げる贄の者よ、集落の代表として礼を言う…ありがとう」

「いえ…お互いの利害が一致したというだけですから」

「そう言ってもらえるとこちらも助かる、ではこの儀式着に着替えて貰えるか?」

 乾いたしわだらけの手が何やら装飾のついた服を手渡す。広げてみると何も模様が無い白い質素な見た目に不自然な金の装飾品が付いている。うん……?これってメッキじゃないか?やけに軽いし…仮にも神とあがめるものに対する貢物にしては粗悪品っぽいな。

「……お二方とも準備は出来たようだな、では山にお入り頂こう」

 誰が言うでもなく山へと向かう一本道が集落の皆によって作り出される。嫌な花道だが行くしかない。決意を決め、僕たちは先へと向かった。



 まだ薄暗く寒い森の中を慣れない靴で歩くのは正直堪える。山に入って大体1時間と言った所だろうか?かなり深くまで来たと思う。後ろにいたアリフィカさんは疲れてサミエムの頭に乗ってるし…僕もあの大きさならああやって楽に登山出来ただろうか。

「灰崎…霧が出てきたぞ」

「そうだね、道が分からなくならないように気をつけよう」

 実際霧による遭難者が多いと情報もある。正直行く前は、しっかりと道しるべなり目印なり置いておけば対応出来るくらいだと高を括っていたが…なるほど、これは道に迷っても仕方が無い。一寸先は闇という表現があるが、まさにこのような状況だなと感じた。

「グルルルル…」

「アリフィカさんのお腹の音ですか?」

「失礼ね!私はそんな音出さないわよ!」

「じゃあ……」

「危ない!」

 サミエムが勢いよく押し飛ばしてきた。気を抜いていたからか、疲れていたか数メートル程飛ばされた。腰をさすりながら少し苛立った表情で起き上がろうとしたが、目を疑う光景が広がっていた。巨大な熊がいた。覆いかぶさるようにサミエムが襲われている。どうやらあれから守るために突き飛ばされたようだった。若い女性程ある手を振り上げ、鋭利な爪と鈍く光る牙を剥き出し、威嚇している。

「灰崎…早く…!」

「あっ、すみません!くらえ、メンタルポリューション!」

「グオォォ」

 低く腹に響く唸り声を上げながらよろめく奴を見て少し安心したのも束の間、大木のような身体を利用してタックルをしてきた。開けた平地ならなんとか避けられたもののここは狭い山道、ましてや霧がかかって足元もまともに見えない。僕たちはまともに渾身の体当たりをくらい、坂道を転げ落ちていった。




「…うっ」

 床に強打した身体を庇う様に辺りを見渡す。隣にはサミエムが、その奥にはアリフィカさんが寝っ転がっている。2人とも生きているようで、痛みの感情が読み取れる。当たり前だが死んだ生き物からは感情を読み取れない、こういう時にも便利なスキル?だな。さて、どこまで落ちてきたんだろうか?霧が濃くない事からかなり落ちてきたというのは明白だろう。

バキッ!ガラガラガラ…

 まさか…降りてきているのか?僕たちを探して……ともかく彼らを起こして何とかしないと。僕は急いで立ち上がり、なるべく早く起こそうとした。

「なんだよ…」

「あの熊が下りてきています、早く隠れますよ」

 僕たちは痛みが共鳴している身体を引きずりながら、近くの洞窟へと姿を隠した。初めは熟睡を邪魔された苛立ちの色を見せていたサミエムの感情はみるみる内に恐怖の感情へと変わっていく。あの巨体を誰より近くで体感してしまったからだろうか。しかし、これまで数々の強敵(片手で数えられる程度だが)と戦ってきたが彼にこのような感情を芽生えさせた強者は見た事がない。もしかしたら悪影響があるかもしれない。バキバキと木をなぎ倒す音が目の前まで来た時、絶望した。そこにいたのは全身が金色の神々しいターゲットなどではなく、少し錆を見せる不純物が入り混じった金の体毛に身を包んだ熊の体裁を取った禍々しい化け物であった。僕はそいつを見て、サミエムの恐怖を、セレンや村人の畏怖を理解してしまった。しかし、僕たちは戦わなければならない。そうしなければ…いや、そんな事よりもあの化け物を観察する必要がある。さぁ反撃を開始しよう。
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