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盲信と迎合
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感情のまま声を上げたロイドの脇で、険しい表情のまま、フィルハーリス公爵はゴルド国王と目を合わせた。
「……元より我が公爵家は近年、貴族議会の取り纏め役を担い、王家とは対立に似た関係にありました。無論、表面上の話であって、互いに牽制し意見を交わす事で、より善い結論を模索する為のもの」
怒りを腹のうちに飲み込んで、公爵は静かに問い掛ける。
「しかしながら、娘が王太子妃に、ゆくゆくは王妃になる事で、我が公爵家と議会の発言力が過剰に高まることに反発する派閥が、年々増えていたのは事実。陛下も、それを懸念されていたのでは?」
ゴルド国王は目を逸らさぬまま答えた。
「それは否定出来ぬ。このまま議会が政の多くを担う状況が進めば、レオンの得た恩寵など認められぬまま、いずれ傀儡の王にされるやもと、その畏れは確かにあった」
公爵は苦い表情をして長く息を吐く。
「……ならば、何故ご相談下さらなかった。我らは決して、王家と敵対しようとしていた訳では無いのです。我が娘の名誉と命を脅かしてまで、何故……」
溢れる感情を抑えるように肩を震わせ、言葉を詰まらせた公爵は、隣で同じように震え俯いてる妻の肩を抱いて、改めて国王を見据えた。
「……愚かな夢に、浮かされておった。そんな理由で、納得はせぬだろうが」
それから国王は再び話し始めた。
「我が罪のもう一つの発端は、リリア・ウィルハート嬢が、はじめに予想していたよりも遥かに大きな力を与えられていた事を知ったからだ」
リリア・ウィルハートが実際に城に召し上げられる切っ掛けとなったのは、半年ほど前の建国祭での祈りが国王に認められたからだと、宰相が補足した。
「あの娘は、建国祭で、我が治世が儂の願うまま豊かになる事を祈った。……その翌日から、儂に奇妙な力が宿った。術式では無い、何と呼んで良いかはわからぬが」
ロイドとユージーン、それからアルフレッドが、眉を顰め首を傾げた。
「建国祭の祈りの後で、元は術者であった老いた知己にたまたま顔を合わせた。その時に、乾季に水を満たす術式は無いものかと問うたのが、始まりだ。翌日には、その知己は、水を操作する高度な術式が使えるようになっていた」
話を聞きながら、ユージーンはアルフレッドに視線で心当たりを問う。アルフレッドは顎に手を当て悩ましげな顔をして首を横に振った。
「それからだ。どうやら儂が本心から治世に必要と思うて問えば、問われた術者は翌日にはその術を授かる。何とも不思議な力だった。無論、心から願うものに限られる。万能では無かったがな……」
それをもってリリアを比類なき真の神の愛子であると、実感したのだと言う。
つい半年前の出来事を遠く昔の事のように語る声は、自嘲するような響きもあった。
「やがて、十年前の神の顕現を耳にしたアダムが、それもまたリリア嬢の祈りが齎したものだったのでは無いかと、推測を立てた」
リリア・ウィルハートが祈りの奇跡をはじめに起こした時期が、おおよそ十年前頃であったとアダムに聞かされ、その力を実感していた国王はアダムの推測に耳を傾けたのだと言う。
「国の幸福を願う少女の祈りが聞き届けられ、未来の王たるレオンに加護となり降り注いだのだと」
室内には沈黙が降り、ただ国王の言葉だけが響く。
「そうしてアダムと共に推論を繰り返すうちに、それこそが真実だと。十年前に早まって婚約者を決めてしまった事がそもそもの過ちで、本来結ばれるべきはリリア嬢であったのだと、確信するようになった」
「しかし先程、それ以前に婚約者の変更がそもそも出来なかったのを神のご意志と」
険しい顔でロイドが問えば、国王は小さく頷く。
それから絞り出すように言葉を紡いだ。
「考えを改めたのはな……ある時から、アリシア嬢は異教徒の信仰に染まり、得体の知れぬ術でレオンを縛っていると、そう囁かれるようになったのを……覚えておるか」
テーブルを拳で叩く音が部屋に響いた。顔を怒りで朱に染めた公爵は、しかし崩れ落ちるように頭を抱えた。
「あのような、根も葉もない拙い流言を……!? 娘は、アリシアは、民の為に知見を広めるのだと、異国の書物を読んでいただけの事……」
公爵の声には、苦渋の色が滲んでいる。公爵夫妻には、その当時認識阻害によって、娘を守るべき時に歪められた嫌悪を向けた記憶が残っている。
国王は、青ざめた顔をして俯いていた。
「情けない話だが、今となっては、何故疑い無く無心に流言を信じてしまったのか、わからぬ……。ただ、その頃を境にレオンにも変化が起きた。我が目には、レオンが心変わりをしたように見えた」
消え入るように紡がれた言葉に、公爵夫妻の横で黙していたレオンは表情を無くし、握りこんだ己の拳に爪を立てた。
「お待ちください。ちょっと、良いですか?」
重い空気の中で気まずげに、いつになく弱々しく会話に割って入ったのはアルフレッドだ。
「先程国王陛下は、記憶消去を命じたと仰せられました。ですが、認識阻害や、或いは認知を歪める流言を命じたのは、陛下では無いのですか?」
国王は、否定を込めて首を横に振った。
「貴殿らの報告を受けて初めて知った事だ。歪められている事に気付かぬまま、儂は、盲信の末に過ちを犯したのだ」
それから刺さるような視線の中で、国王は後悔を音にする。
「レオンが、その生来の実直さも相まって、長く共にあった婚約者に囚われ、本来の想いを遂げられずにいるのだと。遂にはそう諭されて、儂は婚約した事実諸共、皆の記憶から消す事を望んだ。その上でレオン自身が選び、拒絶したならば、叶うものと」
沸き起こる感情を抑えるようにして、レオンが握りこんだ拳には血が滲んでいた。
息子の見せる反応に、国王の後悔と絶望は更にその色を濃くする。それでも全てを詳らかにする為に、しわがれた声を発する。
「ブライアンに邪魔をされ、強行した術式は暴走し十年前の多くの記憶を諸共消してしまったが、それでもレオンの心は解放出来たものと、あの時の儂はそう信じていた」
「……元より我が公爵家は近年、貴族議会の取り纏め役を担い、王家とは対立に似た関係にありました。無論、表面上の話であって、互いに牽制し意見を交わす事で、より善い結論を模索する為のもの」
怒りを腹のうちに飲み込んで、公爵は静かに問い掛ける。
「しかしながら、娘が王太子妃に、ゆくゆくは王妃になる事で、我が公爵家と議会の発言力が過剰に高まることに反発する派閥が、年々増えていたのは事実。陛下も、それを懸念されていたのでは?」
ゴルド国王は目を逸らさぬまま答えた。
「それは否定出来ぬ。このまま議会が政の多くを担う状況が進めば、レオンの得た恩寵など認められぬまま、いずれ傀儡の王にされるやもと、その畏れは確かにあった」
公爵は苦い表情をして長く息を吐く。
「……ならば、何故ご相談下さらなかった。我らは決して、王家と敵対しようとしていた訳では無いのです。我が娘の名誉と命を脅かしてまで、何故……」
溢れる感情を抑えるように肩を震わせ、言葉を詰まらせた公爵は、隣で同じように震え俯いてる妻の肩を抱いて、改めて国王を見据えた。
「……愚かな夢に、浮かされておった。そんな理由で、納得はせぬだろうが」
それから国王は再び話し始めた。
「我が罪のもう一つの発端は、リリア・ウィルハート嬢が、はじめに予想していたよりも遥かに大きな力を与えられていた事を知ったからだ」
リリア・ウィルハートが実際に城に召し上げられる切っ掛けとなったのは、半年ほど前の建国祭での祈りが国王に認められたからだと、宰相が補足した。
「あの娘は、建国祭で、我が治世が儂の願うまま豊かになる事を祈った。……その翌日から、儂に奇妙な力が宿った。術式では無い、何と呼んで良いかはわからぬが」
ロイドとユージーン、それからアルフレッドが、眉を顰め首を傾げた。
「建国祭の祈りの後で、元は術者であった老いた知己にたまたま顔を合わせた。その時に、乾季に水を満たす術式は無いものかと問うたのが、始まりだ。翌日には、その知己は、水を操作する高度な術式が使えるようになっていた」
話を聞きながら、ユージーンはアルフレッドに視線で心当たりを問う。アルフレッドは顎に手を当て悩ましげな顔をして首を横に振った。
「それからだ。どうやら儂が本心から治世に必要と思うて問えば、問われた術者は翌日にはその術を授かる。何とも不思議な力だった。無論、心から願うものに限られる。万能では無かったがな……」
それをもってリリアを比類なき真の神の愛子であると、実感したのだと言う。
つい半年前の出来事を遠く昔の事のように語る声は、自嘲するような響きもあった。
「やがて、十年前の神の顕現を耳にしたアダムが、それもまたリリア嬢の祈りが齎したものだったのでは無いかと、推測を立てた」
リリア・ウィルハートが祈りの奇跡をはじめに起こした時期が、おおよそ十年前頃であったとアダムに聞かされ、その力を実感していた国王はアダムの推測に耳を傾けたのだと言う。
「国の幸福を願う少女の祈りが聞き届けられ、未来の王たるレオンに加護となり降り注いだのだと」
室内には沈黙が降り、ただ国王の言葉だけが響く。
「そうしてアダムと共に推論を繰り返すうちに、それこそが真実だと。十年前に早まって婚約者を決めてしまった事がそもそもの過ちで、本来結ばれるべきはリリア嬢であったのだと、確信するようになった」
「しかし先程、それ以前に婚約者の変更がそもそも出来なかったのを神のご意志と」
険しい顔でロイドが問えば、国王は小さく頷く。
それから絞り出すように言葉を紡いだ。
「考えを改めたのはな……ある時から、アリシア嬢は異教徒の信仰に染まり、得体の知れぬ術でレオンを縛っていると、そう囁かれるようになったのを……覚えておるか」
テーブルを拳で叩く音が部屋に響いた。顔を怒りで朱に染めた公爵は、しかし崩れ落ちるように頭を抱えた。
「あのような、根も葉もない拙い流言を……!? 娘は、アリシアは、民の為に知見を広めるのだと、異国の書物を読んでいただけの事……」
公爵の声には、苦渋の色が滲んでいる。公爵夫妻には、その当時認識阻害によって、娘を守るべき時に歪められた嫌悪を向けた記憶が残っている。
国王は、青ざめた顔をして俯いていた。
「情けない話だが、今となっては、何故疑い無く無心に流言を信じてしまったのか、わからぬ……。ただ、その頃を境にレオンにも変化が起きた。我が目には、レオンが心変わりをしたように見えた」
消え入るように紡がれた言葉に、公爵夫妻の横で黙していたレオンは表情を無くし、握りこんだ己の拳に爪を立てた。
「お待ちください。ちょっと、良いですか?」
重い空気の中で気まずげに、いつになく弱々しく会話に割って入ったのはアルフレッドだ。
「先程国王陛下は、記憶消去を命じたと仰せられました。ですが、認識阻害や、或いは認知を歪める流言を命じたのは、陛下では無いのですか?」
国王は、否定を込めて首を横に振った。
「貴殿らの報告を受けて初めて知った事だ。歪められている事に気付かぬまま、儂は、盲信の末に過ちを犯したのだ」
それから刺さるような視線の中で、国王は後悔を音にする。
「レオンが、その生来の実直さも相まって、長く共にあった婚約者に囚われ、本来の想いを遂げられずにいるのだと。遂にはそう諭されて、儂は婚約した事実諸共、皆の記憶から消す事を望んだ。その上でレオン自身が選び、拒絶したならば、叶うものと」
沸き起こる感情を抑えるようにして、レオンが握りこんだ拳には血が滲んでいた。
息子の見せる反応に、国王の後悔と絶望は更にその色を濃くする。それでも全てを詳らかにする為に、しわがれた声を発する。
「ブライアンに邪魔をされ、強行した術式は暴走し十年前の多くの記憶を諸共消してしまったが、それでもレオンの心は解放出来たものと、あの時の儂はそう信じていた」
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