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第六章 大陸震撼
6-36 魔導国での挨拶回り
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魔神バロールとの面談を予定している日を迎えたロウは、魔導国を発つということで朝から挨拶回りに勤しんだ。
まずは宿泊している宿の従業員、イサラ。
「あら、ロウ様。おはようございます。もうご出発なされるのですか? ……挨拶回り、ですか。ふふ、ロウ様は私の弟と同年代とは思えないほどしっかりしていらっしゃいますね。それではロウ様、いってらっしゃいませ。おかえりをお待ちしております」
しとやかに挨拶を行う彼女の豊かな胸元へと目を奪われつつ、少年は次なる場所へと歩を向ける。宿から程近い、冒険者組合である。
連日の大雨ですっかり水溜りが多くなった道を歩くこと十分少々。少年は組合の大扉の前に到着し、その脇にある通用出入口から中へと入った。
閑散としている街中とは異なり、喧騒を極める組合内部。ロウはその中にいつもとは違う刺すような空気を感じながら、受付を待つ長い列に並ぶ。
「──お、坊主じゃないか。元気してたか?」
すると背後より聞きなれた声が降ってきた。
少年が振り返ればくすんだ砂色の巨体。熊人族のローレンスである。
「ローレンスさん、おはようございます。ここ数日色々ありましたけど、元気モリモリですよ」
「はっはっは。何より何より。坊主は見かけが見かけだから、気が立ってる連中に絡まれでもするんじゃないかと心配したぞ」
「こっちに顔を出さなかったからか、絡まれることはあまりなかったですね。今日ってなんだか皆さんいつも以上にピリピリしてる感じですけど、何かあったんですか?」
「ああ、それはな──」
「──いつまでも偉そうにしてんじゃねえよ! ガキみたいな女に負けやがったくせによ!」
世間話ついでにいつもとは異なる組合内の雰囲気についてロウが触れれば、違和感を証明する様に怒声が発生。次いで破砕音が響き、室内の空気が凍り付く。
声の在りかは依頼表の貼りだされている掲示板付近、ロウたちが並ぶ列から少し離れたところ。そこには砕けてしまったダイニングテーブルや木のジョッキが散乱し、単なる口論では終わらない荒事の気配が漂っていた。
「へえ。そのことを持ち出すんだ。つまり君は、女子供に敗北するような僕の言うことなんて聞けない、と。ならどうするんだい? ハイロフ」
「どうするもこうするもねえ。お前とはこれっきりだってんだよ、アルメル。ヘタレたお前が俺とやろうってんなら、いいぜ? 相手に──ッ!?」
テーブルを拳で叩き割った男は向かい合って座っていた男に指を突き付け、立ったまま威勢よく言葉を続けようとしたが──相手方の男、アルメルが座った体勢のまま即座に抜剣。突きつけられていた指先へ逆に刃を突きつける。
「やろうってんなら……なんだい? まさか今の動きにすら反応できなかった君が、僕を負かそうなんて言うのかい? 面白い冗談だ」
「野郎ッ!」
「こらー! 組合内での私闘は禁止ですよ! 早く収めて、壊したテーブルの弁償してください! どうしてもやりたいっていうなら訓練場でやってきてくださいよ、もう」
男たちの殺気は高まり一触即発となるも、組合の受付嬢が割って入ったことで流血沙汰の危機は避けられた。
「ほっ」
「なんだ、アルメルの剣技は見られねえのか」
「馬鹿野郎、こんなとこで剣振り回されちゃ堪らねえぜ」
「しかし、子供みたいな女に負けたって話は本当みたいだな」
「さっきの抜剣ひとつ見たって衰えはないし、俄かには信じられんがな」
「──う~む。今の男の人って相当な腕前みたいでしたけど、女の子に負けちゃったんですか?」
ローレンスの肩に乗り聞き耳を立てていた少年は、争いを起こしていた人物たちのことについて肩車中の熊人族に訊ねた。
「あの男──アルメルって言うんだが、あいつは冒険者じゃなくて傭兵やってる奴なんだよ。坊主の言う通り相当腕が立って、あのアシエラに比肩するなんて話もある」
「アシエラさん並みですか。傭兵のことは詳しく知りませんけど、相当な実力者なんじゃないですか?」
「おうともさ。魔物の相手は殆どしないが、対人戦闘となれば恐ろしく強い。組合に“強者募集”なんて依頼を出しても一切負けなかったくらいだぞ」
「やっぱり相当に強いんですね。……あの依頼票、悪戯じゃなかったのか」
子供の悪戯にも思える依頼票の正体が歴戦の傭兵だったことにロウは驚愕する。それを聞いたローレンスは肩を揺らして笑い、話を続ける。
「はっは。坊主もあの依頼票を見てたか。あれも最初の内は高額報酬だったんだが、依頼を受けたがる冒険者が多すぎて絞るために少額へ変えた経緯がある。話が逸れてきたが、あのアルメルは疑いようもないくらいの実力者だ。そんな奴が負けたっていう噂が広まったのは、半月くらい前にあった武闘大会予選での話だな」
「武闘大会ですか。聞いた感じで想像するアルメルさんの性格的に、そういう大会が好きそうですもんね。そこで出場していた女の子に負けちゃったんですか?」
列の前進に伴い揺れる肩に乗ったまま、ロウは推測を口にした。
「いや。前年優勝者だったアルメルは本戦の出場資格を持ってるから、予選に出る必要はないんだ。そもそもアルメルを負かした女の子っていうのも予選に出ていた子じゃなく、一般人だったらしい。淡い青色の髪を両側で結んでる、可愛らしい感じの少女だったみたいだな。そのくせ、素手でアルメルを圧倒するくらいのとんでもない実力だったらしいが」
「……淡い青色で、ツインテールですか」
ローレンスの口から零れ出た少女の特徴は、自身の産んだ元気溌溂とした眷属の風貌と酷似している。ロウはたちまち渋面一色となる。
(話を聞き始めた時は、腕が立つ少女ってことでアムールかと思ってたけど。時期的にも容姿的にも、宿で留守番中だったサルビアで間違いなさそうだな。素手で傭兵に喧嘩売るって、何やってんだあいつ)
(お前さんの眷属の中でも活動的みたいだからな、サルビアは。人の世がどんなものなのか試してみたくなったんじゃないか)
(ふふ、元気なことです)
(それで歴戦の傭兵ぶっ飛ばすって、どうなんだそれ)
曲刀たちとの脳内会議を開いている内に列が捌け、少年は肩から飛び降り礼を告げる。
「お話しありがとうございました、ローレンスさん。世の中には凄い子もいるんだなあって知れて良かったです」
「そうかそうか。近頃は物騒で皆気が立っている。坊主も気を付けるんだぞ」
「はい。旅先でもしっかり気に留めておきます」
「うん? 何だ坊主、また旅に出るのか」
「実は帝国に行く予定なんですよね。移り住むって訳じゃなくて、またこっちにも顔を出す予定ですけども」
「そうだったのか、こっちも寂しくなるな。帝国は魔導国よりも一層物騒だと聞くし、夜遅くに出歩いたりするんじゃないぞ」
「あはは、了解です」
子煩悩な親のようなローレンスの様子に温かな気持ちとなりながら、ロウは別れを済ませて受付へと向かう。
今まで自分の対応をしてくれていた受付嬢──パルマと会うことは出来なかったものの、ロウは移動に関する手続きを終えた。
「さて。約束の時間も近いし、魔術大学に挨拶しにいく前にアシエラ姉妹を回収していくか。異空間を開くついでに、サルビアのこともシアンたちに聞いてみないとなー」
(あんまり叱ってやるなよ? 留守中の自由を許可したのはお前さんなんだからな)
「どういう状況でそうなったか気になるから、その点を聞こうと思ってるだけだよ。ちょっとくらいお小言は言うかもしれんけど」
そんな会話を挟んで冒険者組合を後にした少年は、都市の西側にある旧市街方面へと足を向けたのだった。
◇◆◇◆
ざあざあ降りの雨の中。
この街の景色もしばらく見納めかと感慨にふけりながら歩くロウは、二十分ほど移動したところでアシエラ姉妹の家に到着した。
「いらっしゃい、ロウ君」
「いらっしゃーい。てっきり魔法で飛んでくるかと思ったけど、歩きだったんだ?」
「お邪魔します。リマージュに行く前に景色を眺めて回るのも悪くないかなーと思ったので、歩いてきました。準備の方はよろしいですか?」
挨拶もそこそこにした少年が姉妹へ切り出すと、彼女たちは頷き荷物を奥の部屋から持ってくる。
「お二人ともえらく大荷物っすね」
「むふふ。ロウ君、女の子に必要なものは多いんだよ」
「一時的とはいえ住む場所を変えるわけだから、どうしても必要なものは多くなってしまうんだ。かさばってしまうかな?」
「異空間は場所が有り余ってるのでその辺は大丈夫ですね。それじゃあ、お家の戸締りをお願いします」
姉妹と共に家を出たロウは路地裏へと向かい、周囲に人影のないことを確認すると異空間の門を開いて姉妹をいざなった。
「二名様ご案内でーす」
「本当にどこでも繋がるんだね、あの空間に」
「しかもあっという間の構築だったし。色々な意味で流石ロウ君だよー」
「早くしないと濡れちゃいますよ。ほら入った入った」
褐色少年から追い立てられた姉妹は、相変わらず奇怪な白一色の空間に呻き……石の巨大建造物を目にすると口を開けたまま硬直した。
「あんなの、あったっけ?」「絶対なかったと思う」
「あの大きな建物はうちの眷属たちにねだられて建造した新しい家になります。移動中はあっちで過ごしてもらいたいと思ってるんですけど、どうですか?」
「どうですかと言われても、え? ロウ君が創ったの? アレを!?」
「住まわせてもらえるなら、ありがたい、かな? というか、眷属たちって……」
魔神の眷属と聞き異形の従者を想像したアシエラが引きつった表情をしていると、創造主の魔力を感知した件の眷属たちが彼女たちの下へとやってくる。
飛ぶようにやってきた眷属たちだが、その姿は人型であり事情を知らぬものが見れば一般人としてしか認識できない。そのため、現れたカラフルな集団を見てアムールは疑問を発した。
「あれ? この人たちもここに住んでるの?」
「ああ、説明が不足しててすみません。こいつらが俺の眷属になります。青いお姉さんがシアン、妹っぽい子がサルビア。茶色い髪の毛の男がコルク、厳つい野郎がテラコッタです。全員喋ることが出来ないので身振り手振りでの会話になりますが、仲良くしてやってください」
[[[──。──]]]
「うひゃ~。ロウ君の眷属って、ロウ君より年上っぽいんだ。なんだかこう、反応に困っちゃう」
「魔神の眷属というと、てっきり魔物のように人から外れた姿をしているのかと思ったけど。魔族のような角や羽すら生えていないんだね」
「いや、実はこの姿って擬態なので、実体はまた違いますよ。ほれ、ちょっと見せてやってくれ」
創造主の意向を受けたシアンたちは擬態を解除し、各々の本来の姿へと戻る。
鮮やかな青色の球体に、マーブル柄の入った土色の球体。煮えたぎり熱を発する溶岩球と、静かに電荷を帯びた金属球。
人の状態からは考えられないそれらの変化に、吸血鬼姉妹は度肝を抜かれた。
「「っ!?」」
「こっちが本来の姿になります。これだと意思疎通がしづらいので人に変身してもらってる感じですね」
「な、なるほど?」
「魔神の眷属は、凄いね。いや、サルガスさんたちも武器の身から人へ変じていたけど」
「そういう訳なので、よろしくお願いします」
「あ、そだった。私はアムールです。人じゃなくて吸血鬼なんですけど、少しの間ロウ君の旅にご一緒することになって。ここでご厄介になっちゃいます」
「申し遅れました。私はアムールの姉、アシエラ。同じく厄介になるので、よろしくお願いします」
[[[──]]]
本題を思い出した姉妹が頭を下げ、眷属たちがそれに応じたところで顔合わせは終了。それならとロウは、姉妹を迎えに行く前の出来事を眷属たちへ話すことにした。
「そういえばサルビア、お前この前の留守番中にアルメルって人に喧嘩売らなかった?」
[──?]
「ん、知らない? ちょっともったいぶったような話し方をする傭兵の男の人で、お前みたいな可愛い感じの女の子に負かされたって聞いたけど」
[──~、──]
ロウが特徴を男性の述べると、一様に納得した表情をするサルビアたち。
創造主の言っている人物が突然戦いを挑んできた男だと理解した彼女たちは、自分たちに非がないことを身振り手振りによって示していく。
「なになに……自分たちは喧嘩なんて売ってなくて、相手が絡んできた? 逃げようとすることもできないよう見世物にまでした?」
[[[──]]]
「凄いね。本当に身振り手振りで会話してる」「しかも傍から見ても結構分かっちゃうねー」
「むーん。そういうことなら致し方なし、か? 喧嘩吹っ掛けたりしたわけじゃないのなら良かったよ。相手も無事みたいだし」
[──?]
「自分のことを心配しないのかって? そりゃあ俺の眷属だし、竜やら神でもない限り心配しようがないだろ」
創造主の答えを聞き愛が足りないのではないかと膨れっ面となったサルビアは、紫電を発して不満を表した。対するロウは魔神の眷属ならば当然だと常識を振りかざし、空間魔法で見事に防ぐ。
「うひゃあっ!? 雷!?」
「やっぱり、魔神の眷属だね。単なる口喧嘩がこうも恐ろしいなんて」
その影響が部外者に飛び火し恐怖を抱かせたが、そんなものは目に入らぬと彼らはじゃれ合いを続行。妹の行動を見て創造主への甘え願望が刺激されたシアンたちも乱入し、異空間はしばし人外たちの闘争の場となった。
「──ガハハハ。まだまだ精進が足らんようだな、お前たち」
[[[~……]]]
「俺の動きを真似する以外にも、アシエラさんたちから戦い方を学んでみるのもいいかもな。そういう訳で、まずは石の砦に案内してあげてくれ」
三十分ほど眷属たちのスキンシップに付き合ったロウは、太極拳と八極拳の秘奥を尽くして彼らを粉砕。我が子相手だというのに大人げなさ溢れる戦いぶりを披露した。
彼は残る説明や住む部屋の決定などの一切を眷属たちへ丸投げすると、呆気に取られていた吸血鬼姉妹から逃げるようにして異空間を後にする。
そうして雨の中に戻ったロウはふと気づく。
「──あ。シアンたちとじゃれ合ってばっかりだったから、異空間で寝てるっぽいニグラスのことをアシエラたちに伝えるの忘れてたか」
(お前さん、こういうところは本当に抜けてるよな)
(ちゃらんぽらんと生きていますからね、ロウは)
「はいはい。戻って説明するほどでもないし、あいつらに任せよう、そうしよう。残るは魔術大学での挨拶だけだな!」
気付いたものの面倒になった幼い魔神は、いつもの様に中島太郎流処世術之四・他力本願を発動して、状況を放置する。
そんな対応をしたため曲刀たちから呆れを含んだ念話を送られながらも、ロウは魔術大学を目指し人通りのない商店街を進んでいったのだった。
まずは宿泊している宿の従業員、イサラ。
「あら、ロウ様。おはようございます。もうご出発なされるのですか? ……挨拶回り、ですか。ふふ、ロウ様は私の弟と同年代とは思えないほどしっかりしていらっしゃいますね。それではロウ様、いってらっしゃいませ。おかえりをお待ちしております」
しとやかに挨拶を行う彼女の豊かな胸元へと目を奪われつつ、少年は次なる場所へと歩を向ける。宿から程近い、冒険者組合である。
連日の大雨ですっかり水溜りが多くなった道を歩くこと十分少々。少年は組合の大扉の前に到着し、その脇にある通用出入口から中へと入った。
閑散としている街中とは異なり、喧騒を極める組合内部。ロウはその中にいつもとは違う刺すような空気を感じながら、受付を待つ長い列に並ぶ。
「──お、坊主じゃないか。元気してたか?」
すると背後より聞きなれた声が降ってきた。
少年が振り返ればくすんだ砂色の巨体。熊人族のローレンスである。
「ローレンスさん、おはようございます。ここ数日色々ありましたけど、元気モリモリですよ」
「はっはっは。何より何より。坊主は見かけが見かけだから、気が立ってる連中に絡まれでもするんじゃないかと心配したぞ」
「こっちに顔を出さなかったからか、絡まれることはあまりなかったですね。今日ってなんだか皆さんいつも以上にピリピリしてる感じですけど、何かあったんですか?」
「ああ、それはな──」
「──いつまでも偉そうにしてんじゃねえよ! ガキみたいな女に負けやがったくせによ!」
世間話ついでにいつもとは異なる組合内の雰囲気についてロウが触れれば、違和感を証明する様に怒声が発生。次いで破砕音が響き、室内の空気が凍り付く。
声の在りかは依頼表の貼りだされている掲示板付近、ロウたちが並ぶ列から少し離れたところ。そこには砕けてしまったダイニングテーブルや木のジョッキが散乱し、単なる口論では終わらない荒事の気配が漂っていた。
「へえ。そのことを持ち出すんだ。つまり君は、女子供に敗北するような僕の言うことなんて聞けない、と。ならどうするんだい? ハイロフ」
「どうするもこうするもねえ。お前とはこれっきりだってんだよ、アルメル。ヘタレたお前が俺とやろうってんなら、いいぜ? 相手に──ッ!?」
テーブルを拳で叩き割った男は向かい合って座っていた男に指を突き付け、立ったまま威勢よく言葉を続けようとしたが──相手方の男、アルメルが座った体勢のまま即座に抜剣。突きつけられていた指先へ逆に刃を突きつける。
「やろうってんなら……なんだい? まさか今の動きにすら反応できなかった君が、僕を負かそうなんて言うのかい? 面白い冗談だ」
「野郎ッ!」
「こらー! 組合内での私闘は禁止ですよ! 早く収めて、壊したテーブルの弁償してください! どうしてもやりたいっていうなら訓練場でやってきてくださいよ、もう」
男たちの殺気は高まり一触即発となるも、組合の受付嬢が割って入ったことで流血沙汰の危機は避けられた。
「ほっ」
「なんだ、アルメルの剣技は見られねえのか」
「馬鹿野郎、こんなとこで剣振り回されちゃ堪らねえぜ」
「しかし、子供みたいな女に負けたって話は本当みたいだな」
「さっきの抜剣ひとつ見たって衰えはないし、俄かには信じられんがな」
「──う~む。今の男の人って相当な腕前みたいでしたけど、女の子に負けちゃったんですか?」
ローレンスの肩に乗り聞き耳を立てていた少年は、争いを起こしていた人物たちのことについて肩車中の熊人族に訊ねた。
「あの男──アルメルって言うんだが、あいつは冒険者じゃなくて傭兵やってる奴なんだよ。坊主の言う通り相当腕が立って、あのアシエラに比肩するなんて話もある」
「アシエラさん並みですか。傭兵のことは詳しく知りませんけど、相当な実力者なんじゃないですか?」
「おうともさ。魔物の相手は殆どしないが、対人戦闘となれば恐ろしく強い。組合に“強者募集”なんて依頼を出しても一切負けなかったくらいだぞ」
「やっぱり相当に強いんですね。……あの依頼票、悪戯じゃなかったのか」
子供の悪戯にも思える依頼票の正体が歴戦の傭兵だったことにロウは驚愕する。それを聞いたローレンスは肩を揺らして笑い、話を続ける。
「はっは。坊主もあの依頼票を見てたか。あれも最初の内は高額報酬だったんだが、依頼を受けたがる冒険者が多すぎて絞るために少額へ変えた経緯がある。話が逸れてきたが、あのアルメルは疑いようもないくらいの実力者だ。そんな奴が負けたっていう噂が広まったのは、半月くらい前にあった武闘大会予選での話だな」
「武闘大会ですか。聞いた感じで想像するアルメルさんの性格的に、そういう大会が好きそうですもんね。そこで出場していた女の子に負けちゃったんですか?」
列の前進に伴い揺れる肩に乗ったまま、ロウは推測を口にした。
「いや。前年優勝者だったアルメルは本戦の出場資格を持ってるから、予選に出る必要はないんだ。そもそもアルメルを負かした女の子っていうのも予選に出ていた子じゃなく、一般人だったらしい。淡い青色の髪を両側で結んでる、可愛らしい感じの少女だったみたいだな。そのくせ、素手でアルメルを圧倒するくらいのとんでもない実力だったらしいが」
「……淡い青色で、ツインテールですか」
ローレンスの口から零れ出た少女の特徴は、自身の産んだ元気溌溂とした眷属の風貌と酷似している。ロウはたちまち渋面一色となる。
(話を聞き始めた時は、腕が立つ少女ってことでアムールかと思ってたけど。時期的にも容姿的にも、宿で留守番中だったサルビアで間違いなさそうだな。素手で傭兵に喧嘩売るって、何やってんだあいつ)
(お前さんの眷属の中でも活動的みたいだからな、サルビアは。人の世がどんなものなのか試してみたくなったんじゃないか)
(ふふ、元気なことです)
(それで歴戦の傭兵ぶっ飛ばすって、どうなんだそれ)
曲刀たちとの脳内会議を開いている内に列が捌け、少年は肩から飛び降り礼を告げる。
「お話しありがとうございました、ローレンスさん。世の中には凄い子もいるんだなあって知れて良かったです」
「そうかそうか。近頃は物騒で皆気が立っている。坊主も気を付けるんだぞ」
「はい。旅先でもしっかり気に留めておきます」
「うん? 何だ坊主、また旅に出るのか」
「実は帝国に行く予定なんですよね。移り住むって訳じゃなくて、またこっちにも顔を出す予定ですけども」
「そうだったのか、こっちも寂しくなるな。帝国は魔導国よりも一層物騒だと聞くし、夜遅くに出歩いたりするんじゃないぞ」
「あはは、了解です」
子煩悩な親のようなローレンスの様子に温かな気持ちとなりながら、ロウは別れを済ませて受付へと向かう。
今まで自分の対応をしてくれていた受付嬢──パルマと会うことは出来なかったものの、ロウは移動に関する手続きを終えた。
「さて。約束の時間も近いし、魔術大学に挨拶しにいく前にアシエラ姉妹を回収していくか。異空間を開くついでに、サルビアのこともシアンたちに聞いてみないとなー」
(あんまり叱ってやるなよ? 留守中の自由を許可したのはお前さんなんだからな)
「どういう状況でそうなったか気になるから、その点を聞こうと思ってるだけだよ。ちょっとくらいお小言は言うかもしれんけど」
そんな会話を挟んで冒険者組合を後にした少年は、都市の西側にある旧市街方面へと足を向けたのだった。
◇◆◇◆
ざあざあ降りの雨の中。
この街の景色もしばらく見納めかと感慨にふけりながら歩くロウは、二十分ほど移動したところでアシエラ姉妹の家に到着した。
「いらっしゃい、ロウ君」
「いらっしゃーい。てっきり魔法で飛んでくるかと思ったけど、歩きだったんだ?」
「お邪魔します。リマージュに行く前に景色を眺めて回るのも悪くないかなーと思ったので、歩いてきました。準備の方はよろしいですか?」
挨拶もそこそこにした少年が姉妹へ切り出すと、彼女たちは頷き荷物を奥の部屋から持ってくる。
「お二人ともえらく大荷物っすね」
「むふふ。ロウ君、女の子に必要なものは多いんだよ」
「一時的とはいえ住む場所を変えるわけだから、どうしても必要なものは多くなってしまうんだ。かさばってしまうかな?」
「異空間は場所が有り余ってるのでその辺は大丈夫ですね。それじゃあ、お家の戸締りをお願いします」
姉妹と共に家を出たロウは路地裏へと向かい、周囲に人影のないことを確認すると異空間の門を開いて姉妹をいざなった。
「二名様ご案内でーす」
「本当にどこでも繋がるんだね、あの空間に」
「しかもあっという間の構築だったし。色々な意味で流石ロウ君だよー」
「早くしないと濡れちゃいますよ。ほら入った入った」
褐色少年から追い立てられた姉妹は、相変わらず奇怪な白一色の空間に呻き……石の巨大建造物を目にすると口を開けたまま硬直した。
「あんなの、あったっけ?」「絶対なかったと思う」
「あの大きな建物はうちの眷属たちにねだられて建造した新しい家になります。移動中はあっちで過ごしてもらいたいと思ってるんですけど、どうですか?」
「どうですかと言われても、え? ロウ君が創ったの? アレを!?」
「住まわせてもらえるなら、ありがたい、かな? というか、眷属たちって……」
魔神の眷属と聞き異形の従者を想像したアシエラが引きつった表情をしていると、創造主の魔力を感知した件の眷属たちが彼女たちの下へとやってくる。
飛ぶようにやってきた眷属たちだが、その姿は人型であり事情を知らぬものが見れば一般人としてしか認識できない。そのため、現れたカラフルな集団を見てアムールは疑問を発した。
「あれ? この人たちもここに住んでるの?」
「ああ、説明が不足しててすみません。こいつらが俺の眷属になります。青いお姉さんがシアン、妹っぽい子がサルビア。茶色い髪の毛の男がコルク、厳つい野郎がテラコッタです。全員喋ることが出来ないので身振り手振りでの会話になりますが、仲良くしてやってください」
[[[──。──]]]
「うひゃ~。ロウ君の眷属って、ロウ君より年上っぽいんだ。なんだかこう、反応に困っちゃう」
「魔神の眷属というと、てっきり魔物のように人から外れた姿をしているのかと思ったけど。魔族のような角や羽すら生えていないんだね」
「いや、実はこの姿って擬態なので、実体はまた違いますよ。ほれ、ちょっと見せてやってくれ」
創造主の意向を受けたシアンたちは擬態を解除し、各々の本来の姿へと戻る。
鮮やかな青色の球体に、マーブル柄の入った土色の球体。煮えたぎり熱を発する溶岩球と、静かに電荷を帯びた金属球。
人の状態からは考えられないそれらの変化に、吸血鬼姉妹は度肝を抜かれた。
「「っ!?」」
「こっちが本来の姿になります。これだと意思疎通がしづらいので人に変身してもらってる感じですね」
「な、なるほど?」
「魔神の眷属は、凄いね。いや、サルガスさんたちも武器の身から人へ変じていたけど」
「そういう訳なので、よろしくお願いします」
「あ、そだった。私はアムールです。人じゃなくて吸血鬼なんですけど、少しの間ロウ君の旅にご一緒することになって。ここでご厄介になっちゃいます」
「申し遅れました。私はアムールの姉、アシエラ。同じく厄介になるので、よろしくお願いします」
[[[──]]]
本題を思い出した姉妹が頭を下げ、眷属たちがそれに応じたところで顔合わせは終了。それならとロウは、姉妹を迎えに行く前の出来事を眷属たちへ話すことにした。
「そういえばサルビア、お前この前の留守番中にアルメルって人に喧嘩売らなかった?」
[──?]
「ん、知らない? ちょっともったいぶったような話し方をする傭兵の男の人で、お前みたいな可愛い感じの女の子に負かされたって聞いたけど」
[──~、──]
ロウが特徴を男性の述べると、一様に納得した表情をするサルビアたち。
創造主の言っている人物が突然戦いを挑んできた男だと理解した彼女たちは、自分たちに非がないことを身振り手振りによって示していく。
「なになに……自分たちは喧嘩なんて売ってなくて、相手が絡んできた? 逃げようとすることもできないよう見世物にまでした?」
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「凄いね。本当に身振り手振りで会話してる」「しかも傍から見ても結構分かっちゃうねー」
「むーん。そういうことなら致し方なし、か? 喧嘩吹っ掛けたりしたわけじゃないのなら良かったよ。相手も無事みたいだし」
[──?]
「自分のことを心配しないのかって? そりゃあ俺の眷属だし、竜やら神でもない限り心配しようがないだろ」
創造主の答えを聞き愛が足りないのではないかと膨れっ面となったサルビアは、紫電を発して不満を表した。対するロウは魔神の眷属ならば当然だと常識を振りかざし、空間魔法で見事に防ぐ。
「うひゃあっ!? 雷!?」
「やっぱり、魔神の眷属だね。単なる口喧嘩がこうも恐ろしいなんて」
その影響が部外者に飛び火し恐怖を抱かせたが、そんなものは目に入らぬと彼らはじゃれ合いを続行。妹の行動を見て創造主への甘え願望が刺激されたシアンたちも乱入し、異空間はしばし人外たちの闘争の場となった。
「──ガハハハ。まだまだ精進が足らんようだな、お前たち」
[[[~……]]]
「俺の動きを真似する以外にも、アシエラさんたちから戦い方を学んでみるのもいいかもな。そういう訳で、まずは石の砦に案内してあげてくれ」
三十分ほど眷属たちのスキンシップに付き合ったロウは、太極拳と八極拳の秘奥を尽くして彼らを粉砕。我が子相手だというのに大人げなさ溢れる戦いぶりを披露した。
彼は残る説明や住む部屋の決定などの一切を眷属たちへ丸投げすると、呆気に取られていた吸血鬼姉妹から逃げるようにして異空間を後にする。
そうして雨の中に戻ったロウはふと気づく。
「──あ。シアンたちとじゃれ合ってばっかりだったから、異空間で寝てるっぽいニグラスのことをアシエラたちに伝えるの忘れてたか」
(お前さん、こういうところは本当に抜けてるよな)
(ちゃらんぽらんと生きていますからね、ロウは)
「はいはい。戻って説明するほどでもないし、あいつらに任せよう、そうしよう。残るは魔術大学での挨拶だけだな!」
気付いたものの面倒になった幼い魔神は、いつもの様に中島太郎流処世術之四・他力本願を発動して、状況を放置する。
そんな対応をしたため曲刀たちから呆れを含んだ念話を送られながらも、ロウは魔術大学を目指し人通りのない商店街を進んでいったのだった。
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【第五部】魔女の監獄編 完結
【第六部】最終章 完結
もういらないと言われたので隣国で聖女やります。
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孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。
しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。
しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
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侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました
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魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。
そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。
魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。
その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。
魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。
手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。
いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
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引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
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