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第六章 大陸震撼
6-37 貴族と魔神
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お昼前の魔術大学、されど天気は大雨模様。更には雨水に火山灰が入り混じり、街路が薄っすらぬかるむ様相。
今日から隣国へ移動することになっております私ロウが、学生の皆様へ挨拶すべくこちらに足を運んでいる。今御覧になられている状況はそういった次第であります。
(また訳の分からん口上をする)
(ふふふ。ロウがこのような心理状態となる機というものが、私には段々と分かるようになってきましたよ、サルガス)
(本当か? 脈絡のないものとばかり思っていたが)
(傾向としては、己の緊張を誤魔化そうとする時に多くなりがちなようですね。恐らく客観視するような心理状態へもっていくことで、自身の置かれている状態を正確に理解しようと努めているのでしょう)
「おいそこ、冷静な分析は止めろ」
レポーター風の心理で大学内を歩いていると、曲刀たちが俺の内面を分析し始めてしまった。こいつらと一緒に居ると表層心理が読み取られてしまうため、プライバシーのプの字もない。
魔神の生とはままならぬものよ──そう嘆いている内に目的地の学生寮へ到着。
今日から旅に出ることをヤームルたちに伝えれば、なぜもっと早めに言わなかったのかと猛烈批判に曝されそうな気がする。
ううむ、気が重い。
(せめて前日に説明すべきでしたね)
「昨日は旅の準備やらエスリウの訓練やらが忙しかったし。まあ時間を捻出しようと思えばできたし、言い訳になるけどさ」
(深く考えずに予定を組んだお前さんの責任だ。甘んじて受け入れるんだな)
「へいへい」
ぐうの音も出ないほど筋の通った言葉に尻を叩かれ、学生寮へ入っていく。
寮の前には未だ警備の人員が配置されていたが、以前ほどの物々しさは感じない。
中へと入ればやはり前回よりも賑やかな空気が満ちていた。お昼前だからか、はたまた時間が経ったことで魔物騒動による緊張が多少なりともゆるんだのか。
「──あ、ロウ! 無事だったか」
「こんにちは、レルヒ。顔見せるのが遅れてすまんね」
周囲に目を向けていると快活な声に呼びかけられる。小さき友人レルヒであった。
「お前が物凄く強いって知ってるけど、それでも心配だったんだぜー。なんか異様な地震だったし、大学の雰囲気も物騒な感じだし」
「悪かった。あの時は結構立て込んでたんだ。その影響で俺の帝国行きも早まっちゃったし」
「えー? ロウ、もうここ出ていっちゃうのか? まだ蹴り以外教わってないし、色々教えてもらいたかったんだけどなあ。もうちょっとゆっくりしていけよー」
「急で決まっちゃったから難しいんだ。またこっちには戻ってくるだろうし、その時はよろしくな」
事情説明を終えてこれからヤームルたちへの挨拶をする旨を伝えると、灰色髪の少年は一緒に挨拶についてくると言い出した。
俺に降りかかる非難の嵐も、レルヒへ話を振ったり逸らしたりできれば大事には至らないだろう──そんな考えの下、少年レルヒを伴い受付へと向かう。我ながら見事な策だぜ。
(ロウの外道ぶりはとどまるところを知らないのです)
(まあレルヒがついてくると言いだしたわけだから、無理矢理己の盾代わりにしようって話じゃないだけマシか。しかしまあ、よくもこれだけ保身に走れるもんだ)
ボロクソにこき下ろしてくる念話を無視し、受付のお姉さんにヤームルたちご一行のお呼び出しを願い出る。
「こんにちは、坊や。今日もエスリウ様たちに会いに来たのかな? ふふっ、熱心ね」
「実は今日から旅行に出かけるので、その挨拶にきたんですよね。という訳でお呼び出しお願いします」
「あらあら、そうだったのね。今日は皆さんお部屋にいらっしゃるはずだから、少し待っててね」
そこから待つこと十数分。以前レルヒに教えた八極拳・斧刃脚の練度を見ている内に、少女たちご一行が到着した。
「おにーさん、レルヒ君、こんにちはっ!」「こんにちは、ロウさん、レルヒさん」「こんにちはー」「ごきげんよう。うふふ」
「こんにちは。お昼時に呼び立ててしまって申し訳ないです」
「こんにちはー。……ロウってなんか、可愛い女の子の友達多いよな」
「ありがたいことに縁があってな。そんな中でお別れを告げるのは寂しいけども」
「ええっ、お別れですか? おにーさん、もしかしてもう行っちゃうんですか?」
別れについて軽く触れるとアイラは悲しそうに桜色の瞳を揺らし、カルラは猫耳をしおれさせ尻尾を下げてしまい、ヤームルはまた説明もなく決めたのかとジト目となってしまう。
「ロウさんもお忙しい方ですからね。お会いすることが難しくなるのは残念ですけれど、安全な旅となるようお祈りします」
他方、事情を知るエスリウは俺の言葉を受け入れ話を先へと進めてくれた。
この優しさ、さては天使か? いやいや、彼女は筋骨隆々ムキムキマッチョな魔神様だ。
「エスリウさん、急な話だっていうのに全く驚いてないですよね。前の密談の時に話してたんですか?」
「うふふ、どうでしょうね? ワタクシに言えることは、あの時間はとても楽しいものだったということだけですよ、ヤームル」
「ふわー。なんだか二人の間に、火花が散ってるように見えちゃう」「あわわわ」
益体のないことを考えていると、大天使エスリウと転生者ヤームルが火花を散らし合う事態となっていた。
やめて! 私のために争わないで!
((……))
曲刀から送られてくる念話をスルーし、しばしの間アイラたちと一緒に威嚇し合う少女たちを眺めていたが──その平穏は唐突に破られることとなる。
「──ごきげんよう、エスリウさん。貴女がこうして楽しそうに談笑するなんて、とても珍しいことですね」
自信に満ち溢れる凛とした美声と共に現れたるは、金髪碧眼縦ロールというテンプレートオブテンプレートなお嬢様。語尾に「ございますわ」とかつけそうなほどのお嬢様感である。
というか、いつぞや見た女公爵様に似ている気がする。彼女の血縁だろうか?
「あら、オディール様。ご機嫌麗しゅう。ワタクシは心を許せる友人と語り合っていたところですけれど、オディール様はご昼食でしょうか?」
「ええ。たまには食堂での食事というものも行わないと、庶民の常識というものを見失ってしまいますからね。彼らを導く立場にいるものとして必要な行いです」
などという会話が現れた少女とエスリウとの間で交わされる。
公爵令嬢たるエスリウが敬うように接していること、引きつれている従者の女性が只ならぬ濃い魔力を発していること。更には庶民を導く立場にあるという言葉。
このオディールという少女が極めて高い地位にいる貴族ということは間違いなさそうだ。
「凄く綺麗な人ですねー。エスリウさんの貴族のお友達かな?」
「あの方は公国の大貴族、オディール・カレリア様。お友達というか、学業や魔術研究で競い合う相手って感じね、エスリウさんとは」
「カレリア様……ひょっとしてボルドーの公爵様の、あのカレリア様のご家族なんですか?」
「ロウさんもご存じでしたか。オディール様はエリアス・カレリア公爵様の実の妹君だったはずです」
アイラの質問へ答えているヤームルにこっちも質問を投げかけると、肯定の言葉が返ってきた。カレリア公爵に雰囲気が似ていると思ったら、本当に姉妹だったようだ。
こそこそと話しながらも貴族同士の会話を妨げないよう距離を置いた俺たちだったが、生憎とオディールは見逃してくれなかった。
「今回は見かけないお顔もありますね? 新しく入ってきた子やそちらの男の子は何度かお見掛けしましたが、黒髪の彼は覚えがありません」
「うふふ、彼はここの学生ではございませんから。ワタクシの心許せる友人の一人、ロウさんです。今日はこの魔導国を発つということで挨拶へいらしているのです」
「あら、そういうことでしたか。一度お見掛けすれば忘れないくらいに魅力的なお顔ですから、そうではないかと思っていましたが。既に貴女が囲い込んでいたのね」
「ロウさんは自由を好む方ですから、ワタクシが留めおくことなどできませんよ。ワタクシがあれこれと手を尽くして誘惑しても、赤熱した鉄すら冷え固まってしまうような視線が返ってくるばかりです」
「またそういう妄言を仰る。エスリウ様ってまるでこりませんよね」
大天使から妄言垂れ流しマシーンとなってしまったエスリウを止めるべく、美少女たちの会話に乱入。どうしてこの美しい少女は時折阿呆となってしまうのか。
「うふふ、当然です。ロウさんがワタクシに靡いてくださるまでは力を尽くす所存です。……ああ、そんなお顔をしないでください。ゾクゾクしてしまいます」
「いつもは一歩引いた立場をとることの多い貴女が、これほど傾倒するなんて。ねえエスリウさん、私のことは紹介して下さらないのかしら?」
美少女の姿をした妄言ゴリラ(魔神)をジト目で捻じ伏せていると、話が不穏な方向へと流れ始めた。
美しい少女とお近づきになれること自体は歓迎すべきことだが……それが貴族となれば話は変わる。
もし彼女らと親密になろうものなら、しきたりしがらみによって雁字搦めとなること請け合いだろう。平々凡々の俺がそんな只中へ放り込まれれば、心労によって倒れてしまうかもしれない。
何より、我が身は魔神である。
人の世を動かす立場にある貴族と関係を持つのは、神たちを刺激しかねない行いだ。ただでさえお目こぼししてもらっている様なものなのに、これ以上目立つ行為など出来ようはずがない。
という訳で会話の流れを変えるために、オディールへ己が取るに足らない人物だと訴えることにした。
「ええと、オディール様? わたくしめは大貴族様に覚えて頂くような存在ではありません。エスリウ様とは偶然縁があって親しくなりましたが、この卑小な身が特別何か優れているということはございませんので。どうか捨て置いてください」
「あら。貴方が価値ある人間かどうかは私が判断することですよ、ロウさん。それにエスリウさんやそちらにいるヤームルさんと交友を保っている時点で、貴方に特別な才が無いというのはあり得ません。お二方とも人付き合いを選ぶ女性ですからね」
俺の訴えを聞き届けることなく彼女は結論を下した。
価値基準は己で定める。人々を導く立場にあるからか、彼女は俺の弄する言葉などには惑わされないようだった。やりおる喃。
こうなってしまっては取れる手段が限られてしまう。というより、いつものアレしかなくなってしまう。
「左様でございますか。しかしながらオディール様、実はわたくしめは出発の時間が差し迫っておりまして。大変申し上げにくいのですがお暇する時間のようです。ごきげんよう!」
つまりは戦略的撤退である。これにてドロン!
(最低だな)(最低なのです)
曲刀たちから最低評価を下されつつも身を翻す。が──。
「私から逃げようたって、そうはいきません。ジゼル! 丁重におもてなしなさい!」
──オディールもさる者。
無言で控えていた従者に素早く指示を飛ばし、俺の退路を塞ぎにかかる。
「失礼いたします、ロウ様」
感情を感じさせない呟きと共に回り込んだ使用人は、床の敷物を焦げ付かせるほどの脚力、速力。
只者ではない立ち回りでもって、こちらを拘束せんと掴み掛る!
「──」
とはいえ、俺も魔神。人ならざる反応速度を有する者。
疾風の如き迅さであろうとも、こちらにとっては牛歩同然。応じることは容易である。
掴もうとして伸ばされた腕を打ち払い、ならばと伸ばされる返しの腕を逆に拘束。
「っ!?」
ギョッと身を竦ませる彼女の腕をぐいと引き込み内へと一捻り。
相手が前へとつんのめりそうになったところで──掌打を彼女の肩へと打ち込み、踏み込んでいた脚でもって相手の足を刈り飛ばす!
「哈ッ!」
大柄な女性が月面宙返りのように空を舞い、勢いそのまま落下する。
柔道の大外刈りを変形させたようなこの技は、八極拳大八極・掛塌。腕を絡め取り、掌打を打つと同時に足を掛け、相手を転がす応じ技である。
「ジゼル!?」「うふふ、流石ロウさん」「ちょっ!?」「ふわっ!?」「あわわわ」
「いや、見かけは派手ですけど大事じゃないので──」
「──っ!」
「「「!?」」」
肩の付け根を押さえるようにして押し倒し、勝負がついたと思っていたが──従者ジゼルは俺が押さえていた肩をごきりと外し、身を捻っての早業敢行。
こちらを抱きかかえるようにして、彼女は片腕だけで俺の拘束を成してしまった。
「手荒な拘束申し訳ありません、ロウ様」
「むぎゅう。さっき右肩凄い音しましたけど、大丈夫ですか?」
「大したことはございませんのでお気になさらず」
背後から熱い抱擁をしている女性に語り掛ければ、平坦な声音で問題ないとの答えが返る。思わず引いてしまうような鈍い音が鳴っていたのに、問題ないとはこれ如何に。
(はぁ。油断し過ぎですね、ロウ)
(いや、拘束を外された時もロウは抜け出すことができただろうが、ジゼルって従者の手前抵抗を止めたんだろう。簡単に肩を外すような奴なら、捕まえるためにもっと無茶をしかねないってな)
(なるほど。やけにあっさり捕まると思えば、そういうことでしたか。なんともロウらしい)
(おいそこ。好き勝手いうなや)
勝手に俺の心情を読み解く曲刀たちに憤っていると、従者を心配するオディールが近づいてきた。
「ジゼル、貴女大丈夫なの? ロウさんを捕まえる前、耳に残るような音がしていたけれど」
「ご心配には及びません、お嬢様。むしろ私は、楽に拘束できるだろうと踏んでいた己の慢心が痛むくらいです」
「その点は私の見立てが甘かったわ。まさかこんなに幼いのに貴女を後手に回るほどの実力だとは考えもしませんでしたし。……一体何者なんですか? 貴方は」
「謎多き褐色少年ってことでここは一つ」
「「「……」」」
疑念を持った目に対し適当な言葉で流そうとするも、適当過ぎたが故に流せなかった。
というか、アイラたちからも胡散臭いものを見るような目で見られてしまった。悲しい。
「まあ時間が押してきてるのは事実なので、申し訳ないですけどお暇しますね。オディール様、紹介はまたお会いした時にでも」
「抱き上げられた状態で何を──!?」
オディールが言葉を言い切る前に、身を捻りくねらせ拘束から脱出。
あらぬ方向に曲がる関節を見てそんな馬鹿なと瞠目するジゼルを、股下から掬い投げ。当然そのまま逃走開始!
「まるで魚!? くっ!」
宙を舞った彼女は受け身をとって着地したが、こちらは既に寮の扉を開け終え逃走準備万端。地面であれば即座に体勢を立て直すであろう彼女でも、空中ではどうしようもなかったようだ。
「それではさよーならー」
失態で苦い顔となる従者に片目で謝罪しつつ、雨の中を駆け抜ける。
これにて挨拶完了であろう。後は宿でセルケトたちと合流したらお終いだ。
(幾らなんでも無茶苦茶すぎる)(脱走犯の如き逃げっぷりなのです)
「まあまあ。いわれのない拘束だったし、ああでもしないと時間かかりそうだったし。遅くなって腹を立てたドレイクたちが暴れでもしたら目も当てられないし、ああやって逃げるのも仕方がなかったんだよ」
曲刀たちに事情説明という名の言い訳を行い、大学を後にする。
宿に戻ればついに出発。懐かしの故郷はすぐそこだ! ってね。
──────────
今話で第六章が終了となります。お付き合いいただきありがとうございました。
今日から隣国へ移動することになっております私ロウが、学生の皆様へ挨拶すべくこちらに足を運んでいる。今御覧になられている状況はそういった次第であります。
(また訳の分からん口上をする)
(ふふふ。ロウがこのような心理状態となる機というものが、私には段々と分かるようになってきましたよ、サルガス)
(本当か? 脈絡のないものとばかり思っていたが)
(傾向としては、己の緊張を誤魔化そうとする時に多くなりがちなようですね。恐らく客観視するような心理状態へもっていくことで、自身の置かれている状態を正確に理解しようと努めているのでしょう)
「おいそこ、冷静な分析は止めろ」
レポーター風の心理で大学内を歩いていると、曲刀たちが俺の内面を分析し始めてしまった。こいつらと一緒に居ると表層心理が読み取られてしまうため、プライバシーのプの字もない。
魔神の生とはままならぬものよ──そう嘆いている内に目的地の学生寮へ到着。
今日から旅に出ることをヤームルたちに伝えれば、なぜもっと早めに言わなかったのかと猛烈批判に曝されそうな気がする。
ううむ、気が重い。
(せめて前日に説明すべきでしたね)
「昨日は旅の準備やらエスリウの訓練やらが忙しかったし。まあ時間を捻出しようと思えばできたし、言い訳になるけどさ」
(深く考えずに予定を組んだお前さんの責任だ。甘んじて受け入れるんだな)
「へいへい」
ぐうの音も出ないほど筋の通った言葉に尻を叩かれ、学生寮へ入っていく。
寮の前には未だ警備の人員が配置されていたが、以前ほどの物々しさは感じない。
中へと入ればやはり前回よりも賑やかな空気が満ちていた。お昼前だからか、はたまた時間が経ったことで魔物騒動による緊張が多少なりともゆるんだのか。
「──あ、ロウ! 無事だったか」
「こんにちは、レルヒ。顔見せるのが遅れてすまんね」
周囲に目を向けていると快活な声に呼びかけられる。小さき友人レルヒであった。
「お前が物凄く強いって知ってるけど、それでも心配だったんだぜー。なんか異様な地震だったし、大学の雰囲気も物騒な感じだし」
「悪かった。あの時は結構立て込んでたんだ。その影響で俺の帝国行きも早まっちゃったし」
「えー? ロウ、もうここ出ていっちゃうのか? まだ蹴り以外教わってないし、色々教えてもらいたかったんだけどなあ。もうちょっとゆっくりしていけよー」
「急で決まっちゃったから難しいんだ。またこっちには戻ってくるだろうし、その時はよろしくな」
事情説明を終えてこれからヤームルたちへの挨拶をする旨を伝えると、灰色髪の少年は一緒に挨拶についてくると言い出した。
俺に降りかかる非難の嵐も、レルヒへ話を振ったり逸らしたりできれば大事には至らないだろう──そんな考えの下、少年レルヒを伴い受付へと向かう。我ながら見事な策だぜ。
(ロウの外道ぶりはとどまるところを知らないのです)
(まあレルヒがついてくると言いだしたわけだから、無理矢理己の盾代わりにしようって話じゃないだけマシか。しかしまあ、よくもこれだけ保身に走れるもんだ)
ボロクソにこき下ろしてくる念話を無視し、受付のお姉さんにヤームルたちご一行のお呼び出しを願い出る。
「こんにちは、坊や。今日もエスリウ様たちに会いに来たのかな? ふふっ、熱心ね」
「実は今日から旅行に出かけるので、その挨拶にきたんですよね。という訳でお呼び出しお願いします」
「あらあら、そうだったのね。今日は皆さんお部屋にいらっしゃるはずだから、少し待っててね」
そこから待つこと十数分。以前レルヒに教えた八極拳・斧刃脚の練度を見ている内に、少女たちご一行が到着した。
「おにーさん、レルヒ君、こんにちはっ!」「こんにちは、ロウさん、レルヒさん」「こんにちはー」「ごきげんよう。うふふ」
「こんにちは。お昼時に呼び立ててしまって申し訳ないです」
「こんにちはー。……ロウってなんか、可愛い女の子の友達多いよな」
「ありがたいことに縁があってな。そんな中でお別れを告げるのは寂しいけども」
「ええっ、お別れですか? おにーさん、もしかしてもう行っちゃうんですか?」
別れについて軽く触れるとアイラは悲しそうに桜色の瞳を揺らし、カルラは猫耳をしおれさせ尻尾を下げてしまい、ヤームルはまた説明もなく決めたのかとジト目となってしまう。
「ロウさんもお忙しい方ですからね。お会いすることが難しくなるのは残念ですけれど、安全な旅となるようお祈りします」
他方、事情を知るエスリウは俺の言葉を受け入れ話を先へと進めてくれた。
この優しさ、さては天使か? いやいや、彼女は筋骨隆々ムキムキマッチョな魔神様だ。
「エスリウさん、急な話だっていうのに全く驚いてないですよね。前の密談の時に話してたんですか?」
「うふふ、どうでしょうね? ワタクシに言えることは、あの時間はとても楽しいものだったということだけですよ、ヤームル」
「ふわー。なんだか二人の間に、火花が散ってるように見えちゃう」「あわわわ」
益体のないことを考えていると、大天使エスリウと転生者ヤームルが火花を散らし合う事態となっていた。
やめて! 私のために争わないで!
((……))
曲刀から送られてくる念話をスルーし、しばしの間アイラたちと一緒に威嚇し合う少女たちを眺めていたが──その平穏は唐突に破られることとなる。
「──ごきげんよう、エスリウさん。貴女がこうして楽しそうに談笑するなんて、とても珍しいことですね」
自信に満ち溢れる凛とした美声と共に現れたるは、金髪碧眼縦ロールというテンプレートオブテンプレートなお嬢様。語尾に「ございますわ」とかつけそうなほどのお嬢様感である。
というか、いつぞや見た女公爵様に似ている気がする。彼女の血縁だろうか?
「あら、オディール様。ご機嫌麗しゅう。ワタクシは心を許せる友人と語り合っていたところですけれど、オディール様はご昼食でしょうか?」
「ええ。たまには食堂での食事というものも行わないと、庶民の常識というものを見失ってしまいますからね。彼らを導く立場にいるものとして必要な行いです」
などという会話が現れた少女とエスリウとの間で交わされる。
公爵令嬢たるエスリウが敬うように接していること、引きつれている従者の女性が只ならぬ濃い魔力を発していること。更には庶民を導く立場にあるという言葉。
このオディールという少女が極めて高い地位にいる貴族ということは間違いなさそうだ。
「凄く綺麗な人ですねー。エスリウさんの貴族のお友達かな?」
「あの方は公国の大貴族、オディール・カレリア様。お友達というか、学業や魔術研究で競い合う相手って感じね、エスリウさんとは」
「カレリア様……ひょっとしてボルドーの公爵様の、あのカレリア様のご家族なんですか?」
「ロウさんもご存じでしたか。オディール様はエリアス・カレリア公爵様の実の妹君だったはずです」
アイラの質問へ答えているヤームルにこっちも質問を投げかけると、肯定の言葉が返ってきた。カレリア公爵に雰囲気が似ていると思ったら、本当に姉妹だったようだ。
こそこそと話しながらも貴族同士の会話を妨げないよう距離を置いた俺たちだったが、生憎とオディールは見逃してくれなかった。
「今回は見かけないお顔もありますね? 新しく入ってきた子やそちらの男の子は何度かお見掛けしましたが、黒髪の彼は覚えがありません」
「うふふ、彼はここの学生ではございませんから。ワタクシの心許せる友人の一人、ロウさんです。今日はこの魔導国を発つということで挨拶へいらしているのです」
「あら、そういうことでしたか。一度お見掛けすれば忘れないくらいに魅力的なお顔ですから、そうではないかと思っていましたが。既に貴女が囲い込んでいたのね」
「ロウさんは自由を好む方ですから、ワタクシが留めおくことなどできませんよ。ワタクシがあれこれと手を尽くして誘惑しても、赤熱した鉄すら冷え固まってしまうような視線が返ってくるばかりです」
「またそういう妄言を仰る。エスリウ様ってまるでこりませんよね」
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「うふふ、当然です。ロウさんがワタクシに靡いてくださるまでは力を尽くす所存です。……ああ、そんなお顔をしないでください。ゾクゾクしてしまいます」
「いつもは一歩引いた立場をとることの多い貴女が、これほど傾倒するなんて。ねえエスリウさん、私のことは紹介して下さらないのかしら?」
美少女の姿をした妄言ゴリラ(魔神)をジト目で捻じ伏せていると、話が不穏な方向へと流れ始めた。
美しい少女とお近づきになれること自体は歓迎すべきことだが……それが貴族となれば話は変わる。
もし彼女らと親密になろうものなら、しきたりしがらみによって雁字搦めとなること請け合いだろう。平々凡々の俺がそんな只中へ放り込まれれば、心労によって倒れてしまうかもしれない。
何より、我が身は魔神である。
人の世を動かす立場にある貴族と関係を持つのは、神たちを刺激しかねない行いだ。ただでさえお目こぼししてもらっている様なものなのに、これ以上目立つ行為など出来ようはずがない。
という訳で会話の流れを変えるために、オディールへ己が取るに足らない人物だと訴えることにした。
「ええと、オディール様? わたくしめは大貴族様に覚えて頂くような存在ではありません。エスリウ様とは偶然縁があって親しくなりましたが、この卑小な身が特別何か優れているということはございませんので。どうか捨て置いてください」
「あら。貴方が価値ある人間かどうかは私が判断することですよ、ロウさん。それにエスリウさんやそちらにいるヤームルさんと交友を保っている時点で、貴方に特別な才が無いというのはあり得ません。お二方とも人付き合いを選ぶ女性ですからね」
俺の訴えを聞き届けることなく彼女は結論を下した。
価値基準は己で定める。人々を導く立場にあるからか、彼女は俺の弄する言葉などには惑わされないようだった。やりおる喃。
こうなってしまっては取れる手段が限られてしまう。というより、いつものアレしかなくなってしまう。
「左様でございますか。しかしながらオディール様、実はわたくしめは出発の時間が差し迫っておりまして。大変申し上げにくいのですがお暇する時間のようです。ごきげんよう!」
つまりは戦略的撤退である。これにてドロン!
(最低だな)(最低なのです)
曲刀たちから最低評価を下されつつも身を翻す。が──。
「私から逃げようたって、そうはいきません。ジゼル! 丁重におもてなしなさい!」
──オディールもさる者。
無言で控えていた従者に素早く指示を飛ばし、俺の退路を塞ぎにかかる。
「失礼いたします、ロウ様」
感情を感じさせない呟きと共に回り込んだ使用人は、床の敷物を焦げ付かせるほどの脚力、速力。
只者ではない立ち回りでもって、こちらを拘束せんと掴み掛る!
「──」
とはいえ、俺も魔神。人ならざる反応速度を有する者。
疾風の如き迅さであろうとも、こちらにとっては牛歩同然。応じることは容易である。
掴もうとして伸ばされた腕を打ち払い、ならばと伸ばされる返しの腕を逆に拘束。
「っ!?」
ギョッと身を竦ませる彼女の腕をぐいと引き込み内へと一捻り。
相手が前へとつんのめりそうになったところで──掌打を彼女の肩へと打ち込み、踏み込んでいた脚でもって相手の足を刈り飛ばす!
「哈ッ!」
大柄な女性が月面宙返りのように空を舞い、勢いそのまま落下する。
柔道の大外刈りを変形させたようなこの技は、八極拳大八極・掛塌。腕を絡め取り、掌打を打つと同時に足を掛け、相手を転がす応じ技である。
「ジゼル!?」「うふふ、流石ロウさん」「ちょっ!?」「ふわっ!?」「あわわわ」
「いや、見かけは派手ですけど大事じゃないので──」
「──っ!」
「「「!?」」」
肩の付け根を押さえるようにして押し倒し、勝負がついたと思っていたが──従者ジゼルは俺が押さえていた肩をごきりと外し、身を捻っての早業敢行。
こちらを抱きかかえるようにして、彼女は片腕だけで俺の拘束を成してしまった。
「手荒な拘束申し訳ありません、ロウ様」
「むぎゅう。さっき右肩凄い音しましたけど、大丈夫ですか?」
「大したことはございませんのでお気になさらず」
背後から熱い抱擁をしている女性に語り掛ければ、平坦な声音で問題ないとの答えが返る。思わず引いてしまうような鈍い音が鳴っていたのに、問題ないとはこれ如何に。
(はぁ。油断し過ぎですね、ロウ)
(いや、拘束を外された時もロウは抜け出すことができただろうが、ジゼルって従者の手前抵抗を止めたんだろう。簡単に肩を外すような奴なら、捕まえるためにもっと無茶をしかねないってな)
(なるほど。やけにあっさり捕まると思えば、そういうことでしたか。なんともロウらしい)
(おいそこ。好き勝手いうなや)
勝手に俺の心情を読み解く曲刀たちに憤っていると、従者を心配するオディールが近づいてきた。
「ジゼル、貴女大丈夫なの? ロウさんを捕まえる前、耳に残るような音がしていたけれど」
「ご心配には及びません、お嬢様。むしろ私は、楽に拘束できるだろうと踏んでいた己の慢心が痛むくらいです」
「その点は私の見立てが甘かったわ。まさかこんなに幼いのに貴女を後手に回るほどの実力だとは考えもしませんでしたし。……一体何者なんですか? 貴方は」
「謎多き褐色少年ってことでここは一つ」
「「「……」」」
疑念を持った目に対し適当な言葉で流そうとするも、適当過ぎたが故に流せなかった。
というか、アイラたちからも胡散臭いものを見るような目で見られてしまった。悲しい。
「まあ時間が押してきてるのは事実なので、申し訳ないですけどお暇しますね。オディール様、紹介はまたお会いした時にでも」
「抱き上げられた状態で何を──!?」
オディールが言葉を言い切る前に、身を捻りくねらせ拘束から脱出。
あらぬ方向に曲がる関節を見てそんな馬鹿なと瞠目するジゼルを、股下から掬い投げ。当然そのまま逃走開始!
「まるで魚!? くっ!」
宙を舞った彼女は受け身をとって着地したが、こちらは既に寮の扉を開け終え逃走準備万端。地面であれば即座に体勢を立て直すであろう彼女でも、空中ではどうしようもなかったようだ。
「それではさよーならー」
失態で苦い顔となる従者に片目で謝罪しつつ、雨の中を駆け抜ける。
これにて挨拶完了であろう。後は宿でセルケトたちと合流したらお終いだ。
(幾らなんでも無茶苦茶すぎる)(脱走犯の如き逃げっぷりなのです)
「まあまあ。いわれのない拘束だったし、ああでもしないと時間かかりそうだったし。遅くなって腹を立てたドレイクたちが暴れでもしたら目も当てられないし、ああやって逃げるのも仕方がなかったんだよ」
曲刀たちに事情説明という名の言い訳を行い、大学を後にする。
宿に戻ればついに出発。懐かしの故郷はすぐそこだ! ってね。
──────────
今話で第六章が終了となります。お付き合いいただきありがとうございました。
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歩く、歩く。
ファンタジー
※第12回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。応援ありがとうございました!
勇者に裏切られ、剣士ディックは魔王軍に捕まった。
勇者パーティで劣悪な環境にて酷使された挙句、勇者の保身のために切り捨てられたのだ。
そんな彼の前に現れたのは、亡き母に瓜二つの魔王四天王、炎を操るサキュバス、シラヌイだった。
ディックは母親から深い愛情を受けて育った男である。彼にとって母親は全てであり、一目見た時からシラヌイに母親の影を重ねていた。
シラヌイは愛情を知らないサキュバスである。落ちこぼれ淫魔だった彼女は、死に物狂いの努力によって四天王になったが、反動で自分を傷つける事でしか存在を示せなくなっていた。
スカウトを受け魔王軍に入ったディックは、シラヌイの副官として働く事に。
魔王軍は人間関係良好、福利厚生の整ったホワイトであり、ディックは暖かく迎えられた。
そんな中で彼に支えられ、少しずつ愛情を知るシラヌイ。やがて2人は種族を超えた恋人同士になる。
ただ、一つ問題があるとすれば……
サキュバスなのに、シラヌイは手を触れただけでも狼狽える、ウブな恋愛初心者である事だった。
連載状況
【第一部】いちゃいちゃラブコメ編 完結
【第二部】結ばれる恋人編 完結
【第三部】二人の休息編 完結
【第四部】愛のエルフと力のドラゴン編 完結
【第五部】魔女の監獄編 完結
【第六部】最終章 完結
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ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
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