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薄日さすもの、翳るもの

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 背の高いがっしりとした体型の、四十過ぎほどの男が、王城の正門に真っ直ぐと歩を進める。

 その姿を見留めた門兵は目を見開き、次いで慌てたように姿勢を正すと頭を下げた。

「ロイド団長……! お戻りを、お待ちしておりました」

 その声に気付いて近場に居合わせた近衛兵が正門に集まり、まるで凱旋でも迎えるように横一列に並び、向かい合う隊列を成した。

「お前達、少し大袈裟だろう。……しかし、顔付きはになっているな、」

 目が覚めたか、という言葉は音にせず飲み込んだ。
 これでも騎士団長を罷免され蟄居を命じられていた身なのだ、あまりに大仰な出迎えには少しの苦さも伴う。

「ロイド・ウォレス、復職の命により参じた。陛下に……いや、勅命はレオン殿下の名だったな、王太子殿下にお目通り願えるか」

 低く、しかしよく通る声が王城の正門に響いた。



 
 王太子の執務室に通され、久方ぶりに顔を合わせたレオンに、ロイドは不敬など意に介さずとばかりに、挨拶もそこそこに話を始めた。

「殿下、此度の復職の命に感謝いたします。差し当って、互いに言いたい事は山ほどありましょうが、今はその時では無い。目前にある問題から片付けてゆきましょう」

 闊達とした物言いに、レオンは苦く笑って見せた。

 後悔も、困惑も、安堵も全て入り交じった表情は青白く、目の下には濃い隈が浮いている。疲弊をまるで隠せては居ないが、それでも眼には光があった。
 今はそれが分かれば充分だと、ロイドは胸のうちで独りごちた。

「手土産をお持ちしました。殿下は今も、地方領の取り纏めと采配を任されておられるかと。ならばこれがお役に立ちましょう」

 そう言ってロイドが背負っていた皮袋から取り出したのは、大小も様々な紙の束だ。中には薄い木の板も混じっている。

「これは……」
「東部山岳地帯各領の、状況を報せる手紙です、殿下」

 レオンは目を見開いた。

「野に下った元部下達と、古い知己が、お役に立てればと集めて参りました」

 野鳥や隼を使った伝書もあれば、土砂と倒木に埋まったディルズ川を、危険も顧みずに渡って届けられたものもあるのだとロイドは言う。

 驚愕でやや呆然とした面持ちながら、しっかりと紙の束を受け取るレオンに、ロイドは穏やかな笑みを向けた。

「……殿下、もう五年ほどになりますか、ディルズ川の上流に築いた遊水地は覚えておいでですか」

 書かれた文字を一心に目で追っていたレオンは、何かに気付いたように息を呑み、ゆっくりと頷く。

「当時十二の殿下とアリシア様が、異国の書物から見付けたそれをお二人で提案なされ、国策の一環として土地を買い上げ、東部の領主達が協力し堤を築いた──あの遊水地が上手く機能し、東側の各領は大きな被害を免れたようです」

 ディルズ川の上流は古くから数年置きに大きな氾濫を起こす事で、長く東部山岳地帯の領主達の悩みの種だった。それを打開すべく築かれたのが、かの遊水地だ。
 今回も、地震により古い堤がいくつも破壊され、鉄砲水と土砂崩れが起きた事が手紙には記されている。
 
 川に流れ込んだそれらは、しかし遊水地が機能した事で大事に至る前に食い止められた。

『我らが未来の王と王妃の慈悲により──』

 手紙の末尾に記された文章を、レオンは震える指先で撫でる。
 堪えても濡れた視界が揺れるので、顔を上げる事が出来ずに、押し寄せる感情を噛み締めていた。

 その様子を静かに見守っていたロイドは、しばらくの間を置いたのちに穏やかに声を掛けた。

「……殿下、少しお休みになってください。成すべきことはこれから山ほどある。今倒れられる訳には参りません」

 静かに頷き、ロイドと侍従に促されるまま私室に向かうレオンの手には、木彫りの犬が握られていた。


◇◆◇


 王太子の執務室を後にし、国王と宰相に挨拶ばかりの謁見を済ませると、ロイドは王宮の一角にある客間へと向かった。

「クロヌス猊下、突然の訪問の無礼をお詫び申し上げる。……いや、失礼した。取り込み中であれば出直しましょう」

 尋ねた先、客間のテーブルに文書が拡げられているのを視界に収め、時を改めようと辞去を申し出れば、しかし目的の人物は構うこと無く部屋に招き入れた。

「ロイド卿、確か貴殿は近衛騎士団の団長を務めておいでの方でしたね。ご意見を伺いたい件もあったところです」
「役に立てる事でしたら、何なりとお聞きください」

 そのまま部屋の奥に通され、件のテーブルを挟んで対面し腰を下ろした。

「……この文書は、部外者が目にしても構わぬものですか?」

 気になって尋ねれば、ユージーンの補佐として紹介されたメイアが補足する。

「秘匿する内容ではありません。無用な混乱を避ける為、ゴルド国への正式な報告は改めて行いますが……」

 ちらりと目をやれば何某かの報告書と、名簿のようなものだと見て取れる。

「ロイド卿は、そのお立場上、治癒士の采配や管理に関わられる事もあるかと」
「ええ、守護の一翼を担う近衛を束ねる都合、治癒士には、いくらか関わらせていただいております……治癒士が術を使えなくなっている件でしょうか?」

 ロイドの問にユージーンは首肯する。

「市井では、地震による神気の乱れの影響だと言われておりますが」
「いいえ。原因は恐らく別のところにあります」

 ユージーンの隣に座るメイアが、紙の束の中から数枚、名簿のようなものを取り出し、ロイドの前に置いた。

「ラーヴェ修道院でも、先日から所属する治癒士のうち約三分の一ほどが治癒術式の発動が出来なくなったとの報告がありました。これは各員の名は一部伏せてありますが、ラーヴェの治癒士の一覧です」

「……使のですね」

 ならば、地震による神気の乱れが原因でない事は明らかだ。
 沈黙の後で、ロイドは提示された紙面に目を通し、息を呑む。

「我が国で洗礼を受けた者だけが、術を使えない……? まさか、そのような事は起こり得るのですか?」

 困惑して顔を上げれば、ユージーンもまた険しい表情をしていた。
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