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第四章 魔導国首都ヘレネス

4-18 竜への説明と説得(拳)

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「──貴様っ! やはり“奴”と親交があったのか!」

 ヘレネス生活五日目の未明。

 一面真っ白の奇怪なる我が空間で、激高するウィルムと向かい合う。

 人型の身ながら、彼女の肉体から吹き出す金の魔力と白銀の猛吹雪は、竜であった時とさほど変わらない。

 つまりは、魔力を解放するだけで天変地異級である。

 故に俺の異空間は、既に凛冽りんれつなりし銀世界となっている。ぶるぶるさむっちょ。

(お前さん、相変わらず余裕だな? 今回ばかりは流石に危機感を持った方が良いぞ)
(ロウ! ウィルムは本気で怒っているようですよ!?)

 身を震わせながらかじかむ手に息をかけていると、曲刀たちから叱咤しったされた。

 このままだと異空間が永久凍土になりそうだし、真面目に対応するとしよう。

「なあウィルム。さっきも言ったけど、付き合いがあるわけじゃないぞ。前に言ってた、俺に襲い掛かってきた魔神が、人との間に生まれた魔神バロールの娘だったんだよ」

「あのバロールに娘だと? 戯けたこと抜かすな! 妾が生まれる以前より彼奴きゃつは一人身で、云千年も子の影などなかったのだぞ? そんなものが眷属けんぞくならまだしも、今更子を成すはずが無かろうが。大体、あの巌巒がんらんのようなやからに、つがいなど出来るはずがない!」
「ガンランて。酷い言いようだな……まあエスリウも岩みたいな感じだったし、そのお母さんともなればもっと凄いんだろうけど」

 事情を説明するも、断定口調で言い分を否定されてしまった。

 強い言葉で否定する辺り、ウィルムとバロールの関係性は相当に悪いらしい。説明の最中も終わった後も、彼女はサファイアブルーの逆立たせ凍てつく冷気をほとばしらせている。

 おかげで全身霜塗しもまみれ、衣服も凍結してしまった。

「やい、ロウ。貴様には約定やくじょうと借りがある故、外界への出口を開ければ、ここは見逃しておいてやる。死にたくなければ早う開けるが良い」
「そりゃどうも。でも、外に出たら『竜眼』でバロールを探して、見つけたら突っ込むつもりなんだろ?」
「はんっ、当然だ。『青玉竜せいぎょくりゅう』の名にかけて滅してくれよう!」
「ですよねー……それじゃあここから出すわけにはいかんわな」

 吹き荒れる冷気とは正反対、灼熱を宿すガーネットの瞳を輝かせて咆えるウィルムに、それはならぬと待ったをかける。

 それこそ、当然という奴だ。竜が本気で魔神を滅さんとすれば、周囲への被害がどうなるかなど、火を見るよりも明らかである。

 ましてやウィルム、かつて都市丸ごと氷結させた経歴を持つ竜である。

 そんな奴を世に解放したら、確実にここヘレネスは壊滅するだろう。

 加えて、ウィルムは魔神バロールを相手取るというのだ。年若い魔神エスリウでさえ四方数百メートルを魔法一つで焦土に変えるのだから、少なくとも千年以上存在しているその親の持つ力が、彼女以上のものであることはまず間違いない。

 そんなもんと竜が対峙すれば、周囲への被害は倍々ゲームであろう。

(つまり、力ずくでも止めるってことか?)

 そういうことです、はい。

「はっ! 一度勝ったくらいで随分と強気なものだな? 空間魔法という手が知れている以上、前のようにはいかんぞ!」

「おわッ!? ……そういや、念話は全部ウィルムに聞こえてるんだったか」

 サルガスの念話を拾い、俺の方針を確認したのだろう。剣を重ね合わせたような大翼を背部から生やし、彼女は宙へと飛び立った。

 白い剣翼を羽ばたかせ両手に金の魔力を集束させるその姿は、荒々しい竜というよりも戦をつかさどる女神のように見える。

(馬鹿なこと考えてないで構えてください! もう来ますよ!?)

 ひらひらした衣服から覗く大腿部だいたいぶの深奥を眺めていると、ギルタブから一喝されてしまった。

 確かにアレを相手に、余計なことを考える暇など無いだろう。

 そんなこんなで、ウィルムとの二度目の戦い、in 異空間が始まったのだった。

◇◆◇◆

「──朽ち果てろっ!」

 金の魔力から生み出され、天から雨の様に降り注ぐ大氷塊群を、空間魔法の「転移」で回避する。

 絨毯爆撃じゅうたんばくげきの様に打ち込まれ、地面に激突した端から直径十数メートルほどの氷の花を咲かせる氷塊たち。

 一発で家屋数戸分の範囲がぶっ飛ぶとんでも爆撃だが、空間魔法でその数倍の距離を自在に移動できる俺にとってさほど脅威ではない。

 とはいうものの──。

[[[──っッ!?]]]

 ──魔法の使えないシアンたちにとっては大問題である。

 優れた身体能力と肉体の変形を駆使して回避に努めてはいるが……空中戦を選んだウィルムに対し、彼女たちは有効な攻撃手段を持ってない。

 やはり今回も、俺の独力で奴を捻じ伏せねばならないようだ。

「──視えていると、言っただろうが!」

 氷塊爆撃の空白地帯──上空二百メートル地点に転移すると、先んじて転移先の魔力を感じ取っていたのか、正確な狙いで氷塊が飛んできた。

「さいです、かッ!」

 しかし、以前の戦いを通して把握しているのはこちらも同じこと。

 故に、動じることなく展開した足場を起点に黒刀の居合を一閃。

 二十数メートルにまで拡張された魔力の刃が、氷の一団を割断し──。

「──阿呆が。そんなことは、妾も想定済みだぞ?」

 ──凌いだのも束の間。

 視界の遥か奥に、金の魔力からなる巨大な弓を射らんとするウィルムの姿。

 やばッ!?

ね!」

 輝く大弓より放たれるは、閃光の如き一矢射ち。

「ぬおおッ!?」

 魔法構築──間に合わず。
 回避運動──ギリギリセーフ。

 条件反射的に足場から真横に跳んだことが功を奏し、打ち出された閃光のような投射物を躱すことが──。

「ゲェッ!?」

 ──躱した。そう感じた瞬間、眼前にまで迫る青き竜星!

「はあぁぁぁっ!」

 弾丸のように迫る勢いそのまま、胸部を打ち抜かんとする貫手──身体全体をよじって躱す!

 次いで迫る剣翼による薙ぎ払い──黒刀で受けると同時にきりもみ回転、斬撃を斜め上に逸らす様にしてやり過ごす!

 これならどうだと、回転する俺を真っ二つにせんと繰り出される手刀──回転の勢いを使った一撃で迎え撃つッ!

「──はあっ!」「ぐぅッ!?」

(やはり、硬いっ!)

 紅の魔力を帯びた黒刀と、金の魔力を纏った冷気の手刀のぶつかり合い。

 鉄塊同士の衝突にも似たにぶく硬質な衝突音が響いた結果──惨敗。

 あらゆるものを切り裂く黒刀なれど、最硬たる竜鱗の前では分が悪く、断ち切ること能わず。

 その上地で踏み込むことの出来ない空中とあっては、勢いで勝ることすら叶わなかった。

 押し負けたことにより落下角度四十五度でぶっ飛ばされ、云百メートル地を滑る過程で、上半身裸体となる俺。

 その上出血あり。血もしたたるいい男となってしまったか。

「ぐっはぁ……クソッ、派手にぶっ飛ばしやがって」

 身体強化全開の為、上空から叩きつけられ大地を滑りまくったにもかかわらず、我が身に欠損や骨折などはなく、擦り傷程度で済んでいる。

 全く丈夫なことだぜガハハハ。痛いけども。

(何を余裕ぶっているんですか!?)(くるぞ!)

 曲刀たちにいさめられて見上げれば──またも遠方で、魔力の大弓を構える美女の姿。

「──締めだ、ロウよ」

 そんな口の動きと共に、再度大弓より射出される閃光の如き一撃。

 体勢不十分な俺を狙った射撃は、寸秒で彼我ひがの距離を踏破し──大弓を射った本人へ突き刺さった。

◇◆◇◆

「っ!?」((──っッ!?))

「さあて、畳み掛けるかね!」

 氷矢直撃による爆裂音をかなで、直径百メートル以上はありそうな超巨大氷結トゲトゲボールと化したウィルム。

 浮力が途絶え地面へと落下していくその氷塊の下へ疾駆しつつ、魔力を練り上げる。

(──そうか、「転移門」か! 全く、冷や冷やさせる!)
(なるほど。彼女は、ロウの転移門を直接見たことは無いのでしたね。よもや竜相手に、ここぞという時まで温存するとは)

「単純に、一回目は構築が間に合わなかっただけなんだけどな!」

 黒刀を銀刀に持ち替えながら全力疾走ッ!

 五百メートルほどを六秒で詰め、今まさに氷塊を叩き割り地へ降り立ったウィルムへ、駆け抜けるように胴打ちを見舞う!

「「──っッ!」」

 魔力で延長された銀なる刃が崩れ落ちている大氷塊を切り裂き、こちらに応じんと振り抜かれたウィルムの剣翼と衝突、したが。

「──硬ってえな!」
(氷の翼も、竜鱗並みか……ッ!)

 疾走時の勢い、直前の踏み込み、そして腰部の回転から指先のてこまで使い、両腕渾身の力で振り抜いたにもかかわらず──銀刀とかち合った剣翼は、刃こぼれ程度の損傷しかない。

 恐るべき硬度。
 サルガスの言う通り竜鱗並みだ。

「……! 妾の翼に傷をつけたか。だが、この程度でっ!」

 刃の欠けた翼を見て目を見開くウィルムは、反転しこちらへ向き直ると同時に翼撃乱舞。

 剣の舞にも似た斬撃の嵐が吹き荒れる!

「うおおぉぉぉッ!?」

 矢の一撃による影響の一切を感じさせずに繰り出された冷凍斬撃は、あろうことか全方位。

 その上斬撃のみならず、先に見舞った氷塊砲撃をも様々な角度から打ち出してくる始末。

 つまりは逃げ場がまるでない。

「──言葉通り、切り抜けるしかねえなァッ!」

 転移は逆に危険と判断し、そのまま応戦。

 迫りくる冷気の刃と砲弾とを空間の繋がりをゆがませる新規魔法「空間歪曲わいきょく」で捻じ曲げ、貫通してくるものを銀刀でもって切り落とし、打ち払い、たたっ斬るッ!

「──ッ!」

 そうして太腿や肩口を凍結させながらも氷の嵐を切り抜ければ──十数メートル先で三度みたび魔力の大弓を構える、美女の姿が目に入る。

「──先の反射、この距離では出来まいな?」
「……」

 確かにこの距離でウィルムへとあの一撃を返せば、確実に俺も巻き込まれるだろう。

 氷竜たる彼女は耐えられるだろうが、俺にとっては致命傷となるかもしれない。

 勝ち誇ったかのような笑みを刻み大弓を射った彼女に、こちらも口角を吊り上げて告げ返す。

「反射だけじゃないんだぜ、これ」

 射線上に転移門構築。

 放出方向、上方。

「──なにぃっ!?」

 大弓より放たれた閃光の如き一撃は、俺の前面に展開された門へと吸い込まれ、上空に設置された出口から飛び出し消えていった。

 遥か遠方より衝突音が木霊こだましたことから察するに、異空間の天井はかなり遠いらしい。

 それはさておき攻撃あるのみ!

「るぁぁああッ!」

 勝利を確信した一撃をくつがえされ、呆けるウィルムに対し──大上段から問答無用の縦一閃ッ!

「ぐうっ……」

 全身全霊の一撃は相手の左鎖骨から右股関節に斬線を描き、衣服をざっくり切り裂いたが……やはり皮膚を裂くには至らない。

 しかし、そんなことは百も承知。

 体勢を崩せればそれで良し!

 斬撃によってたたらを踏んだ彼女へ、追い打ちとなる溶岩魔法──「溶岩嵐」を叩きつけるッ!

「どおぉりゃぁああッ!」
「ぐ……!? があぁぁっ!」

 以前は塵旋風のように天へと渦巻いていた「溶岩嵐」だが、今回はウィルムへ向けて渦巻いている。

 それすなわち、絶え間ない溶岩流が相手へと押し寄せるという寸法だ。

 耐えられるもんなら耐えてみろってなァ!

「ぐ、ぉ、お、おぉっ!」
「まぁだまだぁっ! 駄目押しだごら゛ぁッ!」

 しかし相手は竜、であれば加減は不要。

 蒸気吹き荒れる灼熱地獄の中心地へ、銀刀を納めながら溶岩嵐をもう一本追加する。

 出力倍増、両腕から溶岩を噴出させる気分は、獣王じゅうおうかいし〇げき

「──邪魔、立て、する、か、あ゛あ゛っ!」

 けれども、このまま押しきれるか? と思ったのがフラグだったのか。

 吹き上がる蒸気が煌めいたかと思うと──蒸気の代わりに極北の冷気が吹きすさび、こちらの溶岩旋風を侵食。

 焼き尽くすはずの溶岩流が、逆に冷気に飲まれて凍結してしまった。

(あの状態から、押し切られたッ!?)(不味いのです!)

 流石は、竜。

 魔力操作能力で言えば数倍の開きがある存在だけに、魔法での真っ向勝負は分が悪い。

 その上、斬り合いとなれば堅牢堅固な竜鱗が立ちはだかる。

 ……ならば、アレしか無かろう、だ。

「凍りつけ──っ!?」

 氷結した溶岩を砕き割って躍り出たウィルムが放つ手刀を、勢いが乗り切る前に引っ掴み──渾身の震脚。

 その反力に腰部の捻れを加えた逆手の中段突き──陳式太極拳小架式・掩手肱拳あんしゅこうけんを、がら空きとなった腹部へと叩き込む!

「──ッ!」

 が、しかし──。

「はんっ。貴様ならそう来るだろうと、思っていたぞ!」

 ──こちらの考えなどお見通しだという彼女は、剣翼を割り込ませ攻撃を防いでみせた。

 高らかに笑う彼女は、そのまま翼を切り返す。

「吹きっ飛べっ!」

 攻撃を受け止められなす術の無い俺は、竜たる膂力りょりょくの前に力及ばず弾き飛ばされる、はずだった。

 その翼が先の溶岩で、脆くなっていなければ。

「すぅ……ッ!」

「は、あ!?」

 翼に打ち込んだ拳を僅かに離し、下丹田げたんでんに溜めた力を呼気と共に爆発させ、再び拳を打ち出すッ!

 陳式太極拳における寸勁すんけい、もしくは八極拳における爆発勁ばくはつけい

 ワンインチパンチとして知られる発勁方法で放たれた右拳は剣翼を砕き割り、ウィルムの腹へと突き刺さる。

 からだ如火薬かやくのごとくして一動いちどう即発すなわちはっする

 太極拳にしても八極拳にしても、超々至近距離というのは攻撃を打ち出せない死角ではなく、爆薬の如き発勁を用いた有効打撃の間合いである。

 相手の虚を突く一撃は、肉体への損害もさることながら、精神への影響も大きい。

 くさびを打ち込んで生じたほころび。

 なれば突き崩すは今。

 畳み掛けるは山津波やまつなみの如くってな。

「ほぐっ……この、程度っ!」

 見事に突き刺さったとはいえ、氷の翼で勢いが削がれていた拳では致命打とはならなかったのだろう。ウィルムはまだまだ健在だ。

 彼女は腹へと打ち込まれた俺の腕を掴み取り、金の魔力を集束させ、ようとしたが──。

「──っ!?」

 ──寸前に放った俺の空間変質魔法「常闇とこやみ」によって魔力を吸い取られ、不発に終わってしまった。

「多少打ちどころが悪くても、勘弁してくれよ、なァ!」

 視界も魔力感知も一切利かない暗闇で、耳に聞こえる呼吸音と肌に感じる空気冷気の流れを頼りに、攻撃を開始する。

 初手。

 突如発生した常闇に動揺しているであろうウィルムを、掴まれている腕を外へ振り回す様にして体勢を崩す。

 二手目。

 右足を踏み込み、身体を開いて彼女の下腹部に左腕掌底、引き寄せた右腕を返して顔面への掌打を叩き込む。

 仕掛けた技は、八極拳六大開ろくだいかい回身かいしん撩陰掌りょういんしょう

 頭部と骨盤、上下を同時に攻める技をもって、暗中の敵を打ち崩す。

「ぐぬっ、が……き、さ──」

「せいやッ!」

 三手目。

 左手に確かな手応えと右手に防御された感触を覚えつつ、踏み込んだ右足を引き込み、体勢が崩れているであろうウィルムの足元を大内刈りのように刈り込み、投げ飛ばす!

「──ッ!?」

 力のままに投げ飛ばし、地面へと叩きつけた──と思ったその刹那。ばくとした空気の揺らぎとかくとした攻撃の気配を感じ、しゃにむに上体を深く沈めこむ!

「るああぁぁぁっ!」

 間髪入れずウィルムの咆哮。更に冷気を伴った何ものかが頭上を通過。

 健在な剣翼か、それとも手刀か足刀か。

 物理的に背筋が凍り付く、冷気を伴った一文字斬りである。

 ……回避したから良いものの、当たったら防御してても真っ二つだろこれ。

「危ねえなこの野郎!」

 いずれにしても、まだ動けるなら攻撃あるのみ。

 狙い定めるは、空振りに終わったことでがら空きとなっているであろう相手の胴体部分。

 沈めた上体を起こし、反り返し、勢いを増しに増した右の裏拳──八極拳六大開・崩歩捶ほうほすいを、震脚と同時に叩き込む!

ふんッ!」
「ごっ、ふ……」

 這うような姿勢から一気に身を起こして打ち込んだ四手目は、人体の何処かにめり込み、爆裂音を響かせて対象を吹き飛ばした。

 常闇の中で打ち込んだ連続攻撃は、八極拳六大開“ほう”・纏絲崩てんしほう。攻める相手を打ち崩し、如何なる守りもこじ開ける連撃である。

「手応えは十分あったけど……お、いたいた」

 爆裂音が響いた後、攻撃を打ち込んだ方向へ疾走し闇の中から這い出てみれば、百メートル程先で苦痛にあえぐウィルムを発見。

 転移で傍へと移動すれば、胸部をしたたか打たれ呼吸器官のどこかが出血したのか、血反吐を吐いていた。

 我が一撃はしっかりと彼女に命中し、竜鱗の防御を貫いたようだ。

「それじゃあ、オヤスミ!」

 確認を終えたところで下段突きを一発。苦しんでいる彼女の鳩尾みぞおちへ加減なしの拳を打ち込み、意識を奪う。

 止めはキッチリしないとな!

「ぁっ……」

(……こういうところは割と容赦ないよな、お前さん)
「そらまあ、相手は竜だからな。回復魔法使われたら面倒だし、意識を奪うまでが戦いってやつですよ」

(甘いんだか容赦ないんだか、時折分からなくなりますよ……。なんのかんの言いつつ、竜相手に安定して勝っていますよね。これでロウが「降魔ごうま」状態を覚えたら、どうなってしまうのでしょうか)

 白目を剥いて痙攣けいれんしているウィルムを見下ろしていると、曲刀たちからドン引きされてしまった。

 戦ってるこっちとしては、相当ギリギリの綱渡りって感じなんだけどな……。

 さっきの常闇の中での攻防だって、一歩間違えばこっちが致命傷だっただろうし。普段から組手稽古や推手すいしゅをやってなかったら、ああも上手くはいかなかっただろう。

 とにもかくにも、これにて竜狩り完了である。

 やはり竜とは拳で狩るものなのか? そんなことを考えつつも、俺は吹き散らされた氷塊や溶岩の処理をどうするか、考えあぐねるのだった。

◇◆◇◆

 戦闘終了後。

 氷塊と溶岩の処理は、意外な解決を見ることとなった。

「──君ら、何気に便利だよな」

[[──]]

 散らばった氷塊はシアンが、溶岩はテラコッタが、不定形となってモリモリと食べていってくれたのだ。

 なんでも、自身の持つ属性と同種のものは、取り込んでからしばらく時間を置くことで、己の魔力として還元することが出来るらしい。

 ……滅茶苦茶凄くないですか? これ。

 今回は役に立たないけど、土属性のコルクとか、そこらじゅうで魔力補給し放題じゃん。とんでもねえな!

(ロウの非常識さが存分に受け継がれてるな)(流石ロウの眷属なのです)

「いやいやいや、俺もこんなとんでもない機能付けた覚えも、考えたことすらないぞ」

 勝手に進化したのだろうか? 恐るべき連中である。

「……」

 他方ウィルムはといえば、氷の寝台の上で爆睡中である。

 彼女の胸部は既に魔法によって治療済みであり、血を吐き終えた後はスヤスヤモードへ移行していた。

(それにしても……全力の斬撃さえ通らない相手を一撃で昏倒こんとうさせるって、お前さんは本当にどうなっているんだ?)
「んー。まあ、相性の問題だよな。斬撃と違って、殴打は外側よりも内側を破壊するものだし。竜鱗の防御は外向きに特化してるみたいだから、殴るのが最適だったんだろう。……多分」

(単純に、ロウの身体能力が異常な域にある、というのもあるでしょうね。最後に放った腕を振り回す一撃は、いつぞやの儀式魔術を彷彿とさせる衝撃音でしたよ。単なる拳だというのに)
「まあ纏絲勁てんしけい十字勁じゅうじけい沈墜勁ちんついけいを全部乗せた、俺の体術の中でも奥義みたいなもんだったからなー。おかげでこっちの手の甲も砕けたし」

 足裏から伝達される力、中正ちゅうせいたる姿勢から生まれる力、震脚や捻じれの反力。

 それらを乗せて放った裏拳は、もはや魔法すら超える重撃だった。

 反面、打った俺自身も衝撃に耐えられず、中手骨ちゅうしゅこつが破壊される一撃でもあったが。

 まだまだ体作りが足りていないな──と実感しつつ魔法で自分の傷の手当を終えた俺は、いつもの様に武術の鍛錬を始めるのだった。
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