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昏い朝日が照らすもの
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レオンは自室のベットに座り込んでいた。
謁見の間からふらつきながら自室に戻り、どれだけそうしていたのかも分からない。
窓を叩く雨音は激しさを増していた。
不意に強風に打ち付けられて窓枠が軋む音がする。ベットサイドに置かれた蝋燭が揺れて、何気なく頭をそちらに向けると、壁に誂られた飾り棚が目に留まる。
調度品の並ぶ中で、一角だけぽっかりと何も置かれていない空間が出来ていた。
立ち上がると部屋中のクローゼットや引き出しやらを開けて回る。
元より私室に家具はそう多くは無い。
程なくして、部屋の隅にあるクローゼットの中で、木箱に乱雑に押し込められたそれを見つけた。
万年筆にカフスボタン、額縁に入れられた刺繍入りのハンカチ、少し不格好な木彫りの犬、手作りの香袋に、絵の具を重ねすぎて少し奇っ怪な肖像画。
それから丁重に薄紙で包まれた手紙やカードの束。
それらは全て、アリシアと婚約を結んでからの歳月で彼女から自分に贈られたもの。
使うのが勿体なくて、毎日目にする飾り棚に並べていたのは自分自身だ。
「どうして、……どうして、俺は」
木箱を胸に抱え込んで床に蹲る。
少し不器用だが、努力家で、時間をかけて丁寧に身につけた所作を褒めれば照れ臭そうに頬を染めて笑う。
王妃教育の影響で些か狡猾さは身につけても、人を陥れる真似は嫌っていた。
公爵家の力が強まり過ぎる事を懸念していた派閥が、婚約者の変更を主張し始めたのは一年ほど前。
当初はそれに反発していた記憶が確かにある。
一体いつから、自分はアリシアよりもリリアを優先するようになったのか。
思い起こす一年にも満たない日々の記憶は鮮明に頭に蘇るのに、まるで自分の事では無いかのように、理解が追い付かない。
何故自身の言動に何の疑問も抱いていなかったのか、困惑と後悔と共に、吐き気が込み上げる。
一睡も出来ないまま昏い朝を迎え、眠ったままラーヴェ修道院へと発つアリシアを遠目に見送った。
今の自身の状況で一目顔を見る勇気も無く、それ以上一歩も進めなかったのもあるが、日が昇ると同時に城下が騒がしくなったせいでもあった。
◇◆◇
王城の西側に位置する、倒壊した大聖堂の状況を詳しく確認する指示さえままならぬうちに、東西の騎士団の詰所に王都の住民が押しかけ、城内は早朝から騒然としていた。
「また倒壊の報告か」
「これで12件目ですよ……」
朝早くから駆り出され、次々と届く報告書を受け取る文官達は既に疲れきったような顔をしてため息をついた。
王都の至る所に建てられている大小も新旧も様々な聖堂が、倒壊しているという報告が朝から相次いでいた。
「どうして、どれもこれも聖堂ばかりなんだ……」
文官の一人が再び重いため息をつく。それからちらりと窓の外に視線をむけた。
昨日までそこにあったものも、今や瓦礫の山と化している。
「気味が悪い、ですよね……」
若い文官は昏い表情で呟いた。
他の建物にはこれといって被害はなく、信仰の拠り所として王都じゅうにあった、主神を祀る聖堂ばかり被害が出ている。
まだ暗いうちから詰所に報告しにきた民は信心深い者達で、彼らの多くも、これは何かの災いでは無いのかと怯えていたという。
そうして彼らが報告を終えて王城を見上げた時、そこに常にあるはずの、王都で最も大きく歴史ある聖堂が見当たらない事が、余計に恐怖を駆り立てる。
静まり返った室内に、また新たな報告書を携えて若い衛兵がやって来る。
「あー……、また追加、なんですけど、今度は、中央広場の噴水に立ってたヴァース様の彫像が、ってのもあります……」
漸く報告された聖堂でないものの被害も、ものが物だけにこの空気を払拭する事は無い。
「あー、あと、何かアダム師が城の前で演説し始めましたよ」
「ウィルハート卿が……?」
名の上がった男はウィルハート伯爵家の当主であり、主神ヴァースを信仰する王都でも力のある一派で司祭も勤めている。
そして神の愛子リリア・ウィルハートの養父だ。
「なんでも、師曰く、壊れた聖堂は本来ならば出るはずだった災害の被害を主神ヴァースが引き受けて下った事の証だとか。確かに言われてみれば、死人も怪我人も出てないんですよね!」
若い衛兵は妙に上擦った声で明るく言い放つ。
「そう……なのか、な……」
それに対して文官達は、ぎこちない笑みを浮かべた。
前向きな解釈をしておく方が、随分と気は楽だと思いはすれど、それに素直に心を預けてしまう事が躊躇われた。
再度顔を上げれば、昨日まで荘厳な大聖堂の一角が見えていた、あの窓が視界に入る。
そこに今あるのは、重く昏い雨雲に覆われた空だけだ。
謁見の間からふらつきながら自室に戻り、どれだけそうしていたのかも分からない。
窓を叩く雨音は激しさを増していた。
不意に強風に打ち付けられて窓枠が軋む音がする。ベットサイドに置かれた蝋燭が揺れて、何気なく頭をそちらに向けると、壁に誂られた飾り棚が目に留まる。
調度品の並ぶ中で、一角だけぽっかりと何も置かれていない空間が出来ていた。
立ち上がると部屋中のクローゼットや引き出しやらを開けて回る。
元より私室に家具はそう多くは無い。
程なくして、部屋の隅にあるクローゼットの中で、木箱に乱雑に押し込められたそれを見つけた。
万年筆にカフスボタン、額縁に入れられた刺繍入りのハンカチ、少し不格好な木彫りの犬、手作りの香袋に、絵の具を重ねすぎて少し奇っ怪な肖像画。
それから丁重に薄紙で包まれた手紙やカードの束。
それらは全て、アリシアと婚約を結んでからの歳月で彼女から自分に贈られたもの。
使うのが勿体なくて、毎日目にする飾り棚に並べていたのは自分自身だ。
「どうして、……どうして、俺は」
木箱を胸に抱え込んで床に蹲る。
少し不器用だが、努力家で、時間をかけて丁寧に身につけた所作を褒めれば照れ臭そうに頬を染めて笑う。
王妃教育の影響で些か狡猾さは身につけても、人を陥れる真似は嫌っていた。
公爵家の力が強まり過ぎる事を懸念していた派閥が、婚約者の変更を主張し始めたのは一年ほど前。
当初はそれに反発していた記憶が確かにある。
一体いつから、自分はアリシアよりもリリアを優先するようになったのか。
思い起こす一年にも満たない日々の記憶は鮮明に頭に蘇るのに、まるで自分の事では無いかのように、理解が追い付かない。
何故自身の言動に何の疑問も抱いていなかったのか、困惑と後悔と共に、吐き気が込み上げる。
一睡も出来ないまま昏い朝を迎え、眠ったままラーヴェ修道院へと発つアリシアを遠目に見送った。
今の自身の状況で一目顔を見る勇気も無く、それ以上一歩も進めなかったのもあるが、日が昇ると同時に城下が騒がしくなったせいでもあった。
◇◆◇
王城の西側に位置する、倒壊した大聖堂の状況を詳しく確認する指示さえままならぬうちに、東西の騎士団の詰所に王都の住民が押しかけ、城内は早朝から騒然としていた。
「また倒壊の報告か」
「これで12件目ですよ……」
朝早くから駆り出され、次々と届く報告書を受け取る文官達は既に疲れきったような顔をしてため息をついた。
王都の至る所に建てられている大小も新旧も様々な聖堂が、倒壊しているという報告が朝から相次いでいた。
「どうして、どれもこれも聖堂ばかりなんだ……」
文官の一人が再び重いため息をつく。それからちらりと窓の外に視線をむけた。
昨日までそこにあったものも、今や瓦礫の山と化している。
「気味が悪い、ですよね……」
若い文官は昏い表情で呟いた。
他の建物にはこれといって被害はなく、信仰の拠り所として王都じゅうにあった、主神を祀る聖堂ばかり被害が出ている。
まだ暗いうちから詰所に報告しにきた民は信心深い者達で、彼らの多くも、これは何かの災いでは無いのかと怯えていたという。
そうして彼らが報告を終えて王城を見上げた時、そこに常にあるはずの、王都で最も大きく歴史ある聖堂が見当たらない事が、余計に恐怖を駆り立てる。
静まり返った室内に、また新たな報告書を携えて若い衛兵がやって来る。
「あー……、また追加、なんですけど、今度は、中央広場の噴水に立ってたヴァース様の彫像が、ってのもあります……」
漸く報告された聖堂でないものの被害も、ものが物だけにこの空気を払拭する事は無い。
「あー、あと、何かアダム師が城の前で演説し始めましたよ」
「ウィルハート卿が……?」
名の上がった男はウィルハート伯爵家の当主であり、主神ヴァースを信仰する王都でも力のある一派で司祭も勤めている。
そして神の愛子リリア・ウィルハートの養父だ。
「なんでも、師曰く、壊れた聖堂は本来ならば出るはずだった災害の被害を主神ヴァースが引き受けて下った事の証だとか。確かに言われてみれば、死人も怪我人も出てないんですよね!」
若い衛兵は妙に上擦った声で明るく言い放つ。
「そう……なのか、な……」
それに対して文官達は、ぎこちない笑みを浮かべた。
前向きな解釈をしておく方が、随分と気は楽だと思いはすれど、それに素直に心を預けてしまう事が躊躇われた。
再度顔を上げれば、昨日まで荘厳な大聖堂の一角が見えていた、あの窓が視界に入る。
そこに今あるのは、重く昏い雨雲に覆われた空だけだ。
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