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第四章 魔導国首都ヘレネス

4-16 魔神たちとの鼎談

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 アレクサンドリア魔術大学の学生寮、その一室。

 やたらと観葉植物の多いリビングで、象牙色の長髪が印象的な美少女と紅茶を楽しむ俺。

「──ふぅ。とても美味しいですね。エスリウ様が直接淹れて下さるとは思ってませんでしたが」

 部屋まで強制連行された時はどうなることかと思ったが……中々どうして悪くない時間である。

「うふふ、お粗末様です。ワタクシは公爵家の娘ではありますが、正室の子ではありませんから。なので身の回りの世話をしてくれる使用人もそう多くありませんし、自分で出来ることは自分で行うようにしているのですよ」
「ほぇ~。凄くお嬢様然としているのに、なんだか意外です」

 しとやかな所作で紅茶を飲み、ゆったりと語るエスリウ。

 貴族の娘といえば身の回りのほぼ全てを従者に任せるものと思っていたが、彼女の事情は異なるようだ。

 それにしても……意外に話せるものだ。

 今生では初となる女性の部屋だったが、エスリウが用意してくれた紅茶の鎮静効果で随分と心が落ち着いている。これなら冷静に彼女の話を聞けることだろう。

(ククッ。招かれた当初なんざ挙動不審だったもんな? お前さん)
(周りを見回したり家具について色々と質問したり、如何にも落ち着きのない行動でしたね)

 紅茶で一息ついていると、曲刀たちからからかうような念話を受信した。

 そんなことを言われても仕方が無い。苦手にしている相手とはいえ、超絶美少女からのお誘いなのだから。舞い上がってしまうのは男子として当然の反応である。

 まあ、彼女の実体はムキムキマッチョな魔神だけども。

「ふふ、どうかされましたか?」
「いえいえ何でもございませんとも」

 嫣然えんぜんとした微笑みを向けられドキリとしたため、なんとなしに誤魔化しを図る。

 本当この人、ガワだけは圧倒的に美人で可愛いんだよな……。

(由々しき事態なのです。サルガス、ロウに何か言ってあげてください)
(ロウよ、あの三眼四つ腕の姿を思い出せ。確かに今のエスリウは女神のような美しさだが、真なる姿は可憐さの欠片もない、岩塊がんかいだぞ)

 サルガスの容赦ないエスリウ評で目を覚ましながらも、話を進めるべく彼女に話を振る。

「今日はエスリウ様たちのお話や、約束していたお金の準備が出来たとのことでしたが」
「ええ。先日の謝罪もかねて、ロウさんが求める情報を、ワタクシが知る限りにおいてお話ししたいと思っています。……今はワタクシとマルトしかいませんし、前のように飾らない口調でも大丈夫ですよ?」

「いやー、あの時は感情がたかぶっていたというか、殺意が滾っていたというか。それで思わず乱暴な話し方になっていましたけど、今はそんなこともありませんからね」
「あら、そういう事情だったのですか。あの抜き放たれた刀剣のような雰囲気も、ワタクシは素敵だと思っていたのですけれど。うふふ……」

 言葉を紡ぎながら桜色の唇に人差し指をあて、口角を上げて魅惑的な表情を作るエスリウさん。

 そのたえなる仕草、童貞特攻である。ぐえー。

(ギルタブ、諦めろ。ロウはやはり女の部屋ということで舞い上がっているみたいだ)
(はぁ……まあ、ロウですからね……)

 曲刀たちから溜息交じりの念話が届くが、当然無視である。

「さいですかー。ともかく、忘れないうちにお金を頂いてもいいですか? 最近何かと出費がかさむので、貰えるものは貰っておきたいんですよね」
「……はい。ロウさんって、そういうところは凄く残念な性格ですよね」
「そんなこと言われましても。セルケトやウィルムがあれ買えこれ買えってねだるんですよ。どっちも拗ねると面倒っていうか、危険ですし」

 このまま話の主導権を握られては不味いと、強制的に話題を転換。ムードがぶち壊しだよ的な顔をされたが、知らぬ存ぜぬってやつだ。

 不満気な顔をしているエスリウをなだめている内に、大きな革袋を持ったマルトが現れた。

 中をあらためてみると、金銀貨幣がざっくざくである。彼女とマルトの自由にできる資産、金貨二百枚程だそうだ。

 これなら出費を補って余りある補填だぜ。ガハハハ。

 ふんだくったお金を異空間に放り込んでいると、やや呆れ顔のエスリウが先ほどの話を続けてくる。

「セルケトさんのことは置いておくとして。あの『青玉竜せいぎょくりゅう』も、やはりロウさんに注文を付けてくるのですか?」

「アレはどうにも光り物が好きみたいでして。今日は西側の商店街に連れて行ってみたんですが、お店の中で一番高い金細工のものが欲しいとせがんできましたからね」
「「……」」

 昼前の宝飾品店でのやり取りを思い出しながら語ると、頭を抱え込む美少女と彫像のように表情を固定した従者の姿が目に入った。

 ……あれぇー? 俺、また何かやっちゃいましたかね?

「ロウさん。空間魔法で捕えたというウィルムと、商店街に買い物へ行ったのですか?」
「ええ、まあ」
「な……」
「な?」

「何を考えているんですかぁー!?」
「おわッ!?」

 頭を抱えた状態から一転、エスリウは両手を机に叩きつけて台の一部と脚を粉砕。

 テーブルが砕ける音や食器類の破砕音が響き、室内そのものが鳴動する。

 いきなりのデスククラッシャーである。何考えてんだこのゴリラ!?

「お嬢様、どうか落ち着いてください」
「これが、落ち着いて、居られますか!」

「ロウ、君ものほほんと紅茶を楽しむ前に、お嬢様をなだめて欲しい」
「えッ? いやー、難しいっすねー。何でそんなにいきり立ってるのかが分からんし」
「なっ……!? 竜を人の街で連れまわすなど、そんな危険極まりない行為を、見過ごせるはずが無いでしょう!?」

 従者から羽交い絞めにされ、すみれ色の瞳に茜色あかねいろを滲ませつつ髪の毛を逆立たせるエスリウの言葉に、言われてみればと納得する。

 いっけねー! 言葉が足りてませんでしたわ!

(勝ったとはいえ魔神相手にこれか。緊張感が無さすぎるぞお前さん)
(むしろ私は、エスリウが不憫ふびんに思えてきましたよ)

 好き勝手に感想を送りつけてくる曲刀たちをやはり無視し、エスリウたちに詳しい事情を説明する。

「連れまわしたって言っても、竜状態のウィルムを連れたわけじゃないですよ。あれは人型に変じることが出来るので、暴れないよう約束を取り付けたうえで外出させましたし」
「暴れない約束を取り付けたって……竜の気まぐれで反故ほごにされたら、どうするおつもりだったのですか?」

「その時はその時だとしか。一応、あいつにも他の竜から知られたくないっていう事情がありますからね。あれの知り合いの中には感知力に物凄く優れた竜がいるみたいで、下手なことは出来ないようですし」
「う……でも、都市を丸ごと氷河に変えてしまうような存在が、出歩くというのも……」

「んなこと言ったら、エスリウ様だって似たようなもんでしょう。湿地帯を一瞬で焼き尽くすような大魔法だって使えるんですから」
「うぐぐ……」

 整った顔をゆがめて不満を表すエスリウへ、ウィルム同伴の説明を終える。

 俺だって竜を連れまわすのは問題だと思うが、暴れまわられる方がよほど厄介だ。故に、ある程度あいつの意に沿っていく必要がある。

(とか言いつつ、美人を連れ歩くのは悪くないと思っているんだろ?)

 そう思わないこともないけども、やはり心労の方が勝るかな……いかんせん竜だし。

 サルガスの念話に答えていると、ぐぬぬ顔をしているエスリウの代わりにマルトが口を開いた。

「ロウの言い分は分かったけれど、お嬢様にも竜に出歩かれたくない事情がある。少し過剰な反応となったのも、それが影響しているんだ」
「ああ、まあ魔神だもんな。確かにウィルムなんか相当魔神嫌いだし、エスリウ様と会ったら喧嘩吹っ掛けそうだ。というか、いきなりブレスぶっ放しそう」

「その魔神嫌いは、実はお嬢様のお母様……魔眼の魔神バロール様の行いに端を発するんだ。バロール様はかつて、竜と魔神との争いの先頭に立っていたことがあるから、竜からは目の敵にされているんだよ」
「あー……なんかウィルムも言ってたな、それ。魔眼の魔神バロールが、エスリウ様の母親だったのか。争いの先陣を切ってたなら、そりゃ恨みも深かろう、か」

 彼女の口から出た言葉で、おおよその事情が把握できた。

 竜と魔神との争いの象徴的な存在。エスリウがその娘というのなら、見つかればただでは済まないことだろう。

 何せ、彼らはあらゆる魔力的な性質を看破するらしい「竜眼」を具えているのだ。如何にエスリウが俺以上に魔力を秘すことが出来ようとも、あの“眼”の前では逃れること能わず、というやつだ。

 それにしても……バロールか。

 てっきり、いつぞやの夢で見たエスリウそっくりの魔神ルネが、彼女の母親なのかもと思っていたが。現実味のある夢だと思ったけど、単なる夢だったらしい。騙された!

「もうご存知でしたか。彼らの持つ『竜眼』は、ワタクシがお母様と同質の魔力を有することを見抜くはずです。そうなってしまえば、ロウさんが暴れないという約束を取り付けていたとしても、かせとしては不十分でしょうね」
「ウィルムはそんな感じですね。シュガールさんはもう少し話が通じそうですが」

「……君、まさか、もう一柱捕らえたの?」
「そんなわけあるか。ウィルムに襲われる前に話をした竜だよ。理知的な感じの白竜だったな」

 別の竜の名が出るとギョッと目を剥いた二人に、説明を付け加える。

「白竜シュガールですか。ワタクシは知らぬ名ですが、マルトはどうですか?」
「私も知らない名ですね。比較的若い竜なのか、おとなしい気質で姿を現さないのか。ロウの話を聞く限り後者のように思えますね」

「おとなしいかどうかは分からないけど、若いってことはないんじゃないかな。ドレイクより渋い声だったし、ウィルムよりも力が上っぽかったし。良識ある大人っぽいから、逆に苦労してそうだったけども」

 そうやってわき道に逸れたり、エスリウが粉砕した机を魔法で修復したりしながらも、彼女の事情を聞き終え、話の主題は次へと移った。

 彼女の隣へと腰を下ろした、従者マルトの種族についてである。

「──私は人の形をしているけれど、人外だ。これはロウも薄々感じていたと思う」

「真っ二つに斬っても死なないってんなら、そりゃあ疑いようもなく人外だわな。魔物……って雰囲気でもないし、精霊か、神の眷属けんぞくかと思うんだけど」
「ええ。君の想像通り、私は精霊だ。その中でも少し特殊で、植物神によって直接生み出された、半眷属的な存在でもある」
「ほぇ~。精霊も人型だと、人族との違いがまるで分からんな。並外れた美人だとは思ってたけど」

 彼女から滲んでいた人ならざる濃い緑色の魔力は、人型精霊のそれだったようだ。

 神によって生み出された精霊ということは、自然発生的な精霊とは若干性質が異なっているのだろうか。通常、精霊の魔力は青色のはずだし……。

「そう? 君から言われると、悪い気はしないかな」
「……ロウさん、ワタクシの時と随分態度といいますか、雰囲気が違いませんか?」
「いやあ、エスリウ様はなんかちょっとガツガツし過ぎてて怖いと言いますか」

 ふわりと顔を綻ばせたマルトに見惚れていると、ジト目状態のエスリウからとがめられてしまった。

 君は何だか捕食者的で恐ろしいんだよ。筋骨隆々系肉食四つ腕女子(魔神)なんだもの。

「怖いって……貴方はワタクシを打ち負かしたではありませんか」
「それとこれとは話が別といいますか、相性の問題といいますか。それはそうと、マルトが精霊ってことは、精霊魔法も自由に使えたりするの?」
「強引に話題を変えたね……ええ、使えるよ。といっても、樹木と土の精霊魔法くらいしか扱えないけれど」

 ほんのりとジト目になりながらも話題に乗っかってくれる若葉色の美女。流石話が分かるいい女だ。

 聞けば、彼女は精霊故に外界に満ちるマナを操作し、世界に対し強力な干渉=魔法を行使できるのだという。

 精霊だからマナを操れるのも当たり前とも思えるが、彼女は半眷属でもあるため膨大な魔力を有している。そのため、通常の精霊より遥かに強力な精霊魔法を操れるのだとか。

 強力な精霊魔法に、縦に真っ二つにしても死なないような生命力。相当厄介そうなマルトだけど、よくシアンたちは勝てたものだ。まあ、二人掛かりだからこそかもしれんが。

 精霊と眷属との力関係をもやもやと考えていれば、今度はエスリウから質問が飛んできた。

「精霊魔法に感心していますが……ロウさんも桁違いに逸脱していますよね? 人の姿のまま遠方から確認できるほどの溶岩旋風を放ったり、身の毛のよだつような氷の竜巻を創り出したり、果ては空間魔法まで……。貴方は一体、どういった魔神なのですか?」

「前にも言いましたが、魔神だと知ったのが最近ですからね。むしろ、こっちが俺がどういう魔神なのか知りたいくらいですよ。似てるような魔神を知りませんか?」
「お母様なら何か知っているかもしれませんが、ワタクシはこの身体の通りの年齢なので、詳しいことは知らないのですよ。長く生きてきたマルトなら、あるいは知っているかもしれませんが」

 眉を寄せて小難しい表情を作ったエスリウに水を向けられると、マルトは考え込みながら言葉を繋げていく。

「私が知る限りにおいても、火風水土、更には雷溶岩、空間魔法までをも操る魔神というのは思い当たりません。……容姿の面で言えば、多少似た雰囲気を持つものもいますが」
「それは?」

「──“影”を司る魔神、ルキフグス。『影食らい』、『威風いふう散らす黒』、『光から逃げる者』。様々な異名を持つ魔神ですが、お嬢様の母上──バロール様にも匹敵する力を持っていた、上位魔神です」
「ルキフグス、ですか。ワタクシはお母様から聞いたことの無い名ですが……ロウさんはこの名に心当たりはありますか?」
「う~ん……初耳です。聞いたこともないですね」

 マルトの口から出た名前は、やはり知らぬ名だった。

 容姿が似ていると聞いて思い浮かんだのは、以前見た夢の男だったが……あの男の名はレオナールだったはずだ。俺に似た容姿で空間魔法を使いこなしていたから、あれが父親なのかもと漠然と思っていたけど……。

「となると、私に思い当たる魔神はいないかな。ああでも、君が『降魔ごうま』状態を見せてくれたら、似た姿の魔神を教えられるかもしれない」

「『降魔』状態?」

 自身の正体について思い巡らせていると、マルトの口から聞きなれない単語が飛び出した。

「最近自身が魔神であると知ったのなら、その言葉を知らずとも無理はありませんか。『降魔』とは、魔神が本来の姿をとることを指す言葉です。ワタクシであれば、あの……まあ、四本腕の姿ですね。ロウさんも自身が魔神であると知ったなら、『降魔』状態となったのでしょう?」

「……いえ、なっていないですね。俺が自分自身が魔神だと知ったのは、魔神の魔力を知る神の眷属に見抜かれたからですし」

 エスリウの言葉にやはり魔神は人外なのだなという実感を覚えながら否定を返すと、彼女たちは奇妙に表情を歪ませてしまった。

 そういえば神やらその眷属に会ったっていうのは、この人らに伝えたことなかったな。

「……もう、今更驚きませんが。よくご無事でしたね?」
「話の分かる眷属でしたからね。今や友達ですよ」

「魔神が、神の眷属と友誼を結ぶ? ……私がバロール様に軍門に下ったようなものかな。信じがたいことだけれど」
「友達だからって連れ歩いてるわけじゃないぞ? その眷属は、今も普通に女神の下で働いてるし。会った時に俺の話や向こうの話をする感じだよ」

 俺の話を聞くとまたも頭を抱え込んでしまう象牙色の美少女。何だか悪いことをしている気分になってくる。

(神と魔神といえば滅ぼし合う関係だしなあ。それが仲良しこよしってんなら、頭を抱えたくもなるだろうさ)
(魔神でありながら魔神の敵対者と仲良くしているわけですからね。考えてみれば、他の魔神から見れば、神と繋がりのあるロウは非常に危険な存在なのかもしれません)

 グラウクスと友達になったことに関して深く考えたことはなかったが、曲刀たちの言う通り、面倒事が起こりそうな雰囲気もはらんだ関係ではある。

 魔神の神敵たる神の眷属と友誼を結ぶなど、他の魔神からすれば神の側に与する様に見られかねない行為だ。軽軽けいけいに言いふらして回るものではないだろう。

 まあ、そんなこと言ったらエスリウやバロールも人の世でぷらぷらしてるのはどうなんだ? ってなるけども。彼女らの魔神の間での扱いは、どういうものなのだろうか?

 ──とにもかくにも。

「まあ、あれですよ。その神の眷属とは表立って会ってるわけではないですし、大っぴらに言う関係でもないことが分かりましたから、なるべく隠すようにします、はい。そんなことより『降魔』ですよ『降魔』! どうやってやるんですか?」

「ロウさんって本っ当っに……はぁ……こほん。ワタクシが知っている限りのことはお話しするということでしたからね。お話ししますとも……」

 盛大に溜息をつきながらも、エスリウは降魔について話すことを決意してくれたようだ。いやー苦労掛けますね本当。

(元々はエスリウの勘違いが原因だったとはいえ、ロウに振り回される様は哀れに思えてくるな)

 俺の首を斬り落としたわけだし、その辺は諦めてもらうしかないな。遠慮なんてしないぜガハハハ。

 内心で今後もエスリウには遠慮なく対応していこうと決定しながら、俺は彼女の話に耳を傾けるのだった。
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