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老人と影

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「またお前か」

 老人は月明かりの下、現れた影にそう呟いた。

「はい、また私です」

 影は柔らかく答えた。

「今夜は何のお告げかね?」

 老人は影と月を交互に見つめながら、ベンチに腰掛けた。

 影は一瞬、星空を眺めた後で答える。

「月が教えてくれたんです。蝶々が魚に恋をした話を」

 老人はくすりと笑った。

「そんな馬鹿げた…でも、聞こうじゃないか」

「蝶々は海を渡る旅の途中、美しい魚に出会いました。空を飛ぶ自分とは違い、魚は静かに水を切り、光に輝いていました。」

「恋に落ちるなんて、蝶にも魚にも無理な話だろう?」

 老人が目を細めながら言った。

「ええ、ですが夢を見ることは誰にでもできるんです。それが現実ではなくても、夢の中では蝶も魚も自由に恋をすることができます」

「夢か…」

 老人は星がちりばめられた空を見上げ、「夢を見るのは自由だな」とつぶやいた。

 影はゆっくりと消えていきながら、最後に「星も夢を見るんですよ」と囁いた。
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