上 下
31 / 31

盲信と迎合

しおりを挟む
 感情のまま声を上げたロイドの脇で、険しい表情のまま、フィルハーリス公爵はゴルド国王と目を合わせた。

「……元より我が公爵家は近年、貴族議会の取り纏め役を担い、王家とは対立に似た関係にありました。無論、表面上の話であって、互いに牽制し意見を交わす事で、より善い結論を模索する為のもの」

 怒りを腹のうちに飲み込んで、公爵は静かに問い掛ける。

「しかしながら、娘が王太子妃に、ゆくゆくは王妃になる事で、我が公爵家と議会の発言力が過剰に高まることに反発する派閥が、年々増えていたのは事実。陛下も、それを懸念されていたのでは?」

 ゴルド国王は目を逸らさぬまま答えた。

「それは否定出来ぬ。このまま議会がまつりごとの多くを担う状況が進めば、レオンの得た恩寵など認められぬまま、いずれ傀儡の王にされるやもと、その畏れは確かにあった」

 公爵は苦い表情をして長く息を吐く。

「……ならば、何故ご相談下さらなかった。我らは決して、王家と敵対しようとしていた訳では無いのです。我が娘の名誉と命を脅かしてまで、何故……」

 溢れる感情を抑えるように肩を震わせ、言葉を詰まらせた公爵は、隣で同じように震え俯いてる妻の肩を抱いて、改めて国王を見据えた。
 
「……愚かな夢に、浮かされておった。そんな理由で、納得はせぬだろうが」



 それから国王は再び話し始めた。

「我が罪のもう一つの発端は、リリア・ウィルハート嬢が、はじめに予想していたよりも遥かに大きな力を与えられていた事を知ったからだ」

 リリア・ウィルハートが実際に城に召し上げられる切っ掛けとなったのは、半年ほど前の建国祭での祈りが国王に認められたからだと、宰相が補足した。
 
「あの娘は、建国祭で、我が治世が儂の願うまま豊かになる事を祈った。……その翌日から、儂に奇妙な力が宿った。術式では無い、何と呼んで良いかはわからぬが」

 ロイドとユージーン、それからアルフレッドが、眉を顰め首を傾げた。

「建国祭の祈りの後で、元は術者であった老いた知己にたまたま顔を合わせた。その時に、乾季に水を満たす術式は無いものかと問うたのが、始まりだ。翌日には、その知己は、水を操作する高度な術式が使えるようになっていた」

 話を聞きながら、ユージーンはアルフレッドに視線で心当たりを問う。アルフレッドは顎に手を当て悩ましげな顔をして首を横に振った。

「それからだ。どうやら儂が本心から治世に必要と思うて問えば、問われた術者は翌日にはその術を授かる。何とも不思議な力だった。無論、心から願うものに限られる。万能では無かったがな……」

 それをもってリリアを比類なきまことの神の愛子であると、実感したのだと言う。
 つい半年前の出来事を遠く昔の事のように語る声は、自嘲するような響きもあった。

「やがて、十年前の神の顕現を耳にしたアダムが、それもまたリリア嬢の祈りが齎したものだったのでは無いかと、推測を立てた」

 リリア・ウィルハートが祈りの奇跡をはじめに起こした時期が、おおよそ十年前頃であったとアダムに聞かされ、その力を実感していた国王はアダムの推測に耳を傾けたのだと言う。

「国の幸福を願う少女の祈りが聞き届けられ、未来の王たるレオンに加護となり降り注いだのだと」

 室内には沈黙が降り、ただ国王の言葉だけが響く。

「そうしてアダムと共に推論を繰り返すうちに、それこそが真実だと。十年前に早まって婚約者を決めてしまった事がそもそもの過ちで、本来結ばれるべきはリリア嬢であったのだと、確信するようになった」

「しかし先程、それ以前に婚約者の変更がそもそも出来なかったのを神のご意志と」

 険しい顔でロイドが問えば、国王は小さく頷く。
 それから絞り出すように言葉を紡いだ。

「考えを改めたのはな……ある時から、アリシア嬢は異教徒の信仰に染まり、得体の知れぬ術でレオンを縛っていると、そう囁かれるようになったのを……覚えておるか」

 テーブルを拳で叩く音が部屋に響いた。顔を怒りで朱に染めた公爵は、しかし崩れ落ちるように頭を抱えた。

「あのような、根も葉もない拙い流言を……!? 娘は、アリシアは、民の為に知見を広めるのだと、異国の書物を読んでいただけの事……」

 公爵の声には、苦渋の色が滲んでいる。公爵夫妻には、その当時認識阻害によって、娘を守るべき時に歪められた嫌悪を向けた記憶が残っている。

 国王は、青ざめた顔をして俯いていた。

「情けない話だが、今となっては、何故疑い無く無心に流言を信じてしまったのか、わからぬ……。ただ、その頃を境にレオンにも変化が起きた。我が目には、レオンが心変わりをしたように見えた」

 消え入るように紡がれた言葉に、公爵夫妻の横で黙していたレオンは表情を無くし、握りこんだ己の拳に爪を立てた。



「お待ちください。ちょっと、良いですか?」

 重い空気の中で気まずげに、いつになく弱々しく会話に割って入ったのはアルフレッドだ。

「先程国王陛下は、記憶消去を命じたと仰せられました。ですが、認識阻害や、或いは認知を歪める流言を命じたのは、陛下では無いのですか?」

 国王は、否定を込めて首を横に振った。

「貴殿らの報告を受けて初めて知った事だ。歪められている事に気付かぬまま、儂は、盲信の末に過ちを犯したのだ」

 それから刺さるような視線の中で、国王は後悔を音にする。

「レオンが、その生来の実直さも相まって、長く共にあった婚約者に囚われ、本来の想いを遂げられずにいるのだと。遂にはそう諭されて、儂は婚約した事実諸共、皆の記憶から消す事を望んだ。その上でレオン自身が選び、拒絶したならば、叶うものと」

 沸き起こる感情を抑えるようにして、レオンが握りこんだ拳には血が滲んでいた。
 息子の見せる反応に、国王の後悔と絶望は更にその色を濃くする。それでも全てをつまびらかにする為に、しわがれた声を発する。

「ブライアンに邪魔をされ、強行した術式は暴走し十年前の多くの記憶を諸共消してしまったが、それでもレオンの心は解放出来たものと、あの時の儂はそう信じていた」
しおりを挟む
感想 132

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(132件)

やちか
2024.01.18 やちか

時々読み返しています。やっぱり面白いです。そしてやっぱり、続きが気になります。

解除
atsuko
2023.02.26 atsuko

1年以上更新されないのって? もう終わったら?

解除
月白
2022.06.25 月白

もう更新されないのか、作者様が更新できない状況にあられるのか……
お話、楽しみにしていたのですけれど。

解除

あなたにおすすめの小説

貴方に側室を決める権利はございません

章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。 思い付きによるショートショート。 国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。

真実の愛ならこれくらいできますわよね?

かぜかおる
ファンタジー
フレデリクなら最後は正しい判断をすると信じていたの でもそれは裏切られてしまったわ・・・ 夜会でフレデリク第一王子は男爵令嬢サラとの真実の愛を見つけたとそう言ってわたくしとの婚約解消を宣言したの。 ねえ、真実の愛で結ばれたお二人、覚悟があるというのなら、これくらいできますわよね?

お飾りの聖女は王太子に婚約破棄されて都を出ることにしました。

高山奥地
ファンタジー
大聖女の子孫、カミリヤは神聖力のないお飾りの聖女と呼ばれていた。ある日婚約者の王太子に婚約破棄を告げられて……。

妹とそんなに比べるのでしたら、婚約を交代したらどうですか?

慶光
ファンタジー
ローラはいつも婚約者のホルムズから、妹のレイラと比較されて来た。婚約してからずっとだ。 頭にきたローラは、そんなに妹のことが好きなら、そちらと婚約したらどうかと彼に告げる。 画してローラは自由の身になった。 ただし……ホルムズと妹レイラとの婚約が上手くいくわけはなかったのだが……。

押し付けられた仕事は致しません。

章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。 書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。 『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

修道院送り

章槻雅希
ファンタジー
 第二王子とその取り巻きを篭絡したヘシカ。第二王子は彼女との真実の愛のために婚約者に婚約破棄を言い渡す。結果、第二王子は王位継承権を剥奪され幽閉、取り巻きは蟄居となった。そして、ヘシカは修道院に送られることになる。  『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿、自サイトにも掲載。

婚約破棄?それならこの国を返して頂きます

Ruhuna
ファンタジー
大陸の西側に位置するアルティマ王国 500年の時を経てその国は元の国へと返り咲くために時が動き出すーーー 根暗公爵の娘と、笑われていたマーガレット・ウィンザーは婚約者であるナラード・アルティマから婚約破棄されたことで反撃を開始した

妹だけを可愛がるなら私はいらないでしょう。だから消えます……。何でもねだる妹と溺愛する両親に私は見切りをつける。

しげむろ ゆうき
ファンタジー
誕生日に買ってもらったドレスを欲しがる妹 そんな妹を溺愛する両親は、笑顔であげなさいと言ってくる もう限界がきた私はあることを決心するのだった

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。