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第二章 工業都市ボルドー

2-53 眷属の成長

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【これはまた随分と……凄まじい熱気であるな。あやつめ、何を考えてこのような魔法を放ったのか】

 日が沈んだボルドー北部の街道上、この世の地獄と化した溶岩地帯。

 周囲に生物の魔力をない事を確認した白竜は、上空から煌々こうこうと紅蓮に輝く溶岩近くの地上に降り立ち、この地獄を形成したであろう竜に対し悪態をついた。

 月の光を浴び煌めく美しい白鱗を纏うこの竜は、月白竜げっぱくりゅうシュガール。

 この大溶岩地帯を創り上げた竜であるドレイクの友であり、彼はかの竜のお目付け役でもある。人族国家であるリーヨン公国内の森林へとおもむいていたのは、十日ほど前に感じたなお尋常ならざる魔力を調査するためだ。

 もっとも、調査といっても誰が事を“しでかした”かについては見当がついていた。

 シュガールの上司にあたる大地母神の如き竜は、非常に優れた魔力感知力を有しており、感じ取った金色の魔力が“若い馬鹿者”であることを看破していたのだ。

途轍とてつもない広さだ。我が両翼を広げても、百分の一にすら至らぬとは。果たして、あやつだけの魔力でこれほどの溶岩を創り出せるのか……?】

 溶岩湖を眺めながら物憂ものうげに呟くシュガール。彼は竜という種族には珍しい良識ある竜なのだ。

 理知的で思慮深く、理性をもって行動する。他の竜からしてみれば非常識な存在、異端者である。

 それ故、奔放を極めたような友であるドレイクには常々困らされていた。真面目で実直な存在程、勝手気ままにふるまう存在に振り回されてしまうのは、人であろうと竜であろうと変わらない。

【しかし、肝心のあやつはどこへ消えたのか。大方、自身の放った魔法があまりにも大規模であった故に、震えあがり雲隠れしたのであろうが……。魔法で大破壊をしでかしておいて、後始末の一切もなく飛び去る。全く、無責任な同族よ】

 伊達に振り回されていないのか、正確な予想をたてる白竜。きっと件の枯色竜かれいろりゅうも、どこぞでくしゃみをしていることだろう。

 ドレイクの「炎獄えんごく」は嵐をつかさどる自分をもってしても手に余る──そう考えたシュガールは、対処可能な竜を呼び寄せるべく何処かへ飛び去って行った。

 そんな彼が、再び現場へと戻る途中で魔神に遭遇してしまうのは、これから十日ほど後のことである。

◇◆◇◆

 一方、月白竜シュガールが溶岩地帯から飛び去った日の翌々日。ロウとセルケトが旅行のための買い物に行った日の夜。

 異空間にて、竜胆色りんどういろの人型魔物が魔神の眷属けんぞくに購入した服のお披露目を行っていた。

[──。──]
「ふむ? 我はこの着合わせが良いと思ったのだが……ほうほう……むっ!? なるほど、そういうことか。これは見事な着眼点であるぞ。流石シアンよな」
[……]

 楽しそうに会話(と言っても、シアンはジェスチャー)をする二人を、羨まし気に見つめるもう一体の眷属、石竜。

「──ふぅ。何? 自分もシアンみたいに小型化したいだ? 無理に決まってんだろ!」

 独り戦闘訓練を行う創造主の元へ足を運んだ石竜だったが、巨大な体躯で必死にジェスチャーを行い要望を伝えるも、すげなく却下されてしまう。

「大体、シアンみたいに小型化しなくたって、お前は十分ジェスチャーで意思疎通できてるだろ。……何? 自分もおしゃれがしたい?」
[ッ! ッ!]
「仕方がない奴だな全く。まあ液状のマリンやシアンみたいな自在な圧縮は難しいかもしれないけど、セルケトが魔力で体を小型化してるみたいに出来ないこともないか?」

 頼みこめば意外と優しい創造主だった。

 訓練を中断したロウは石竜の体に触れ、岩が融解するイメージを思い描き、その液状となった岩が魔力へ変換される工程を夢想する。

「……」

 石竜の魔力を操るのみならず自身の魔力も追加しつつ、ロウは石竜を液状化させていった。

 大型帆船はんせんの帆のような翼が融け落ち、大樹のように太い首が流体へと形を変えていく。

「ふう。やれば出来るもんだな」
[──]

 融けた液体を一纏めにし、直径六メートルほどの奇妙な球体が出来上がった。

 そこからロウは、その濁った工業廃水のような流体を徐々に魔力へ還元。千分の一程の体積、直径約六十センチメートルにまで縮小させる。

「大きさはこんなもんか……形はどうするか。……ん? 考えてみれば、わざわざ固定しなくても今の流体のままでいいか? 硬質化とか変形とかは自分で出来るだろうし、この方が色々と楽か」
[ッ! ッ!]

 ロウが呟くとぼよんぼよんと弾む濁った球体。石竜(元)は抗議しているふうでもないと判断し、ロウは還元した魔力を眷属へ注ぎ込む。

[──]

 魔力を注がれぶるりと震えた眷属は、魔力充填が終わった後もしばし沈黙する。

 動かし方が分かったのか、あるいは意を決したのか。ぼよんっと弾んだ眷属は空中で変形し、自らの創造主の姿をかたどり着地した。

「おー、うまく行ったな石竜……ってもう竜じゃないか。うーん……マリン姉妹みたいに、名前は色シリーズでいくか。よし、お前は色がコルクブラウンだし、コルクで決定な」
[──!]

 念願の名前を得て諸手を挙げて喜ぶ石竜改めコルク。

 その喜びようを見て、案外名前が欲しいがための要望だったのかもしれないといぶしむロウ。

「おい、先ほどの出鱈目でたらめな魔力は一体──……ロウよ、また新しい従者を創ったのか? 凄まじい魔力を持っているようだが」

 ロウがコルクに疑わしいものを見るような視線を向けていると、少年の眷属改造に気が付いたセルケトとシアンがやってきて、コルクを見るなり嘆息した。

「別に新人じゃないぞ。ほれコルク、真の姿を見せてやれ」
[──]
「むおっ!?」[!?]

 ロウの姿で距離を取ったコルクは魔力を解放し、流体を変じて石竜へと変身する。大きさも圧縮前と変わらず巨大な竜のままである。

「驚いたぞ。汝はあの石竜だったか。先のあの莫大な魔力は、体を変換していたが故か」
[──っ!]
「ん? なんだシアン? ……自分にも巨大化できるくらいの魔力を寄こせって? 欲しがりな妹かよ」

 シアンにごねられて、今後訓練相手を拒否されても面倒だと、ロウは要求通り魔力を与えていく。創造主様は意外と押しに弱い側面があったらしい。

「貴様、随分と気軽に魔力を受け渡しているが、大丈夫なのか?」
「屁でもないぞ。この異空間の門を開くのと同じくらい……いや、もうちょい多いか? そんなもんだし、大した量でもない」
「そういえば貴様は魔神であったな。我の規格で測ったのが間違いであった」

 今更ながら、目の前の存在が神と呼ばれるものであると実感するセルケト。少年はといえば、曲刀たちから散々似たような反応をされてきたので、特に気にした様子もない。

[──]

 他方、魔力を受け取ったシアンはコルクと同じように変身する。が、その方向性は巨大化ではなく、より高精細な変身を目指したようだ。

 シアンブルーな人型に過ぎなかった体は鮮やかに色づき、艶めかしい曲線を描く肢体の上を衣服が覆う。

 目の冴えるような青い長髪に同色の瞳、タレ目がちな目尻。しなやかな手足、りんご程のバスト、男の目を奪うようなやや大きめのヒップ。あっという間に人間族の美女が生まれ落ちた。

「──瑞奈みずな、か?」
[──?]

 ロウの問いに首を傾げるシアン。彼女は今の姿を意図して変身するというより、自然とそうなるような変身だった。

 しかし少年にとっては、いきなり前世の大学時代の友人が服装そのままで現れたのだから驚愕する他ない。

「意図したわけじゃないのか……髪と目の色以外瑞奈にそっくりだな。心臓に悪い変身しやがって」
「ほう、美しい女だな。ちいと服装は妙だが。ミズナというのはロウの知り合いなのか?」
「遠いところに居る友達だよ。太ももがエロいって褒めたら凄く怒る、変な奴だった」
[[……]]

 中島太郎なかじまたろうにはデリカシーが無かった。童貞が所以ゆえんである。

「そういえば、見た目は完全に人間族だけど、シアンはまだ喋れないのか?」

 自身の眷属たちに微妙な反応をされたため迅速に話題を変えるロウ。その迅きこと風の如し。

 問われたシアンは何度か可愛らしく口を開閉したが、やがてしょんぼりと肩を落とすに至った。

「まだ話すことは出来ないか。まあそんだけ容姿が整ってたら表情を動かすだけでも意思疎通できるだろうし、大した問題でもないだろう」
(──ロウ? そろそろ異空間の門が閉じそうなのです)

 ロウがシアンの分析を進めていたところで、宿の自室にいるギルタブより念話連絡が入る。自室に来客があった際に対応すべく、曲刀たちに見張り兼異空間の門の監視を頼んでいたのだ。

「門がそろそろ消えそうだし区切りもいい。異空間を出るか」
「ふむ。では我もそろそろ寝るとしよう。さらばだシアン、コルクよ」

 高らかに宣言と共に手をひらひらと振って、眷属たちに別れを告げるセルケト。

 既に気心知れたかのような振る舞いをする彼女を眺めながら、「こいつ実はコミュニケーション能力高いんじゃないか?」とひそかに驚愕するロウだった。
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