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公爵夫妻の綻び
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ユージーン・クロヌスは王城に出来上がった瓦礫の山の前に立っていた。
「……クロヌス猊下、これ、本当に地震で崩れたのでしょうか……?」
青い顔で傍らに立つのはこの場に配属されていた城の衛兵の男だ。
ユージーンは沈黙を答えとした。
不用意な言葉は不安を煽るばかりで、何の解決にもなりはしない。
それでも目前に広がる光景は畏れを呼び起こしてしまうだろう。
これだけ巨大な、石造りの建物が地震で崩れたというのなら、構造上、外郭や壁や柱の一部が幾らか残りはするはずだ。
それすら無く全てが瓦礫と化し、広い敷地を埋め尽くす様相は、まるで何某かの巨大な力に押し潰されたかのようにすら見える。
調査を命じられた文官も、警備を命じられた衛兵も、皆一様にこの光景に怯えていた。
「猊下、こちらに居られましたか」
静かな声に振り返れば、眼鏡をかけた小柄な女がこちらに向かってきていた。
彼女はユージーンの従者の一人で、名をメイアという。
アルフレッドやジュノーを筆頭に腕の立つ護衛兵の大半をアリシアの護送に行かせたので、身の回りの世話と事務方を担う数人のみが城に残った。
「公爵夫妻が登城されました。面会の手筈は整っています」
「ああ、ありがとう」
アリシアが毒を盛られた件は、まだ極一部の者しか知らされていない。朝に報告を受けたゴルド国王の采配によるものだ。
公爵夫妻に知らせる役目は、発見し保護したユージーンが買って出た。
「……猊下、ご報告がございます」
ユージーンが傍によると、メイアは声を潜めて話し出した。
「昨晩の件ののち、城下に待機していた密偵を公爵邸に向かわせました。しかし、現在までのところ、関与の様子も、証拠隠滅にあたる行動なども見られません」
ユージーンは小さく頷いた。
公爵夫妻が夜会でアリシアに向けていた表情を思い浮かべて、目を細めた。
高位貴族たればこそ、名誉や立場の為に実の子であれ処分する可能性は皆無では無い。
従って、確証を得るまでは疑わざるを得ない。
「……それと、公爵邸を発つ際にひと騒動あったようです」
片眉を上げ視線のみを向け先を促せば、メイアは前を向いたまま表情を変えずに続ける。
「災いはアリシア嬢が原因であると主張する一部の民衆が、公爵邸を囲んでおりました。公爵夫妻は相手にはしておりませんでしたが、ご報告まで」
ユージーンは再び片眉を上げた。今度は表情に困惑が滲む。
王都でも聖堂の倒壊が相次ぎ報告されている事と、井戸が干上がっている事は既に耳にしていた。
メイアの調べさせたところによれば、城下ではリリアの祈りで解決すると楽観する者と、災厄の原因はアリシアであると憤りの声を上げる者とが出てきているらしい。
「メイア、アリシア嬢のことは何かわかったか?」
この問いにメイアは首を横に振った。
「未だ調査段階ではありますが、目下のところ、昨晩宰相閣下が語った以上の事は何も。この国の法に照らし合わせても、罪に問われる行動をした形跡はありません」
「そうか……念の為だ、もう少し調べてくれ」
メイアは無言で頷く。
国には法に記されるばかりでない国の掟というものがある。ユージーンの与り知らない罪が他にもあるのだとしたら、知っておかねばならない。
庇護する者の責任だ。
そして万が一、そこに何も無かった時は、次の手を打たねばならない。
ユージーンは一つ息を吐いて、後方の瓦礫の山を一瞥した。
◇◆◇
用意された王城の客間で、慎重に人払いをした上でアリシアの件を公爵夫妻に報告すれば、二人の反応はユージーンの予想していたものとは些か異なっていた。
公爵夫人はぼろぼろと涙を流したかと思えばその場に崩れ落ちてしまった。高位貴族としての振る舞いなど忘れてしまったかのように、床に蹲って声を殺して泣いている。
一方で公爵は顔色を無くし言葉を失っている。
しばらくして涙を堪えるように顔を歪め、額を手で覆い肩を震わせた。
「だ、から……だから、儂は、この婚約に反対したのだ……。我が家がこれ以上力を持つ事を、厭う者は少なくない……アリシアの身を、危険に晒すと……」
やがて力無く語られた独白めいた言葉には、悔恨が色濃く滲んでいる。
ユージーンは二人が落ち着くのを静かに待ちながら、内心では首を傾げていた。
(どうも腑に落ちないな……)
動揺のあまり貴族の仮面がそげ落ちているこの有様は、演技とは思えない。
だが、だからこそ、昨晩の夜会での彼らと、どこか結びつかない。
それだけでは無い。本当に娘の身を案ずるならば、公爵家ほどの権力があれば、囚われた娘の傍に信頼の置ける者を付けるよう手配する事も出来ただろう。
彼らはどこか、言動が噛み合っていないような違和感がある。
(罪を隠す巧妙な偽りか、それとも──歪められたか)
言動に齟齬を来たしているのは彼らだけでは無い。
厄介ごとの予感が徐々に確信に変わってきて、ユージーンは深く息を吐いた。
「……クロヌス猊下、これ、本当に地震で崩れたのでしょうか……?」
青い顔で傍らに立つのはこの場に配属されていた城の衛兵の男だ。
ユージーンは沈黙を答えとした。
不用意な言葉は不安を煽るばかりで、何の解決にもなりはしない。
それでも目前に広がる光景は畏れを呼び起こしてしまうだろう。
これだけ巨大な、石造りの建物が地震で崩れたというのなら、構造上、外郭や壁や柱の一部が幾らか残りはするはずだ。
それすら無く全てが瓦礫と化し、広い敷地を埋め尽くす様相は、まるで何某かの巨大な力に押し潰されたかのようにすら見える。
調査を命じられた文官も、警備を命じられた衛兵も、皆一様にこの光景に怯えていた。
「猊下、こちらに居られましたか」
静かな声に振り返れば、眼鏡をかけた小柄な女がこちらに向かってきていた。
彼女はユージーンの従者の一人で、名をメイアという。
アルフレッドやジュノーを筆頭に腕の立つ護衛兵の大半をアリシアの護送に行かせたので、身の回りの世話と事務方を担う数人のみが城に残った。
「公爵夫妻が登城されました。面会の手筈は整っています」
「ああ、ありがとう」
アリシアが毒を盛られた件は、まだ極一部の者しか知らされていない。朝に報告を受けたゴルド国王の采配によるものだ。
公爵夫妻に知らせる役目は、発見し保護したユージーンが買って出た。
「……猊下、ご報告がございます」
ユージーンが傍によると、メイアは声を潜めて話し出した。
「昨晩の件ののち、城下に待機していた密偵を公爵邸に向かわせました。しかし、現在までのところ、関与の様子も、証拠隠滅にあたる行動なども見られません」
ユージーンは小さく頷いた。
公爵夫妻が夜会でアリシアに向けていた表情を思い浮かべて、目を細めた。
高位貴族たればこそ、名誉や立場の為に実の子であれ処分する可能性は皆無では無い。
従って、確証を得るまでは疑わざるを得ない。
「……それと、公爵邸を発つ際にひと騒動あったようです」
片眉を上げ視線のみを向け先を促せば、メイアは前を向いたまま表情を変えずに続ける。
「災いはアリシア嬢が原因であると主張する一部の民衆が、公爵邸を囲んでおりました。公爵夫妻は相手にはしておりませんでしたが、ご報告まで」
ユージーンは再び片眉を上げた。今度は表情に困惑が滲む。
王都でも聖堂の倒壊が相次ぎ報告されている事と、井戸が干上がっている事は既に耳にしていた。
メイアの調べさせたところによれば、城下ではリリアの祈りで解決すると楽観する者と、災厄の原因はアリシアであると憤りの声を上げる者とが出てきているらしい。
「メイア、アリシア嬢のことは何かわかったか?」
この問いにメイアは首を横に振った。
「未だ調査段階ではありますが、目下のところ、昨晩宰相閣下が語った以上の事は何も。この国の法に照らし合わせても、罪に問われる行動をした形跡はありません」
「そうか……念の為だ、もう少し調べてくれ」
メイアは無言で頷く。
国には法に記されるばかりでない国の掟というものがある。ユージーンの与り知らない罪が他にもあるのだとしたら、知っておかねばならない。
庇護する者の責任だ。
そして万が一、そこに何も無かった時は、次の手を打たねばならない。
ユージーンは一つ息を吐いて、後方の瓦礫の山を一瞥した。
◇◆◇
用意された王城の客間で、慎重に人払いをした上でアリシアの件を公爵夫妻に報告すれば、二人の反応はユージーンの予想していたものとは些か異なっていた。
公爵夫人はぼろぼろと涙を流したかと思えばその場に崩れ落ちてしまった。高位貴族としての振る舞いなど忘れてしまったかのように、床に蹲って声を殺して泣いている。
一方で公爵は顔色を無くし言葉を失っている。
しばらくして涙を堪えるように顔を歪め、額を手で覆い肩を震わせた。
「だ、から……だから、儂は、この婚約に反対したのだ……。我が家がこれ以上力を持つ事を、厭う者は少なくない……アリシアの身を、危険に晒すと……」
やがて力無く語られた独白めいた言葉には、悔恨が色濃く滲んでいる。
ユージーンは二人が落ち着くのを静かに待ちながら、内心では首を傾げていた。
(どうも腑に落ちないな……)
動揺のあまり貴族の仮面がそげ落ちているこの有様は、演技とは思えない。
だが、だからこそ、昨晩の夜会での彼らと、どこか結びつかない。
それだけでは無い。本当に娘の身を案ずるならば、公爵家ほどの権力があれば、囚われた娘の傍に信頼の置ける者を付けるよう手配する事も出来ただろう。
彼らはどこか、言動が噛み合っていないような違和感がある。
(罪を隠す巧妙な偽りか、それとも──歪められたか)
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